♪~ (緑)ママ。(香)うん? (緑)死んでる。(香)うん? 死んでる。 何が? おじさん。おじさん? ♪~ いてよ そこに。 ♪~ (拓自)あっ… ごめん。いえ…。 あ… いいえ。 いやね いつねいつ倒れても不思議がない。 まだ50代だっていっても…。70だよ 71。 (香)お元気で~す。緑ちゃん。 びっくりさせちゃったね。 さあ ごめんなさい。 あ~ ちっとも怒ってないよおじちゃん。 怖くないよ ちっとも。 緑ちゃん? 緑…。 ああ… これは 駄目だ。(香)すいません。 いやいやいや…。 ♪~ 失礼します。ああ ご苦労さま。 ♪~ (時計の時報) 緑ちゃん結構 今日 はしゃいでたね。 はい。 うるさくて やっと眠って。 いやいやうるさいなんて事はない。 全てが かわいい。不思議なくらいだ。 あと一息で 懐くんじゃないかな。いや いいんだよ。 知らない おうちの知らない おじいさんだ。 せっかく 子連れの家政婦がいいと言って下さったのに。 一緒に来てくれるだけでいいんだ。 (香)落語の人が何かの本で言ってました。 ああ 噺家が。はい。 子どもに好かれる男なんてろくなもんじゃないって。 ああ 立川談志か。 いいえ もっと古い人です。 うん?それは 多分 負け惜しみだよ。 孫か何かに嫌われたんだ。 いいえ。 私は それは本当の大人の証拠かもしれないって。 そう言ってくれるのはうれしいけどね。 私が 本当の大人な訳がない。 いいえ。 ただただ いろんな思いをして…じいさんになってしまった。 聞かせて下さいいろんな事。 ああ ありがとう。 それが あなたのような仕事の役割の一つかもしれないが…。 役割じゃありません。 昔の事はいいんだ。…はい。 おかしいかな?いいえ。 女房を亡くした。子どもは もともといない。 はい。 仕事から 完全に離れた。はい。 なくしたものも多くてね。はい。 あとは死ぬだけだ。そんな…。 ところが これが やっかいでね。はい? 明日 死ぬかもしれない。そんな…。 10年後かもしれない。はい。 腰が決まらないんだ。 明日って事はないんじゃないですか? そうだね。 明日 死ぬかもはじいさんの嫌みだね。 はい。 (笑い声) ♪~ (香)すごいね。 何か ぜいたく。 きれいだ。 雲の端が きらきらしてる。 緑も 「うん」ですって。ああ 「うん」だよね。 うん!「うん」だよ。 笑ってくれたぞ。うん! (警笛) (アナウンス)「駆け込み乗車は危ないですから おやめ下さい」。 (荒い息遣い) ♪~ キャ~! あ~! ♪~ (女)ああ~ 110番! 110番! 立て! (次男)何だよ。行け! 離せよ! 何だよ!行け! 俺に任せろ! ♪~ 110番はしただろう。様子を見よう。 こっちを向け。 向け! あんたは 私を刺そうとした。私だから よかった。 私じゃなかったら 刺されてた。 その勢いでばあさんも女も刺しただろう! 聞こえるよ。・(サイレン) ・(サイレン)そんな心配する立場か! この顔か!ええ? この顔か! ・(サイレン)誰かれ構わず刺そうとした顔は! 殺せよ。何だと? ・(サイレン)殺していいよ。 誰が そんな事してやるもんか! うあっ! あっ あ~! 聞こえるだろう 外へ。ああ~! (外科医)心配ない。 単純な骨折だから時が来れば治りますよ。 あっ そうですか。で どのくらい…? まあ 1か月かな。ああ。 こいつ 妹の長男で小さな事で カ~ッとなるやつで。 久しぶりに来たと思ったら…。ほら。 はい?患者さん 待ってるから。 あっ はい そうでした。どうも ありがとうございました。 じゃあ 行こうか。 うん。 どうも ご苦労さまでした。こっちだ。 私一人だ。 ああ 門閉めて。えっ? ああ こっちだ。 上だ。 何だよ 2階かよ。ああ。 あっ この手すりは半年前に つけたんだ。 この節 建築法で 手すりはつけなきゃいけないんだそうだ。 うちは 古屋だからな。 去年の暮れに やっと つけた。 