「来てくれてありがとう、颯乃ちゃん!」 「ああ。今日は一日、二人で楽しもう」 セントジエスモンの出現によりデジタルワールド各地に突如訪れたクリスマス。 本来季節の移ろいのないエリアにも雪が舞い、各地がイルミネーションで彩られた。 調査により時間が経てば消滅し、デジタルワールドやリアルワールドに悪影響が残ることもないと確認され、それならばと各々がクリスマスを楽しむことになった。 霜桐雪奈と神田颯乃も例にもれず、クリスマスデートを計画。雪奈の提案により、以前日竜将軍から守ったハヌモンの街に行くことにした(ゴブリモンとブルコモンは二人で楽しんでこいと伝言を残し、それぞれのクリスマスを満喫する予定らしい) 街は雪奈の呼びかけで集った人たちにより復興が進み、襲撃の傷跡を残しながらも以前の姿を徐々に取り戻しつつある。 互いに贈るプレゼントは予め用意した。今日はクリスマスに浮かれる街を回る予定だ。 「さて、まず何をしようか?」 「そうだね、みんなへのプレゼントを買いに行く?」 「よし、それならまずは雑貨店だな」 とはいえ特にこれといって計画のようなものはない。目についた店を覗いて空腹になったらご飯を食べて、気ままにいつもと違う街の空気を楽しむ。カッチリ決まった予定を立てるよりは、この方が楽しめるだろうというのが二人の考えだった(何より決まった予定を立てると絶対崩れるような不幸が起こると雪奈は主張した) 「行こっ。案内するね」 「私はこの街は初めてだからな。任せたぞ雪奈」 示し合わせることもなく互いに差し出された手を握り歩き出す二人。 手袋ごしに握られたその感触に身体が暖かくなる。そこに冬の寒さが入り込む余地はなかった。 ―――――――――― 「あっ、ここ公園になったんだ」 「みんな楽しそうだな。はしゃいでいる子供の姿はいつ見ても和むものだ」 道すがら見かけた公園から幼年期デジモンたちの楽しそうな声が響き、二人は足を止めた。 かつて日竜軍に襲撃されたこの街には、雪奈とザウバーブラウモンによって撃破されたかつての日竜軍所属のデジモンたちがデジタマへと転生し、新たな住民として受け入れられている。再び悪の道へと進まないよう情操教育を受けた彼らは、今では無邪気に公園内を走り回っていた。 「あっ!せつなおねえちゃんだ!」 雪奈たちに気づいたのか、ツノモンたちが遊ぶのを止めて一斉に駆け寄ってきた。 二人の足元に瞬く間に幼年期デジモンたちの一団が並ぶ。 「こんにちは。寒いのに元気だね。何してるの?」 「うん!みんなであそんでたの!」 「そうなんだ。喧嘩とかしてない?」 「そんなことしないよ!けんかはだめっておそわったもん!」 経験したことのないような寒さを気にする様子もなく、元気いっぱいに応えるツノモンたちの様子に二人が微笑む。 一団の中にはツメモンやネガ―モンのような元日竜軍と思しき幼年期たちも混じっていたが、みんな問題を起こすこともなく遊びに興じていた。 デジモンがデジタマに戻った際の影響にはまだまだ分からないことも多いが、街の復興を手伝う人たちによる情操教育が上手くいったのだろう。少なくとも彼らがまた悪事に手を染めないこと、そんな彼らを街のデジモンたちは迫害することなく受け入れられたことに二人は安堵した。 「これもせつなおねえちゃんのおかげ!あたらしいともだちがいっぱいできた!」 「……ううん、友達になったのはツノモンたちがみんなと友達になりたいと思ったからだよ」 「そうだとしても、せつなおねえちゃんがみんなをつれてきてくれたんだよ!だからありがとう!」 「……うん、どういたしまして」 ツノモンの思わぬ言葉に頬が赤らむ。 こうして感謝を述べられると胸がむず痒くなった。 そうしている間にツノモンの興味は隣の颯乃に移った。 「そういえばそっちのおねえちゃんは?」 「申し遅れた。神田颯乃だ。雪奈の、その……」 「恋人だよ!」 臆面もなく言って腕に抱き着く雪奈に颯乃の頬が僅かに紅潮する。 「こいびと〜?」 「こいびとってなぁに?」 「うまいのか〜?」 恋人といっても幼年期のデジモンたちには理解できないだろうと思った颯乃だったが、案の定理解できていない子供たちが首を傾げていた。 「恋人っていうのは、好きな人ってこと。きっとみんなも大きくなったら分かるよ」 「そうなんだ〜……じゃあはやくおおきくなるためにいっぱいあそばないとだね!