【とあるネオン街の路地裏】 「クソックソックソッ!なんでこんな事に!」 ゾゾカキは路地裏を走っていた。 ニンジャの力で守っていたマーシレス・トゲナシトゲトゲ・ヤクザクランは滅びた、皮肉な事にニンジャの手によってだ。 己が積み重ねてきたものがジェンガめいて崩れ去り、急ぎ隠し金庫に入れていたコーベインと純正大トロ粉末だけは死守できた。 悪態を吐き道の真ん中に蹲っていた浮浪者を蹴飛ばしながらもこれからどうするか頭の中で整理をしていた。 周辺のヤクザクランを吸収したせいで顔は知れ渡っており今回の件でヤクザとしてのオナーは尽き再興も難しいだろう。 かくなる上は闇医者にコーベインをちらつかせ顔と声帯を変えてもらった後に口封じに殺す。 いっそ自分だとわからないような別人になった方が都合がいいだろうと思っていたところに。 『「「〜♫」」』 急に歌が聞こえた、季節外れのキャロルが短調ですぐ後ろから。 瞬間、足が湿り気と共に力強く巻き取られる。 「アイエッ!?」 逆さまの世界から非現実めいた存在がゾゾガキの前に姿を顕した。 それは頭頂部にネコのような耳がついており、白い薄着から強調される豊満な胸と太腿が女性であるとわかる。だがその肌は常人ではありえない!皮膚の表面には銀河が揺蕩っており口元はさらに宇宙が濃くメンポのように隠している。その両目は割れたはずの満月が爛々と輝きこちらを覗いている。 スカートから伸びる黒い触手とテラテラと光る玉虫色の粘液が重金属酸性雨を弾き、酷く生臭い悪臭を放っていた。 そしてこの歪な歌はその女から機械音声のように両手の掌から生えた口が弧を描きながら輪唱を行なっていた! 「アイエエエエエ!?」 たとえ歴戦のグレーター・ヤクザであろうと精神的に大きな疲労を負っている状態では情けなく悲鳴を上げ失禁! 歌はすぐに止み合成音声のような声で女がゾゾカキに問いかけた。 『オジサンは今カワイクなりたいと思ったでしょ?』 「アイエエエ…そんなことは…」 『ウソだね変わりたいと思ってたもん、だから必死に逃げてたんでしょ?』 今の状況に混乱しながらも思考する、この狂人はなんだ?というか人間なのか……まさかニンジャなのか? だがもしニンジャなら自分のような存在などすぐ縊り殺せる筈だ。このように拘束して生かしておくいうことは何かしたい筈、ならば一縷の望みを賭けここは穏便に交渉をするしかない。 「スマナイ混乱をしていた、そうだオレは変わりたくて逃げてたんだ、でそれが君の言うカワイクと関係があるのか?」 『それは勿論!カワイクなれば大きな一歩を踏み出せる!皆んなカワイイなら世界も平和!嫌なこともなくなる!ワタシはカワイイの布教者ネコネコカワイイアオガタだよ!』 彼女は一息に捲し立てた。 「……は?世界平和?ネコネコカワイイ?」 ゾゾカキは狂人を理解できずそのまま疑問を口にした、してしまった。 『んーオジサンにはわからなかったかな?でも気にしないでもう大丈夫すぐにわかるから』 「おいちょっと待て、気にしないでとはどういうこっ!」 女は聞く耳を持たない、交渉の余地も無く触手が耳から入り込み水音が聞こえる。強烈な快楽が精神を支配する。ケタケタと掌の口が歯を鳴らして笑う。 「アッ…アッ…アッ…」 『ちょっと待っててね、まずはカワイイになる為の啓蒙を頭に入れなきゃ』 先程感じていた悪臭を全く感じず、耳に侵入した触手と吸盤でマッサージを行い体をだらしなく弛緩させる。嬉しそうに触手が揺らめく。 「アッ…アッ…」 『フフッ…アカチャンみたいに涎を垂らしてカワイイんだから』 耳を通過した触手が脳を舐め回す、ゾワリとした感触が体を襲うが手はおろか目も動かすこともできず、なすがままである。 「アッ…」 『エヘヘ❤︎大丈夫コワクないコワクないよ…』 何をしようが無意味だったのだ、どのようにあれ己はこの狂人に捕まった時点ではじめからこうなる事を決定づけられていた。 「ア…」 『えっとここあたりかな?仕上げに吸い出して……それじゃあオジサン❤︎もーっとカワイクなろうね❤︎』 銀河が渦巻く、星が煌めく、だが空は暗い。 ドクロ模様が無い見たこともないお月様が二つインガオホーと囁いていた。 キュポンと吸盤が吸い出す音が聞こえゾゾカキの意識に夜の帳が下り触手が体を包み込んだ。 『カワイイできたね❤︎』 触手をウネウネと蠢かせ喜びを表現する、その掌の口は白子じみた何かを咀嚼していた。 彼女の傍には人間の大人サイズのヒトガタがあった。その姿は豊満が目立つ女性的なフォルムで肌は彼女と同じ銀河模様。そして顔と髪の周りには満月じみた瞳がいくつも開かれていた。 『それじゃ帰ろっか!』 そばに落ちていたコーベインや純正大トロ粉末に目もくれず、ヒトガタを優しく抱き抱え異形はネオン街の裏側へ消えていった。 〜終わり。〜