新しい年が始まっても、星見プロのアイドル達は相変わらずの大忙しだ。
グループでの仕事はもちろん、個人の仕事もそれぞれ精力的に活動してくれている。
そんな中で、雫の仕事についての打ち合わせをしていたのだが…。

「…明日の撮影に関しては以上だが、何か質問はあるか?」

資料から目を離し、雫の様子を窺う。

「…ん、大丈夫。今年もこの番組に出してもらえるの、嬉しい」

雫が出演するのは、去年アングラークイーンになった後に呼ばれるようになった釣り番組だ。
すっかり準レギュラー的な扱いをしてもらえるようになっていたが、今年もいいご縁をいただけそうだ。

「よし。それじゃあいつも通りの時間に合流を…」
「…あ。ちょっと、待って」
「ん?どうかしたのか?」

雫の制止に、俺は疑問を返す。

「撮影の後、帰る前にちょっと寄り道したい」
「寄り道?別に構わないが、どこに行きたいんだ?」
「秋葉原」

意外…ではないか。確かアイドルのグッズを売る店もあったはずだ。

「何か新しいアイドルグッズでも買いたいのか?」
「ううん、今回は別件」

雫は何やらスマホを操作すると、俺に画面を見せてくれた。

「これを、受け取りに行きたい」
「これは…福袋?」

画面に映っていたのは、大型家電量販店の福袋の画像だった。

「ネットで申し込みはできたんだけど、忙しくて受け取りに行けてなかった」

年始からずっと仕事だったし、もう学校も始まってしまったからな…。

「なるほどな…いいよ、帰りに寄っていこうか」
「うん。ありがとう、ございます」
「ところで、何の福袋を買ったんだ?」
「ふふふ、それは明日のお楽しみ。私も、何が入ってるか、ワクワク」

福袋にも色々と種類はあるはずだ。雫が何を選んだのかも含め、明日にはわかるか。

「じゃあ、明日開けるまで楽しみに待つとしようか。ご褒美になるようなものが入ってるといいな」
「うん。お仕事頑張った後にいいもの入ってると、嬉しい」

福袋に思いを馳せて少しテンションの上がった雫を、俺は微笑ましく思った。
本当に、いいものが手に入るといいんだが…。


-----


翌日の撮影は順調に進み、雫の釣果もなかなかのものだった。撮れ高としては十分だろう。
共演者の方からもお褒めの言葉をいただいて、今年最初のこの番組のお仕事としては申し分ない。

「雫、お疲れ様」

俺は戻って来た雫に用意しておいたお茶を手渡した。
十分に防寒対策はしていたが、冬の海だけにそれでも寒そうだ。

「あ、ありがとう、ございます…寒い~…」

まず両手を温めてから、ゆっくりとお茶を飲み始める。
それでようやく落ち着いて、雫は深く息を吐き出した。

「よく頑張ったな。沢山釣れていたし、楽しめたんじゃないか?」
「…うん。今日は、準備してきた作戦がうまくハマった」

本当にうまくいっていたんだろう。見事なドヤ顔だ。

「少し休憩したら、移動しようか」
「うん。待ちに待ったから、今から楽しみ」

俺たちは番組のスタッフさんや共演者の方に挨拶を済ませると、車に乗り込んだ。
向かうは秋葉原。それなりに距離もあるが、その間は雫が今日の撮影中のことを色々と話してくれた。
潮の流れ、ターゲットの魚の特徴、天候。それらの情報から、使う餌をどうするか…。
様々な読みや考察をして、共演者の方とも相談しつつ状況を見て戦法を変えていく。
俺は遠くから見ていただけだったが、限られた時間の中で多くのことを考え、実践していたことに感嘆した。
それだけ考え抜いた作戦がうまくいったのであれば、それは気持ちいいだろうな…。
楽しそうな雫の話はずっと聞いていたかったが、車はすでに電気街の街並みの中にあった。

