【カット・オブ・ザ・ワースト・オブ・パスト】 「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」 「アァーッ!」「イヤーッ!」 深夜、湾岸地帯にほど近い食品市場街。日中多くの業者や買い物客が盛んに行き交い賑わうストリートは店々のシャッターが下り、静まり返っている。 「フートンが燃える」「膨張率300%」「これですよ奥さん」などの猥褻な看板。ビルとビルを飛び交い、ニンジャ同士のイクサが繰り広げられる。 一人は女ニンジャ。その顔は左の額から目元にかけて表皮が無く、左のサイバネ・アイとクロームのフレームが剥き出しとなっている。だがそのフレームと 縁取りは美しく手が入り整えられ、ハーフ・ヴェネツィアマスクを思わせるアトモスフィアを漂わせる。 彼女はウキヨ(自我を持つオイランドロイド)にしてニンジャ、名はスノードロップ。市井のバウンサーや賞金稼ぎを生業とするフリーランスのニンジャだ。 今回のミッションは危険な賞金首ニンジャの確保。本来は潜伏先を突き止め、パートナーとの合流を待ち踏み込む手筈であった。 しかし、追跡対象が尾行中に路地裏でファック&サヨナラ行為に及ぶ瞬間を見咎めイクサに突入、現在に至る。賞金首ニンジャ・ランタンフィストもまた 重サイバネ。弛んだ肥満体に対し、両手足はカマキリめいた細長い逆関節のサイバネに置換され、アンバランスな印象を持たせる。 やがて両者は地上に降り、ストリートの中央でカラテを構え対峙する。「クソアマ……人のお楽しみを邪魔しやがって、代わりにテメェをファックして貰いたい ってか?オイランドロイドが」「黙ってろクソ野郎。そのタマ千切り潰すぞ」スノードロップの眼光は鋭く、その低い声はよく通った。 「ほざけ!イヤーッ!」逆関節サイバネのバネめいた跳躍でスノードロップに飛び掛かったランタンフィスト。サイバネ腕から鎌めいたブレードを展開し振り下ろす! スノードロップはサイドステップでひらりと躱し、眼前のワンインチ先を鎌が通り過ぎる様を尻目に、がら空きの脇腹に強烈な掌打を叩き込む! 「アァーッ!」「グワーッ!」ランタンフィストは弾き飛ばされ、店先に積んであった「縁起がいい」「長くて太い」「ほぼドラゴン、来年は蛇」と書かれたコンテナ に突っ込み失神!「残念だが生かしたままが条件だ、殺さないでやるがその手足は潰しておく」酷薄に告げながらツカツカと歩み寄るスノードロップ。 彼女はふいに足元のぐにゅ。とぬめる感触を訝しんだ。スノードロップが視線を降ろすとそこには蛇めいて長い身をよじらせるバイオウナギ!活きのいい長い身がしなり、 スノードロップのブーツをムチの如く打った。「ア」スノードロップの眼は点になり、びくりと震えて止まった。 ビチビチと跳ねる音は無数に。「ア、ア」目を凝らせばランタンフィストが突っ込み砕けたコンテナから、大量のバイオウナギが路上にまろび出ていた! 「……アアァーーーーーッ!!」ナムサン!スノードロップは突如恐慌!少女めいた華奢な叫びを上げ、イクサを忘れ足元でのたうち回るバイオウナギらを襲い始めた! 「……なんだかわからんが隙アリィーッ!」意識を取り戻したランタンフィストはコンテナから身を引き剥がし、鎌をしならせスノードロップに駆ける!「イヤーッ!」 CRAAAASH!!そこに何者かのインターラプト!ランタンフィストは咄嗟に飛び退く、拳を撃ち込まれた地面のアスファルトは蜘蛛の巣めいて亀裂が走った。 ゆらりと立ち上がったのは黒いジャケットを羽織った若いニンジャ。スノードロップの顔と左右対称になるような右顔の額から目元を覆うクロームのメンポ。 ジャケットの下には「畑の肉」とポップにショドーされた白いシャツを着ている。エントリー者は手を合わせアイサツする。 「ドーモ、はじめまして。ブレイス(brace)です」「ドーモ、ブレイス=サン。ランタンフィストです」「アァーーッ!」ブレイスはアイサツ復帰と同時に、 泣き叫びながら路上のバイオウナギに襲い掛かるスノードロップを痛ましく一瞥するとカラテを構えた。 