◆「……ドーモ、ダメージド=サン」全身を廻るカラテの感覚。(わたしは醜い)マツユキは己を自覚した。(わたしは弱い)己は何者か、(わたしは愚かだ) 記憶素子によぎったのは小さな白い花の画像。(こうなっても、わたしは)あの時から既に。 「スノードロップです」ウキヨのニンジャはアイサツした。◆ ◆瓦礫を押し退け起き上がったダメージドは一瞬目を丸くし、力強く立つマツユキの両脚に微笑んだ。襟元を正すように服の埃を払うと、オジギを返す。 「ドーモ、スノードロップ=サン。ダメージドです。脚、やっぱり直ってたんだ。よかった」 ダメージドの瞳の暗紫色の発光が深まる。やがてそれは肩、背中から陽炎めいたエンハンス光となって立ち上る。スノードロップの瞳も同様だ。右目は元より 剥き出しの左のサイバネ・アイはサーチライトめいて煌々と緑に発光した。◆ ◆両者はゆらりと構え、円を描くようにじりじりと足を運ぶ。血流が巡る、駆動音が鳴る、呼吸が熱を持つ、カラテが満ちる。目の前の愛しき存在を砕き、引き裂き、 破壊するために。「マツユキ=サンもニンジャ。嬉しいな、おれ達身体の相性いいかもね。興奮してきた」「…………っ!」 スノードロップは瞼のない左目から涙と絶望を振りまき、口元はオニめいて歯をむき出しに食いしばる。ダメージドは狂気と欲望に爛々と輝く瞳を見開かせ、 耳まで裂けるような笑みを浮かべた。二人のニンジャは同時に跳んだ! 「アァーーーーッ!!」「イヤーーーーッ!!」◆ 【クラック・イン・スノーフィールド】#7【中編】 最初に繰り出されたのはスノードロップの鍵爪めいた掌打!大振りのそれをダメージドは難なく受け流し、背後から頚椎に肘打ち。スノードロップは咄嗟に身を屈め、 足払いに繋ぐ。足を刈られる寸前、ダメージドは大きく跳ね飛び、爬虫類めいて壁に張り付いた。 「イヤーッ!」トライアングル・リープからのトビゲリを放つダメージド。「アァーッ!」足払いから回転を止めずに繰り出されたスノードロップの後ろ回し蹴りが 迎撃!空中で僅かに拮抗したのち、ダメージドは回転ジャンプで離脱し着地。その場でトントンと軽く跳ねた。 「痛たた。おれ、結構力ある筈なのにな。やっぱりニンジャ同士でも人間とドロイドじゃ元の力が違うんだね」イクサに入ってもダメージドの口はなんら変わらない。 「ニンジャじゃないあのコ達は簡単に」「アァーッ!」言葉を遮るようにスノードロップは叫び、獣めいて駆けた。 ハヤイ!一瞬で距離を詰められたダメージドは目を剥いた。突き出された渾身の右腕はチョップの形、狙いは喉笛。ダメージドは回避を捨て、瞬時にカラテを両腕に 集中!「イヤーッ!」暗紫色のエンハンス光が両腕に集い、シラハドリめいてチョップを挟み込む! ダメージドはタタミ一枚を後ずさり、チョップは喉元のワン・インチ距離で停止!再び拮抗。だがダメージドの笑みは深まり、スノードロップの表情は苦痛に歪む。 強固にホールドされたスノードロップの腕はチョップの形が崩れ、ミシミシと音を立てる。 スノードロップが押し切るより、ダメージドの両手が右腕を圧壊する方が早い。しかし!「アァーッ!」「グワーッ!?」全力で押し出されていた右腕が瞬時に引かれ、 ホールドしたまま前のめりになったダメージドのがら空きの胴に左の掌打が叩き込まれた! 緩んだ拘束、更に踏み込み。「アァーッ!」崩れた右のチョップは、掌底として繰り出される!ダメージドが逸らした顔の顎先を僅かに掠める。浅い、だが三半規管に 揺れ、ダメージドはたたらを踏んだ。スノードロップは更なる追撃を試みる、しかし「カーッ!」 ダメージドの繰り出すカナシバリ・ジツの予兆の発光に目を逸らし、スノードロップはバックステップで距離を取った。仕切り直しだ。「困ったな、強い。驚いたよ」 酔い覚ましめいて頭を振り、こめかみを揉むダメージド、油断せずカラテを構えるスノードロップ自身もまた驚いていた。 スノードロップが己を自覚した時、それまで恐慌と共に無軌道に振るわれていたカラテにも芯が通った。それは応報を繰り出す度、より輪郭をはっきりさせていく。 