◆「Wasshoi!」◆ ◆「グワーッ!?」ダメージドの悲鳴が室内を反射した。扉を破壊しながら突入してきたトビゲリを側面に喰らったダメージドは、くの字に身体を折り曲げ、オブジェを巻き込み ながら吹き飛び壁に衝突!ウケミして立ち上がる。「……誰かな」彼はトビゲリの主を……赤黒のニンジャを見た。 スノードロップはその者を見た。赤黒のニンジャは超自然の熱を背中から放ち続けている。スノードロップは慄いた。己を奮い立たせ、滾っていた身を焼く程の激しい怒り。 それ自体が形となって現れたような、赤黒の凄まじき姿に。その者はダメージドにジゴクめいてアイサツした。◆ ◆「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」◆ 【クラック・イン・スノーフィールド】#7【後編】 「……ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ダメージドです」ダメージドはオジギした。その名を口にしながら、恐ろしい響きにダメージドの背中は粟立った。そして何より ニンジャスレイヤーの放つアトモスフィア、キリングオーラは尋常ではなかった。 ニンジャスレイヤーは傍らのベッドの上、裸体のスノードロップを一瞥もせず無言でシーツを取り、投げ被せた。室内を見渡し、視線は床に積み重なるオイランドロイドの残骸 から、トルソーめいた奇怪なオブジェのうちの一体へ。正確にはその紫髪の頭部に止まる。 オブジェを見ながら、ダメージドに問いかけた。「ダテワキという家を覚えているか」「なに……誰?」ダメージドは赤黒のニンジャの意図を計りかね、呆気に取られたように 首を傾げる。「質問を変える」ニンジャスレイヤーはダメージドに注意を戻した。その眼光は凄まじい。 「アジサイ。このオイランドロイドを覚えているか」ダメージドは合点がいった。「もしかしてそのコの家?確か新しいマンションだよね。ベッドもふかふかで空色のカーテンが」 「もういい、充分だ」前傾姿勢のカラテ姿勢を取るニンジャスレイヤー、ダメージドの感情は恐れと困惑から次第に苛立ちへと変わっていった。 「あのさ、よくわからないけど。怒ってるのおれの方だよ」ダメージドは眉間に皺を寄せる。「ここ一応退廃ホテルだよ?カップルとか色々が、その……前後するところ。 そういう所で、見ず知らずの人の最中に突然無理矢理押しかけてさ。そういう趣味?どうかと思うな」「どうでもいい」 ニンジャスレイヤーの肩から散った赤黒の火花が、ぱちりと音を立てた。「イヤーッ!」ダメージドは仕掛けた。全身のエンハンス光が瞬間的に激しく滾る!並大抵の相手 ではない事は嫌と言う程に伝わる。ニンジャスレイヤー(ニンジャを殺す者)?それがなぜここに?なぜ自分に? (わけがわからない)飛び来たダメージドのトビゲリを横薙ぎのフックで迎撃するニンジャスレイヤー!「イヤーッ!」BOOM!衝撃波が走り、オブジェたちがガタガタと揺れ、 倒れた。(アイエエエッ!)身動きの取れぬスノードロップは、被せられたシーツの下で声にならぬ声を上げる。 ダメージドはニンジャスレイヤーの拳に合わせ、威力に逆らわず自ら吹き飛んだ。その先にはスノードロップの初撃で弾き飛ばされ壁に突き立ったカタナ。「イヤーッ!」 カタナを掴み、空中ウケミからの回転着地。ダメージドの全身の暗紫色のオーラがカタナに伝播した。 煌々と光る紫の誘導灯めいて室内を照らすダメージドのカタナ。「イヤーッ!」そこに黒炎の残光を引き、ニンジャスレイヤーが飛び掛かった!「イヤーッ!」「イヤーッ!」 「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者はワン・インチ距離でミニマル木人拳めいたカラテ応報! あえて素手から武器に持ち替え、至近距離のイクサには不利と思われたダメージド。だが自由な片手と組み合わせた、カタナを持つ手首、柄頭、肘を活かした短打。順手と 逆手を行き交い、身体に這わせるように刀身を構えた攻防一体のカラテは高速戦闘に対応してみせた。 