「すぐに終わらせるよ。早く安心させてあげないと」ランタンフィストは眉を吊り上げ下卑な笑いを浮かべた。「ハ!あいつの男か?顔半分削げた薄気味悪ぃ ウキヨにご執心のヘンタイ野」「イヤーッ!」「グワーッ!」踏み込んだブレイスの裏拳がランタンフィストの顎を撥ねる。メンポがひしゃげ飛んだ! 裏拳を繰り出した拳は金属光沢めいた輝きを放つ……否、実際その拳はクロームめいた金属に変化している!指が金属音交じりにゴキゴキと音を鳴らした。 「キアイしなよあんた。かなり怒ってるよ、おれ」朴訥な声音に反して怒気を滲ませた眉間と瞳にランタンフィストは気圧された。 「イ……イヤ-ッ!」ランタンフィストは両手の鎌を叩きつけるようなダブルチョップ!「イヤーッ!」ブレイスは両腕をクロスし掲げた!ギイィン!金属音を 響かせ、一瞬で金属硬化した両腕が鎌を阻んだ!「……イヤーッ!」「ヌゥーッ!」ブレイスはカラテを乗せて踏み込み、ランタンフィストを弾き飛ばす! タタミ三枚分ほどの距離に着地し、思わぬ剛力に目を剥いたランタンフィストはしかし、顔を上げると舌なめずりした。ブレイスは背中を向け、片膝を着けて 屈んでいた。右肩を抱いて痛みを堪えるような姿勢だ。「ひょろい優男が!今ので肩イっちまったか!イヤーッ!」 ランタンフィストは脚部サイバネのバネめいた機構で跳躍!跳躍による運動エネルギーと位置エネルギーに振り下ろすチョップの威力を乗算した倍の威力の ダブルチョップ!その奇襲能力はもはや10倍を超え100倍!ブレイスはなおも動かぬ。だがニンジャ視力・ニンジャ洞察力をお持ちの方は既にお気づきの筈だ。 そうでない読者の皆様は金属硬化したまま組まれたブレイスの両腕に着目していただきたい。左掌は右の肘をホールドするようにがっしりと鷲掴んでいる。 右掌はカタナめいた鋭いチョップの形。弓を引くようにギリギリと左腕が引かれ、限界まで引き絞られた右腕は肩・首にピタリと張り付いている! 背後から見ればさながら肩を抑え痛みに堪える姿勢、しかしこれは「イィ……」ランタンフィストの両鎌が到達する寸前。ブレイスは屈んだ全身の捻りを開放すると 同時に、左腕の金属硬化を解除!カタナめいた右腕のチョップが高速射出された!「ヤァーーッ!」「グワーッ!?」 地上の流星めいた速度で繰り出されたチョップは円弧を描きランタンフィストのサイバネ脚の両膝から先を切断!そのまま一回転したブレイスはバランスを 崩し宙でもがくランタンフィストの両腕を再び金属硬化した腕でキャッチ。マンリキの如き力で締め上げ拘束! 「グワーッ!」スパークする両腿をブラブラと揺らしてもがきながら、剛力で磔めいて掲げられたランタンフィストは悶える。「大丈夫、生身との接合部は無事だから」 瞳に怒気を滲ませるブレイスは穏やかでさえある声で淡々と告げる。「今度があればもっと身体に合ったサイバネ探しなよ。じゃあ腕」 「ア……アイエエエエエエーーーーッ!」夜闇にニンジャの悲鳴が響く…… 両手足を破壊し無力化した賞金首ニンジャをキモンに突き出した二人は、住処に向かいタマ・リバーのほとりを並んで歩く。ブレイスはスノードロップをしきりに 気に掛けた。「大丈夫?マツユキ=サン」「うん、もう平気」イクサの最中の攻撃的なハスキーな低い声とは似ても似つかぬ、少女めいた幼い声。 ランタンフィストの両腕を破砕し捨て置いた後、ブレイスはなおも恐慌し地面を逃げ惑うバイオウナギを襲うスノードロップを背後から金属硬化した腕で固く抱きしめ、 泣き止むまで声をかけ頭を撫で落ち着かせた。(ずいぶん慣れてきたかな、おれも)ふいにブレイスは最初の夜を思い起こしていた。 ◆◆◆ 「アバーーーッ!」「アァーーーーーッ!!?」暗い路地にカスガイの断末魔とマツユキの絶叫が響いた。マツユキに襲い掛かろうとしていた下劣なスカベンジャーの背に 叫び飛び掛かったカスガイ……心臓に深々突き刺さったインシステントのチョップが引き抜かれると、その身体はジョルリめいて力なく崩れ落ちた。 「非ニンジャの屑が!