真っ当な目標が出来たからかあれからトレーニングに集中できていた 京成杯に向け着実に力を付けることができたと思う しかしながら、矢張りと言うべきか出走登録者が明らかになった際には、 出走を知ったテンモンに纏わりつかれ大変ではあった どうもあの娘の中では、約束を守る為に態々あちらの予定に合わせたと解釈されている…らしい あちらのトレーナーも(テンモンに何を吹き込まれたかわからないが)警戒していると、トレーナー伝いに聞いた 何がそうさせるのか全く身に覚えはないが、テンモンは自分を評価している 少し前の自分ならばその評価に応えようとは微塵も思わなかっただろう だが、今は友人として彼女からの評価に応えたいし、トレーナーへの感謝として勝ち星が欲しい だから…負けたくはない それにだ、いくら例年よりタイムが早かったとはいえ、朝日杯のような醜態を2度も続けるわけにはいかない 体調に問題はない…と言いたいが、少しオーバーワークだったのか体重が落ちて万全とはいえない だが、費やした時間と努力は自信に繋がっている パドックで柔軟をこなしているといつの間にか傍にテンモンが居た 「こんなに早くレースで一緒に走れるなんて嬉しいです 今日も負けません…全力でお相手致します」 そう言うと彼女は笑顔を見せる 相変わらずの彼女に思わず苦笑いしてしまう 「私ばかりに構っていては他の皆さんに足元を掬われますよテンモンさん」 テンモンはここにいるメンバーの中でも図抜けている その為だろうか彼女の発言には他のメンバーも文字通り耳を欹てている テンモンが注意を払う相手として、無用の関心を集めるかも知れない それはレースでどんな不利に繋がるかわからない か細い勝ち筋への道を失うわけにはいかないのだ 「勿論、レースに出る以上は全員ライバルとして油断などしません」 自分の保身から出た言葉だったが、テンモンは忠告と受け取ったのか毅然として宣言する その発言に耳を欹てていた者達は一様に動きが止まってしまう 小さく拳を握る者、眉根を寄せ困惑する者、様々な反応がある 周りの者達に大なり小なり影響を与え、その中心に居るテンモンは矢張り格が違う 彼女こそは物語の主人公だ だが、自分はその背を追う彼女の友人として、彼女の期待に応える為に追わなければならない 「ライバル…ですか、では負けられませんね」 柔軟を終えてテンモンに負けじと不敵に笑みを返す 先刻まで己の保身を優先していたはずなのに、自分の中になにかが宿る それをどんな言葉で表すべきかはわからない、だがレースが待ち遠しくなる 「よし!やるぞ!」 誰かが触発されたのか気炎を吐く 周りの者達も同じなのだろういつの間にか皆一様に闘志を漲らせていた 皆がこうも闘志を露わにしていては、無用に注意を集めればマークされるかもと考えていた自分が滑稽になり苦笑してしまった 丁度号令がかかり各々ゲートに向かう 駆け足でゲートに向かう途中、先を行くテンモンを追い越す 追い抜きざまにテンモンに「ありがとう」とだけ声を掛ける 彼女が何か返してくれたが気恥ずかしいかったので、ゲートへ真っ直ぐ向かう 「…さあ、今の自分の最高を見せるんだ…」