マミーがノルチアとお茶会する話 ━━魔王城には秘密の花園があるらしい。  様々な増築の果て、知らぬうちに作られていた薔薇園はノルチアの秘密の憩いの場となっていた。  多種多様な薔薇が咲き誇り、誰が世話しているのかもよく分からない場所だがそんなのは魔王城では珍しくもない事だ。あるものがない、ないものがある、そんな不思議な現象が魔王城では日々起こっている。小さな修復妖精が怒鳴りながら整備している姿は事務職なら誰もが一度は見た事があるもので、ここを見つけた時も彼にお願いして安定して訪れられる入り口を作ってもらっていた。  ノルチアが前線を退いてからは毎日が退屈だった。事務職に転属になったとはいえこの部署はダースリッチ様お一人で回している様な物で手伝える事はあまりなく、やる事と言えば精々温くなったお茶を変え書類を纏める事ぐらいだ。ノルチア1人いなくても仕事は回るので少ない業務を終えたあとは自由時間として薔薇園でお茶を飲む事が日課となった。  そんなノルチアの秘密の花園に今日は珍しく客人が迷い込んでいた。 「……あぅ?」  ガサガサと薔薇の生垣を掻き分けて出て来たのは包帯だらけなアンデッドの少女?だった。体についた葉を払い緩んだ包帯を巻き直す少女をノルチアは手招きで呼び寄せ頭についていた葉を取ってやると少女は嬉しそうに体を揺らす。 「久しぶりですねマミー・マミー。今日はどうなさいました?」 「んー…」    戦場跡地で頻繁に見つかるこの子どもは名前をマミー・マミーと言い死んだ子どもの寄せ集めで出来た継ぎ接ぎのアンデッドだ。軍に所属しているという訳でもないが魔王城にいても大体は見逃されている、意外と子ども好きな魔物が多いのだ魔王軍には。まぁ、城にいたとして対した脅威にはならないという点もあり放置されているのだが。 「えーと、ね」 「とりあえず、此方に座って。ゆっくりで良いわ」  薔薇園に設置された簡易的な椅子にマミーを座らせノルチアはクッキーを差し出す。自分とマミー用に紅茶を入れ直しながら返答を待った。マミーは継ぎ接ぎの為か喋る事が難しいらしく彼女(今日は女の子らしい)との会話はゆったりと待つ事が大切になる。しばらくしてマミーはもごもごとあまり回らない口を何とか動かし始めた。 「え、と…この前、ね?」 「はい」 「森で、と、りちゃんが、これくれたの」  マミーの手にはきらりと輝く青いガラス玉が握られていた。彼女の言うとりちゃんとはトリトリックという以前魔王城で飼われていた怪鳥の一種で杜撰な管理から逃げ出した後森に居付きマミーと友だちになったらしい。その特性から良く冒険者から色々な物を取り替えているみたいだが今持っているガラス玉もそうやって手に入れたのだろう。 「そのガラス玉がどうしたのですか?」 「ん、と。前にね見せてもらった、のるちあの、お目々と、おなじだなって…きらきらしてて、きれーなおそらの色だったから」 「……」 「のるちあに見、せたくて…」  ずいと目の前に出されたガラス玉は確かにノルチアの目と似た色をしていた。マミーは長く喋って疲れたのか紅茶を飲みながらふにゃふにゃと笑っている。以前見たノルチアの目が綺麗だったから、同じ様に綺麗でノルチアを彷彿とさせるガラス玉を見せたいと直向きにぶつけられる純然たる好意に何だか気恥ずかしくなり頬が熱くなるのを感じ誤魔化すようにノルチアも紅茶に手を付けた。 「ふふ、確かに私の目と似てますね」 「えへ、うれしー、ね?」 「えぇ」 「ふふふ」  マミーがクッキーに手をつけ始め薔薇園にさくさくとクッキーを食べる音が広がる。1人で過ごす時間も良いがこうやって誰かと過ごすのも悪くない。アンデッドである彼女相手なら目隠しが必要ないのもあって肩の力を抜いて紅茶を味わうことができる。 「おいしー、ね」 「えぇ、そうですね」  2人でクッキーを食べながらぽつぽつと話すマミーの言葉に耳を傾けて相槌を打つ。そうしていれば時間が経つのはあっという間で黄昏に染まる空にマミーは慌ただしく帰る準備をし始める。   「あ、う、帰らなきゃ。のるちあクッキーありがと、おいし、かった!」 「えぇ、少し暗いから気を付けてね。クッキーはまた新しく焼いておきますからいつでも気軽にいらっしゃい」 「えへ、うれしー、また、ねのるちあ!」  ぶんぶんと片腕を振り来た時のように生垣を掻き分けて帰ろうとするマミーがふと足を止め手を振り返していたノルチアへと掛け寄り手に何かを握らせ満足そうに今度こそ生垣を超えて闇に消えていった。  ノルチアは空に手を掲げ渡された物を自身の目に重ねる。 「ふふ、本当に綺麗ね」    ━━薔薇園から帰るノルチアの手にはキラキラと光る青いガラス玉が握られていた。