邪魔しやがってよォー……」下劣ニンジャは物言わぬカスガイの身を足蹴にすると再びマツユキに迫った。「………………」マツユキはもはや声すら 漏らさず硬直している。絶望が自我を塗り潰す完全な停止。先程コンシューマブルを爆発四散させた獣めいたカラテが発揮されることもなかった。 「急に大人しくなりやがって、さっきのお返しに滅茶苦茶してやるからなァ……!」マツユキに馬乗りになったインシステントは電圧を最大にしたスタン警棒を その下半身に……「イヤーーッ!!」「アバーーーッ!?」涎を垂らして笑うインシステントの側頭部に背後から凄まじい裏拳が叩きこまれた! 頭部は顎から砕け千切れ飛び、ビルの壁面に叩きつけられ破裂!「サヨナラ!」インシステントは爆発四散した。爆発四散パーティクルが晴れていく、 そこに立つ者の姿に、虚ろに染まっていたマツユキの瞳は点になり、光が灯った。 金属化した掌の光沢をまじまじと見ながら驚愕の表情を浮かべる、顔の右半分にハーフマスクめいたクロームのメンポを生成したニンジャ。黒いジャケットの下の 「すどうふ」とショドーされたシャツは「す」の文字が裂け大量の血で潰れていたが、その下の胸の傷は塞がっていた。 その者はマツユキの無事を確認すると、安堵と困惑を始めとする様々な感情がないまぜの表情でぎこちなくアイサツした。「その……ドーモ……エート、ブレイス(鎹) ……です?」「…………ドーモ、ブレイス=サン。スノードロップ(待雪草)……です」呆然としながらマツユキもまた手を合わせアイサツを返した。 自身の口をついて出たアイサツと名に、マツユキ……スノードロップ自身もまた驚愕した。ブレイスは更に困惑を深めた。「ニンジャ……おれが?マツユキ=サンも? なんだこれ、なにがどうな」「アァーーーーーッ!」「グワーッ!?」全身に叩きつけられた砲弾めいた質量にブレイスは叫んだ。飛びついてきたスノードロップ。 「……アァーッ……アァーーーッ……!」「グワーッ!?マツユキ=サン、痛グワーッ!グワーーーッ!!」ブレイスを押し倒したスノードロップは、その身体を 折れるほどの強い力でギリギリと抱きしめながら泣きじゃくった。ブレイスは叫び、やがてがくりと失神した。 ◆◆◆ 「わたし……また」家路を歩きながらスノードロップは先程のイクサのウカツを嘆いた。「いいよ気にしないで、でも一応。今日のはその……なんでまたウナギに?」 「うん……沢山の生きたバイオウナギを狭い鉄の箱にぎっしり詰めて、その中に」「もういいから、大丈夫」表情を陰らすスノードロップをブレイスは遮った。 かつてスノードロップ、マツユキが闇カネモチの所有物だった頃に刻まれた数々の倒錯的行為。ニンジャとなり、ブレイスと結ばれて以降もその傷痕はなお深く、 トラウマを想起させる物に遭遇する度に前後不覚、酷ければ恐慌に至るのはしばしばだった。その度にブレイスが抑え、安心するまで宥めた。 「美味しいんだけどな、ウナギ」「ごめんなさい」「ううん、そうじゃなくてさ」ブレイスはおもむろに堤防に並ぶベンチに腰を掛けた。スノードロップにも促し、 隣に座らせる。そしてスノードロップに向き合い、手を握った。いつも大事なことを話す時のブレイスのサインだ。 「マツユキ=サンはずっと、沢山酷い目に、怖い目に遭ってきて。そのせいで本当なら大した事ないものや良いもの、美味しいものだって……色んなものに 怖い思い出が染み付いてて……凄くモッタイナイだなって。マツユキ=サンのせいじゃないのに」「うん……」 「だからさ、沢山のそういうの。今度は好きやタノシイで上書きしちゃえばいいんだよ」ブレイスはスノードロップの剥き出しのクロームと自身の額を合わせる。 「ずっとオイランドロイドが怖かったおれが、マツユキ=サンと会って……色々あって。今こうしてるみたいに」 スノードロップの瞳がじわりと潤んだ。「まず簡単そうなのから少しずつ。おれが一緒にいるから、タノシイにタノシイをかけて100倍の算数……みたいな。 もちろん無理にするのはナシ」「変なの」ブレイスの珍妙な例えにスノードロップは笑う。