泣き虫狼 6話後編  同時刻、徹底的にピエモンを言葉でこき下ろした二人へと、怒り心頭のピエモンが迫る。 「もう、あんな風にいうから怒ってますよ…?」 「でもピエロならそうあるべきじゃない?」 「よくそんなに的確に人を怒らせられますね……。」  戦いの直前、舌戦というわけでもなく、文華が何の気なしに言った一言がピエモンを激怒させていた。 曰く、 「あなた、道化師ならちょっと面白いこととか言ってみてくれない?」  一瞬で首元を真っ赤にさせた(顔は仮面なので白いままだ)ピエモンがその背にある剣を二人へと投げつける。  瞬時に二人はダスクモンとレーベモンへと姿を変える。危機感のないことに、この事態を引き起こした文華は最近思いついた決め台詞をいう暇がなかったと愚痴をいう余裕すらあった。  二人の間に飛び交う言葉は軽いが、それでも相手は究極体である。油断できる相手ではない。すでにピエモンは冷静さを取り戻し、二人を仕留める隙を狙っている。  ピエモンの主武装は4本の剣だ。それがひとりでに浮き上がり、ピエモンの周囲を漂っている。 「あら、手品かしら? さぞ面白いものを見せてくれるのでしょうね?」 「見せてやるさ、お前たちの死をな!!」 「つまらない答えよね。道化師が逆ギレするのってよくないわ。」  ダスクモンとレーベモンへと突き出された剣は、変幻自在な軌道を描き、緩急混ぜ合わせた動きで二人を狙う。だんだんと勢いを増す剣技に、流石の二人も回避に専念しつつある。  それでもレーベモンは剣の軌道を読み切り、柄を蹴とばしてピエモンに叩き返すことさえしてみせる。 「ありきたりのジャグリングよりよほど魅力的ね。」 「でしょう?」  対するピエモンはイラつきを露わにする。何せ奇術めいた反撃など、十八番を奪われたようなものだ。 「……随分と調子に乗っているようだが、これはどうかな?」  ピエモンがニタリと笑う。  ダスクモンとレーベモンの周囲に突如として巨大なトランプが現れる。四方を完全に囲われ、さしもの織姫も一瞬判断に迷いが生まれる。ぶち破るか、上から抜けるか。だがその判断を待つものはいない。現れた時と同じく、トランプが一瞬にして消え、代わりに目の前にはピエモンがいる。すでに剣はダスクモンを派手に切り裂こうと勢いよく迫っている。トランプを盛大にぶち破ってピエモンを狙ったらしいレーベモンは見事に空振り。まして援護が間に合う距離ではない。  ならば。このニヤついた顔に渾身の一撃を叩き込んでやろう。その程度で優位に立ったと勘違いした愚か者に消えない傷を残してやる。究極体相手に痛み分けなら分の悪い取引ではない。刹那の判断でカウンターを狙う織姫。肉を切らせて骨を砕く。握りしめた拳が速いか、ピエモンの剣が速いか。    だが、一陣の風がピエモンを横から吹き飛ばす。銀の風。きらめく光剣と、狼を模した兜。たなびくマフラーには覚えがある。  知らないままで、ただ学祭を楽しんでいればよかったというのに、なぜ気づいてしまうのか。  軽率な追撃を選ばず、ヴォルフモン──逆井平介が傍へと立つ。 「いらない手助けだったか?」 「いえ、怪我すると心配する人がいますから、助かりました。これで怒られずに済みます。」 「ならよがった。」  そんなやり取りの間に、吹き飛ばされたピエモンへと雷の爆弾が降り注ぐ。地面へとぶつかるたびに雷が炸裂する。サンダーボールモンの得意技、サンダーボマーだ。轟ライゴの指示のもと、的確にピエモンの行動を阻害を行う。  そしてその雷の間を縫うようにレーベモンがピエモンを強襲する。   「まじかよ、あれを抜けてくわけ?!」    100万ボルトをゆうに超える電気の嵐を軽やかにかわし、レーベモンが槍を最速の距離で突き上げる。  それは雷を嫌いサンダーボールモンを視界へ入れたピエモンをけん制するものでもある。今この場にいる戦力では自分が最大であることを文華は理解している。