「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのショートフックをダメージドは柄頭で弾き、そのまま手首による短打に繋ぎ逸らしきり、空いた胸板に拳を撃ち込んだ。 「ヌゥッ!」「イヤーッ!」一歩下がった所に、逆手のカタナが断頭狙いの横薙ぎに繰り出される! ニンジャスレイヤーは瞬間的に上体を逸らし、カタナは目と鼻の先を通過していく。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそのまま全身に捻りを加え、振り抜いたダメージドの 背中めがけ胴回し回転蹴り!「グワーッ!」ダメージドは衝撃を受け流すようコマめいて回転しながら斬撃を繰り出し、追撃を阻み距離を取った。 二者はじりじりと間合いを計りながら、ダメージドの顔には焦りが浮かぶ。ほぼ無傷で凌ぎきったが、僅かな応報でダメージドは大きく疲弊していた。ただならぬ赤黒のニンジャ に繰り出した、速攻で仕留めるための全力のカラテ。ものともしなかった力量差。むしろ己が生き延びたことに安堵を覚える。 ジツを注ぎ込めば或いは……どうやって?スノードロップの時は予め弱点の電流を踏まえてイクサを運び、隙を作ったうえで成功した。目の前の恐るべき死神のカラテにそうした 小細工が通用するとは思えなかった。ダメージドは困ったような乾いた笑いを漏らした。 「ダメだなこりゃ、死ぬ気でキアイしなきゃ」「するならさっさとしろ、どの道変わらん」「言ってくれるね」ダメージドは大きく目を見開いた。眼球全体の激しく発光に 虹彩が消失、暗紫色のオーラが全身から圧縮蒸気めいて吹き出した! 「イヤーッ!」ダメージドは跳んだ、ニンジャスレイヤーではなく側面の壁に。張り付き踏みしめた壁に限界まで屈めた身が、解放される。「イヤーーッ!」ドン!空気の爆ぜる音。 ハヤイ!「グワーッ!」弾丸めいた速さで打ち出されたダメージドのイアイがニンジャスレイヤーの脇腹を裂いた。 ニンジャスレイヤーの背後、着地したダメージドは再び壁に跳び反射、ニンジャスレイヤーにトビゲリを仕掛ける。「イヤーッ」「イヤーッ!」ガイィン!ブレーサーがダメージドを 弾く!ダメージドはその反動を足場としながら威力を上乗せし更に跳躍! 天地逆に天井に張り付き再び限界まで身を屈め、解放!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは串刺しめいた致命的な刺突を寸前で躱し、ダメージドのカタナは深々と 手前の床に突き刺さる。すわウカツか?と思われたその時! 「イイィヤーッ!」「グワーッ!?」櫂めいた構えで引き抜かれたカタナは驚くべき速度で跳ね上がり、咄嗟に飛び退いたニンジャスレイヤーの胸を大きく割いた!鮮血! ニンジャスレイヤーはアイソメトリック力を高め即座に止血。もうワンインチ深ければヒラキめいて正中線を断たれていただろう。 「ヌゥーッ…」「ね?キアイだよ」連続バック転で再び距離を取ったダメージドは紫一色の瞳で怪物めいて笑う。「ねえ、ニンジャスレイヤー=サン。さっきのアジサイ=サン? だけじゃない。他にもたくさん、色々。おれだって酷い事してるって思ってるよ」おどけた態度でダメージドは言う。 「分かってない訳ないじゃないか。サイコパスじゃあるまいし」ニンジャスレイヤーは無言でカラテを構える。「けどさ、おれはこういう奴なんだよ」ダメージドは続ける。 「こわして、殺して、ぶっこわして前後して、悪い事だよね?けど感じない、もっとしたい。そういう生き物なんだ」 ふいにダメージドは真顔になった。「それがダメならもう死ぬしかないじゃないか」「その通りだ」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて唸った。「お前はここで死ぬ。おれが殺す」 「ははは!」ダメージドは手を叩いて笑う。「いちばん好きな人に同じ事言われたよ」スノードロップは身じろいだ。 「「イヤーッ!!」」二者は同時に跳んだ!交差したトビゲリに弾け飛び、ダメージドは再び壁に跳躍し反射!「イヤーッ!」「イヤーッ!」待ち構えるニンジャスレイヤーは強烈な ローリングソバットで撃ち返した!