思わぬ事で役に立って よかった。 俺は 小さな事でカッとなったん…。 ああ~ 危ない 危ない。大丈夫か? ああ そんな事 つい言った。 いろいろ聞かれると困ると思ったんでな。 余計な心配だったけど。 ああ あれは架空の妹の長男の話だ。 あんたとは関係ない。あんたの事は 何にも知らない。 架空の妹の長男だなんてよく そんな話ができるよ。 もう 1人なんでな。 そういう親戚がいると想像したりするんだ。 さみしいね。あんたほどじゃない。 よいしょ。だろう? あんたほどじゃないよ。よいしょ! 配達のピザだ。作るのは 今日は もう疲れた。 ついてきた粉末のスープとで今日は済まそう。 ああ お湯はあのポットで すぐ沸いてくる。 私は 1/4でいい。 だんだん 食えなくなってきてる。 これって 何なんだ?えっ? ああ ミックスピザとかいってた。俺に 何させようっていうんだよ。 あの通りで いきなりあんたの目を見てしまった。 誰でもいいから当たり散らしてやってやるという気持ちが突き刺すように来た。 止めなきゃいけない。 止めなきゃ こいつの人生は終わりだという思いが込み上げた。 あんた2人の女に向かって走った。 しかし 刺さなかった。それから また 私を見た。 私に突っ込んできた。意味はねえよ。 とっさだが 私は 全身であんたが すがりついてきたような気がしたんだ。 まさか。 俺はあんたに ナイフを向けてたんだよ。 体が 勝手に動いた。ナイフを取り上げた。 腕をひねった。走った。 カンフーかよ。カンフー? 太極拳か柔道か鍛えてんの 分かったよ。 ああ 昔の話だ。 だからかよ。だから? 現役だったら骨折なんかさせなかったろう。 殺してた。えっ? 現役なら 殺してたよ。 そ… それって どういう事よ? 冗談だ。何だよ 冗談かよ。 あんたが元気なら 今すぐでもこんなうちから出ていくだろう。 ああ。甘えるのが下手なタイプか? そんなやつは 自分にも甘くない。 だからせっぱ詰まってしまうんだ。 何だよ それって 俺の事かよ。 骨を折っておく事にした。気軽に言うかよ そんな事。 誰かれ構わず 人を刺すよりましだろう。 ああ ねえあの… どうしようっていうの? それを考える時間が欲しかったんだ。 ちょっと ねえ行っちゃうの? ねえ。 ピザとスープ どうすんの?1人で食べてくれ。 今日は疲れた。 1/4 持ってってよ。 下に 冷凍のチャーハンがある。チンして食べるよ。 ああ ねえ! はあ~…。 どういうやつよ。 こんなに ピザばっか食えっかよ。 食えるかもな。だって俺 腹ぺこぺこだから。 何だよ コロンボかよ。一つ 言い忘れた。ああ。 うちは 火曜日と金曜日に手伝いの人を頼んでるから。 明日 金曜日だ。2階から下りないでくれ。 向こうにも2階の掃除はいいと言っておく。 トイレは 上にもある。 俺が 何をするっつうんだよ。 …とも 言えねえか。 (電子レンジの音) ♪~ はあ…。 フウ~! え~ ほら ほれ。 あっ ちょっと高かった高かった もう一回 もう一回。 いい? 取ってよ。 いい?ほ~ら! ・アハハハハッ!よし もう一回いこうもう一回いこう。今度ね これで いくから。取ってよ。 ナイスキャッチ!はい おじさんに戻して。 アハハハハッ 後ろ行っちゃった。 こっち こっち こっち。こっち こっち そこから。 おじさんに戻して。 よし! ほれ~! はい ナイスキャッチ!おじさんに戻して。 おじさんに。 おおっ! いくよ それ!それ! それ! よし! ・ナイスキャッチ… あ~ 残念。残念 もう一回ね もう一回ね。 ごめんなさい。 ハウスキーパーです。はい。 駄目。えっ? 喉に 悪いんでしょ?しゃべっちゃ駄目なんでしょう? いや でも…。し~っ! お昼 おうどんでいいですか? ああ いいけど…。し~っ! 痛むんですか?ううん。し~っ! お大事に。 ・(緑)えい!・おっ! ・(笑い声) それ!えい!わ~ 緑 すごい! 強かったね。 よし。 よし それ!