そして単独では倒しきれないことも。  万全の状態ならばともかく、今は全員がダークタワーの欠片による影響を受けている。学内で影響を受けていないのはピエモンのみ。進化できればそれこそ一ひねりにする自信はあるが、その進化が抑制されているのだから仕方ない。    一人ならば撤退後不意打ちでもなんでも構わないが、引く理由がない。なにせ後ろに控えるのは文華と同じだけの戦闘経験を持つ二人の闘士だ。  片や魔戒法師の家系に生まれ、数々の難題をこなしてきた千年桜織姫。片や魑魅魍魎のごとくデジモンがリアライズするというとんでも村を守り続けてきた一族の末裔、逆井平介。小学生の時にスピリットを得てからも戦い続けてきた文華に伍する二人だ。ならば三人そろえば敵があろうはずもない。  ただ、平介が連れてきた知らない男子をどう扱うべきか、内心そろばんをはじいている。もし戦い慣れていないなら、まだミステリアスな先輩というポジションが狙えるかもしれないからだ。  しかしレーベモンとサンダーボールモンの即席連携をものともせず、ピエモンがトランプの意匠を持つ剣を飛ばす。首を傾げかわすレーベモンだが、ピエモンはすでに残り3本を撃ちだしている。剣の軌跡はレーベモンの行動を見透かしたように、すべての逃げ場をつぶしている。  これはかわせない。急所だけは防ぐ。そのつもりで守りを固め攻撃に備える。だが、ピエモンの撃ちだした剣を黒と銀が弾き落とす。 「お待たせしました。怪我はありませんね?」 「待たせてすまね! 俺が行くから、織姫さん、説明さ頼む!」  レーベモンの代わりにヴォルフモンがピエモンへと飛び出していく。サンダーボールモンの雷が不規則に炸裂する中を銀の狼が駆ける。レーベモン──文華が雷の動きを見てから避けていったのに対し、ヴォルフモン──平介は周囲の雷の揺らぎから雷の動きを予測する。わずかな動きを捉え、予測することがヴォルフモンの速さを支える、平介の真骨頂だ。ピエモンとの単純な力勝負は分が悪くとも、サンダーボールモンによる場面制圧があれば拮抗することができる。    平介が稼いだ時間で織姫が文華へと作戦を伝える。この大学にある建物の屋上、できれば一番高い3号棟がいいが、その上までなんとかピエモンを誘導し、2秒の足止めを行うこと。平介の持ち込み案だ。  たった2秒。今の織姫たちが稼ぐには長すぎる時間だ。それでもやる。やれないはずがないと信じる。 「私と逆井さんがピエモンの動きを一瞬止めます。そうしたら橘樹さんは、どうやってもいいのでピエモンを上空へと吹き飛ばしてください。できるだけ高く。あちらの彼は逆井さんの友人ですから、協力してくれるはずです。」  文華はちらりとヘッドフォンの青年を見る。先ほどからピエモンの動きを阻害している電撃ならば、動きを止めることもできるだろう。ならば、どうやってそこへ繋ぐか。ふと、文化祭の華やかな大学を歩いてた中で見たものを思い出す。 「彼と話をしてきます。すぐ戻りますから。」  文華が駆け出していくのに合わせて織姫も平介の元へ急ぐ。何を思いついたのかはわからないが、サンダーボールモンをうまく使う思いつきでも出たのだろう。今の自分たちでは単独でピエモンを相手にはできない。だが、二人、いや三人ならば。  黒と銀が、怪奇な道化師へと寄りては混じり、苛烈な剣戟を交わす。ピエモンは2本を手に持ち、残り2本を遊撃とし二人を迎え撃つ。刹那よりなお短い、果てしなく引き延ばされた時間を光と闇が駆け抜けていく。  ピエモンが痺れを切らし、白いハンカチを振りかざす。放たれんとする衝撃波に、ヴォルフモンとダスクモンの防御は間に合わない。いや、攻撃をやめるそぶりすら、ない。 「ならば死ねぇ!」 「あなたがね!」  レーベモンの断罪の槍が炸裂するハンカチごとピエモンの頭に叩き込まれる。  