せつなおねえちゃんたちもいっしょにあそぼう!」 「え?ごめんね、わたしたち今ちょっと用事が……」 ツノモンの申し出に嫌なものを感じじりじりと後退する。しかしいつの間にか背後にもツメモンやネガ―モンたちが控えており、完全に囲まれてしまった。 「もんどーむよう!ものどもかかれー!」 「わーい!」 「あそぼ―!」 「ひゃっはー!まわせー!」 一塊となった幼年期たちが雪崩のごとく押し寄せる。 あっという間に加減を知らない幼児たちは雪奈を飲み込んでしまった。 「わあぁ!助けて颯乃ちゃん!」 「雪奈!大丈夫か!?」 ―――――――――――――― 「ごめんね……結局お昼になっちゃった……」 「気にするな。あれはあれで楽しかったぞ」 あの後結局みんなで遊ぶことになり、解放されたころには昼飯時を少々回っていた。 激しく動き回って身体は空腹を訴えており、今は雑貨屋よりも先に昼食を求めて大通りを進んでいる。 この辺りは復興が途中なのかクリスマスであるにも関わらず建物の復旧に勤しむデジモンの姿があちこちにあり、営業している店はやや疎らだ。 「さて、何を食べようか?」 「実はこの近くにおしゃれな喫茶店があるんだ。丁度クリスマスメニュ―もやっているらしいし、そこにしない?」 「おお、それは楽しみだ」 ほどなくして洒落たな店構えの喫茶店にたどり着く。店先ではテリアモンが案内板を片付けようとしているところだった。 何となく嫌な予感がしつつも、雪奈が声をかける。 「こんにちはテリアモン。人間ふたりで」 「あ、雪奈さんいらっしゃい。ごめんね、今満席なんだ……今からだとかなり時間がかかりそう……」 「うっ、そうなんだ……はぁ……やっぱりこうなるとは思ってたけど……」 テリアモンの言葉にがっくりと肩を落とす。クリスマスシーズンだし薄々こうなるとは思っていたが、やはり実際に遭遇するとショックも受けるというものである。 「仕方ない。予約していなかったこちらの落ち度もある」 「うぅ……それもそうだよね。クリスマスだもんね……」 空腹とお預けを喰らった雪奈を慰める颯乃。 そんな二人の様子を見かねたテリアモンが少し考え、声をかけた。 「うーん、街を守ってくれた雪奈さんだし、席が空いたら次に案内してあげようか?」 「え!?いいよそんな割込みみたいなこと!」 テリアモンの申し出はありがたいが、それでは割り込まれた客に申し訳ないと感じた雪奈は丁重に断る。 「いえいえ、お待ちしているみんなだって雪奈さんになら譲ってくれるよ」 「いやいや、わたしなんかにそんなことしなくていいから!」 「まあそう言わずに、ほんのお礼だと思って」 「いやホントそういうのいいんで!」 互いに譲らない雪奈とテリアモン。このままでは埒が明かないと悟った颯乃が二人の間に割って入った。 「二人ともそこまでだ!すまないテリアモン。やはり割り込みみたいな形になるのはこちらとしてもいただけない。また次の機会にしてもらえないだろうか?」 「うーん……じゃあまた来てね?きっとだよ?」 「ああ、約束しよう」 「ごめんね。必ずまた来るから……」 ―――――――――――― 「ごめんね颯乃ちゃん……クリスマスっぽくないご飯になっちゃって……」 「気にするな。これはこれでいいものだった。それにクリスマスらしい食事は夕食にすればいい」 結局開いている店を見つけられなかった二人は、出店に売っていた肉まんで昼食を済ませた。 デートらしく二人でおしゃれなランチを目論んでいた雪奈には少し不満の残る結果となったが、肉まんの暖かさと多少なりとも食事を取れたこと、何より颯乃の満足そうな顔がその不満を多少なりともかき消した。 襲撃の跡と復興の兆しが混在する街道を歩き、やがて二人は目的の雑貨店にたどり着く。 時刻はそろそろ日の入りに差し掛かろうとしていた。 店内には人間デジモン問わず使用できる雑貨が並べられており、ここでならプレゼントを揃えられそうだ。 「雪奈、これはどうだろうか?」 「あっ、かわいい!いいと思う!」 そんな他愛のない会話をしながら店を回る。デジタルワールドの雑貨店というだけあり、今まで見たこともないような物がいくつも陳列され、眺めてあれこれ感想を言いあうだけでも楽しい。 その中でも目についた商品を手に取り、誰に贈ろうかと考えながら買い物かごに入れていく。 気づけばかごがずっしりと重くなっていた。 