憑依ソウルがもたらしたコッポ・ドー或いはそれに類する破壊のカラテ。目の前のおぞましきニンジャを砕くためのもの。 「アァーッ!」スノードロップは再び仕掛ける。ダメージドの目は輝き、より強力なエンハンス光を全身に纏った。(やっと喋ってくれた)(カスガイだよ、おれは) ダメージドのクロスした腕が掌打を上に逸らし、チョップが胸部に繰り出される。ブリッジ回避。 (怖いものは誰だって怖いよ。おれも、ずっとそうだったから)(歩けるようになったらさ、色んなところ行こうよ)「イヤーッ!」紫の残光を引き振り下ろされる ハンマーパンチ、ワームムーブメント、砕ける床。ウインドミル蹴り、バック転回避。「アァーッ!」起き上がりと同時の追撃。 (やっぱりキレイだよマツユキ=サンは)(マツユキ=サンが違うって言っても、おれにとってはそう)ダメージドが消えた、上。天地逆に天井を踏み、バネめいた 力の解放。変則的トライアングルリープのストンプ。「ンアーッ!」ガードを越える衝撃。激しく背中から床に打ち据えられる。 (おれは、おれもマツユキ=サンがいい)(約束する。脚が直ったら、一緒に)「イヤーッ!」そのまま縫い付けるよう繰り出されるチョップ。「アァーッ!」 長い脚がダメージドの背中を打ち、狙いは胸部を逸れる。最初の応報と逆にその腕をホールドし、軸として体勢を入れ替える。 「アァーッ!」「グワーッ!」叩きつけられるダメージド、マウントポジション。「あなたは」スノードロップはカラテを構える。「お前は」自我に息づく青年の記憶。 「絶対に殺す!!」それと重なるダメージドを振り払うために。「ヒドイな、マツユキ=サン」ダメージドは笑った。 「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」 「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」「アァーッ!」「イヤーッ!」 マウントを取られながら、ダメージドはスノードロップのカラテを逸らし、捌き、防ぎ続ける。しかしスノードロップのカラテは一打ごとに精度を増していき、 ダメージドの防御を崩すのは時間の問題と思われた。そしてついにダメージドの片腕が逸れた!スノードロップは渾身の掌打を胸部めがけ 「ピガーッ!?」スノードロップは悲鳴を上げ痙攣!腹部からの電磁ショック、ダメージドの手には改造スタン警棒が握られていた。インシステントの爆発四散跡から 持ち去ったものだ。いかにニンジャソウル憑依者とは言えウキヨ、機械の身体の構造的弱点までは変えられぬ。 最大出力の電圧がスノードロップの回路を焼き切る直前に、ダメージドは警棒を放り捨て、スノードロップをエンハンスされた剛力でホールド!額を突き合わせる。 「カーッ!」「ンアーッ!?」カラテの輝きが弱まったスノードロップの瞳に、ダメージドのジツがゼロ距離で注ぎ込まれた。 スノードロップはダメージドの腕の中でガクガクと痙攣し、やがてだらりと脱力する。抱きしめるダメージドは頬を突き合わせ、その髪を撫でた。「ア……アア……」 「おれの勝ちだよマツユキ=サン。ごめんね」スノードロップの耳元で、ダメージドの声色は優しく響いた。 スノードロップの自由は完全に奪われ、もはや言葉も満足に話す事ができない。唯一瞳だけは右往左往する。「今度は意識あるよね?色々加減が効くんだこのジツ、 沢山試したからね」ドロイド強奪の邪魔になった者達。ドロイドの利用者、所有者、家族…数々の非ニンジャ、時にはニンジャ。 ダメージドは起き上がり、スノードロップの背中と太腿に手を回し軽々抱き上げると、オブジェと残骸に囲まれたベッドに悠々と向かう。整えられたシーツの上に丁寧に 横たえた。その上に膝立ちで跨り、顔の横に両手を着き覗き込む。穏やかに微笑むその瞳は、人ならざる愉悦と暗紫色に輝く。 「マツユキ=サンもニンジャなら壊れると……死ぬと爆発四散するのかな。嫌だな」ダメージドはスノードロップの両頬に手を添え、憂わしげに呟く。 