ダメージドはその威力も巻き込み弾き飛ばされ壁に着地しウケミ!ZOOOOM!!衝撃! 「イイ……ヤァーーッ!」限界まで身を屈めカタナを引き搾り、壁に蜘蛛の巣状のヒビを走らせダメージドは跳んだ!キリモミ回転を加え、大上段からニンジャスレイヤーに 切りかかる!インシステントを両断した一撃よりも遥かに重い!ニンジャスレイヤーは迎撃……しない!? 「グワーーッ!!」ダメージドのカタナがニンジャスレイヤーの肩から深々と食い込んだ!心臓近くまで到達し大量出血!だがダメージドは訝しんだ。切断していない、カタナが動かぬ。 押しても引いてもびくともしない。大量の黒炎の吹き出す傷口と両腕がマンリキめいた力で刀身を締め付け捕らえていた! 交錯の瞬間、ニンジャスレイヤーは黒炎を纏わせた両手でカタナを挟み込み、更にあえて肩で受け止め、アイソメトリック力を集中した縄の如き筋肉で抑え込んだ。さながら四本腕の シラハドリ!「貴様のカラテはだいたいわかった」ジゴクめいた声にダメージドは青褪めた。 ダメージドは即座にカタナを手放「グワーッ!?」傷口からカタナを伝った不浄の黒炎がダメージドの両手を焼き締めた!離れぬ!ダメージドの繰り出す、トライアングルリープを応用した 反動と圧縮からの解放による威力を乗せたカラテ。ならば解放を許さずそのまま圧し潰すのみ! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」拘束されたダメージドにニンジャスレイヤーの重爆めいたローキック!右膝破壊!崩れ落ちた鳩尾に向け次々と膝蹴りが叩き込まれる!「イヤーッ!」 「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」 「イイィヤーーーッ!」「ゴボーーーーーッ!?」craaaash!ついにカタナは根元からへし折れ、ダメージドはヤリめいた凄まじいキックに吐瀉物を撒きながら、ニンジャスレイヤーが 破壊したドアを超え廊下、階段の踊り場まで吹き飛ばされる! 「グワーッ!」ダメージドは、ビルの昇り階段に激しく叩きつけられた。「ア……ア……」ニンジャアドレナリンの過剰分泌により、痛みは麻痺していた。しかしダメージドは自らの有様に 戦慄した。あらぬ方向に折れ曲がった右膝。カタナの柄を握りしめたまま黒炎に焼かれ炭化した両手の指は、掌の一部ごとボソボソと崩れ落ちた。 熱病者めいて朦朧となりながらダメージドは必至で身をよじり、壁に肘を着いて寄り掛かり、唯一無事な左足で撥ねるように一段ずつ階段を上がり上階を目指す。手酷い傷を負ったが 死神にも深手を与えた、すぐに追ってこれまい。幸いにもここは最上階。屋上から脱出を図る。 「ハァーッ……ハァーッ……!」脂汗にまみれて息を荒げながら。ブザマにバランスを崩し、起き上がり、また転び、虫めいて這うダメージド。なお強く背後に感じる死神のアトモスフィアに 怯えながら、離人症めいて頭の隅には別の事がよぎっていた。(……いつもこうだったのか、マツユキ=サン) 「……動く」スノードロップは被されていたシーツを跳ね除け、そして部屋の惨状に慄いた。嵐のようなカラテ戦闘の痕跡。ダメージドと赤黒のニンジャは居ない。だが彼女のニンジャ第六感は 両者の気配を感じていた、上だ。「アッ!」スノードロップはベッドから立ち上がろうとしてよろめき膝を着いた。 まだ手足の感覚は覚束ない、とてもカラテの出来る状態ではない。そのとき、視線の隅に崩れた工具棚が入った。ボー、スタンジュッテ、ネイルハンマー、ナイフ、有刺鉄線バット……ダメージドが かき集めた「メイク道具」の数々。その中にひときわ目を引くものがあった。 スノードロップはそれを拾い上げた。どこぞのヤクザクランから奪ったのであろうカスタムチャカ・ガン、スノードロップは流れるように動作と弾倉を確認した。弾は十分に入っている。 その重さと感触はよく手に馴染んだ。それは憎悪の象徴だった。 降りしきる重金属酸性雨はいつしか雪に変わっていた。ビルの屋上は白く染まっていた。ダメージドはずるずると匍匐前進めいて両肘で這うように、屋上の端に辿りつく。