自らの技に巻き添えをくらい怯むピエモンに、加速し続けるヴォルフモンが嚆矢を上げる。  二振りの光剣──リヒト・シュベーアトを繋げて、斬り込む。両手で握りしめた両刃の剣が荒ぶる風となってピエモンへと振るわれる。防ぎきれず全身に切り傷を負うピエモン。それでも位階の差は絶対だ。幾重に刻まれた傷も、ピエモンの深奥へ届くほどではない。  次の一撃に相打ち覚悟のカウンターを合わせる。ピエモンのその目論見は突如として背後へ飛んだヴォルフモンによって果たされることはない。  一瞬、想定外の動きに気を取られた隙を、ダスクモンは逃さない。ヴォルフモンと入れ替わるようにピエモンの視界へと入ったダスクモンの全身が、各部にある目玉が妖しく輝く。闇の力を宿したダスクモンのガイストアーベント。意志の弱いデジモンであれば完全催眠すら可能とする暗き光がピエモンの意識に侵食する。だがピエモンは、それすらも強固な意識──織姫ならそれを悪意と呼ぶだろう──で瞬時にふりはらって見せる。  だがそれは、三人への注意が完全に逸れたことを意味する。  トンっとピエモンの背中が押される。ハッとしたように構えようとするピエモンだが、それはすでに遅きに失した。  レーベモンが勢いよく断罪の槍を振り上げる。大地を削るほどの低さから、一息に真上へと槍が軌道を変えて、ピエモンを下から強かに勝ち上げる。まるで空に落ちるようにピエモンの体が飛び上がっていく。宙を歩く程度のことを軽々とこなす究極体であろうと、不安定な空中で体勢を立て直すのは容易なことではない。気づけばそばにはこの大学で一番高い建屋がある。その窓ガラスにピエモンが映る。それを追う黒き魔人の姿もだ。  重力に縛られ速度を落とすピエモンへ、次なる一撃が叩き入れられる。緩やかに回転するその体は、今は背を地面に向けている。その背中へ今までの鬱憤を晴らすような惚れ惚れするようなムーンサルトキック。背骨がちぎれないのがおかしいほどの蹴りが、より速く、より高くへとさらに打ち挙げられていく。  当然それだけで終わるはずもない。 「も少し上まで、ゆっくりすていげ。」  大学の屋上の一階下、そのベランダから弾丸のように飛び出す。全身のバネを震わせ、ピエモンの体を太陽へ届けとばかりに蹴り上げる。レーベモン、ダスクモンに続き、不安定な体勢で反撃もままならないピエモンが上空へと打ち上げられた。  だが、それで終わりだ。極めて高度な連携によるコンビネーション。だがピエモンを打ち据えるには、力が足りない。成熟期が時に完全体を倒すことはある。確かにあの3体は塔の欠片で弱っていようと、完全体程度なら倒し切る力がある。それは認める。それでも。究極体へ届くことはない。 「はっ、貴様らでは私に届くことはない! よかろう、この祭りごと、全て血に染めてくれる!」  打ち上げられた勢いを完全に殺し、ピエモンが宙へ留まる。渾身の連続攻撃も大して高架がなかったと、そう絶望に染められているであろう三人を見下ろし、ようやく気がつく。  あの雷使いはどこに行った?  さらにピエモンの全身を本能による警告が突き抜ける。何かある。すぐに逃げねばならない!  だが、それはすでに終わったことだ。 「逃がすかっての!!やっちまえサンダーボールモン!!」  ピエモンのさらに上、時折ふわふわと空へと上っていく風船へと擬態していたサンダーボールモンが降ってくる。溜めに溜めた電気の全てがその背中に叩きつけられる。 「サンダーボール!!」  切り刻まれ、骨身に染みる打撃を受けた直後である。1000万ボルトを優に超える電撃になすすべがない。全身から煙をあげ、だがそれでも落ちることはない。 「き、貴様らぁ……!」  織姫が、文華がため息をつく。平介が両耳を抑え、ライゴが腕を振り、ヘッドフォンから言葉少なく明生の声が届く。 「…着弾、今。」  続くのはこの文化祭の祭りの音すら上書きするような轟音。  