ようやく見せた笑顔にブレイスも胸を撫で下ろし破顔した。 そのまま夜風にあたりスノードロップは暫し考えたのち、おずおずと提案する。「じゃあ……ひとつ。恥ずかしいけど、いい?」「もちろん」ほのかに赤面する スノードロップが躊躇いがちにブレイスに耳打ちする。「え」ブレイスは訝しむ顔で頓狂な声を出した。 ――後日。 「マツユキ=サン。やっぱりその、こういう意味じゃなくて」始まる前。揃った道具を挟んでマツユキと正座で向かい合い、カスガイは改めて躊躇した。 「……そう。だよね」所在なさげに身を縮め、目を潤ませ赤面するマツユキ。その姿にカスガイは己を戒め、覚悟した。(キアイしろ、おれ)服を脱ぎ始める…… ……「初めてだから、うまくできなかったらごめん」「うん」「痛かったら言ってね」「うん」半裸のマツユキの背中にカスガイが立つ。手には荒縄、マツユキの 白い肌にきつく食い込む。「ンン……!」声を漏らすマツユキの顔にはこれから始まる事への不安と恐れ。そして僅かに頬が上気する…… ……水音。カスガイの両掌は丸い形を描く。指先は埋もれ、握り、摘まむ……「フンッ……!フンッ……!」部屋中が揺れるような振動。打ち付ける音。額に汗…… 床上で身をくねらせるあられもない姿のマツユキ、身体は荒縄できつく拘束されている。そのバストは強調されてなお平坦である…… ……オモチめいた弾力。感触を確かめるとカスガイはボーを手にしごき、深く前屈みになる。ボーは白い弾力の中に沈む……「……!……!」上体がリズミカルに 前後する。息遣い……小刻みな上下の振動。熱を帯びて見つめるマツユキの眼差し、そして「フゥーッ……!」「スゴイ」マツユキは声を漏らした。 イナセなねじりハチマキと白のジュー・ウェアに身を包んだカスガイが上体を起こす。PVCビーニールシートを敷いた床、緊縛されたマツユキが転がる傍らの板の上で 見事なソバが完成していた!ソバ打ちは初体験だが、事前にIRC動画や料理書を読みふけったニンジャ学習力とニンジャ器用さの賜物だ。 「どうかな」「うん、すごい上手」床に転がったままマツユキが興奮気味にしきりに頷いた。「……よくわからないけどよかった」複雑な笑みのカスガイは立ち上がり、 マツユキの後ろに回り屈んだ。「待って」縄を解きかけたカスガイの手をマツユキは止めた。 「まだ最初の、途中だから……今度はわたしを」マツユキは後ろ手に縛られたまま身をよじらせ、カスガイの胸にもたれる。その口元……口角は僅かに上がり、 恥じらいと期待。伏し目がちの右目と剥き出しの左目が湿った熱を持ち、しきりに身を擦りながらカスガイの目を見つめている。 その顔に、ソバ・シェフ姿のカスガイは瞬間的に自身の体温と脈拍が跳ね上がるのを感じた。「……キレイだ」呟くように漏らした口は、そのままマツユキの唇に 吸い込まれるように、深く重なった。ソバ粉まみれの両手はマツユキの白い肌に、バストの僅かな膨らみを捏ねるように円を描く。 ……再び水音、オモチめいた白い弾力に埋もれる指、部屋中が揺れるような振動。前後、上下、息遣い……艶めかしい打ちたてのソバの見守る隣で影が重なり動く。 交互に繰り返し、夜は更けていき、ソバは次々と増えていった。 ◆◆◆ 「……これがその時のやつ。沢山余ってる」「要らねェ」ネオサイタマ大学・学食。気まずい面持ちで真空パックに入った生ソバをテーブルに置くカスガイに、 テオシはげんなりした顔で即答した。手の中では箸の止まったスシ・ソバのドンブリが湯気を立てている。 カスガイは遠い目をした。「おれ、なんだか人間として大事なものを失くした気がする」「お前そもそもニンジャだろ。相当だぜそれ」深刻な様相のカスガイの 相談に乗った事を、終始引き気味で後悔していたテオシは思わず噴き出した。結局二人はそれぞれほぼ手を付けなかったサバ・カレーとスシ・ソバを交換した。 …………ズルッ!ズルズルッ!ズルズルーーッ! 一方その頃、カスガイのアパートではマツユキが昼食に茹でたソバを勢いよく啜っていた。「ンー……」味わうその表情は明るい。マツユキの恐れるものからひとつ、 ソバが消えた。