ニート、職なし、プー太郎、無駄飯ぐらい、就活キャンセル界隈、社会のダニ… そんな呼ばれ方を欲しいままにしていたひかるにもついに転機が訪れたっす。 「ひかるちゃーん!ちょっと来てくれる?」 「はいはいっす。なんすか咲笑さん」 そう…長きにわたる就職活動を終え、ついにケーキ屋さんレコンパンスでの仕事にありつけたっす! 主な業務は接客、掃除、給仕…まあまばゆさんたちのやってる仕事を学校がある平日昼の時間にやってるっすね。 来るお客さんもそんなにはいないからイージーモードイージーゲームっす。 他にはケーキ作りがひと段落した咲笑さんの話し相手になったりとか… 「これ、試作品のケーキ!食べて感想を聞かせてくれないかしら?」 ケーキの試食をしたりとか! 「ありがたくいただくっす!」 いや~ここで働くにあたってかわいい制服とおいしいケーキが付いてくるってまばゆさんも言ってたっすけど役得っすね! 「そういってくれてうれしいわ~!はい、どうぞ」 前に置かれたのは生地の上にきれいな色をしたドライフルーツが散りばめられているケーキだったっす。そしてこの香りは… 「ブランデー漬けフルーツのケーキっすか。上に乗ってるフルーツもいい色しててうまそうっす。 でもなんか香りがお店に並んでるのと違う気もするっすね…」 「ふっふっふっ…さすがひかるちゃん!よく気づいてくれました! パティシエ修行時代の知り合いが作ってるお酒でね、ケーキに合うように何年もかけて微調整を続けていてその最新版なの! 他のお酒で漬けた時よりも香りがよく出るように一緒に議論を重ねたりしてね…ケーキの方もそれに合わせて手を加えていて…」 咲笑さん…普段はおっとりしてるのにお菓子のことになると人が変わったみたいになるのに最初はびっくりしたっす… そしてこの話を聞いてるといつまで経っても試食ができないのでこっそり食べちゃうっす。ぱくっ! 「生地の柔らかさや優しい甘さと濃いフルーツの味をブランデーの深い香りが包んで…最高においしいっす!」 「も~まだ話の途中なのにひかるちゃんったら…でもおいしく食べてくれてありがとう! このケーキにあうハーブティーも用意してるんだけど飲んでくれる?」 「待ちきれなくてごめんなさいっす!お茶もいただくっす!」 ちょっと怒ったふりをしてからにっこりした咲笑さんが入れてくれたハーブティーはふわっと優しい香りがしたっす。 「あぁ…ブランデーの強い香りに対する箸休めみたいな感じっすね…なんだか一口飲んだだけでかなり落ち着くっす…」 「そう!そのつもりで特別にハーブを調合してるの!それに他にも相性がいいところがあってね…」 あ、また早口になる予感っす。今度は諦めてお茶を飲みながらゆっくり聞くっすか… 「さっきのお酒と一緒に飲むとどんな人でもすぐに眠たくなっちゃうの」 「え…」 予感が外れた…と思った時にはまぶたがどんどん重たくなって… 狭くなる視界の中最後に見えたのは咲笑さんの糸みたいに細めた目の奥の妖しい光と泣きぼくろだったっす… つづく