ライゴのヘッドフォンはただのデジヴァイスではない。インカムとしての機能だって持っている。足止め兼連絡役でもある。だが本気のキャノンドラモンの砲撃の後ではさすがに会話も心もとない。 「めっちゃ耳がキーンってする!今なんてった?」 「……終わったかって聞いたの。」 「ん、もう終わるところだ。もう戻ってきて大丈夫だと思うぜ。」 「うん。じゃあ戻るね…。」  平介たちの切り札。それは土門明生のキャノンドラモンである。例えこの広い学内で進化が制限されようと、学外まで届くほどの力はないのだ。本来のダークタワーならともかく、欠片が撒き散らされている程度なのだから。  よって、明生が砲撃の準備を整えるまでの時間稼ぎが平介たちの狙いだった。視認すら難しい超遠距離砲撃を容易くこなす明生とキャノンドラモンだ。今二人がいる自然公園は2kmも離れていない。狙い撃つのは容易いことだった。まして、信じられる仲間が2秒も止めてくれるというのだから。 「じゃあ、戻ろうか……。」  ただ、共に足止め役を務めてくれた知らない二人の事だけが、明生にとっては気が重いことだった。何せ筋金入りの人見知りなのだ、明生は。例え平介の知り合いであろうと、まともに目を合わせることはできないだろう。付き合いの長さからそれを的確に読み取ったアルマジモンが、頭を明生の胸に寄せる。 「う…、頑張るよ……。」  明らかに気の乗らない様子で、それでも大学へ向かって歩き出すのだった。  ***  キャノンドラモンの砲撃を受け、地上へと落下してきたピエモンは、それでも抵抗する意志を見せた。 屋上からサンダーボールモンとそれを眺めるライゴとしてもその根性だけは認めざるを得ない。  だが、大学祭を、祭りを楽しむだけの無垢な人たちを傷つけるとまで言われたのだ。誰よりこの祭りを楽しみにしていた、楽しんでいた平介が、それを許すわけがない。 「織姫さん。こいつは、こいつはッ! ッ……封印すて引ぎ渡す。それでいいけ?」  平介の吹き出す怒りを抑えるような声に、それでも封印という手段を選ぶ平介に。織姫は、怒ることすら不器用な様に、仕方ない人ですねと小さく呟く。 「ええ。いつものでいきましょうか。合わせてください。」  ヴォルフモンとダスクモン、光と闇の力が混ざり合い、脱出不可能な混沌を生み出す。ぶすぶすと混沌へ沈みながらも、ピエモンの呪詛が止むことはない。ダスクモンはそれを冷たく見下ろし、完全に混沌に落ちたことを確認する。そして小さな小瓶を取り出すと、混沌は小さな小瓶に全て吸い込まれていく。  キュぽっと蓋を閉めるその音が、この文化祭を守る戦いの終わりを告げる音であった。  ***  戦いが終わり、それぞれの普段の姿へと戻る。今更ながらに戦いの功労者二人が女性であることに驚くライゴ。 「お前、あんなすごい子たちと知り合いなん?」 「まあ、すごい人達であるごどは認める……。」  空気を読むことなく喉が渇きましたとアピールする文華に、その意図を見透かしてため息の織姫。  それでも文化祭を守り切った。今からまた楽しい文化祭だと、先ほどの怒りが嘘のようにご機嫌でタピオカ屋へ案内するとはしゃぐ平介。  店の裏手につくと、ちょうど明生も戻ってきたところであった。 「折角だし、そっちのお二人さんも自己紹介がてらお茶でもしない?」  振り返り、女性二人へと提案するライゴに、やや慌てて平介が注意する。   「言っておぐげんども織姫さんにはいい人がいっからな。文華さんは…まあ、おめがいいごんだらいいげんども……。」 「ばっか、せっかく知り合ったんだから、普通に友達になろうってことだろうがよ。意識しすぎか!」 「んな!違うわい!」 「テイマー同士なら普通に連絡先交換してもおかしくはないよね……。」  明生からも普通のことだと言われ、自分がおかしいの?と胸に手を当てる平介。そう言いながらも、視線は明後日の方向から戻らない明生。