・01 「まだ眠いゼ〜」 「早起きは三モンの徳だ。歩け歩け」 彼等は大切な異父妹・ミヨを取り戻すためなデジタルワールドを巡ることになった青年・祭後終とその相棒・ユキアグモンは廃墟をキョロキョロと見回しながら進んでいた。 「辛気臭いトコだなぁ」 「デジモンイレイザーの侵略活動かもしれねぇな」 シュウはなぜか妹を幽閉する謎の少女とのやり取りを思い出していた。 「僕が作らせた前線基地(イレイザーベース)に五つのタグを一つずつ配置する。全て集めればまたここに入る事はできる…だが、君がタグを集める間にも僕はこの大陸の支配を続けるよ」 彼の記憶に語りかけるのは制服のような、ロングコートのような奇妙な服装をした少女・デジモンイレイザー。 シュウが持つゴーグルと同じモノを装着しており、その容姿はどこか妹と似ていた。 しかしその目に宿る光は人間らしい温かさがまるでなく、常に此方を嘲笑う言動もどこか機械的な印象を受けた。 彼女がどういう経緯で自分を試し、遊ぶような行動に出ているのかはわからないがミヨを取り戻せるならそんな事はどうでもよかった。 生まれに不幸はあったもしれない、だがそれだけだ…なんの罪も無い幼き妹がただ生きている現実さえ取り戻すことができたならとシュウは思った。 「シュウ、見ろよ」 ユキアグモンに声をかけられてハッと前を見るとそこにはパトランプのような生き物がシュウたちをじっと見つめていた。 「なぁユキアグモン、あれはどんなデジモンなんだ」 「コイツはピーポモンっていうアプモンだゼ!」 「アプモンってさ、たまにいるけどお前たちとどう違うんだ?」 「…しらん!」 ユキアグモンが胸を張ってそう言うのでシュウは思わずその場でずっこける。 「…まぁいいや。そんで、ピーポモンってのはなにするんだ」 「テキを見つけたら頭のランプをめっちゃ光らせながらバカみたいに叫ぶんだゼ!」 ピーポモンが今度はユキアグモンも見ると、ランプがくるくると回転をさせてピクピクと体を震わせ始めた。 「おいこれがそうなんじゃねぇか?」 「おう!そうだゼ!」 「そうだゼ!じゃねーって!」 シュウが後退ろうするが時は既に遅く、ピーポモンは甲高い奇声を発しながらバタバタとその場で暴れだしてしまった。 「そーーーれい!」 突如現れた何者かが太陽を背にピーポモンへ飛びかかった。 バキャ!とプラスチックが破裂したような音が鳴り、ピーポモンはその機能を停止した。 「危なかったねぇ〜」 空中で数度回転しながら見事に着地した少女はシュウの方を向いてにこやかに話しかけてくる。 白と黒が目立つスポーツウェアとサンバイザーを身につけた見るからに運動部といった姿で、見せるためではない実用的な筋肉がついたその体は少女にしてはがっしりとしていた。 そしてなにより「「デカっ!?」」そうシュウとユキアグモンが叫ぶ程に高身長であった。 「はっはっは。よく言われるよ!」 「俺は平均身長だ」 「ボク何も言ってないよ?」 少女に見つめられたシュウは反射的にそう答えた。 「…ところでどちらさま?俺は祭後終、こいつはユキアグモンです」 「ボクは灯導 千尋!よろしくぅ!ぶい!」 思わず敬語になるシュウに少女はピースサインと共にそう名乗った。 「よろしくだゼ!」 「よろしくぅ〜!」 「こちらこそよろしくだゼ〜!」 「じゃあボクもよろしくよろしく!」 「…」 底抜けにテンションの高い一人と一匹のよろしく合戦にシュウが声をかけるタイミングを失っていると「おーい」と頭上から声をかけてくるデジモンがいた。 「千尋〜だれもいなかったよ〜」 「キャンドモンおつかれ〜こっちは一組見つけたよ!」 千尋が空に向かって手を振りながら答えた相手は溶けかけの蝋燭が浮いたようなデジモン・キャンドモンだった。 ゆっくりフワフワと下りてくる彼にユキアグモンも釣られて手を振る。 「めずらしいね〜ニンゲンがいたのかい」 「ずっと隠れていたのかもね」 「状況がさっぱりだ。俺達はさっきこの廃墟に来たばかりなんだ」 千尋とキャンドモンのやり取りを前にシュウはそうぼやく。 「キミたちは逃げ遅れた訳じゃなかったのかい?随分と眠そうな顔してたからボクのキャンドモンに似てのんびり屋さんなのかと…」 「シュウはいつも眠そうな顔だけどコレが普通だゼ!」 「逆に聞き返して悪いが、ここにいた人達やデジモンはみんなどこかにいるんだな」 その問にシュウが答えると千尋は神妙な顔つきで頷いた。 「あぁ。ここはストラクチャシティと呼ばれる場所だったんだ」 「す、すとらくちゃしてー?」 ユキアグモンが首を傾げる。 「電気やガスを各地に送るインフラ施設がある町だったんだ。それがほら…どこも酷い有り様だ」 千尋とキャンドモンに促されてシュウは改めて辺りを見回して見ると、確かに工場のような残骸も多く点在していた。 「ストライキシティはどーしてこんなコトになっちまったんだ?」 「ストラクチャシティな」 「それとリストラシティのヤツらはどーなったんだ?」 「ストラクチャシティ」 「変なやつだねキミ」 「シュウ、言われてンぞ」 「お前だよお前!!」 シュウとユキアグモンの漫才に千尋は思わず吹き出すが、真面目な顔に戻ると説明を続けた。 「電気の過剰供給によりインフラが麻痺し、ストラクチャシティは爆発した…それはある完全体デジモンの仕業だったのさ」 「なんだって?」 シュウは完全体という単語にピクッと体を反応させる。 「ヤツの名前はメタリフェクワガーモン。メカで武装した完全体の中でも相当厄介なデジモンだ」 「…そうか」 「ヤツは変電所の電気を吸収してパワーアップしやがった…ボクたちも皆を守りながら一矢報いるのがやっとだったよ」 「でも千尋はよく頑張ったよ〜」 千尋が包帯でキツく縛られた自分の手を悔しそうにグッと握ると、キャンドモンは小さい手でナデナデと彼女の頭を撫でた。 町に住んでいたデジモンたちが言うには…と千尋が続けると、その言葉にユキアグモンは厳しい表情になる。 「ストラクチャシティはD-ブリガードという組織に建造されて多くのデジモンが強制労働させられていたんだ」 「…」 「首領である魔王・バルバモンが撃破されると拐われて来たデジモンたちが頑張って皆のための町として生まれ変わらせたんだ」 ユキアグモンは申し訳なさそうな顔で「逃げきれたデジモンたちは…」と千尋に聞く。 