えい! 緑! 緑 やった!やったね~! すごいなあよし もう一回いこう。 それ~ よっ!えい!緑 すごい! ・(香)すごいねえ。 いいよ いいよ緑 頑張れ! ・もう一回 もう一回 もう一回! (時計の時報) 何にも言わねえんだよな。 うん?まずいとか うまいとか。 あ… 私は 時に応じてどこでも何でも食べてきた。 まずいですか? 食い物についてはいつも何にも言わないんだ。 はあ~ そりゃ 奥さん張り合いなかったろうなあ。 ああ すいません。 いや 張り合いがなかっただろう。 いや まあ そういう人だと思ってもう 平気だったと…。 平気ではなかっただろう。いや どうかな? いや 何にしても黙ってる事の方が多かった。 奥さんが?いや 私がだ。 女が そんな訳ないだろう。 そうかなあ? 死なれて こたえてるよ。 ああ~ でも ほらあの~ ほらあの~ あの子 かわいいですよね緑ちゃん? どうして 名前知ってるんだ?いや ママがずっと呼んでたじゃないですか。それだけか? それだけですよ。2階に ずっとですよ。 昼のうどんもあのママが廊下に置いてくれて。 それでいい。でも 何でですか? 何で 俺は 2階にいなけりゃいけないんですか? 何でだと?いや 俺 何にもしませんよ? 昨日 誰かれ構わずナイフを振り回したのは誰だ? 変わったんだな。 あの2人から引き離そうというのは 当然の用心だろう。 いや だから 変わりました。俺 もう 何にもしませんよ。 ナイフも 取られたまんまです。 昨日 この世の不幸をこの世の孤独を一人で背負い込んだ目をして殺気立ってたのは 誰だ? ああっ ああ~! 自分でも よく分からないけどことんと…ことんと 人が変わったみたいに変わったんですよ。 そんな事が信じられるか。根本さんの おかげです。 口先で 物を言うな。 じゃあほかの誰のおかげなんです? 俺から ナイフを取り上げて腕をひねり上げて警察から隠してくれたのは根本さんじゃないですか。 すごい経験ですよ。 ああ 世の中にはこういう人がいるんだ。 行き場がなくて 仕事もなくてもう息苦しくて人も嫌で 自分も嫌で 大暴れして死んでやろうと思ってたのが早とちりだったってド~ンと気が付いたんですよ。 そんな簡単に気が付かれて たまるか。 気が付いちゃいけないんですか?早すぎる。 そんなやつは すぐ また変わる。軽薄ですか? 軽薄だ。 そうだろうな。 ず~っと 俺の事考えてくれる人なんていなかったから。 根本さんが 一緒に走ってくれてのぼせてるのかもしれない。 私は まだ 気を許してはいない。 一緒に飲もうとも言わない。 多分 それが正解ですよきっと。 ♪~ (ヘリコプターの音) (インターホンのチャイム) (時計の時報) (インターホンのチャイム) (ドアが開く音) はい。(陽三)ああ…。 何か? お父さん お留守? ああ… いや あの…。(陽三)いるの? いえ 俺 息子じゃないんで。 足 どうした? あ… どういう用かっていうか。 この 6丁目って聞いたんでな。 歩いてみたら あった根本。 ああ…それで あの どちら様ですか? 日本へ帰って まだ半年なんだ。 友達ですか?うん? 根本さんの知り合いでしょうけど。 無論 そうだ。 そうじゃなけりゃあ捜して訪ねたりはしない。 今 いませんけど。 そうか。ああ… お名前伺ってもいいですか? 古い知り合いだが友達とは言えない。 ああ… あの友達じゃなくてもいいんです。 お名前 聞いといた方がいいかなと思って。 いいんだ。いいんですか? いなきゃ しょうがないだろう。 ああ…多分 スーパーへ行っただけです。 俺が買い物に行けないんで。 30年ぶりの 変な男が来たと言っといてくれ。 30年ぶりですか!?でかい声 出すなよ。 (口笛) 何だ? う~ん… いいんだか悪いんだか分からなくて。うん? いや30年ぶりっていう人が来たんで。 30…。 中に? ただ帰していいのかなと思って…。 お茶は出してないけど。そうか。 