「はぁ〜……全く織姫ちゃんはいつもいつも〜」  虚空に現れた裂け目から、コクワモンを連れたツナギ姿の女が顔を覗かせる。奈良平鎮莉、彼女は今日も今日とて共にカチコミを約束していたのに先に1人で行ってしまった千年桜織姫を追って、イレイザーベースへとやってきたのだった。 「……なあシズリ、ここなんかいつもと違ってイヤに静かじゃないっぺか?」 「……そうですね〜、いつもだったら突撃した織姫ちゃんのせいでてんやわんやになってますからね〜」  施設正面の鉄扉に開けられた風穴の形状は、見慣れた織姫による破壊跡であった。しかしながら、今が夜で在る事を差し引いても、その場を包む静寂は何か胸騒ぎを駆り立てるものがあった。 「……これは、ちょっと慎重に行った方がいいかもしれませんね〜」 「…とか何とか言ったっぺが、何にも無いっぺなぁ」 「…ええ、そうですね〜……異様と言っていいくらいに」  いつもの様にタンクドラモンで最短距離を突っ込む事はせず、鎮莉はあえてコクワモンのままに忍び足で侵入を試みる。そんな2人の警戒を他所に、施設の中は変わらず不気味に静謐を保っていた。 「いつもなら織姫ちゃんが撃ち漏らした兵隊の一体や二体でも襲いかかって来るんですけどね〜」 「あいつが戦った跡すら無いっぺ。ここ、もう廃棄されてる場所だったりするんでねぇかー?」  余りに何も無さすぎて最早堂々と廊下を練り歩く2人であったが、そこに唐突に大声が響いた。 『ムキーーー!!じょーーーだんじゃないわよーーー!!!』 「………なんかいきなりすげー騒がしい声が来たっぺよ」 「…あの扉ですね〜、行ってみましょうか〜」 「何だってのよこのポンコツーー!」 「あの〜、大丈夫ですか〜?」 「いやぁぁぁぁ!!何アンタ!?」  突如響いた奇声を追ってみれば、その先にいたのはコンソールの前で頭を掻きむしるエテモンであった。鎮莉達が後ろから声を掛けると、飛び上がって腰を抜かした。 「に、人間!?あのデジモンイレイザーとかいうのの仲間!?」 「いえ、どちらかというとソレを滅ぼす側ですね〜。それで、貴方は何かお困りなんですか〜?」 「そ、そんなの簡単に……いえ、アンタ確かに悪い奴じゃなそうね」  そののんびりした雰囲気に毒気を抜かれたのか落ち着いたエテモンは、視線を部屋の隅に向ける。その先には檻があり、その中にはレオルモン、ウィザーモン、トータモン、アイスモン、ルナモン、キャンドモン等様々なデジモンが囚われていた。 「アチシとあのコ達は実験材料として連れてこられたの。アチシは運良く逃げられたから、あのコ達も助けてあげたいんだけど……」 「この制御装置の操作方法が分からないと……ちょっと私に任せてもらえませんか〜?」  言うや否や、鎮莉はコンソールのキーボードを操作し始める。幾度か画面が変わるのを見届け「成程〜…」と呟くと、懐から大振りのF型レンチを取り出して高く掲げた。 「ちょっとアンタ何を…」 「輝けデジソウル!それーーー!!」  鎮莉の叫びと共にレンチの先に光が集まると、困惑するエテモンを他所にそれをコンソールのディスプレイに振り下ろした。レンチの穂先がディスプレイに水面を穿つ様に突き刺さると、画面が巡るまじく移り変り、最後の【ROCK OPEN】の表示と共に檻の扉が開放された。 「ふふふ、これぞデジソウルの力ですよ〜!」 「………デジソウルって、一体何なのよ?」 「わからん…十何年ソレで進化してるけんども未だにサッパリ分かんないっぺ…」  先程とは真逆に、鎮莉はタンクドラモンを走らせて生物の気配のない施設内を最短距離で疾走する。この変わり様は、先程エテモンから得た情報故であった。 