「ある場所に避難させている。来るかい?」 「あぁ、勿論だ」 答えを躊躇うユキアグモンの頭にポンと手を置いたシュウがそう返答する。 千尋は微笑みながら頷き、キャンドモンと共に廃墟を逆に進んで行った。 やがてシュウが来た道から逸れると自動販売機がポツンと一つあった。 千尋がその自動販売機のボタンを幾つか押して最後に右下と左上を同時に押すと、何も無い洞窟の中心に空間の歪みが生まれる。 「この中が避難所さ。おいで」 「こりゃすげぇ」 「空間を圧縮してその中に隠れているんだとさ。ボクは詳しくないけどね」 「やっべーーー!!シュウ、さっさといこうゼ!」 シュウはユキアグモンに背中を押されつつその歪みへと飛び込む。 そこにはまるで映画で見た野戦病院の様な状態になっており、思わずユキアグモンも黙り込む。 そこかしこに白いテントが立てられており、中では傷ついたデジモンたちが手当てを受けている。 「ひでぇ…」 シュウとユキアグモンは近くのテントへと近付くとチラリと中を覗き込んだ。 そこには傷だらけのデジモンたちが弱々しく横たわっており、その弱々しい姿に思わず目を背ける。 ユキアグモンは慌てて首をブンブン横に降ると「こいつぁデジモンイレイザーが関係無かろうと放っておく事はできねぇゼ!」と目を怒らせた。 辺りをふわふわと進むキャンドモンが顔を上げ、手を振ると「リタ〜」と楽しそうに一人の少女へ声をかけた。 「お〜キャンドモン…ってコトは…誰アンタ」 そう呼ばれた彼女は紫色の髪に桃色のメッシュを入れた派手な見た目であり、ビジュアル系やそのファン層がするような服装をしていた。 「俺は祭後終。よろしく」 リタはシュウから差し出された手を無視し、横目にユキアグモンを見ると少しどもってから手をひらひらと振る。 「アタシ、リタね」 返事まで間があった事に千尋はニヤつくと「あれあれ。もしかしてタイプだったりした?」と煽る。 「殴るよ千尋。こんな眠そうなオッサン誰が」 「君たち正論は時にして人を傷つけるんだぞ?」 「はっはっは。それよりね、リタは避難所で色々とお手伝いをしてくれてるんだ」 「アタシも巻き込まれたクチ。ホントはマジやってらんねーってカンジだけどしゃーないワ」 ため息混じりにそう言いながら頭をポリポリ掻くリタにシュウは「そう簡単にできるコトじゃないさ。君は偉いよ」と微笑む。 「は?キモ…」 「オレ!オレ、ユキアグモン!」 「はいはいよろしく」 思い切り手を振るユキアグモンに対し、リタは仕方なく握手に応じる。 「で、アンタらはこれからどうするワケ?」 「とりあえずストラクチャシティだな。メタリフェクワガーモンに用があるかもしれねぇ」 「…ふーん。ま、がんばりなよ」 「ボクたちも行こう。キミたちだけに無理はさせたくないからね」 「ありがとう。よろしく頼む」 シュウは千尋から差し出された手を見ると彼女を見上げる。 「俺は平均身長だ」 「うん。なんにも言ってないよ」 今度こそ二人は硬く握手を交わすとマントを靡かせながら出口へと向かっていった。 二人が姿を消すのを見送ったリタは不適に笑みを浮かべるのだった。 「報告ありがとうございます。そしてなんと優秀なキミたちには報酬を3倍にするチャンスがあるのです…どうですか?」 ・02 ユキアグモンが回し蹴りでハグルモンを気絶させると辺りは静かになった。 「千尋がピーポモンを壊しちゃったから警備のデジモンが増えてるね〜」 「はは…ごめんね」 「まだストラクチャシティにすら入り込めてないからな。さてどこから入るかな」 「それはボクにアイディアがあるよ」 千尋はD-3のボタンを押すと空中に地図が表示される。 「避難所のデジモンたちがくれたストラクチャシティの変電所とその周辺施設、交通網のデータだよ」 千尋は地図に赤い点をいくつか表示させる。 「これは?」 「地下通路の出口さ。複雑で広い通路なら敵に遭遇する確率を減らせるんじゃないかな?」 「なるほど…だったらココを目指そう」 シュウが指差した場所は変電所を越してその数km先の出口だった。 「直接乗り込むンじゃねーのかよ!」 「変電所にメタリフェクワガーモンがいるなら一番近い所は警備が厚いに決まってる」 「あえて少し遠くから行くわけだね〜」 「それがタグの持ち主ならなおのこと…だろ?」 「なるほど!わかんないけどわかったゼ!」 「タグ…なんだいそれは」 ユキアグモンが両手を突き上げてはしゃぐ横で、シュウは千尋たちに自分たちの旅の理由を話ながら歩きだした。 「行方不明の妹ちゃんを助けるためにイレイザーベースを探しているってコトなんだね〜」 「ボクも弟みたいなのはいるから気持ちはわかるよ。手伝わせてくれ」 千尋は少し躊躇うと「…それに、デジモンイレイザーという名前をメタリフェクワガーモンから聞いた」と続けた。 シュウはその言葉を聞いて僅かに震えると大きく溜め息をついてからニヤっと一瞬だけ笑った。 「…なによりもまずはここだ」 シュウたちの前には暫く使われて無さそうな枯れた下水道の出口があった。 「キャンドモン、悪いけど先頭を頼むよ」 「ちょっとイヤだけど仕方ないね〜」 キャンドモンの火を頼りに歩く順番を決め、その次にシュウ・千尋・ユキアグモンと続く。 千尋が辺りの様子を伺うその前で、シュウは横道を見つける度にそこへ丸い何かを転がしていく。 「それは何をやってるんだい?」 「ま、後のお楽しみかな」 地図を確認しつつ暫く進むと目の前に何体ものデジモンが姿を現し、その先頭に立つ白色のガードロモンが声を張り上げた。 「ニンゲン確認。照合。照合。結果。祭後終」 「ストラクチャシティのガードデジモン…セキュリティをハッキングされたみたいだね!」 「悪いけど押し通る。ユキアグモン!」 シュウはデジヴァイス01に手を添え、いつでも指示入力を行えるように構えた。 「おうっ!」 ユキアグモンは一気に飛び出し、先頭のガードロモンを思い切り踏み越えて彼等の中心に着地する。 頭をへこませたガードロモンが振り返り「侵入者を発見!」と叫び、同時に他のガードロモンもユキアグモンへ向き直った。 敵を認識したガードロモンは一斉に飛びかかるが、ユキアグモンは素早くその攻撃を避けつつも股下を潜り抜ける。 