丹波って人です。分かってる。 え… まずいですか? いや まずくはないさ。そんな事 いつ言ったよ。 帰ってもらいますか? 待たしておいて しばらくして帰ってもらいますよ。 買った物は置いて少し散歩して下さい。 変な先回りするな。 30年ぶりって言ったんだろう。はい。 30年もたったか…。…さあ? なあ 多少 誰だってそんなやつと会うには気持ちの準備がいるだろう。 ああ お茶とか余計な心配するなよ。 2階 上がってろ。 (ドアが開く音) ただ 俺が悪い! ただ 俺が悪い! ああ 靴! 靴! (鍵が閉まる音) ♪~ (時計の時報) カレー うまいじゃないか。 ルーがあれば 誰でも同じです。 あっ そうだな。はい。 言ってみただけだ。はい。 ああ 昼間の客は何だったのかと思ってるだろうが…。 立ち入りません。 言いたくない訳ではない。簡単じゃないんだ。 いいんです。悪いけど 俺やっぱり まだ 人の話をちゃんと聞く余裕はないかも。 そうか。 変なんです。変な事はない。 人の話なんて 普通 そんなもんだ。 大体 どうして俺は お宅に泊めてもらって平気で 夕飯を食べているのか。 骨折は 私のせいだ。治るまで責任がある。 あの松葉杖も 病院のレンタルだ。 返す前に いなくなっては困る。 分からない。 どうしてそんなふうに親切なのか。 「うちは どこだ」と聞いてないね。 「うちの人に連絡しなくてもいいのか」とも。 一人っきりに決まってると思ったからでしょ。 うん そうだな。 シェアハウスで来月の6日まで払ってあります。 家族はいません。 そんな事も 今まで聞かなかった。 どこが 親切なんだよ。パジャマもガウンも借りてます。 そのガウンは返せよ。気に入ってるんだ。 シャツとパンツも返します。あれは 新品だ。 返します。返されても困る。 世間の そういうの何か 俺 ずれてて。 哀れむな。自分を哀れむやつを見たくない。 強いのが自慢らしいけど自分を哀れむと やっと生きてられる時もあるんですよ。 ♪~ ママ? ママ~!はい! おにいさんがいた。 ・(香)だから言ったでしょう。おにいさんがいるけどご病気なの。 喉が痛くて声を出しちゃいけないの。 足もケガして動かせないの。 いた。うん いるけど いないの。 ご病気なの。 痛い痛いなの。 香さん。すいません。 銀行へ行かなきゃならないんだけど緑ちゃん一緒じゃいけないかな? あ… はい。 どうする? 緑。 根本のおじさんと駅の方まで お散歩できる? ああ 何か買うよ。 甘い物はいけないかな?(香)控えてはいますけど。 ああ~庭で1人じゃ つまんないだろう。 ・公園 寄ってもいいよ。 公園。うん? どうする? うれしいな。緑ちゃんと2人でお散歩なんて。 おじちゃん すごく うれしいな。 心配? おじちゃんと2人じゃ 心配? 怖い? じゃあ 少し うれしい? じゃあさ少し うれしそうな顔して「うん」って言って。 うん!ありがとう。 ありがとう! ありがとう!うん! ありがとう。 ♪~ ・(かすれた声で)はい。 家政婦です。お昼のお皿 出てないんで。 ・(物音) (かすれた声で)すいません。いいえ。 出したつもりで。 失礼します。 大丈夫ですか?ええ。 喉が おつらいのは分かるけど骨折も大変だけどトイレは行けるんでしょう?ええ。 下りてきてコーヒーでも どうですか? 部屋に ずっといるんじゃたまらないでしょう。ええ。 話ができなくてもいいんです。私が おしゃべりしてもいいし。 少し お庭に出たりしてもいいんじゃないかな。 あ… あ~2人で出ていきましたね。 ええ。 娘も1人に飽きてたし。 かわいいなあ。 見てました?あ… すいません。 ちっとも。 来ます?えっ? 下へ。あ… どうしようかな。 いけない理由があります?ないけど。 じゃあ ゆっくり下りてきて。あっ…。 コーヒーは 喉にいけないのかな。あ~ 大丈夫。 紅茶にする?コーヒーで。 かしこまりました。 それが… それが 一口食べたらすっごく おいしいの。 