いかにも対人経験に不安がありますという二人の態度にしかめっ面のライゴ。   「お前ら、テイマー的に一番経験の浅い俺が一番それっぽいってどういうあれだ! つーか、こういうことが今後もありうるんだから、情報共有なんざ必須だろうが!」  迂闊な一言のせいで苦手な人付き合いについて正される平介と明生が首をすくめている。その姿を少し離れた場所から二人が眺める。 「なにやら男子は楽しそうですね。」 「あら橘樹さん、うらやましいの?」 「逆井君は私と同じタイプだと思っていたので。」 「方言を恥ずかしがっていただけですよ、彼は。恥じらいを捨てれば突っ込み気質が滲み出てますからね。それに、橘樹さんの場合は別の問題でしょう?」    地雷を踏んだ。そんな顔をする文華は、続く小言を避けるべくずかずかと平介のもとへ歩いていく。背後では織姫のため息が聞こえている。   「逆井君、タピオカ、もらえるかしら?」 「ん、おう、ちょっと待っててな。」  ライゴたちに断り出店の裏から面へ回る。と、何やら聞き覚えのある声がしている。 「おお! 猪汁もあるようだぞ! りんねちゃん、早く早く!」  平介が店の前をのぞき込めば、そこにはカブトシャコモンとそのテイマー、鞍馬りんねがいる。隣には青石守ががま口を覗き込むりんねに苦笑いしている。   「タピオカ屋でしょ、ここ? 私はタピオカが飲みたいの!」  「あ、でも鞍馬さん、ここサイドメニューでイノシシ汁?も出してるみたい。」 「それってどういう組み合わせよ…。」  チケットを渡していた人達が、なんの巡り合わせか勢ぞろいしている。早速平介は歓迎に移る。 「三人とも、いらっしゃい!」 「あ、こんにちは。ってなんでそんなところから?」  いや、ちょっと色々あって、と誤魔化しながらも挨拶を交わす。すると平介の後ろから織姫も顔を出す。 「あら、聞き覚えのある声がすると思えば、お二人もいらしていたのですね。」 「あれ、織姫さん?」 「ん? 織姫さんとも知り合いけ?」  女性が揃えば楽しい会話の始まりだ。自然とあぶれた平介と守が並ぶ。とりあえず守は平介へと礼を言う。 「逆井さん、チケットありがとうございます。前の学祭も楽しかったですけど、ここも大盛況ですね。」 「あ、青石君もそう思う!? んだ! あの学祭さ楽すいっけがらさ、おれもこだなのやってみだぐってよ。ほら、注文はまだだべ? なんでも頼んでええぞ。世話になってっから、お礼も兼ねてな、今日はおれが出すから!」  その言葉を聞き逃さず、目がきらりと光るりんねとカブトシャコモン。じゃあどれにするどれにすると立て看板のメニューを改め直している。ぞろぞろとライゴたちも裏から表へと出てきている。暖かそうな味噌の香りに誰かがごくりと喉を鳴らしている。  平介はそんなみんなを一度振り返り、オカルト研の二人の先輩──何故か楽し気にこちらを見ている──へ声をかける。 「先輩! この人達は、おれの──、おれの友達です! 代金はおれが出すんで、みんなにタピオカど猪汁さお願いします! 」    あいよ!と短髪の先輩の景気のいい声があたりに響く。ほら、そっちのベンチ空いてるからみんなを案内してあげてと、一つ結びの先輩が平介に誘導をさせる。  平介がみんなの分をせっせと用意している間にも、交流は続く。 「へぇ、結構テイマーってのはいるもんだな。」 「地元より多い気がする…。」 「お二人は実家ってどちらなんですか?」  ライゴと明生、守が並んでタピオカを口にしている(明生はライゴを盾にするように一歩引いているが)。  織姫や文華、りんねは温かい猪汁に舌鼓を打つ。 「猪肉ってなにか別の名前とかありませんでしたっけ?」 「確か、ボタン肉…じゃない?」 「ボタン肉だな。ワガハイこの猪汁、好き。」 「確かに豚肉よりはうま味が強い気がしますね。味噌の風味にも負けないコクがあるといいますか……。」 