『奴らは捕まえたデジモン達を強制デジクロスさせまくって強いデジモンを作ってたのよ』 『それでベルゼブモンとかディアナモン、そしてトラロックモンなんかを作り出してたわ。ほら、アチシ達ってそいつらの進化前やジョグレス素材になれるじゃない?』 『アチシも遂に…って檻から連れ出された所にいきなり施設中に警報が鳴り響いて、職員どもが大慌てで実験室に走って行ってね。その隙に逃げたの』 『暫く身を隠してたんだけど気づいたら施設の中に奴ら人っ子1人居なくなってたから、このコ達を助けに戻ってきたワケ』 『その実験室?えーと地図だと…この広ーい部屋ね。え、行くの!?明らかに厄ネタよ!?…そう、アンタの大切なヒトが…気をつけなさいよ』  思い返して、鎮莉は歯噛みする。 「超究極体と七大魔王にオリンポス十二神…そんなのを混ぜ合わせたらどうなるか想像もつきませんね〜」 「確実に不測の事態は起きてるっぺ。そのせいでここの悪党達は死んだか逃げたか…」 「織姫ちゃん…どうかご無事で……」 全速力で走った末に目的の実験室の大扉が見えた…次の瞬間、扉が音を立てて弾け飛び、舞う砂煙の中から人影が飛び出した。 「織姫ちゃんっ!!!!」  舞い降りた漆黒の鎧を見に纏うデジモンはダスクモン、鎮莉が探し求めていた千年桜織姫がスピリットにより進化した姿である。鋭い眼光は健在だが、僅かに肩で息をしていた。 「織姫ちゃん、やっと見つ…け……」 「奈良平さん…来て、しまったのですね……」  罰が悪げに呟く織姫は、左腕が消失していた。まるでその部分をだけ削り取られた様に断面から機械的な光が漏れ出していた。 「だ、大丈夫ですか!?一体何が!?」 「敵の攻撃、確かに防いだはずなのですが……どうやら今回の日竜将軍は思った以上に厄介なようです」  すると砂煙を吹き飛ばしながら、巨大なデジモンが姿を現した。中心は虎柄模様のフェイスペイントをした小柄な少女の様でありながら、そこから伸びるそれぞれ大鎌と銃器のついた二対の無機質なアームと背中から広がる翼の表面に写し出される銀河の組み合わせが、得体の知れ無さを醸し出していた。 「おや、まだ羽虫がいたか。まあ神たるこの我の前では虫の一匹や二匹変わらぬが…」 「銃に鎌、それにあの本体は……エテモンさんが言ってた外道研究の成果物を更に混ぜ合わせたって所でしょうか〜」 「いかにも、我は新たなる日竜将軍テスカロックモン!そしてデジモンイレイザーである!!」  尊大にそうがなり立てるデジモンに対し、鎮莉は普段の調子を崩さず話し続ける。 「…もしかして、貴方自分が産み出したデジモンに喰われたんですか〜?」 「………ふ、やはりデジモンなど下等生物だよ、製造主たる我に牙を剥くだの」 「…そりゃあ容量が特に強大なデジモン三体を強引に一つの器に纏めたらエラーの一つや二つ吐くでしょうね〜」 「だが我は予め用意しておいたセーフティを発動させテスカロックモンの人格のデータを消去し、内側から体内をわたり脳部と自身を同化させたのだ!!愚かだか力だけは神の如きデジモンの肉体を、叡智の極みたる人間が操る…これこそが真に究極たる姿なのだよぉ!!!」 「成程〜、貴方がそんなみっともない姿をしている理由は分かりました〜。そこで疑問が一つ…なんでこの施設の仲間を消したんですか〜?」 「真の神たる我に仲間など要らぬが、我がこの姿に至れたのは彼らの尽力があったが故なのも事実……だから褒美として喰ってやったのさ!!真なる神の生贄となれる…下等人類達にとってこれ程の栄誉もないだろうぅぅ!!!」  恍惚に包まれた正気でない様子のテスカロックモンの言葉を聞き終えると、尚も自己陶酔の言葉を並べ立てる相手を気にもせず鎮莉は静かに呟く。 