ぱじゃパ!が木組みの街から帰ってきてしばらく。すっかりいつもの日常が戻ってきていた。
最も、年末ということで忙しさで言えば数段上がっているのだが…。
各グループが精力的に活動してくれている中、俺も細かい調整やら送迎やらでてんやわんやになっていた。
こんな時だからこそ、ささやかでもちゃんと休憩を取らなければ。
缶コーヒーでも買おう。そう思って事務所の休憩室へ向かったのだが…。

「むむむ…」

雫がスマホを手に、難しい顔で唸っていた。

「雫、お疲れ様」
「…あ、牧野さん。お疲れ様、です」

どうやらこちらに気付いていなかったようだ。スマホをポケットにしまって、こちらへやってきた。

「牧野さんは、休憩?」
「ああ。みんな頑張ってくれてるから、俺もしっかりサポートしないといけないしな」
「うん。本当に、助かってる…。いつも、ありがとうございます」

雫の笑顔が眩しい。すっかり自然に笑えるようになったな…。

「ところで、さっき何だか難しい顔をしていたみたいだが、何かあったのか?仕事の困りごとなら俺にも相談してくれ」
「あー…うん、お仕事のことでは、ない」

そうなのか。話してくれるかはわからないが、俺は雫の言葉を待つことにする。

「えっと、これ」

先ほどしまったスマホを取り出すと、画面を見せてくれた。
これは…有名なチェーンの喫茶店のホームページだ。そこに書かれている文字を見て、俺は納得した。

「アイドルコラボメニュー、か」

コラボしているのはよその事務所のアイドルだが、それは雫だしいつものことだ。
問題は、その画面の真ん中にある『それ』だろう。
大きなパフェの写真と、ノベルティグッズ。これを攻略するのはなかなか難しそうだ。

「他のみんなと休みが合わなくて、泣く泣く見送るか、他のメニューだけでも行くか、悩んでた」
「なるほどな…」

さすがにこの時期では俺も休みまでは取れないな…。
とはいえ、送迎の間に寄るくらいはできないことはなさそうだ。

「予定は多少調整できるから、どこかのタイミングで寄ってみるか?そうだな…明後日の移動中とかどうだろう。
 仕事に支障が出ない程度にはなってしま…」
「行く!行きたい!」

食い気味に雫が反応してきた。
スケジュール表を見て一番余裕がありそうなのがそこだったのだが、提案してみてよかったな。

「じゃあ、予定しておくよ。予約とかは必要ないのか?」
「ん、それは大丈夫。今から楽しみ…!」

モチベーションになってくれたようだな。

「…おっと、そろそろ戻らないと」

すっかり長居してしまった。ついつい話し込んでしまうな…。

「あ、ごめんなさい。私もレッスン、行かないと」
「ああ、頑張ってきてくれ。身に行けなくて申し訳ない」
「牧野さん、忙しいから、しょうがない。それに、楽しみができたから、大丈夫」

力強く頷いてから、雫はレッスン室へ向かっていった。
俺も頑張らないとな…。すっかり忘れかけていた缶コーヒーを購入すると、俺は執務室へと戻るのだった。


-----


「来た…!」

雫が駐車場に停めた車から勢いよく飛び出した。

「おいおい、危ないぞ…気を付けてくれ」
「ん、ごめんなさい…つい」

まあ、車内でもずっとテンションが高かったからな…。よっぽど楽しみにしていたのだろう。

「時間はまだあるから、ちょっと落ち着こう」
「うん。左右しっかり確認…ヨシ!」

わざとらしいくらいしっかり確認したのを見て、微笑ましくなってしまった。

「じゃあ、行こうか」
「うん」

ロックもちゃんとして…と。雫を促して、俺たちは店内へと足を勧めた。
店内BGMもしっかりとコラボ中のアイドルの曲になっていた。また雫のテンションが上がり始めてるな。
店員さんに案内された席に座って、メニュー表を…と言ってもコラボメニュー目当てなのでそれだけしか見ていないが。

「パフェ以外にもフードにドリンク、色々あるな…」
「うん。余裕があれば頼みたかった…!」

パフェと飲み物を注文して待つ間、コラボ中のアイドルについて活動期間であったり、曲についてだったりと色々と教えてくれた。
本当に好きなだけに、コラボメニューを堪能できないのが悔しいんだろうな…。
雫の話を聞いているだけでも楽しかったが、ついにその時がやってきた。

「でっか…」
「大きい…」

ちょっと想定していた以上だ。テーブルの向い側に座っている雫の顔が半分くらい隠れてしまっている。
いや、時間に限りがあるんだった。絶句している場合ではない。

「雫、スプーンどうぞ」
「…はっ!うん、ありがとう」

ノベルティのカードに夢中になっていた雫が再起動した。
手渡したスプーンで、まずは一番上のクリームやアイスから切り崩しにかかる。

「…美味しい」

全部食べ切れるかはともかく、美味しそうなのは確かだ。
無心でスプーンを運んでは、時折一緒に頼んだ紅茶を流していく。

「紅茶頼んでるの、珍しいな」
「ん…コーヒーでもよかったけど、今はラビットハウスのコーヒーと比較しちゃうから…」

まあ、本格的なコーヒーを楽しんできた後にこういう店のコーヒーは飲みたくならないか。
それに、楽しかった思い出に浸ってしまうというのもあるだろうか。

「いつかは俺も飲んでみたいな、そのコーヒー」
「うん。木組みの街、凄くいい所だったから…また行きたい」

あの街のことはこれまでにも何度も話してくれていた。それだけ鮮烈に残っているんだな…。
そんな風に楽しそうに話をしながらスプーンを運んでいたが、徐々にペースが落ちてきた。これ以上は厳しそうかな…。

「雫、大丈夫か?」
「ちょっと…ううん、結構、きつい…」
「残り、貰おうか」
「ごめん、お願いします…はい、どうぞ」

スプーンですくったスポンジとクリームを差し出してきた。

「いや、さすがにそれは」
「?あーん」

何を言っているのかわからない、という顔で追撃をされてしまった。
…まあ、食べかけをグラスのまま貰うのも大差ないか…。

「…あーん」

そっと口の中に運ばれたパフェだったものを咀嚼すると、舌に冷たさと甘さが広がる。
うん、これは確かに美味しい。

「まだまだあるよ」

次々と繰り出されるあーん攻勢。時折コーヒーを挟んで口の中を整えるが、これは厳しい。
周りの視線(気のせいかもしれないが)と出発時間を気にしつつ、俺は雛鳥のようにただ運ばれてくるパフェを食べ続けるのだった。





終わり。