あ~ でも 普通…。うん? 普通 何? いや… メンタイは 福岡でしょ? でも タラコが取れるのは北海道でしょ? 北海道で取れたタラコを一度 中国へ運んでそれから 九州へ来ると ちょうどおいしくなってるんだって。 どうして…。うん?どうして 中国へ運ぶの? 揺れるといいのかな?そんな…。 とにかく だから メンタイは北海道が一番っていうんだから訳分かんないんだけど函館のメンタイは おいしかったの。 ムチャクチャな…。ムチャクチャ! ハハハハッ! 声 出るじゃない。 前にも ちょっと思ったけど出すと痛むの? ううん。だったら 出しなさいよ 普通の声。 うん。 いや つい 出した。 痛まなきゃいいでしょ。まあ そうだけど。 言われてる?えっ? 声が出ないって言えって言われてる? まさか。2階から下りてくるな。 …と言われてない?ないよ 全然。 何か変。何か変って思ってた。 自分で下りてこなかっただけだよ。 どうして?え? どうして自分で下りてこなかったの? だから それは… 俺の意思で。 どうして? どうしてって… 骨折してるし。 骨折も うそ? うそじゃないよ。 パキッと… パキッとちゃんと立派に 折れてるよ。 監禁のにおいがしたの。 監禁って 俺が?こんなに普通なのに下りてこないのおかしいでしょう。 あんなに かわいい緑ちゃんに俺なんかが会っちゃいけないと思ったんだよ。 何をしたの? …何にもしてないよ。 何にもしてないのにどうして そんな事思うの? いや いいだろう。何にもしてないんだから。 あの人は どういう人?すごい人だよ。 言わされてる?正直な気持ちだよ。 何をしてる人?知らないよ。 何をしてた人?知らないよ。 何も知らないのにどうして すごいの?どうして ここにいるの? あの人は… 根本さんは…。うん。 信じていい人だと思う。 いいよ。私も 悪い人だとは思わない。 いや だったら…。ハウスキーパーが立ち入る事はない? ああ 悪いけど。 子どもが一緒だから 気になるの。 なぜ あなたが2階から下りてこないか。 なぜ 私たちとしゃべらないのかって。 それは 簡単ですよ。言って。 根本さんは…。うん。 香さんと緑ちゃんが来てとっても うれしかったんですよ。 緑をね。小さい子ってこんなに かわいいものかってびっくりしたって。 聞いたわお子さんがいなかったって。 香さん きれいだし。ついでに。 いや ついでじゃないですよ。 いいの。 ありがとう。男から逃げ回ってるの。 ご主人ですか?別れたのよ ちゃんと。 以上。 それだけ言っとくね。 はい…。 (香)緑が来て根本さん 喜んでくれたのね。 そこへ 俺が来たもんだから会わせたくなかったんですよ。 (香)そんな…。 だって 緑ちゃんが 俺に懐いたら不愉快でしょう? (香)それは 若い方がいいかも。…で 下りてくるな。 骨折して 喉痛めてるって言っとくって。 子どもか あいつは。 そういう正直なところ悪くないと思う。 あなたの方が大人じゃない。 でも まだ よく分からない。 俺が?2人とも。 心配ないですよ。ちっとも。 お金いいからやめたくはないけど。 大丈夫ですよ。 うん。 ♪~ (堀田)今 空いてるんで締めて 上から切り落とす。 ♪~ ありがとう。 何ですか? 老いた。 (堀田)いいえ。 私は 老いたよ。 (堀田)どうなさいました?う… うん。 気迫に負けたよ。 そんな事はないな。 別の事を思ってらした?ああ。 お待たせ致しました。ああ。 本当 改めて お久しぶりです。 何かありましたか? うん。 教えを請いたい。 何の事です? ご存じのように 私は日本の外にいる事が長かった。 それだけです。うん? どこに いらっしゃるのか。いつ 日本に戻っておいでか。 大体 どんなお仕事かも存じません。 うん。 今日のように 不意にいらしてうちの連中相手に遊んで下さって。 遊んでやしない。もちろんです。 ただ 張り合いのない事だろうと。 驚いたよ。