「よ〜く、分かりました〜。コレは最早人でもデジモンでもない醜悪な混ぜ物、消す事に何の躊躇もいりませんね〜」 「待ってください奈良平さん、奴に触れてはいけません…こうなります」  織姫が削り取られた片腕を掲げ、そのやり取りを見たテスカロックモンは得意げにがなり出す。 「くっくっく…本来なら神たる我に触る事は不敬に当たるが、我は寛容でな。代わりに己を供物とする事で許すのだ。神故に全身にそうなる機構が備えられているのだよ」 「そうですか……そこまで無駄に力があるなら、『アレ』を使わざるを得ませんか……」  大声に眉を顰めつつも、鎮莉は静かに漏らす。「アレ…?」と訝しがる織姫を他所に、その言葉を聞いたタンクドラモンが取り乱し出す。 「お、おい!?『アレ』やるっぺか!?色々危険だしお前に負担が…!」 「だとしてもですよ〜、『アレ』を使って周りに及ぼす影響より、コイツを逃す方が世界に対して良くないです。それに…」  そこで言葉を切ると、横目でちらりと織姫を見やる。 「……織姫ちゃんをあんな風に傷つけて、私がこの手で殺してやらなきゃ気が済みませんので〜」 「………はぁ〜、ホントにアイツにベタ惚れだっぺなぁ。うし、そこまで言うならオラも付き合ってやるっぺよ!」  タンクドラモンはコクワモンに戻り、鎮莉は懐からデジヴァイスを取り出す中、唯一ついていけない織姫が鎮莉に困惑の声を投げる。 「奈良平さん…一体何を…?」 「織姫ちゃん、今回ばかりは私がやらせて貰いますね〜。なる早で全部終わらせるのでゆっくり見てて下さいね〜」  織姫に対してはいつもの調子で言い切ると、鎮莉は天高くデジヴァイスを掲げた。 「さあ行くっぺよ!!」 「はい!……マトリックス、エボリューションっ!!!」 【MATRIX EVOLUTION】 【コクワモン進化っ!!】 【プロキシマモン!!!】  2人を中心に真黒い竜巻が巻き起こり、吹き付ける粒子に織姫やテスカロックモンは目を覆う。風が止み、目を開いた時、その視界の先には巨大な戦斧を携えたデジモンが佇んでいた。  呆然と見ていた織姫であったが、疲労が蓄積していた身体でその圧を受けたからか意識が急速に遠のいていき、一言を残して瞼を閉じた。 「あれは………お星様…?」 「な、何なのだ貴様、その姿は!?か、か、神の御前で頭が高いわぁぁぁ!!!」  テスカロックモンは畏れを誤魔化す様に叫び声を上げながら鎌のついたアームを振り下ろす。プロキシマモンは戦斧を掲げて防御姿勢をとり、それを見たテスカロックモンはこのままその斧ごと喰ってやるとアームに力を込めた。 「………は?」  しかし、テスカロックモンの思い描く通りにはならず、打ち砕けた鎌の破片が宙を舞った。 「な!?な!?なぁっ!!?なぜ喰らえないのだ!!?」 「………プロキシマモンは光と闇の相反するエネルギーを操り森羅万象を再構成する事ができるデジモン、例え『神』… プフッ…であろうと関係ありませんので……さっき黒い粒子を浴びた時、何か違和感を感じなかったんですか?」 「き、貴様ぁぁぉぁぁぁぁ!!!  静かな、しかし僅かに嘲りの混ざるプロキシマモンの言葉にテスカロックモンは激昂して残ったアームの銃を乱射し出す。それをプロキシマモンは一顧だにせず弾丸を全て戦斧で叩き落としながら、一歩一歩と歩を進める。 「……元々のデジモンであれば、直ぐに身体の異常に気付けていたでしょうに。身体を借りただけの分際で慢心し切って…何が神ですか」  言いながら、斧を振るう。瞬く間に銃の付いたアームが切り落とされた。武器を奪われたテスカロックモンは畏れのあまり尻餅をつきながら後退る。 「や、や、やめろ!!?来るな!!?我は、俺は、か、か、神に!!!??」 