「もうすぐ到着するぞ」
「あ、本当だ…楽しくて、あっという間だった」

車の外には、目当ての家電量販店が見えていた。
店舗の建物内にある駐車場に車を停めて、俺たちは車を降りた。

「えっと、何階だったっけ…」

スマホで確認する雫を伴って、店内を進む。
沙季が欲しがりそうな掃除機のエリア、遙子さんが欲しがりそうなアウトドアグッズのエリア、愛が欲しがりそうなトレーニング用品のエリア…。
様々なエリアを横目に見つつ、俺たちは歩を進めていった。

「あ、あった」

雫が指差す先には、確かに福袋の受け渡し用の特設コーナーが作られていた。

「ちょっと、行ってくる」
「ああ。俺はここで待ってるよ」

雫は頷くと、小走りにコーナーへと向かっていった。
待っている間は特にすることも無く、俺は店内をぼんやりと眺めていた。
ここなら色々なものが売っているし、誕生日のプレゼントを買う時にも便利そうだな…。

「お待たせ」

程なくして、雫が福袋を大事に抱えて戻って来た。

「無事に手に入ったみたいだな」
「うん。中身は、まだ見てないけど」
「あれ、そうなのか?」
「一緒に開けようと思って」

なるほど、俺のことを気にしてくれていたのか。

「結構大きいものみたいだし、車に戻って開けてみるか?」
「ん、そうする」
「了解。せっかくだし、他に何か見たいものはないか?」

雫は少し考えた後、

「見たいものは、色々あるけど…たぶん、時間かかるから、また今度でいい」
「そうか。じゃあ、車に戻ろうか」
「うん。開封の儀…楽しみ」

福袋を早く開けたくて仕方がないみたいだな…。
来た道を引き返して再び社内へ乗り込むと、雫は早速福袋をゴソゴソとし始めた。

「…開けます」

雫はじっくりと溜めてから、袋を開いた。中を見た瞬間、


「…おおおー!」

車内に絶叫じみた叫び声が響く。

「ど、どうした?いいものだったのか?」
「これ!」

興奮した様子で取り出されたのは…。

「それは、ヘッドホン、か?」
「そう。有名メーカー製で、発売直後はすごい人気でなかなか手に入らなかった…!
 低音もがっつりいい音で聴こえるって、ネットの評判も高い!こんないいのが入ってるとは…!」
「そ、そうなのか…」

お目当てのものはヘッドホンだったのか。アイドルのBD再生とかで使うのだろう。

「最高の環境で音楽を楽しむには、新しいのはどれだけあってもいい…」
「欲しいものがしっかり手に入ったみたいでよかったな。これでBDの再生もより楽しめるんじゃないか?」
「…」

雫が硬直した。

「あれ?用途違うのか?」
「…ううん。これでBD観るの、楽しみ」

何となく歯切れが悪いような…?

「結構遅くなってしまったし、そろそろ帰ろうか。寮まで送るよ」
「う、うん。お願い、します」

やっぱり、なんだか様子がおかしいような…?喜んでいるのは間違いなさそうだし、まあ、いいか。


-----


「…ふう…」

どうにか、寮に着いた。
牧野さんには深くは聞かれなかったけど、ちょっと怪しまれたような気がする…。
それに…使用目的については、ちょっとだけ嘘もついてしまった。
PCに先ほど手に入れたばかりのヘッドホンを接続する。ドライバのインストール処理が終わるのを待って、装着。
私は、ドキドキしながら保存していたあるファイルをダブルクリックして、実行。

『出会いがあって 別れがあって 始まった物語』

「ふおおおお!」

それは、先日の忘年会の時の、牧野さんの歌を録音したデータ。
スタジオ収録の音源ではないのが残念だけど…これはこれで、味がある。
今までのヘッドホンで聴いていた音より、確かに低音がしっかり拾えている感じがして、これは…いい…。
そこそこいいお値段を出した甲斐があった。今、私の寿命はじわじわと延びている…!
…ちょっと、今の私は人様にお見せできない顔をしているかもしれない。今日の所はこの辺にしておこう。
これは毎日、聴こう。うん。いい買い物、だった。





終わり