若いのが 立派に育ってる。 20代の根本さんのようなすごみは誰にもありません。 嫌われたからね。 いえ 恐れたんです。 いや つきあいが狭くてまた お邪魔してしまった。 どうぞ。 3年に1回ぐらいじゃありませんか。 (笑い声) ああ~ わたしゃね小人数の仕事が長くてね。 はい。 2人だけの事も 1人だけの時も。 外国で… ですね。そう。 そんなふうには 感じてました。 しかし…。はい。 (小声で)スパイじゃないよ。 そう思ってます。 (小声で)国の仕事でもない。 よしましょう。 今までおっしゃらなかったんです。 伺うと よそに言いそうです。うん。 (笑い声) 私に 何か お教えするような事があるとも思えませんが。 いや 思わぬ事で 20代の青年と知り合う事になってね。 はい。 いや これが分からない。何人もですか? 1人。はい。 訳あってすぐに縁を切る訳にはいかない。 ああ はい。 絶望してたかと思うとけろりとしてる。 そううつですか? そううつ? はしゃいでいたかと思うとどっと落ち込んでしまうそううつ病。あっ 病気か。 この節は そんなのも。病気じゃ つまらんね。 つ… つまりませんか? 薬をのめば治るんじゃつまらないだろう。 …はい。 この世に絶望した青年を老いた私が叱咤して希望を持たせるように接触したのに薬をのめば治るじゃ 世話ない。 その青年が病気かどうかは分かりません。 そう 分からない。はい。 いや 分からないのは 私だ。はい? 私ごときがどうやって 青年を叱りつけてこの世は すばらしい。 生きるに値すると励ませるというんだよ! もう少し 声を…。失礼。 失礼。 いや はっきり自分の仕事に差し支えると思って子どもは持たなかった。 はい。 しかし 結婚はしてしまった。 しかし妻には 寂しい思いをさせた。 寂しいまま死なせてしまった。 分かりませんが。 先行きもない 希望もない今の私が青年を 励まそうなんて偽善も いいところなんだ。 その青年は そんなに落ち込んでいるんですか? ん… ああ だから 今 明るいんだ。 明るいんですか? そんなはずはないと思うのは私の勝手だが…。 明るいなら…。明るいなら いいよね。 うん。さあ。 私が ごたごた言う事はない。 明るけりゃいいよね。 ああ… はい。 よし いいぞ。 いくよ。うん。 あ~! 取れなかったな。 よし じゃあ もう一回やるか。 ほい。 よ~し。 うわっ! 緑ちゃん 助けて。よいしょ。 (香)お庭 一緒に遊んでやって下さい。いいんだ 私は。 どうしてですか?子ども相手は疲れる。 あいつがいるなら私が出ていく事はない。 ひがんでます?何を言うか。 (香)どんどん出ていってどけどけって私が相手だって…つぐおさんでしたっけ? 次男君だ。 次男さん はじき飛ばしちゃえばいいんですよ。 そんな事をするつもりはない。緑と遊ぶの飽きました? まだ いくらもたってやしない。だったら お庭へ行って下さい。 あいつを 下へ下ろしたのはあんただろう。 声が出るなら片足で下りてこられるならとおっしゃいました。だから いいじゃないか もう。 面白がって私を いじらないでくれ。 お出かけですか? まだ やるの?もっとやるの? ほい。 よいしょ。よし!いいよ。 うわっ。 無理だよ 無理無理。 うわっ わ~ 取れないよ。 よいしょ。 よし じゃあ もう一回やろうか。 ・(サイレン) (アナウンス)「救急車 右に曲がります。救急車 右に曲がります」。 (サイレン) (足音) 織江さんだ。 (織江)どうして 分かるん? 永原織江さんだから。 36年ぶりよ。 計算が速いね。 しばらくです。ああ とても。 駅前で 擦れ違って はっとしたの。ぼんやりしていた。 確信が持てなくて人違いかなって思いながら足が追いかけてた。 (織江)あなたは一度も振り返らなかった。どうして 私だと分かった? 誰だか分からなかった。 もうね。うん? 日本に戻って8年になるんだ。 尾行された事など一度もなかった。 