「その様でまだ神を騙れるのは大した度胸ですが……今まで貴方がやらかしてきた事を思い返して、そんな稚拙な命乞いが通るとお思いですか?」  その言葉と共に、戦斧を高く振り上げる。それを見上げる事しか出来ないテスカロックモンのその様は、まるで舞い降りた神を見上げているようであった。 「や、や、やめ、やだ、ころ、ころ、殺さないd」  最期の言葉すら許さず、斧は無慈悲に神を騙る愚か者を断頸した。 「素材にされたデジモン達、もうコイツの中でドロドロに溶けて原型無くなっちまってるっぺな。これじゃあ元に戻すのは…」 「可哀想ですが〜…せめて来世で幸せになれる様に祈りましょう」  残ったテスカロックモンの胴体を悲しげに斧で粉砕すれば、その破片が無数のデジタマとなり天へ飛んでいく。その中から慌ててデータの塊の一片を捕まえると、後方の織姫に振り返った。 「…あれ、織姫ちゃん寝ちゃってます?」 「顔には出してなかったけど疲れてたっぺか?腕がまだ消化されてなくてよかったぺな」 「消化って言い方されるとなんかちょっとばっちいですね〜………それ!!」  だべりながらデータを整形し織姫にかざせば、削り取られた腕が何事もなかったかの様に元に戻った。それを見届けて2人は元の姿に戻る。 「ふぅ………っ!!がはっ!!ごぼっ!!」 「まぁそうなるっぺなぁ。ほれタオル」  次の瞬間に鎮莉は蹲り顔中から血を吹き出させるが、コクワモンは全く動じずに介抱を始める。鎮莉の方も何も言わずに貰ったタオルで顔を拭き上げた。 「ごほっ!ごほっ!……あははすいません〜、やっぱりこうなっちゃいましたね〜…」 「まあ覚悟の上でマトリックスエボリューション使ったんだから何にも言わないっぺ。確かさっき見してもらった地図に近くに休憩室があるって描いてあったっぺよ」 「……ありがとう、コクワモン」 「今更水臭いっぺよ、何年の付き合いだと思ってるっぺ」  軽口を叩き合いながら、2人は織姫を抱え上げて戦闘現場を後にしたのだった。 「………ん?…あれ?ここは……」  織姫が微睡から覚醒すると、何故か布団の感触がした。確か戦闘中だった筈では…と疑問を抱きながら瞼を上げれば、そこには鎮莉の寝顔が間近にあった。 「!!!???!!!」 「お、起きたっぺか」  ベッドで鎮莉と一緒に寝ていると気付いた織姫は顔を真っ赤にして飛び起きると、そこにコクワモンの声が飛んできた。見渡してみると周りにはソファーやシンクやウォーターサーバーも置いてあり、どうやらベースの休憩室の様であった。 「すいません、あのイレイザーは…あれ、腕が戻ってます」 「あー…アイツ殺したら取られた腕が出てきたから何とかして戻したんだっぺ。違和感とかないっぺか?」 「ええ?……あ、ありがとうございます……」  色々と深掘りしたい点はあれど寝起きで頭が回らない為、織姫は再びベッドに倒れ込む。せっかくなので鎮莉の顔を真正面から堪能しようと考えた矢先、鉄臭い匂いが鼻をついた。 「……あの、もしかして奈良平さん奴との戦いで怪我を負ったりは」 「んーにゃ、無傷でぶちのめしたっぺ」 「成程……では、どの様な『力』を使って奴を屠ったのですか?」  その言葉を受け、コクワモンは僅かに言葉を詰まらせる。しかしそれでも普段と変わらなく見える調子で言葉を続けた。 「………オラだけの一存で話せる事じゃないっぺ。色々やばい『力』だからシズリも喋りたがらないけど、お前さん大分好かれてるから頼めば教えてくれるんじゃないっぺか?」 「………そう、ですか」  場の雰囲気を感じ取り織姫は話を切り上げる。目の前で寝息を立てる鎮莉の顔を撫でながら、どう切り出したものかと思案するのであった。