互いに追突したガードロモンは目を回しており、その隙を狙ったキャンドモンが彼等をまとめて囲める程に大きな炎の輪を大きく作る。 【キャンドルリング】 キャンドモンは力を込めるとその輪が一気に閉まり、ガードロモンたちを纏めて燃焼させてしまう。 すかさず飛び出した千尋が次々とガードロモンの腕に拳を打ち込んで捻り上げていった。 「いてて…いっちょあがり!」 「おいおい本当に人間かよ…」 千尋のVサインに引き笑いを起こすシュウだが、ユキアグモンは目を輝かせていた。 「千尋〜やっぱり痛む?無理はだめだからね〜」 「うん、じゃあ次はお任せするかな。ありがとうキャンドモン」 すっかり熟れたコンビネーションを見せる千尋とキャンドモンにユキアグモンは近づくと険しい表情を浮かべていた。 「なんだ?大丈夫なのか?」 「ははは…メタリフェクワガーモンに両腕を折られただけだよ。あんな事されなければそのまま腕を引っこ抜いたりとかできるんだけど…」 千尋は包帯を巻いた腕をひらひらと振って作り笑いをする。 シュウは腕を折られたことはないが、自分はとても耐えられる痛みでは無い…というか動かせないだろうと汗を垂らす。 「ユキアグモンは大丈夫?」と千尋が聞くと、ユキアグモンは親指を立てながら笑う。 「気絶したガードロモンたちは暫く起きないだろうね〜」 「みんな行こうゼ!」 「あぁ…」 二人二匹は再びストラクチャシティを目指して歩きだすが、シュウはガードロモンが何故か自分のことを知っていたことが引っ掛かっていた。 ・03 数々の警備デジモンを機能停止させなが進んだシュウたちはようやく予定されていた廃下水道の出口にたどり着く。 階段を登り、僅かに頭を出したシュウは辺りを見渡すが既に使われなくなっているであろう小屋には誰もいなかった。 「早く出ろよ〜」 「俺達が何やってるのかわかってるのかお前は…」 「メタリフェクワガーモンをぶっ飛ばすンだろ!」 シュウは無言でユキアグモンの頭を蹴りつけてからマンホールを押し上げてキャンドモンを先行させる。 「監視カメラみたいなヤツはないよ〜」 「ありがとなキャンドモン。これで第一目標はクリアだ」 キャンドモンから報告を受けたシュウはマンホールを完全に開くと地上へ上がった。 ユキアグモンは頭のコブを撫でながら「こっからどーすンだ?」とシュウ達へ問いかける。 「変電所の裏口から入ってなるべく見つからないようにしてメタリフェクワガーモンを撃破する…かな」 シュウは二匹に回復ディスクを当て、デジヴァイス01の画面でステータスを確認すると立ち上がる。 千尋が包帯を巻き直すのを済ませた時、背後の物音を聞き取った。 「誰だい。出てきなよ」 「うわわっ…ってあのときのニンゲン!?」 キャンドモンが振り返ると、そこには一匹のデジモンがひっくり返っていた。 「ゴロモン!君も逃げ遅れた町のデジモンなの〜?」 それはゴロモンという岩に足がついたような一つ目の幼年期デジモンであった。 「お、お…おれはメタリフェクワガーモンがたすけたくて…」 「助ける…メタリフェクワガーモンって町をブッ壊したデジモンイレイザーの手下じゃねーのか?」 ゴロモンはユキアグモンの言葉に「ちがう!」と声を張り上げてこれまでの事を語り出す。 「あいつはそんなにわるいやつじゃない…きゅうにおかしくなっちゃったんだよ…」 メタリフェクワガーモンは変電所を管理する真面目なデジモンであり、迷い混んだ自分にも優しくしてくれた。 友達がいなかったゴロモンはメタリフェクワガーモンにとても懐いており平和に過ごしていたが、ある日突然に町のいたる所で破壊が始まってしまった。 「避難誘導。ゴロモン。出口はあっち」 混乱する町でガードロモンに避難を促されるが、ゴロモンは彼等を振り切って変電所に侵入する。 なんとかメタリフェクワガーモンの元までたどり着いたゴロモンが見たのは肘を逆方向に折られて倒れる少女…千尋だった。 「ぐあああっ!」 ゴロモンが探した彼は変電所を守るどころか、その電気を大きく吸って町を破壊した元凶であった。 「デジモンイレイザー様の目的は達成されなければならない」 そう呟くと千尋を地面に投げ飛ばし、腕の武器を強く光らせる。 【バーニングフィスト】 その時、キャンドモンが進化した成熟期デジモン・メラモンから繰り出された必殺の拳がメタリフェクワガーモンの顔面を打った。 【ヒートウェーブ】 連続で放たれた分厚い炎の波がメタリフェクワガーモンの視界を塞ぎ、炎が消える頃には千尋とメラモンもその姿を消していた。 ゴロモンはその戦いを前にすっかりと気絶しており、誰の気配も感知できなくなったメタリフェクワガーモンはゆっくりと変電所の奥へ姿を行方を晦ました。 やがて目を覚ましたゴロモンは誰もいないここまで逃げ、怯えて数日を過ごした後にシュウたちと出会ったという。 「そういう事だったんだね。メタリフェクワガーモンを助けてあげられなくてごめんよ…」 「デジモンイレイザーめ!色んなトコで悪さしやがって!」 ゴロモンの話を聞いたシュウはゴロモンに歩み寄り、ビクリと体を跳ねさせて怯えた様子をみせる彼の頭を撫でた。 「よくがんばったな」 「…へ?」 そんな反応が返ってくるとは思わず、間抜けな声を出すゴロモン。 「俺だったら多分、怖くて動けなくなってるかもな」 「シュウって案外ビビリだからな〜!」 そう笑顔ではしゃぐユキアグモンにシュウは目を尖らせて「そこはそんな事ないぞ!とか言えよ!」と頬をつねった。 「オレたちに任せなぁ!」 「そうだね。きっと何か理由があるんだろうさ」 「も〜腕を折られてるのに〜」 やれやれと体を振りながらも出口に向かうキャンドモンは千尋について行く。 シュウも立ち上がると、既に入り口で跳ねるユキアグモンを追いかけて小屋を出ていこうとする。 「おれも!おれもいく!」 「ま、いいんじゃないか?」シュウがその一言と共に扉を開くと、そこは曇天だった。 ・04 変電所に入り込んだシュウたちはその不自然な静かさに違和感を覚えつつも道をぐんぐんと進み、その中心部…広いスペースのエリアへ辿り着いた。 「上、来るよ!」と千尋が叫ぶと天井から大きな電灯と共に瓦礫の山が崩れて落ちてきた。 