手すりに寄り掛かりながら 往生して立ち上が「どこへ行く」背後、死神の声。全身が粟立った。 ダメージドは手すりに背中を付け、体勢を入れ替えた。屋上の出口に佇むニンジャスレイヤー。ともすれば致命傷になりうる深々とカタナが食い込んだ筈の肩の傷は焼き潰され、仮初に塞がれている。 「……ズルイよそんなの」ダメージドは絶望的に呟いた。 「ニンジャ、殺すべし」死神の構えた決断的カラテに、もはやダメージドは逃げられぬことを悟った。獣めいた鉤爪の前傾姿勢を取り死神は駆けた!「イヤーッ!」凄まじい眼光とキリングオーラ!、 「……カーーーーッ!!」同時にダメージドは残る力を全て注ぎ渾身のジツを放った! ニンジャアドレナリン過剰分泌により何倍にも引き延ばされスローモーション化した主観時間の中、死神はなお圧倒的速度で迫った。(早く、早く、早く)もどかしく遅い紫の光の放射。ついにその カラテがダメージドに肉薄したその瞬間、ニンジャスレイヤーは気を付けめいた姿勢を取り前方に倒れ込んだ! ダメージドは安堵と喜悦の笑みを……「え?」地面に倒れ伏すはずの死神は、気を付け姿勢のまま斜め45度の角度で静止している。完全に時が止まったような静寂。(なんだこれ)ヤバレカバレに放った ジツが奇妙に作用したのか。それともニンジャアドレナリンの過剰分泌が過ぎ、完全に主観時間が停止したのか。 ィィィィィィィィィィィィ………静かすぎるほどの不気味な静寂に、ダメージドの聴覚は次第に耳鳴りを覚え始めた……違う、これは「ィィィィィィィィィ……ヤァーーーーーッ!!」BOOOOOM! 死神の斜め45度の全身が、限界まで引き絞った弩砲の弦めいて大気を爆ぜつつ解放される!凄まじい鉤爪が射出された! 「アバーーーーーーーーッ!!?」それはコッポ・ドー奥義ボールブレイカーめいて。掬い上げるようにダメージドの股間に叩き込まれ、腹部を抉り、駆け昇り、咄嗟に防御に動かした両腕さえ巻き込み 捩じり切り、振り抜かれた! ダメージドの絶叫と共に、宙にまろび出た臓腑と血が凄まじい赤黒の螺旋を描き。蒸気と共に雪の中に立ち昇った!ナ……ナムアミダブツ!ナムアミダブツ!果たしてこれはいかなる事か!? 読者諸氏の中に、古代ニンジャカラテ力学に精通した方が居られるならお分かりの筈だ。 それは皮肉にも、先程ダメージドが振るった圧縮と解放のカラテと原理を同じくしていた。優れたニンジャ筋力とニンジャ体幹、不動の大地をもって、極限まで足元に圧縮した負荷を一気に解放する。 アイキ・ニンジャクランが生み出したとされる鍛錬法にして暗黒カラテムーヴ「ゼログラビティ」である! これを以ってかの者達は体内カラテ伝導の制御を鍛え、魔法めいたウケミからエスケープメント・ジツをはじめとするワザに派生させてきた。「荒野に立ち並ぶ斜めに育った木々が、近寄ってみれば 全て鍛錬中の不動のニンジャ達であった」という故事は、形を変えて世界各所に伝わる。 またある者はイクサにおけるフェイント、回避から繋げたカラテ破壊力のチャージとして応用した。禁酒法時代のアメリカ……無慈悲なるシカゴヤクザが跋扈するクラブにおける抗争中、現れた謎めいた ニンジャの記録がある。悠々と身を翻し広間に立ったニンジャは飛び来た銃弾をゼログラビティにて回避し静止。 そのただならぬアトモスフィアにシカゴヤクザ達は一瞬イクサの手を止め、シシオドシめいた静寂が横切った。ニンジャは文字通りシシオドシの戻りめいて緩やかに起き上がると、悠然と無言で佇んだ。 凝縮されたカラテを内包したニンジャ存在感により、既にその場のモータルの何割かはNRSめいて失神・前後不覚。 そしてニンジャは満を持して、溜め込んだカラテを解放する凄まじいシャウトを放ち、シカゴヤクザ達は一斉にフラットライン、心停止したという。一滴の血も垂らさずに抗争を鎮圧・壊滅させた謎めいた 恐るべき男は『華麗なる犯罪者』と称されシカゴの街を震撼せしめた。 話を戻そう。ニンジャスレイヤーはニューロンの邪悪なる同居者により、ダメージドのジツについて寸前に察知。ジツが届く寸前に倒れ込むように前傾し回避。蓄えたカラテを足首から膝、股関節、腰、 肩、肘、手首へ。