「これ逆井君の村で獲れたお肉なんだって。じゃあ締めたてってことかしら。言われてみれば新鮮なお肉な気もするわ…。」  やいのやいのと明るい会話が続く。お気楽学生達の気の置けない会話は辺りによく通る。そして浮かれた空気は人を呼ぶ。肌寒くなり始めた学内に、猪汁の湯気が揺蕩う。ちょっと食べていこうか。そんな声がちらほらと聞こえ始める。だんだんとお客さんが並び始めるほどに。    やにわに増え出したお客さんにとうとう平介が呼び戻される。慌ててエプロンをつける平介だが、明らかに手つきは素人である。というか戦力になっているのは一つ結びの女性だけ。短髪の男性は注文を聞くのでいっぱいいっぱい。てんてこまいな姿がよく見える。  誰ともなく、立ち上がり、手を払う。みんな考えることは同じらしい。 「おごってもらっちゃったし、ちょっとはお手伝いといきますか!」 「じゃ、俺たちは呼び込みで。」  そう言うとライゴはりんねと守を指差す。短い時間であってもなんとなく向き不向きは分かるものだ。 「イベント回っぽくなってきましたね…。どうせなら一番の売り上げを目指すというのはどうでしょう?」 「えと……、会計は俺がやるね…。」 「わしらに洗い物はまかせんしゃい!」 「え、私洗い物担当なの…?」  猫の助けより友の助け。降ってわいた好景気と、思わぬ助っ人に相好を崩す三人。 「すまね! でもありがとう! 助かる!!」  ***  なかなか途切れないお客さんに、とうとう材料のいくつかが底をつく。予想以上の売れ行きに、申し訳ないと並んでいたお客さんに頭を下げ、完売の札も下げる。    そうして人が引けた後に短髪の先輩がみんなを呼び集める。 「今日は突然手伝ってくれてありがとう。本当に助かりました。大した額じゃないけど、手伝い分はちゃんとバイトってことでお給料出すから、並んでくれ。」  今日一嬉しそうな声を上げて、ウキウキとその言葉にさっと並ぶりんねとカブトシャコモン。ありがとうねと渡される封筒とお肉。 「それとこれはおまけの現物支給!うちの大学で獲れた野菜と、逆井くんのところから貰った猪肉ね。持って帰ってボタン鍋にでもしたらいいよ。」 「普通の鍋ど同じだけんど、やっぱす味噌で食うのが美味えぞ。それと、──今日はみんな、来てけれて、助げでけでくれて、ほんてんどうもな。」   ***  騒がしくも楽しい文化祭。名残惜しい気持ちに後ろ髪をひかれながらも、大学から家に帰る。まだ2日目が残っているのだ。予定が会わず今日は来られなかった内海や他の何人かも明日顔を出してくれるという。寝不足で情けない姿を見せるわけにもいかないから、ちゃんと疲れは取っておかなくては。  春先の一人きりでの寂しい時間が嘘のようだ。意外と、平介が思っていたよりも繋がりっていうものは簡単にできるものだ。人と人の縁というのは理屈ではない。たかがちょっとキツイ方言なんて、自分が勝手に決めたハンデキャップでしかない。ばかばかしい自分縛りにとらわれたところでいいことなんてない。  出会った人と、時には敵対することだってあるけれど、それでも、友情の記憶が消えることはないのだ。  今日の戦果、というか楽しかった結果、証拠を見せる。  みんなで撮った集合写真。タピオカ屋の前で、みんなと一緒に撮影したものだ。お調子者のライゴが前に寝ころび、サンダーボールモンやカブトシャコモンにのしかかられ酷い顔になっている。自分と先輩二人を中心に、明生と織姫、文華とりんね、青石が横に並ぶ。誰もが笑顔で(ライゴは除く)、見るだけで元気の出る、平介の宝物だ。それを簡易な仏壇、ご神体と位牌に見えるようにかざす。  これでようやく安心してくれるかな。してくれるといいのだが。二人とも、自分に友だちがいないことを気にしていたようだから。  誰も答えるものはない。だが、平介には身の回りがなんとなく和らいだように感じられたのだった。 終わり