その影から現れた存在を見てゴロモンが目を見開く。 「メタリフェクワガーモン…!」 それは正に変電所を占領する金色のボディーを持つ完全体デジモン・メタリフェクワガーモンだった。 「イレイザー様の命により貴様等をここで排除する」 「どうにかして元に戻す方法を探さないとだな」 メタリフェクワガーモンは目を光らせると電気を地面に走らせる。 「キャンドモン!」 千尋のD-3から放たれた光を受けたキャンドモンは頭の炎を全身を包むほどに広げ、そのまま巨大化するとメラモンへと姿を変えた。 「ユキアグモン!」 ユキアグモンはデジヴァイス01から光を受けその姿を戦闘に特化させた姿・ストライクドラモンへと進化させる。 「頼んだよ!」 「やってやるゼ!」 千尋の声援を受けながら走り出したストライクドラモンは拳を鳴らしながらメタリフェクワガーモンへと突進していく。 メタリフェクワガーモンは巨大な腕から繰り出すエミットブレイドで迎撃に出るが、ストライクドラモンはそれを跳躍してかわすと大きく回転して尻尾を背中に打ちつける。 僅かに姿勢を崩したメタリフェクワガーモンにメラモンは炎を連続発射して追撃を行う。 苦しそうな声を上げるメタリフェクワガーモンに接近したストライクドラモンとメラモンは前後から挟み撃ちにする形で拳を叩き付けた。 その衝撃で上空へ吹き飛ばされた彼は先程自分で崩した天井の瓦礫に向かって落下する。 四肢を振って瓦礫を吹き飛ばしたメタリフェクワガーモンは腕を光らせるとそこから放つ必殺のホーミングレーザーを連発した。 凄まじい精度の遠隔操作で瓦礫の間を潜らせ、ストライクドラモンとメラモンに不意打ちする形で直撃させた。 「うわっ!」 「くっそ…!」 ゴロモンは慌てながらメタリフェクワガーモンとストライクドラモンたちをキョロキョロと見回す。 「メタリフェクワガーモン!ひどいことするなよー!」 ゴロモンの声にメタリフェクワガーモンは一瞬だけ動きを止めるが、すぐにストライクドラモンに接近して顔面を打った。 その隙を狙ってメラモンが背後を取ってそのまま掴みかかるが、両腕から発射したホーミングレーザーで背後のメラモンを撃ち抜いて振りほどいてしまう。 「…ゴロモン、彼の名前を呼び続けるんだ!」 シュウの言う通りにゴロモンは声を張り上げ続ける。 ストライクドラモンとメラモンは同時に炎を発射するが、メタリフェクワガーモンはその炎の間を縫うように移動しながら一気に接近してダブルラリアットを叩き込む。 正面からもろに攻撃を受けてしまったストライクドラモンは大きく吹き飛ばされてしまう。 そのまま壁にめり込むストライクドラモンめがけてホーミングレーザーの追撃が行われ、ユキアグモンに退化してしまう。 「くそっ!」 起き上がったメラモンがその隙にバーニングフィストを叩き込んで壁まで吹き飛ばす。 大ダメージのユキアグモンを前にしたゴロモンが大きく目を見開いてメタリフェクワガーモンの名前を叫ぶと、彼の体を強い光が包んだ。 「この光、まさか!」 千尋が驚くとその光は炸裂し、そこには本の頭とペンの両腕を持つ並アプモン・アドモンが現れた。 「ゴロモンのやつ進化したゼ!」 「この力ならメタリフェクワガーモンを助けられる…!」 【アドサーチ】 アドモンのページが光るとメタリフェクワガーモンの解析が瞬時に行われ、その結果に彼は体を震わせる。 「なに…この黒いヤツ!」 データが空中に表示されるとメラモンは驚いて声を上げた。 「黒の電脳核(デジコア)だ!ソレを取り付けられたデジモンは洗脳されちゃうって友達から聞いた事があるよ!」 「アレがメタリフェクワガーモンがおかしくなった原因だってことかい?」 「だと思う。以前のメタリフェクワガーモンのデータを照らし合わせたけど、そんなモノは無い」 「それはどこにあるんだ?」 アドモンはデータを拡大して頭の右角を示すと「ここだ!」と叫ぶ。 「決まりだな」 シュウはニッと笑い、ユキアグモンは両腕の拳をぶつけ合う。 「作戦会議は終わりか」 壁から這い出たメタリフェクワガーモンはゆらりと立ち上がると、巨大な腕からレーザーを発射する。 【マグマボム】 メラモンは大型の火球を光線の中心に叩き付けてレーザーをかき消し、残ったレーザーは壁や天井に激突して壁を抉った。 「メラモン、千尋ちゃん!メタリフェクワガーモンをあそこまておびき寄せてくれ」 シュウはゴーグルを装着するとデジヴァイス01を起動し、アドモンが確認したデータをゴーグルへ転送した。 そしてユキアグモンとメラモンへ作戦をアップリンクする。 「ようしメラモン!」 千尋の声に答えてメラモンは飛び出すとメタリフェクワガーモンの右角を捉えた回し蹴りを放つ。 「おりゃー!」 「対処完了」 メタリフェクワガーモンは角にダメージを負ったものの、メラモンの足を掴んで動きを封じた。 その時ユキアグモンが山なりに放ったリトルスノーが命中するものの、メタリフェクワガーモンの角を冷やすだけでダメージはほぼなかった。 「損害微少」 メラモンは続けてハイキックを連続で行ったが、メタリフェクワガーモンは何度目かに突き出された足を掴むと大きく振り回してから壁に向かって投げ飛つけた。 ボゴっと音をたてて壁に打ち込まれるとメラモンは口から空気を吐いた。 「排除」 メタリフェクワガーモンは腕からエミットブレイドを展開するとゆっくりとメラモンへ向かって接近を開始する。 直後、シュウが懐から取り出したスイッチのボタンを押すと幾つもの爆発が起こって凄まじい音を変電所内に響かせた。 「!?」 煙が止むとそこには下半身を瓦礫の下に埋もれさせたメタリフェクワガーモンが上半身だけを晒す状態になっていた。 「っしゃあ!お楽しみが上手く行ったな!」 体をよじらせてくが、中々脱出できる気配のないメタリフェクワガーモンを前にシュウは指を鳴らしながらしたり顔を見せた。 「今だユキアグモン!」 【スノークロウ】 その時、ユキアグモンが千切れた電線を掴んでロープ代わりに滑り落ちるとその勢いを足した攻撃をメタリフェクワガーモンの右角に放った。 【バーニングフィスト】 起き上がったメラモンがグングンと歩いて接近すると渾身の拳で追撃を行った。 