「儂が魔法少女のことを世間に広げなかった理由?」 「あなたなら、あなたの立場ならできたはずだ。表の権力を持って魔法少女の事情にも精通しているあなたならば」 魔法少女のことを広めてようとしている愚か者が行動の理由を聞いてくる。 「あなたも宇宙の意思、宇宙の自浄作用を実感したからなのですか?」 宇宙の意思などという訳のわからぬ単語を出されて困惑したので里見太助に聞き返すことにする。 「宇宙の意思とは?自浄作用とはなんぞや?」 「宇宙の意思とは…」 そうして里見太助は説明を行なった。魔法少女のことが騒動にならない、たしかにそれはその通りだ。しかしそんな仮説より確実な仮説がある。 「宇宙の意思などというものより他の事象で簡単に説明できる」 「それは、一体」 「複数の魔法少女がそのように願った。それが噛み合って宇宙の意思などという妄言が出てきているのだ」 里見太助は少し驚いた顔をしていた。 「このような作用になる願いを叶えるメリットは?」 「さあな、されど人類が誕生してから数十万年、そのような願いをした魔法少女はいないと言い切れぬであろうよ」 「では、なぜあなたは広めなかったのですか?」 「簡単なこと、既に地獄であった世の中がさらに地獄になるからだ。最も統治の都合上国主レベルの配下たちとあとは家康には伝えておったがな」 「なるほど、上には広めていたのですね。では世間に広めなかったのはなぜですか?」 「少しは自分で考えてみよ、と言いたいところだが齟齬が生じて困る。魔法少女の存在を表に出さなかった理由は3つあり、それは願いと力と末路だ」 「願いと力と末路…」 里見太助が沈痛な面持ちになっていく。多少なりとも心当たりはあるらしい。 「まず願いであるが因果次第とはいえ良くも悪くも世の情勢を変えることができる。それこそ儂の死を望んだ魔法少女もおろう。たとえばわかりやすい例えだと一揆衆の娘とかじゃな。まあ儂は天下統一寸前まで行くような因果、今もこうして生きておるがな」 「たしかに現代でも首長が急死すれば混乱は免れないか」 「まだあるぞ、それは願いが他者の命令によって叶えられることじゃ」 「魔法少女は強いです、もし命じられても契約直後に逆らえば」 「魔法少女は意外と弱い、矢弾の嵐に晒されれば怪我をするし痛覚も感じる。首を刎ねられてもただでは済まぬ。それに、たまに魔法少女より強い者もいたしのう」 「たしかにそれは大きなリスクです、では二つ目の力とは?」 「魔法少女は人間の如く強くなる。ということは世を乱す賊となりかねぬし様々な所でその力を使い使われるというのは容易に想像がつく。というか儂の時代には賊の頭領をしていた魔法少女もおったしな。どこに紛れてるかわかりにくいという意味でもベトコンのようなものよ」 「ベトコン…たしかに魔法少女はゲリラ戦法のようなものをその気になればできてしまう」 「然り、では最後はその末路、魔女と化して周囲に呪いや災厄を撒き散らす。ここで問題だ。魔女に対して一般人ができる対策は?」 「それこそ魔法少女を広め正しい認知を行うことで魔法少女自体の数を減らすことです。周りが優しくなれば魔法少女になる原因も減る」 キラキラな目で理想論を語る。しかし現実を突きつけてやらねばならない。 「正解は一つではないがな。一番合理的なのは魔法少女である時に殺すことだ。魔女になっては本格的に手が届かなくなる、ならばリスクマネージメントのために魔法少女であるうちに殺すのは至極当然だろう?」 「そ…それは…」 明らかに里見太助は動揺していた。 「魔女になれば呪いを振り撒き多数の犠牲者が出て討伐も別の魔法少女に頼らねばならぬ。中世ヨーロッパの魔女狩りは魔法少女のことが広がっていたと仮定すれば至極合理的な行為といえような。最も異端者というのは排除され時に妖怪扱いされ時に魔物扱いされるものだがな。民俗学者ならばわかるだろう?というか柳田國男の遠野物語なぞその道を志すならば必修科目のはずだからな」 「それでも私は人の優しさに…」 「儂が生きたのは戦国時代だぞ」 里見太助は沈黙した。 「…理由は、わかりました。ですがあなたはそもそも自分のことを、魔法少女のことを可哀想だと思ったことはないのですか」 「ない。だって願いも叶えられて力も手に入れられる。メリットしかないではないか。というか儂の周りの魔法少女は大抵そのような考え方であったぞ」 「しかし魔女と戦う過酷な運命を背負います。それ故に彼女たちは短命です」 「…あー、現代人から見るとそうさな。そこは世代間ギャップというやつか」 里見太助は呆気に取られていた。 「のう里見太助よ、我らは戦国人、故にこそ死は格段に近かった。であるからこそ願いも力も魅力的だしデメリットもないのだ」 「それでも現代ならば」 「確かに少しは優しいだろう、だが地獄になる可能性もないとは言い切れない。世界だと尚更だ。それに今の日本の魔法少女というのは暴力での抵抗をせぬいい子ちゃんばかりだからのう」 里見太助は納得と不服が混じる表情をしていた。 「このままが最善だと?」 「世界のことを思うならばな。変革には痛みが伴うのだ。結論を言うと儂が魔法少女を広めなかった理由は日の本が混乱に陥りただでさえ地獄だったというのにさらに地獄になり、そもそもの話魔法少女を可哀想だと思っておらぬからだ」 織田信長は、里見太助の諦念を後押しした。