思えば昔はクリスマスといえば家族とささやかに行うもので、友人とプレゼント交換などほとんど経験がなかったかもしれない。それが今ではこれほど多くのプレゼントを贈る相手に恵まれた。 何より、心から好きだといえる相手とこうして並んでデートをしている。それこそ以前の自分からは考えられないことだ。今日は思い通りにいかないことが色々あったが、颯乃の楽しそうな顔を見ているだけでクリスマスデートをしてよかったと思えた。 「雪奈、危ない!」 「へ?」 そんなことを考えていたら、重くなって下がったかごが商品を引っかけたことに気づかなかった。颯乃の声に反応した時には既に陳列棚から雪崩がおき、陶器製の置物が割れるけたたましい音と共に地面に降り注ぐ。 顔から血の気が引くのを感じた。 雪崩が収まった時には、床一面にかつて商品だった破片が散乱していた。 騒ぎを聞きつけた店員のフローラモンが慌てて駆け寄る。 「大丈夫ですか?ケガとかされてません?」 「うわっ!あわわ!ごめんなさい!弁償します!」 「いいですよそんなの。こちらの陳列の仕方が悪かったのですし。それよりも雪奈さんにケガがなさそうでよかったです」 店がこんな惨状だというのにフローラモンは雪奈にケガがないことを安堵していた。その態度にますます申し訳なくなり肩身が縮こまる。 そんな雪奈を見かねたのか颯乃が代わってフローラモンに申し出た。 「申し訳ない。せめて片付けくらいは手伝わせてくれ」 「うーん、それじゃあお願いします。あまり気にしないでくださいね、雪奈さん」 「……ごめんなさい」 ――――――――――――――― 「ごめん、颯乃ちゃん……せっかくのデートだったのに……」 「そう落ち込むな。フローラモンも気にするなと言っていたぞ」 「でも……今日のデートだって失敗ばかりだったし……やっぱり駄目だなぁわたし……」 店内の片付けを終わらせ、会計を済ませて出てきた時には既に日が暮れていた。 夜の帳が落ちた街はセントジエスモンによって飾られたイルミネーションが辺り一面を照らしているが、俯いている雪奈にはその光景が目に入っていない。今日一日の失態を思い出しては、ずっとそのことばかりが頭の中を駆け巡っていた。 落ち込んだ雪奈をどうするかと辺りを見回していた颯乃はあるものを目にする。 「雪奈、ちょっと来てくれ」 「……うん」 颯乃は雪奈の手を引き、セントジエスモンの巨大なツリーの根本まで連れてくる。 そこには看板を携えたスワンモンがいた。隣には木で組まれた大きなかごがあり、スワンモンの足にはロープが繋がれ吊り上げられるようになっている。 スワンモンは近づいてくる二人の姿を見るとよく通る声で呼び掛けた。 「そこのお二方、このツリーの上に展望台を設置したんですけどよかったら上りませんか?あら、よく見たら雪奈さん」 「こんばんは……」 「どうしたんですかクリスマスだというのに。そんな暗い顔をしてたらもったいないですよ!」 「まぁ、ちょっと……」 「すまない。人間二人、上までお願いできるだろうか?」 颯乃の申し出に力こぶを誇示するかのように翼を曲げてスワンモンが応える。 「お安い御用ですよ!上からの景色を見ればそんな暗い顔なんてすぐどこかに行っちゃいますって!」 木で組まれたかごに乗り込む二人。それをスワンモンが足に巻かれたロープで吊り上げると見る見るうちに上昇していく。エレベーターとは違う上昇手段に揺れを覚悟した二人だったが、意外にもスワンモンが気を使ったのか、かごは穏やかな水面のように揺らぐことなく上っていく。 50mほど上昇したところでログハウスのごとく立派な丸太で組まれた展望台がツリーに備え付けられているのが目に入った。スワンモンの上昇がその展望台で止まる。 「はーい着きましたよ。落ちたら叫べば受け止めに行きますからね」 そんな不安になりそうな言葉を背にかごを降りる。足場はしっかりと組まれておりちょっとやそっとでは抜け落ちそうにない。 俯く雪奈の手を引き展望台を歩く颯乃。やがて端の柵にたどり着くと並んで立ち止まった。 「雪奈、これなら見えるか?」 「……うわぁ……!」 俯く雪奈の視界にイルミネーションで彩られ、光に包まれた街が飛び込んできた。 そのあまりの美しさに白い息に混じって感嘆の声が漏れる。 顔を上げると、冬の澄んだ空気に夜空の光が煌めき、星が地上に落ちてきたように錯覚した。 「きれい……」 「ふふっ。雪奈が喜んでくれたようで何よりだ」 「ありがとう颯乃ちゃん。