振るわれた拳がついにメタリフェクワガーモンの右角を砕くと、床に落ちた黒の電脳核は砂の様にさらさらと消えていく。 「やったね〜」 「要塞に攻め込んだ時にマモとヨネくんとコマンドラモンをいっぱい蹴散らしたんだ。その時にアイツらの持ってるDCDボムとその起動装置をちょろまかして…」 「わ、私は…?」 「メタリフェクワガーモン!おれだよ!」 「鉄っていうのは急速に冷やしたり熱すると段々壊れやすくなっていって…」 眉間に指を当てて作戦をペラペラと語るシュウだが、目を覚ましたメタリフェクワガーモンに向かって走り出すアドモンを前にシュウは「あら〜」と言いながらすっ転んだ。 「ゴロモンか…立派に進化して…」 「いや、まぁよかったよ」 二匹が戯れる様子を前にゴーグルを下ろして頭を掻くシュウは、なんとなく再びデジヴァイス01に表示されたデータを見ると眉を潜めた。 シュウがメタリフェクワガーモンの後ろに回るのでユキアグモンもそれをおいかけていくと、彼はそこにある灰色の六角形を指差した。 「メタリフェクワガーモン、これはなんだ」 「うおおおっ!?オレの左腕についてるヤツとそっくりだゼ!」 ユキアグモンは今度はドタバタとメタリフェクワガーモンの前に回ると左腕を見せながらちょんちょんと右の指先でつつく。 あまりにも寄ってくるのでメタリフェクワガーモンは少し後ろに反り返る。 「ち、ちかい…いや、それはデジメモリ!貴方たちは変異種(イリーガル)とそのテイマーか」 「「いりーがるぅ?」」 その言葉に千尋とメラモンは一緒に首を傾げる。 「ならば最初はデジメモリについて語らねばなるまい…」 メタリフェクワガーモンがそう告げると、二人のデジヴァイスには八つの絵柄が描かれた六角形の物体を写す立体映像が表示される。 「デジメモリとはデジタルワールドの創生に関わるアイテムであり、それはアンコク・キカイヘンイ・ケモノ・セイ・トリ・ミズ・ムシクサキ・リュウの紋章が描かれた八つが存在している」 「これらは自由に世界を作り替える力を秘めており、デジモンが誕生する際にランダムに与えられる。全てのデジメモリを集めることそれ即ち、宇宙の破滅と創生すら可能とさせるのだ」 八つの物体が一つに集まると額に巨大な水晶を備えたようなデジモンらしき小さな影が表示される。 「故に変異種として生まれた我々はデジメモリが悪用をされるのを防がなければならず、そのために振るう事を許された”盾”こそデジメモリの持つ力の一端を僅かに借りて放つ奥義・変異種防壁(イリーガルプロテクト)だ」 続いて写し出された映像は大きな鼻と腰まで伸びた顎髭を蓄えた老人のようなデジモンで、そこからデジメモリまで線が伸びるもののレンズ状のバリアが表示されてその線を遮断した。 バリアの横には凄まじい防御性能の数値が羅列される。 「うおおっ!?アレってそんなすげーヤツだったのか!」 「はは…デジヴァイス01の技一覧に表示されるから適当に使わせてた」 「大体はこんな所だろうか。理解してくれただろうか」 メタリフェクワガーモンが神妙な顔つきでそう言うと、先程までのモノを繰り返し表示しだす映像から目を剃らしたシュウは頷いた。 「…理解した。理解はしたが話の規模が大きすぎて混乱している。ゆっくり事実だと受け入れることにするさ」 「でもよー」 腕を組んで首をかしげるユキアグモンに「なにかあるのかい?」と千尋が問いかけると彼は続けた。 「オマエのデジメモリは灰色じゃんか。なんも絵は描いてないゼ?」 ユキアグモンは自分のデジメモリに描かれていたリュウのマークを指差す。 「…情けない話だが私の持つキカイヘンイのデジメモリは盗まれたしまったのだ」 「盗まれた…まさかメタリフェクワガーモンがおかしくなったのと関係があるの!?」 アドモンが驚きの声を上げると、メタリフェクワガーモンは「そうだ」と頷いた。 「ある日、私の前に現れたデジモンは舞爪(ぶそう)のイレイザーベースの主を名乗った。ヤツは私からキカイヘンイのデジメモリを奪い、黒の電脳核を埋め込むと私自身に町を破壊させたんだ」 シュウは思わず「偽撃転殺の計だ!」と叫んだ。 「俺は君がイレイザーベースの主だと思っていた。だが実際は洗脳されただけの被害者だった」 アドモンはメタリフェクワガーモンに抱きつきながら必死に頷く。 「そして変電所自体には警備デジモンがいなかった!」 「なに?ここの青いガードロモンたちは私よりも先に洗脳されていたハズだ」 「つまりは町の外に…いや、避難所に進攻を開始しているんだ!」 「でも〜避難所はちゃんと隠れた所にあるよ〜」 「方法はわからない…だが、確実にバレてるだろうな。そうじゃなきゃココを空っぽになんかしないさ」 千尋とメラモンはメタリフェクワガーモンに寄ると瓦礫を掴んでは投げ飛ばし始める。 「君たちは先に行ってくれ。ボクたちメタリフェクワガーモンを掘り起こしてから行くよ」 「すまない…後で私も向かう」 「シュウ、ユキアグモン。これを使って!」 アドモンが機械を弄るとどこからか浮遊するトロッコのような乗り物があらわれる。 「変電所で使ってたモノだよ。これなら走るよりも早いさ!」 一人と一匹はアドモンにお礼を言うと浮遊トロッコに乗り込んで発進させる。 「ここは任せたゼ!」 「なんとか持ち堪えていてくれ!」 アドモンとメタリフェクワガーモンに見送られながら二人は避難所へと急ぐのだった。 ・05 シュウたちがたどり着いた避難所は既に擬装は解除されており、廃棄同然の姿となっていた。 割れたデジタマや床に散る赤い液体がその惨劇を思い起こさせる。 「ちくしょーっ!」 辺りに逃げ遅れた人がいないか探しに走り回るユキアグモンをよそにシュウの脳裏に荒んだホテルの一室が思い起こされる。 破かれた布団、ヒビの入った窓ガラス、色々なものを叩きつけられてへこんだ床、割れたテレビ─大きく切り傷の入った右腕。 ドンドンと机を叩く音、助けを呼ぶ親友の悲鳴…ありもしない音がシュウの脳に流れ込み嫌な汗を吹き出させる。 「はぁっ…はぁっ…!」 ユキアグモンに荒い呼吸を聞かれたくないシュウは自分で自分の首を絞め、それを止めようとする。 胃酸が僅かに逆流し、一瞬気が楽になると壁にほぼ倒れる形で寄りかかる。 「はっ…ふっ…」 素早く呼吸を整えたシュウは首から手を離すと、いつもの冷静なフリをした顔をなんとか取り戻す。 