無駄な能力だよ。 警察は辞めたんでしょ?うん とっくにね。 ふ~ん 尾行されたりしたんだ。 男ってバカねって言われるような尾行もしたりされたり。 私は 「バカね」なんて言わない。 あっ そうだ。 そうだったね。 ほかの人と混ざってる?いや~ 混ざってない。 もういい年だからね。 ああ? だんだんにくっきりと よみがえってきてる。 いい思い出は どうか み~んな私との事にしちゃって下さい。 そうするよ。 信じられる?何を? 70と60よ。71だ。 ちゃんと絵になってるんじゃない? 人に言うなよ。フフフフッ。 思い出してるよ。 織江は 明るくて少し うるさいやつだった。 (織江)だって 10歳若いのよ。11だよ。 亭主とは 51の時 別れちゃった。 51にもなって 別れるか。 別れるのよ このごろは。は~。 まあ いいだろう。そう まあ いいだろう。 人の事はどうでもいい人だもんな。 いやいや そんな事はないよ。 18歳の時 知り合って 24歳までとびとびに つきあって一緒に暮らす事はなかった。ああ。 あなたの 女の一人だった。 いや それは違うよ。 あの間は 織江さん一筋だった。 あ~ いいですよ。こんなに飲んで食べたのに。 根本拓自さんは 冷静ですね~。 随分 回ってるよ。自分の事は話さない。 ああ 独り暮らしだ。人に話すような事は 何もない。 昔の話をしたら いいでしょう? だから 仕事の話はできない。 しないという事でずっとやってきたんだ。 忘れてると やだからわざと触れなかったけど。うん。 初めて会った夜の事 覚えてる?うん。 そっちが忘れてるんじゃないかと思ってた。 忘れる訳ないでしょ。18歳よ! あ~ 渋谷のデパートの上の劇場。 ミュージカル!「ヘアー」。 そう 「ヘアー」。 終わって 外へ出るといつの間にか並んで歩いてた。 ううんあなたが 口ずさんでたの。 ♪「Let the sunshineLet the sunshine in」 ♪「The sunshine in」「レッツ・サンシャイン」。 そう。 私もメロディーだけは しっかり入ってた。 ああ。 歩きながらいつの間にか 2人でハミングしてた。 ちょっと ロック踊った。あ~ 踊ったな。 あのころの若いもん荒っぽかった。 2人なら 恥ずかしくなかった。 長髪のアメリカの青年たちが戦争に行かないと言って徴兵カードを焼き捨てる話だった。 あのあと 何度もレコードかけて覚えた。 俺も覚えたよ。うそ。 うん。うん? ♪~(歌声) 嫌だ 一緒に歌った事なかった! 会う時はもっといい事で 忙しかった。 もう! もう バカ者~! ♪~(歌声) ♪~ ハハハハ。うわ~! う~ん。 フフフフ。ウフフフフフフフ。 ・(拓自の鼻歌) (ノック) 入るぞ。 どうした?一度も下りてこないな。 寒いじゃないか。エアコン どうしてつけない? えっ? どこだ リモコン。 ここ? (電子音)つけりゃいいじゃないか。 足が痛むか?いえ。 下へ来ないか?朝飯 まだだろう? だるくて。え? どこが? 腰か? 足か? 気持ちが。気持ちが? だるくて…。ハハハッ そんな時は 動きゃいいんだ。 下へ下りて 何か食べりゃ気持ちは 後からついてくるよ。 元気ですね。普通だよ。 何かあったんですか? 何もないよ。 あんたこそ あの子と随分 はしゃいでたじゃないか。 ああ それで 疲れたんだ。 片足で跳ね回りゃ疲れるさ。 おい。えっ? ゆうべ 私は遅くなったがあのあとあの親子と何かあったのか? どうして?どうしてだと? 私が あの2人が来る日は2階にいろと言ったのはどうしてだと思ってるんだ。 ナイフを振り回したやつだからだ。 いつも こうだ。何が いつもだ。 人のせいにするな。 あの2人にナイフの事なんか言えないだろう? 母親が 2階からあんたが下りてこないのはおかしいと言いだした。そりゃそうだ。 あんたを信じて 下りてこさせた。 あの子も私より あんたの方が喜んだ。 大丈夫だと思った。 