シュヴァルたぬきは隅の方にいると落ち着くたぬき。帽子を目深に被っては、物陰でじっとしている。 そこにいると心安らぐからそうしているため、何も起こらなければずうっと留まっている。 たぬきなので。何かしなければという意識が無いのだ。 しかし一度見つかると話は別。猛烈な勢いで駆け出し、別の物陰へと逃げ出す。 もしも興味から、シュヴァルたぬきを観察したいなどと思ったのなら、一瞬でも視線を切られてはいけない。 見失った時点で、もうそこにはいない。シュヴァルたぬきは隅の方にいるため、観測し続けないとどこかの隅へランダムにワープしてしまう。 たぬき達は遅いと言われているが、サイズ不相応には駆け足が速い生き物でもある。小ささを活かして物陰へ潜り込まれたらそこまでだ。 交流を試みるのであれば、帽子を被るのが良いだろう。頭に帽子を乗せている相手には親近感を覚えるのか、警戒を少し緩める。 奥手なシュヴァルたぬきは、自分から話を振るという事を中々しない。そして会話のスピードが早いと、対応が追いつかなくなる。 話をしたければゆっくり、こちらから話題を振っていこう。帽子と釣りの話は大体のシュヴァルたぬきが好みにしている。 遠目からの観察で構わないなら、釣りの時間を狙うと良い。シュヴァルたぬきが釣り竿を垂らすと、普段物陰に潜んでいるとは思えないくらいじっと竿を眺める。 シュヴァルたぬきの視界に入らなければ、鑑賞し放題だ。ただしこの時、何が起きても大声を上げてはいけない。 たぬきの釣りというものが、真っ当な魚を釣ると思ったら大間違いで。日々人間が竿を垂らしている筈の釣り場でも、信じられないものが飛び出し得る。 例えばあるシュヴァルたぬきは、”海”を釣った事がある。それは根掛かりの比喩表現ではない。 半径30cm程の球体で、海水に満ちた中は浅層から深海、海底までが存在しており、小さな小さな生態系が構築されている。 それが何か、何故球体を保っているのか、どうして釣り竿の針で釣れるのか、人間には説明出来ない。 異様な釣果にわっと声を上げた途端、シュヴァルたぬきは驚き慌てて逃げ出したという。 前触れなく理解を超えた事態に陥るたぬき世界観への対応力が求められる。 そうしたハードルを飛び越えて、見えるものと言ったら。シュヴァルたぬきは釣り以外の時間を、本当に隅でじっとして過ごすだけである。 シュヴァルグランは内向的な中に勇気を発揮するが、シュヴァルたぬきは勇気を持っていても出す機会が無い。 釣り場と好みの隅っこを往復するだけの生活を送り、そこに退屈を覚えない。数日でも数週間でも、恐らく数ヶ月でも数年でも。 のんびりとしたたぬき達の中でも、最ものんびりした生活をしているたぬきかもしれない。 ちなみにヴィルシーナたぬきやヴィブロスたぬきといった、仲良くなりやすい相手はいるのだが。 話しかけようとしてはつい物陰へ隠れてしまい、その度ワープしてしまうため、中々交流を始められないシュヴァルたぬきが多数派になっている。