マントの位置を調整して自分でつけた首のアザを隠すと、困った顔で辺りを散策するユキアグモンの元へゆっくりと歩き出した。 頼れる存在でなければならない。 誰かを心配させてはならない。 弱さは見せてはいけない。 薄汚れた人格はいらない。 大人とは、兄とは、俺とはそうでなければならないからだ。 「お待ちしておりましたよ」 その一言と共にユキアグモンの絶叫が辺りに響いた。 慌てて彼の方を見れば、大きな袖から指のように幾つもの刃を展開する完全体デジモン・マタドゥルモンが傷ついたユキアグモンを宙吊りにするよう持ち上げていた。 そして物陰からガードロモンを始めとする変電所の警備デジモンたちが瓦礫の影から出てくると、銃を構えながらこちらを囲むように歩き出した。 「まさか…お前がイレイザーベースの」 「ご明察です。私が舞爪のイレイザーベースの主・マタドゥルモン」 【完全体:マタドゥルモン】 その名乗りと同時にシュウのデジヴァイス01へ警告音声が鳴り、画面にマタドゥルモンの名前を写す。 すると彼は右手から放つ念力のような力でユキアグモンのデジメモリをベリベリと引き剥がした。 それがマタドゥルモンの手に収まると、金属製のアクセサリーに似た物体へ自ら変化した。 マタドゥルモンはユキアグモンを放り投げ、地面に落ちきる前に顔面を蹴り抜く。 シュウの前に沈黙したユキアグモンを叩きつけると袖の中からもう一つのアクセサリー…デジメモリを取り出した。 「これがメタリフェクワガーモンから譲り受けたキカイヘンイのデジメモリです」 「何が譲り受けただ…町のデジモンを巻き込みやがって!」 マタドゥルモンはフッと笑い「そうだ…イレイザーベースはですね、避難所のあるこの洞窟の地下にあったんですよ」と話した。 「なっ…そんな都合のいい事が…!」 驚愕するシュウを前にマタドゥルモンは大袈裟にやれやれと顔を横に振りつつ嘲笑すると、ゆっくり歩み寄った。 「さぁて!こんな自分のせいで町が滅んだという事実を受け入れ、後悔しながら死になさい!祭後終ゥ!」 ユキアグモンの盾になろうとするシュウに向かってマタドゥルモンの爪のような刃が振り下ろされるが、鉄の弾けるような音が鳴り響いた。 「貴様は私が支配した町の警備デジモンの筈っ!」 その刃を一匹のメカノリモンが受け止めていた。 しかしマタドゥルモンの強力な刃を前にメカノリモンの腕は火花を立ててじわじわと両断されていく。 その時、メカノリモンの頭部が開くと中から飛び出した丸い影がマタドゥルモンの胸を切り裂いた。 【完全体:テッカモン】 呻き声を上げながら後ずさるマタドゥルモンとシュウたちの間に着地した影の正体は鉄仮面で全身を包む球体型の完全体デジモン・テッカモンだった。 「ぐ…こんな報告は上がってきていないぞ真新リタ…!」 シュウが背後から現れた何者かの方へ振り向くとそこには腰まで伸びた黒いダッフルコートを首元まで閉め、フードの中からはガスマスクで隠された顔が覗く謎の女性がいた。 マスクには何かしらの機械が仕込まれているのであろう…わかりやすい程に加工された不自然な声色で彼女は話す。 「ふふ。私、あんなかわいい女の子に見つかるような間抜けじゃないですもの」 「ほほう。貴女が私を謀ったようですね…!」 マタドゥルモンを援護するように走り出したガードロモンやミミックモンがテッカモンへ向かって突撃を開始する。 だがそのテッカモンはゆらりといった擬音が似合うような動きと共に消えると、一気に総匹の警備デジモンを両断していた。 「貴方…私を援護してくれない?」 ガスマスクの女はそう言いつつポケットから取り出したデジヴァイスICをシュウに見せて振る。 それに合わせるようにテッカモンも剣をマタドゥルモンに向けるが、一瞬視線を移して消えると他の警備デジモンを切り裂いていた。 「いいだろう…俺は祭後終。君は?」 「自分が名乗ったからってみんな名乗ってくれると思ったのかしら?貴方、思ってるより単純ね」 彼女はそう言うと、飛んできたハグルモンかなにかの破片をスッと避ける。 「おいオマエ!コイツらは洗脳されてるだけなんだぞ!」 「デジモンイレイザーって子のやりかた、どうも気にくわないの」 ユキアグモンの言葉を遮るようにガスマスクの女はそう話す。 マタドゥルモンは両腕の刃を振りかざしてテッカモンに突進する。 だがその刃が触れる前にテッカモンの姿は消えてしまい、虚空を斬るだけとなった。 背後から現れたテッカモンがその剣を叩き付けるように振り下ろすが、マタドゥルモンは腕を後ろに回してその攻撃を刃で防いだ。 マタドゥルモンは素早く振り替えると、その勢いのままテッカモンをボールのように蹴り飛ばして動かなくなったメカノリモンにぶつける。 鉄のひしゃげるような音と共にメカノリモンは火花を散らしながら崩れ落ちた。 「ほら。結構やるわよ?アレ」 「シュウ、こいつなんかイヤなヤツだぞ!」 「被害を押さえる。そのために早くマタドゥルモンを倒す…ユキアグモン」 シュウから名前を呼ばれたユキアグモンは「しかたねぇーっ!」と叫びながら走り出した。 「ユキアグモン進化ーっ!」 背後から迫る光を受け、全身を白く輝かせたユキアグモンはその姿をストライクドラモンに再び進化させながらマタドゥルモンに蹴りかかった。 【ストライクドラモン:成熟期】 「オレとメタリフェクワガーモンのデジメモリ、返すなら今のうちだゼ!」 ストライクドラモンはマタドゥルモンの顔面に蹴りをめり込ませながらそう叫ぶ。 「今更何を言うかと思えば…当然、返す気などありませんよッ!」 マタドゥルモンはそう言うと気迫でストライクドラモンを弾き飛ばし、今度は自分の方からストライクドラモンに向かって走り出す。 ストライクドラモンはドゴンという音と共に壁に足を付けると、マタドゥルモンの振るった刃を爪で受け止める。 まるで刀で切りあうような音が数度響き渡り、ストライクドラモンはマタドゥルモンの刃を拳で弾きつつその隙に地面に飛び降りる。 その着地に合わせてマタドゥルモンは次の刃を振るうが、それはテッカモンに防がれる。 テッカモンは刀を離すと打ち出されるように飛び出し、マタドゥルモンの腹へ頭突きを入れて仰け反らせる。 