寮の庭にクリスマスツリーを飾ろう。誰かが言い出したその提案。 遙子さんが前の寮の時に保管していた大きなツリーを持ち出してきたのもあって、みんなはノリノリで協力していた。 賑やかな雰囲気の中で、私は不意に違和感を感じた。 少し考えてから、その正体に気付く。 「琴乃ちゃんが、いない…?」 渚ちゃんが普通にしているから、気にすることでもないのかもしれないけど…。 一人だけいないというのが何となく引っかかって、私は琴乃ちゃんの部屋の前までやってきた。 ドアをノックすると、すぐに反応があった。 「なぎ…あれ、雫?何かあった?」 それはこっちの台詞なんだけど…。 とにかく、すんなりと出てきてくれたのでまずは一安心。 「えっと、みんなでクリスマスツリーの飾りつけ、してる。琴乃ちゃんがいなかったから、ちょっと気になって」 「あ…あれやるって言ってたの、今日だったっけ…。そういえば確かにちょっと騒がしかったな」 参加するつもりではいたみたい。 「何か、してた?宿題?」 「あー、えっと、そういうわけじゃない…。ちょっと待ってて」 琴乃ちゃんは一度扉を閉めて、すぐに戻ってきた。 「これを読んでたら、すっかり夢中になっちゃって」 「これは…」 日記帳だ。これは、もしかして…。 「麻奈さんの?」 琴乃ちゃんは、無言で頷いた。 「この時期になると、どうしても思い出しちゃうんだ」 そう言いながら、日記帳を大事そうに胸に抱え込んだ。 ああ、そうか。クリスマス、だった。 「ごめん…邪魔、だった?」 「ううん。むしろこっちこそ、気を使わせちゃって、ごめん」 二人の間に流れる沈黙。き、気まずい…。 「えっと…せっかく来てくれたんだし、少し話でもする?」 琴乃ちゃんの不器用なお誘いを無下にはできなかった。 「うん。お邪魔します」 導かれるままに、私は琴乃ちゃんのお部屋へ。 綺麗に片付けられていて、ささやかにかわいい小物が置かれているのが、琴乃ちゃんらしい。 棚の上にある、麻奈さんとの写真に映っている小さな琴乃ちゃん、かわいい…。 「あんまり面白い部屋じゃないよね」 「ううん。琴乃ちゃんっぽくて、いい」 座布団に座らせてもらって、お茶まで出してくれた。 面と向かってだと恥ずかしいから、と、ベッドを背もたれ代わりに、並んで座る。 琴乃ちゃんは、麻奈さんとの思い出を沢山話してくれた。 私は突っ込んで聞きたい欲をぐっとこらえて、時々相槌を打つだけにとどめた。 ステージ上で歌うアイドルの長瀬麻奈さんと、琴乃ちゃんのお姉さんの長瀬麻奈さん。 どっちの麻奈さんも、琴乃ちゃんは大好きなんだって、聞いているだけでも伝わってきた。 こんなに嬉しそうに話している琴乃ちゃんは、始めて見たかもしれない。 「お姉ちゃんと一緒のステージに立てなかったのは残念だけど…お姉ちゃんのおかげでアイドルになって、本当に良かったなって、今は思う」 琴乃ちゃんはそう言い切った後、静かに目を閉じた。 うっすらと浮かぶ涙を見て、私も釣られて泣きそうになってしまう。 「琴乃ちゃんの気持ち、私にも、わかる。  私も、お姉ちゃん…。あ、えっと、私の方は従姉なんだけど…お姉ちゃんと一緒のステージに立ちたい、って頑張ってたから…」 「そう、なんだ…?」 「うん。お姉ちゃんは小さい頃からの憧れで、私のこと、アイドルに向いてるって、言ってくれた」 それから色々あったけど…あの時の言葉があったから、今がある。 お姉ちゃんにも、みんなにも、それからもちろん、牧野さんにも…感謝しかない。 「アイドルになって、良かった」 それだけは、間違いない。 「そっか…」 琴乃ちゃんが、微かに笑った、 「きっと雫のお姉ちゃんも、天国から見守ってくれてるよ」 「…えっ」 「えっ?」 なんかおかしいこと言った?みたいな顔で固まってる琴乃ちゃん。 私は、自分の言ったことを頭の中で繰り返してみた。…あっ。 「えっと、ごめん。琴乃ちゃんの話の流れで言ったから、勘違いさせちゃった…。私のお姉ちゃんは、引退しただけ…」 「そ、そうなの!?ごめん、めちゃくちゃ失礼なこと言っちゃった…!」 私の言い方もまずかったんだけど、勘違いしたのが恥ずかしいのか、琴乃ちゃんは真っ赤になってあわあわしていた。かわいい。 そんな琴乃ちゃんを見て、私はつい笑ってしまった。 「わ、笑わないでよ…」 「ご、ごめん…でも、おかしくって…!ふふ…」 「もう…!」 怒らせちゃったかな?と思ったけど。 「なんだか、沈んでたのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ」 涙はすっかり消えて、笑顔が戻ってきていた。 「久しぶりにお姉ちゃんの話ができて、楽しかった。ありがとう、雫」 「こちらこそ、貴重なお話聞けて、嬉しかった…ありがとう、琴乃ちゃん」 「…すっかり話し込んじゃったわね」 照れくさそうに言いながら立ち上がった琴乃ちゃんが、私に向けて手を差し出した。 「そろそろ、みんなのところに行こうか。ツリーの飾りつけ、手伝わないと」 「…うん」 その手を取って軽く握ると、琴乃ちゃんも握り返してくれた。 琴乃ちゃんの顔が真っ赤になっているのには気付かない振りをして、私達は部屋を出た。 麻奈さん、渚ちゃん、ごめんなさい。ちょっとだけ琴乃ちゃんの隣をお借りします。 終わり。