何があった? 何があったんだ? 5時半に 2人を見送りましたよ。 バイバイって。それから? それだけですよ。 だったら その薄笑いは何だ? 意味ありげな 薄笑いは何だ? 確かめたくなるんですよ。何を? 怒らせると本心が出るから。 私の本心が? こんないい部屋で こんなベッドでこんないい毛布でこれって 本当かって不安になるんですよ。 私が大丈夫だと言えばいいのか? いいんです。 いい事があった時のいつもの不安です。 あの かわいい女の子ときれいなお母さんとも楽しかったんで。 後遺症です。 おかしなやつだ。 そこが面白くもあり心配でもある。 着替えて 下へ下りてこい。 根本さん。うん? 俺の事…少し聞いてもらえますか? ああ。 3歳の時母親が出ていってしまいました。 親父は町の不動産屋の社員でした。 7歳の時 朝起きたら…。 死んでました。 もともと 心臓が悪かった。 親戚も余裕がなくて…。 余裕がないというので結局 こども園という施設の…。ああ。 世話になって 中学出るまでは。 そうか。 そのあとは小さな鉄工所に勤めて…不器用で 使いものにならないと言われて殴られてそこの後継ぎ ぶん殴って…。 あとはあっちこっち 切れ切れで…。 どこで聞いてもきっと 俺の事は「ああ そんなやつ いたかな」っていうぐらいの影の薄さで…。もういい。 しゃべり過ぎるな。 別の しゃべり方があるかもしれない。 いくら しゃべっても誰かれ構わず刺そうとした気持ちなんか 私には届かない。 ただ あん時の あんたの目にしゃべったって 人には通じないわめいたって 人には分からない。 そういう気持ちが膨らんで切れそうになっているのを感じたんだ。 それは 私の…これは 全く違う事情だがかつての… いや今でも いくらか私の気持ちだった。 勝手だね。いえ。 大丈夫だ。俺に任せろなんて事は言えない。 ええ。人の人生 そんな事は言えない。 骨が つながるまでゆっくりするといい。 あとの事も 相談に乗るよ。 ♪~ ありがとうございます。 ♪~ (鼻歌) それじゃ あれかよ。あの駅で会ったのかよ。 うん 改札出た所で向こうから来たのよ。 偶然かよ。偶然よ。 私は あの人のうちへ行くつもりで降りたんだもん。 そういう事って あるかね。何 言ってんの。 私はあんたが 行ってくれ頭から追い出すような事はやめてくれって そう言うからとりなすつもりで行ったんでしょう? 昔の男に会いたくもなったんだろう? こ~んなとこで言わないでよ。 誰も聞いてねえよ。 あの人の駅で会ったらいかにも あの人に会いたくて行ったみたいでしょ? 会いに行ったんだろうが。 あんたの事で行ったんでしょう! 「あっ 根本さん」。言えばいい事だろう。 恥ずかしくなったの。何 言ってんだ。 あんたといる事なんて言いたくなくなったの。 それで 新宿かよ。そう。 どうしようかな? どう話そうかなと思いながら尾行してたら見つかっちゃったの。 昔から そういうのを自慢するやつだった。 よそうか?何を? あんたとはこれっきりにしようか? そんな事 表で言いだすか?誰も聞いてないでしょ? 俺はな 人生振り返ってあいつが俺の気持ちを分かってないのが一番 悔しいんだ。 あんたも いい人よ。 だったら一緒に そう言ってくれよ。 この年になってあいつに 女取られたくねえよ。 女なんて言わないでよ。 女だろう。立派な女じゃねえか。 聞こえるように言ってよ。 はい どいて どいて。 よし! あっ! 根本さん。 根本さん! どうして家政婦さんを替えたんですか? 根本さんの方で言ってきたって言ってますよ。 そうだ。何だ それ?何だよ それ! 悪いがあんたは まだ情緒不安定だ。 楽しみにしてたのに!とっても楽しみにしてたのに。 だからのめり込みそうで怖くなった。 あの2人に 何かあるのは困る。 ああ~! 何だよ~! 見ろ。 だから 心配になったんだ。 あの2人に何かする訳ねえだろ! 分からないだろう 人間は。 わあ~! ♪~ ♪~