数歩よろめくいたマタドゥルモンは腕を大きく振るって大量の刃を発射した。 【サウザントアロー】 テッカモンは刀を振るってそれを弾いて行くが、やがて両腕に刃が刺さるとそのまま壁に磔にされてしまう。 「ようやく静かになってくれましたね!」 マタドゥルモンはテッカモンに近づくとその顔面に蹴りを数度叩き込む。 鉄仮面のひしゃげる音が響くが、抵抗の無いことに舌打ちしたマタドゥルモンはテッカモンを引き抜いて地面に投げ捨てた。 援護に走ろうとするストライクドラモンの前には多くの機械デジモン軍団が洗脳されたまま立ちふさがり、行く手を阻む。 「おいあんた!テッカモンがヤバイぞ!」 ガスマスクの女は焦るシュウの声に何も反応を示さない。 勝ち誇ったマタドゥルモンは大きく飛び上がり、足を思い切り突き出した。 「蝶絶─」 だが、必殺技の構えを取ったマタドゥルモンの足を大きな光線が貫いた。 マタドゥルモンは僅かに呻きながら膝をついて着地するとその光が飛んできた方を睨んだ。 そこには先ほどのメカノリモンが煙を吹き出しながら背中から地面に倒れこんでおり、シュウはガスマスクの女が遠隔操作したものだと察した。 爆発したメカノリモンに思わず視線を釘付けにされているマタドゥルモン隙に向かい、起き上がったテッカモンは素早くマタドゥルモンの腕を切りつけた。 「ぐ…っ!」 マタドゥルモンは袖の中に隠していた二つのデジメモリを弾き飛ばされ、それは草陰に落ちた。 ・06 その頃、リタは頭の中でマタドゥルモンの声がいくつも繁昌していた。 「リタさん、シャンブルモンさん…デジモンイレイザー様が是非貴女にと」 「ストラクチャシティが大騒ぎななるのでこちらの洞窟まで避難誘導してくだされば良いのです」 「恐らく、左腕に六角系のタトゥーがあるユキアグモンをつれたテイマーがそこに現れるでしょう。彼等がストラクチャシティに向かったらソレを私に報告してくれればいいんですよ」 「食事や必要なものは私の部下が隠れて支給しますので」 「貴女たちの行動で誰かが傷つく事はありませんよ。いつもの通りね…」 簡単なバイト…しかもバイト先の社長?であるデジモンイレイザーから直接の指名となると更なる報酬を期待できた。 それに、誰かから必要とされるのは悪い気持ちではなかった。 「やるやる。ちょ〜やる」 シャンブルモンが不安げな顔をする横でリタは二つ返事で仕事を受けた。 「どうして…どうして…」 避難所は洞窟内に誰かが作った空間を圧縮した不可視の場所であり、騒ぎから逃れてきた自分達が”敵”から暫く隠れているのに丁度よかった。 だがそのセキュリティが解かれるとマタドゥルモンが現れ、リタの不安げな顔を横に傷ついたデジモンの虐殺を開始した。 大量のデータを飛び散らせながらケタケタと笑うマタドゥルモンはまさに地獄の死神そのものだった。 リタは、自分が手当てした幼年期デジモンたちの成れの果てであるデジタマが砕かれる光景に思わず顔を背けた。 もう誰が”敵”で誰が”味方”かはリタに理解するだけの思考力は残されておらず、ただ「死にたくない」と言いながら振るえるだけのオモチャになっていた。 いや、元からそんな判断はついていなかった。 「ひぃぃっ…」 その時、リタの頭に軽くなにかがぶつかる。 シャンブルモンが手に取ったソレこそ、先程の攻撃で吹き飛ばされたキカイヘンイのデジメモリであった。 彼はこれをマタドゥルモン…いや、ソレ以上の存在にこれを渡せば少なくともリタは生き残れるだろうと考えた。「リタちゃん、逃げろ!」 「それを私に…!」 警備デジモン・シュウ・マタドゥルモンが同時に走り出すと、リタは余計に頭の中が空っぽになっていく。 空から落ちてきた物体が足元を発火さけ、警備デジモンの行動を阻止した。 「おまたせみんな!」 それは千尋とメラモンであり、一人と一匹が頼もしく微笑むと警備デジモンを押さえつけたまま対峙する。 「貴様は私が相手だ」 押さえ込もうとするストライクドラモンを容易く蹴り飛ばしたマタドゥルモンの前にいくつもの光線が着弾する。 それは合流した片角のメタリフェクワガーモンであり、二匹は睨み合いに突入する。 「ほう…黒の電脳核を取り除かれたか」 「こういうごちゃごちゃした戦いは好きじゃないわ。それに─」 ガスマスクの女がそう呟いた刹那、赤黒い突風が吹くと共にブラックセラフィモンが姿を現れた。 彼はシャンブルモンからキカイヘンイのデジメモリを掠め取り、それが本物か確認する。 「問題は無いようだ。君の仕事はデジモンイレイザーに伝えておこう」 「えっ…えっ…?」 ブラックセラフィモンから向けられた言葉で困惑と驚愕に挟まれるリタとシャンブルモン。 【斬電剣】 直後、激しい電撃の放出される音と共に刀を振り下ろしていたギロモンが出現する。 だが、既にブラックセラフィモンの姿はなかった。 「逃がしたわね」 ガスマスクの女は飽きた様子で肩をすくめると、ギロモンと共に影に消えていった。 シャンブルモンには未だにデジメモリを手放した実感がないままだった。 「大丈夫か?」 リタとシャンブルモンに駆け寄ったシュウは一人と一匹の前で膝を突いて声をかける。 「…ごめん」 リタはへたりこんだまま頭を下げて項垂れ、シャンブルモンもリタの横で顔を伏せて座りこんでいた。 「マタドゥルモンがリタちゃんの名前を出した時になんとなく察しはついてたよ」 「こんな…こんな酷いことになるなんて思ってもなかった…アタシはただのバイトだと思って…!」 「リタちゃんは間違っただけだ。悪いのはデジモンイレイザーだ」 そう言われたリタはボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。 シュウは懐からハンカチを取り出し、彼女の頭を少し撫でる。 シャンブルモンは足元にあるリュウのデジメモリに気付くとそれを拾い上げてシュウに渡す。 「ありがとうな。ここで待っててくれ、終わらせてくるから」 彼女は涙を拭きながらコクコクと頷き、そのハンカチで鼻をかんだ。 シュウは一瞬「えっ」という顔をするものの、立ち上がるとストライクドラモンの元へ走り出した。 「シャンブルモンはリタちゃんを守っててくれ!」 ・07 「待たせたなストライクドラモン」 「へっ。全然!」 