各関節の捻りを加えて増幅し解放。破壊的螺旋カラテエネルギーを鉤爪に乗せ撃ち込んだのである。 「ゴボッ……アバッ……」ダメージドは手すりにもたれながら、ずるずると尻餅をついた。両腕の肘から先は捩じ切られ、股間から胸骨にかけて大きく抉られた胴はもはや空洞、チューブめいてなお繋がる 臓物が湯気を立てて辺りに散乱するツキジめいた有様だ 拳大の血の塊を吐きながら、ダメージドはヒューヒューと呼吸する。間もなく死ぬだろう。だが赤黒の死神はあえて言い放ちカラテを構えた。「ハイクを詠め、ダメージド=サン」「待って」背後から声、 壁に手をつきながら屋上にエントリーしたのはスノードロップ。手にはチャカ・ガン。「そいつは私がやる」 死神は暫し無言でその顔を見据え、そして静かな声で問うた。「できるのか」スノードロップは目を逸らさない。「おねがい」死神は深く息を吐くとスノードロップとすれ違い、下階に向かった。 幼い息子を奪われた夫婦の依頼の残り半分。我が子の日々の成長を見守り続けた、子守用ドロイドの記憶素子を回収するために。 ダメージドはソーマト・リコールのさ中にあった、無数の人々の顔が浮かんでは消えていく。虫を払うように殺してきた名も知らぬモータル達。愉しみ破壊してきたオイランドロイド達。祖父。両親。テオシ。 マツユキ。……きれいなひと、コワイ。 ―――そうだ怖かった。オイランドロイドが。あれが特別な感情だと気付いたのはずっと後の事。なのに何故自分はサイバネ技師になろうとしたのか。幼い頃はトーフ職人の祖父に憧れていた。ハイスクールに 上がる前、サイバネ心臓手術の経過の不調で目の前で死んだ。あの時の無力感。 ……違う、それはより強く目指したきっかけだ。それよりも前、最初はどこに?(信じてくれるの?)(当たり前だろ)小学校の教室の隅、テオシ。(それに居るなら俺だって見たいもん!すごく胸のでっかい オイランドロイド!)お調子者。(あっ悪ぃ、怖かったのにな。ごめん)こういう奴だった。 この日から、テオシとともだちになった。おれがこわした。大事なともだち。(うん……すごく怖かった。でも……なんだかあのひと)どうした、何が言いたい。(すごく痛そうで、辛そうで)ハッキリ言えよ。 (直して、あげられたら)―――「……ぁ」 ダメージドの意識は現実に引き戻された。目の前に佇み見下ろす者、スノードロップ。「……ユキ……サ……」冷たい銃口が向けられていた、目が霞む。本降りになった雪の中、スノードロップの表情は窺い知れない。 「死ね、ダメージド=サン」居丈高なハスキーな声音。最初に口を聞いた時と同じ。「死ね」 ダメージドは己を強いて眼の焦点をその顔に合わせた。そして大きく目を見開くと一筋涙が零れた。「………………………………」ダメージドはもはや声を発することができなかった。ただスノードロップに、 マツユキに。震える唇が何かを最後に告げようと動いた。スノードロップは不動。 ほんの数十秒の静寂は数分にも感じられた。やがて空気の抜けるような音と共に、ダメージドの瞳孔が拡散しBLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM! ありったけの弾丸が、ダメージドの脳天に叩き込まれた。目元から上はスイカめいて爆ぜ砕け、シェイクされた血と脳が弾け飛んだ。「サヨナラ!」ダメージドは爆発四散した。 click click click……ダメージドが爆発四散してもなお、スノードロップはトリガーを引き続けていた。やがて腕はだらりと垂れ、チャカ・ガンは雪の上に音なく落ちる。棒立ちまま、スノードロップは暫しダメージド の爆発四散跡を見つめていた。 雪に染み込む、大量の赤黒い血。確かにそこに存在した証。だが、積もる雪はみるみるうちにそれを白く覆い隠していく。まるで最初から何もなかったかのように。「ア」スノードロップは震え、声を漏らした。 「ア、ア」よろよろと膝を着き、両手は顔を覆う。とめどなく指の間から液体。 「……アァーッ……アアァーーーッ……」深々と降り続ける雪の中、ウキヨの慟哭がこだました。 【エピローグに続く】