やっぱり颯乃ちゃんはすごいね……こんなところに連れてきてくれて……」 「いや、今この光景があるのは雪奈のおかげだ」 颯乃の言葉にきょとんと首を傾げる雪奈。颯乃はそんな雪奈の様子を見て言葉を続ける。 「今日一日街を回って分かった。雪奈がこの街を守り、街のデジモンたちはみんなそのことに感謝している。雪奈が逃げずに立ち向かったから今この光景があるんだ。これは雪奈にしかできないことだった。私はとても誇らしく思う。だから、あまり自分を卑下するな」 颯乃の言葉にもう一度街を見回す。 イルミネーションに紛れて復興のために汗を流すデジモンたちの姿がある。 クリスマスを迎えられたことを喜ぶ街の住民たちの姿がある。 今日一日、幾度も自分のおかげだと感謝を述べてくれたみんなの姿がある。 「……っ……」 目に涙が溢れた。先ほどまでの悲しみではない。自分を認め、誇らしいと言ってくれたことへの嬉しさと、自分を誇れなかったことが目の前の恋人やこの街のデジモンたち、いつも隣にいてくれたパートナーに申し訳なかったという罪悪感と、自分がこの街を守ったのだというようやく得た実感からだった。 突然泣きだす雪奈に颯乃は慌てたように声をかける。 「どうした雪奈!?どこか具合でも悪いのか!?」 「ううん、ありがとう。わたし、みんなが羨ましかった……みんなすごい人ばかりで、わたしには何の取り柄もなくて……運が悪いから迷惑いっぱいかけて……わたしにできることなんて、わたしじゃなくてもできることばかりだってずっと思ってた……だから魔術を覚えて、それでもどこかで自信が持てなくて……わたしはみんなにふさわしくないんじゃないかってずっと思ってた……」 嗚咽の混じった雪奈の言葉に颯乃は静かに歩み寄るとその身体を抱き寄せる。 やさしく頭を撫で、安心させるような声音で語り掛けた。 「そんなことはない。魔術だけじゃなく、雪奈にしかできないことはたくさんある。今日のデートだって、私はとても楽しかった。幼年期のデジモンたちと遊んだり、肉まんを食べたり、雑貨店で色々なものを見た。最後はこんなに素晴らしい景色も見れた。どれもこれも、雪奈が私を誘って、一緒にいてくれたからだ。ありがとう」 「うん……うん……!」 颯乃の言葉を噛み締めるように何度もうなずく。その度に今日一日の颯乃の顔が浮かんできた。そのどれもが、楽しそうに笑う顔だった。 「ありがとう颯乃ちゃん。その言葉だけで最高のクリスマスプレゼントだよ」 「おっと、せっかくプレゼントを用意したのだからこれだけで終わらせてくれるな。景色もいいし、ここでプレゼント交換をしよう」 雪奈を離すと、懐からきれいにラッピングされたプレゼントを取り出す。 冬の寒さか、それとも喜んでくれるだろうかという不安か、頬を若干紅潮させながらも両手に持ったプレゼントを差し出した。 「メリークリスマス」 「……ありがとう。開けていい?」 「いいぞ。あまりクリスマスらしくないものかもしれないが……」 逸る気持ちを抑えて包みを開く。そこに入れられていたのは無病息災と書かれたお守りだった。 「わぁ!これ手作り?」 「ああ。ちょっと不格好かもしれないが……雪奈には私の時のような怪我とは無縁でいて欲しい。そう願いを込めて作らせてもらった」 お守りを大切に両手に包む。颯乃の思いが込められたお守りは、そんなはずはないのになぜか温かく感じた。 きっと自分が嬉しいからだと、そう結論付けた。 その心のままに雪奈は笑顔を向ける。 「嬉しい。大切にするね。それじゃあわたしからも……メリークリスマス」 「ありがとう。これは……デジモンカード?」 丁寧に包みを開くと、そこに現れたのは颯乃が普段使うデジモンカードだった。 しかしこの種類のものは見たことがない。 「わたしからもお守りみたいなもの。魔術で作ってみたの。ミスティモン先生やアリーナの人たちにも相談して、ちゃんとディーアークで使えるようにしたんだよ。もしもの時に使ってね」 「……ありがとう。大切に使わせてもらう。やはり雪奈はすごいな、いつも前に進み続けて。私はそんな雪奈が好きだ」 「わたしも。愛してるよ、颯乃ちゃん」 喜びと愛おしさに互いの身体を抱きしめる。 心が暖かいもので満たされ、冬の寒さが二人の間に入り込む余地はなかった。 やがて二人は唇を重ね合わせる。 クリスマスツリーはそんな二人を祝福するように、やわらかく煌めいていた。