ストライクドラモンが両手を鳴らすと、何度か軽く跳ねて準備運動を終わらせる。 メタリフェクワガーモンと切り結び、攻撃をいなすマタドゥルモンは横目でブラックセラフィモンが消えた事を確認する。 「リュウのデジメモリは渡しそびれてしまったか…だが、私がここで貴様たちを全員始末してしまえば良い」 マタドゥルモンは続けて飛び付くストライクドラモンを蹴り飛ばし、爪を研ぐように刃を擦り合わせる。 「それは変わらぬ事実だっ!」 【サウザントアロー】 光を反射する鉄がまるでマタドゥルモンの袖を輝かせるよう光り、大量の刃が発射されると周囲に降り注ぐ。 無差別に放たれる鉄の雨は味方にしている警備デジモンごと撃ち抜き始めてしまう。 メラモンと千尋は降り注ぐ刃を拳で弾いて警備デジモンを守ろうとするが、その警備デジモンたちからの攻撃も回避しながらでは対処が追い付かない。 「くそ!お構い無しか!」 マタドゥルモンは千尋の悪態を無視しながら刃を降らせ続け、一人と一匹を少しずつ追い詰めていく。 シュウに向かう刃を弾くメタリフェクワガーモンだが、その一つを取り逃してシュウの頬に切り傷ができてしまう。 「すまない。私が操られたばかりに君たちを無駄に傷つけてしまった」 「そりゃお互い様だろ…ストライクドラモン!」 続いてマントを破かれながらもシュウがリュウのデジメモリを放り投げると、即座に赤外線を三匹のデジモンに向けてアップリンクする。 ストライクドラモンは投げられたデジメモリを掴むと、左腕の端子にリュウのマークが再び浮かび上がるのを見てニヤっと笑う。 アップリンクを受けたメタリフェクワガーモン・メラモンの二匹がシュウの方を向き、僅かに頷く。 「俺にアイディアがある。みんな任せてくれ」 「当たり前だゼーーっ!」 前進を開始するストライクドラモンのためにメタリフェクワガーモンがホーミングレーザーによって迫る刃を次々と撃ち落として行く。 ストライクドラモンはマタドゥルモンを追い越すと、素早く高い木を昇り先端から全力で飛び上がった。 「うおおおおっ!!」 雄叫びと共に回転をかけながら変異種防壁(イリーガルプロテクト)を起動したストライクドラモンはマタドゥルモンの袖から放たれる刃・サウザントアローを全てバリアで受け止める。 「千尋!」 「よし!いけ二人とも!」 「─なるほどねッ!」 シュウとメラモンの呼び掛けに千尋は作戦を理解し、クラウチングスタートで正面から突っ込む。 迫る千尋とメラモンを前に放つ刃が未知のバリアを破れないと判断したマタドゥルモンは素早く飛び退き、構えを取る。 【蝶絶喇叭蹴】 シュウのデジヴァイス01に警告音が鳴り、千尋&メラモンとマタドゥルモンは同時に地面を抉ると全力の飛び蹴りを放った。 「舐めるな成熟期ィ!俺様が負けるかああっ!」 「本性を現したね…!」 マタドゥルモンの叫びに千尋は苦笑いするが、すぐにキッと睨み付ける。 だがキックのぶつかり合いはその荒々しい言葉から見える自信の通り、マタドゥルモン優勢のまま進んでいく。 シュウが焦りを感じて思わず目を細めたとき、マタドゥルモンのヒラヒラとした衣装の表面にキノコが突然生えだした。 どんどんと膨れたキノコは勝手にマタドゥルモンの体から溢れ落ち、彼の力を奪っていく。 千尋とメラモンに押されだしたマタドゥルモンは「貴様らぁ!」と大声で叫ぶ。 その先にはシャンブルモン…とその後ろで尻餅をついたリタが下を出してマタドゥルモンを挑発する。 「やっちゃえーーっ!」 リタの声に勢いを増したコンビが互いに気合いを込めた声をかけると、炎は膨れ上がりその蹴りはマタドゥルモンの腹を貫通した。 断末魔と共に爆発を引き起こしたマタドゥルモンはデジタマへと還り、その爆風の中から光の玉が現れた。 それはシュウの手元に渡ると、光は小さな三角形の物体…タグへと変化した。 「これが、タグか…」 ・08 戦いが終わり、静けさを取り戻した洞窟…イレイザーベースの周辺では洗脳から抜け出した警備デジモンやなんとか生き残ったストラクチャシティのデジモンたちが傷付いた体を癒していた。 「それがタグ?」 「どうやらそうらしい」 シュウは千尋に向かってデジヴァイス01の画面に三角形のアイコンが足されている所を見せた。 その後ろでユキアグモンとキャンドモンは二匹で楽しそうに遊んでいる。 「ごめん!」 物陰からリタが気まずそうに顔を出すと、突然頭を深く下げて謝った。 「リタ、ありがとね」 「えっ?その、あり…がと…」 事情をシュウから聞いていた千尋がそう笑うと、リタも困惑の表情を浮かべながらもなんとか感謝の言葉を絞り出した。 「そういうこと。ま、無事でよかったよ」 シュウがそうやって指を鳴らしてしたり顔をすると、リタはハンカチをぎゅっと握り締めた。 ふわふわと浮かぶキャンドモンに捕まって空を飛ぶシャンブルモンが楽しそうにしており、彼等もすっかり仲良くなったようだ。 「つぎ!オレ!つぎ!オレ!」 ユキアグモンはそう言いながらも既にシャンブルモンの足に飛び付いており、ふらふらと落下を始めている。 「あの…アタシたちもストラクチャシティを元に戻す手伝い…していいかな…」 「それはボクからお願いしたいほどさ」 「まだストラクチャシティに隠れているデジモンたちもいるかもしれないからな」 ようやく追い付いたアドモンを肩に乗せたメタリフェクワガーモンが現れると落ち着いた声でそう話す。 「シュウたちはタグを集めるんだろ?」 「あぁ…急がないと」 千尋の問いにそう返事をするシュウを見ていたリタは少し寂しそうな顔をする。 「でも、ココを放ってもおけない。暫くは手伝うよ」 「…じゃあ!さっさといこーぜ!」 目を輝かせながら二人の手を掴もうとするリタだったが、重量に耐えられず落下したキャンドモンたちがシュウの後頭部に激突してしまう。 リタを巻き込むギリギリで踏み留まったシュウは肩車のような状態になったユキアグモンを睨む。 「なにやってんだよアホ!」 「わり〜わり〜」 リタは思わず目を逸らして千尋の方を見ると、今度は目の前のシュウを見る…それを何度か繰り返す。 「シュウ、アンタ案外ちっちゃ…」 「俺は平均身長だ」 シュウは真顔でその言葉を遮るのだった。 集めるべきタグは、あと四つ。 おわり