「少しずつゆっくり、優しくするよ。なんだか初々しくていいね、恋人ぽくって」「……!……!」スノードロップは全力で抵抗しようとした、 だが無駄だった。全身にまるで力が入らず、吐息めいた音が喉から漏れるだけだ。「もうじき喋れるようにはなるから。痛かったら我慢しなくていいからね」 スノードロップは大抵の苦痛も陵辱も、それこそ破壊寸前まで痛めつけられては修復される地獄も既に経験している。 どれだけ恐怖と耐えられぬ苦痛を伴い、最後は完全に破壊されるとしても、行為そのものはスノードロップの想像と経験を大きくは逸脱しないだろう。だがそれは、 自我なき道具に徹することができればの話だ。あの闇カネモチのように、存在として興味のない者が相手であれば猶更だ。 見知らぬ他人が、ただ家具や家電が使っているのと何も変わらない。意識を切り離し時間が過ぎるのを待つだけだ。そうした思考停止の殻はスノードロップの自我の 最も奥深い部分だけは守ってきた。だが今は、今目の前にいる存在は。そうした思考停止を許してはくれない。 既にスノードロップの、ひとりの女の自我は泣き叫んでいる。今まで一度も経験したことのない、張り裂けるような痛みが胸の内から手足の先まで根を張り、 狂い回る。今からスノードロップは、外と内から引き裂かれ、完全に壊される。唯一自由な瞳からはとめどなく涙が溢れ出る。 ダメージドはスノードロップの上着に手をかけ、下着ごとたくし上げた。平坦なバストが露になる。雪のように白い、オモチシリコンの肌。サクラめいて淡く色づいた 先端とその周囲に膨らむ輪郭。「すごく、キレイだ」まじまじと見つめるダメージドの漏らすような吐息。 ダメージドは顔を埋める。ほんの僅かな膨らみながら、吸い付くような弾力のオモチシリコンの感触を感じながら。唇と舌は左の突起と輪郭を咥え、挟み、転がした。 指と掌は右の膨らみをを這うように撫で、先端を弾き、摘まみ、包み込む。それは交互に。(嫌) やがて唇は白い肌を啄みながら上へ、鎖骨、喉、顎筋、首を持ち上げ左の傷痕へ。オモチシリコンの裂け目をなぞり、冷たいクロームを舐め上げる。舌と鼻腔に 広がる鉄の味と匂いにダメージドは身震いし、唇へ。バストを揉みしだいていた掌は腰をなぞり、下腹部へ向かう。(お願い) 感触を味わうようにゆっくりと強弱をつけ唇を押し付ける、吐息の熱。やがてその間に舌が捻じ込まれる。歯茎、上顎、舌……絡み、動き回る口腔内に広がる熱と 体液。二度目の体験……一度目に感じた胸を満たす温かな感覚との対比にスノードロップは泣き続ける。(こんな) ダメージドの片手はスノードロップの下腹部から脚の付け根に。他の指が裂け目を押し広げる中央、中指の根本から掌はそこに在る僅かな突起を擦り、押し付け、 潰し。指先は第二関節までが沈み込み、スノードロップの意思と無関係に水音を立てながら内側の人工粘膜を貪る。(こんなの) 何度か形を変え、暫く続いたのち。やがてダメージドは唇を離し、大きく息を吐いた。仰向けのスノードロップの両脚を抱えて大きく開き、深く身体どうしを密着させた。 スノードロップは身体の芯と芯が触れ合うのを感じた。あてがわれた感触、脈拍、熱。(やめて) 「マツユキ=サン」ダメージドはスノードロップをこじ開け、侵入し 「Wasshoi!」 「グワーッ!?」ダメージドの悲鳴が室内を反射した。扉を破壊しながら突入してきたトビゲリを側面に喰らったダメージドは、くの字に身体を折り曲げ、オブジェを巻き込み ながら吹き飛び壁に衝突!ウケミして立ち上がる。「……誰かな」彼はトビゲリの主を……赤黒のニンジャを見た。 スノードロップはその者を見た。赤黒のニンジャは超自然の熱を背中から放ち続けている。スノードロップは慄いた。己を奮い立たせ、滾っていた身を焼く程の激しい怒り。 それ自体が形となって現れたような、赤黒の凄まじき姿に。その者はダメージドにジゴクめいてアイサツした。 「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」 【NINJASLAYER】