女王の上機嫌なるを見て、その訳を知らぬはまだ乳飲み子の王太子だけである。 大臣貴族に御用商人、彼ら一切は謁見の間より音も立てずに抜け出して、 代わりにすっ、と扉の中に入っていく一人の男を、やはり声もなく見送る。 彼の姿を見た女王が――一人の女へと戻る様を、内心に微笑ましく思いながら。 女は膝の上の、薄っすらと桃色の髪を生やした我が子へと視線を戻す。 仕立てのいい産着からは、ふんわりと柔らかな匂いが立ち上ってきていた。 そして男に――何を言うでもなく視線にて、子を抱き上げてくれるように促す。 軽い。一年前まで握っていた剣やら槍やらと比べると、それは綿雲のように軽い。 そして重い。ずっしりと腕の中にある生命のうねりは、それらを倍してもなお重い。 重きに耐えかね――彼が汗をだらだらと額に浮かべながら妻に我が子を返そうとすると、 その瞬間まで寝入っていた赤子は、たちどころにぱちりと目を開け、父をじっと見る。 そして突然に、窓の硝子さえ震わせるような泣き声で、見慣れぬ顔に驚いて泣くのだ。 こうなってしまえば、彼にできることは何もない。返すので精一杯である。 母親がそっと抱いているのと、父親がそうして恐る恐る抱くのとでは、 その物理的な重量さえ、変わっているかのようにも思えてくる。 汗を拭きながら息をつく男の名を――隣の部屋から出てきた二人が笑いながら呼んだ。 その懐中には、同じく母の遺伝を色濃く映す赤子が、紫と金の髪を覗かせている。 抱いてみるか――その冗談に、男は目を白黒とさせながら跳び上がった。 父親として、娘のうちの一人だけを抱き上げるなどということは不公平にあたろうが―― 先程のやり取りをあと二度も繰り返せば、夫としての立場などあったものではない。 我が子の額に軽く口づけして、それを贖いとするほかなかった。 赤子がぐずり出すと――女たちは手慣れたように、機嫌取りのために揺らしたり、 おむつを取り替えたり、胸をはだけて小さな唇に自身の乳首を咥えさせたりする。 傍目には単一の行動にしか見えないその裏をきちんと彼女らが見分けていることに、 男は今更ながらに、敬服の念を抱かずにはいらなれなかった――けれど、 ちらりと覗いた色の濃い乳輪、じんわりと白の雫を滲ませるぷっくりした乳頭に、 自然と――いや本能的に、彼は雄としての視線を向けてしまう。 向けていることそのものを、妻三人共に見抜かれていることをわかっていても、だ。 彼は今日、そのために来て――彼女らは今日、そのために集まってきたのだから。 乳母が赤子を連れて出ていけば、ここからは父と母の時間ではない。 女たちは子を孕む前よりも肉のついた腿やら腰やらを恥ずかしがって手で隠そうとするが、 それは却って、夫の情欲を煽る道具にしかならぬ。一回り大きくなった乳房もそうだ。 赤子のために、たっぷりと母乳を溜め込んで――乳首まで下品に色濃く染めて、 しかしそれらをただ、彼に第二子をねだるためだけに艶めかしく手でこね回してみせる。 自らの母乳にててらてらと薄白く光る彼女らの手に、男は己の手を重ねながら、 海綿でも絞るかのごとくに、びゅう、びゅうと新たな白い筋を部屋の中に飛ばす。 三人分の母乳が混ざり合った、甘ったるい空気を思いっきり鼻で吸いながら、 時に彼は、直に己の唇と舌とで、我が子のための母乳を贅沢に独り占めしてみせる。 乳輪を彼の舌が跨ぎ――細やかな凹凸一つ一つの纏う汁が唾液に塗り替えられると、 女たちは切なそうな声をあげながら、夫の身体に自らの身体を擦り付けるのだ。 早く――もう――初めに我慢の限界を迎えたのは、また一番年嵩の女であった。 男が軽く頬に口付けると、緑の瞳は物足りなそうに舌を唇の中でもだえさせる。 ちゅるん、と男の性器は彼女の膣内に滑り込む。互いの形を覚えているように。 半年ぶりの挿入に、女は指をぐっと唇の間に噛ませ、耐えてみせようとした―― その試みも、当然無意味なことだ。顔を見せて――と彼が手をどけてきて、 つん、つん、と頬をつついていた舌先を、一気に唇に割り入れて来たとなれば、 愛情に飢えている彼女は、夫から与えられる快楽の波に、そのまま流されてしまうだけ。 男勝りな彼女が――自分の子を孕んで産んで、今もまた次をねだっている現状は、 殊に彼の興奮を煽る。二人と言わず三人四人、世の許すなら十人二十人でも―― と、彼がどんどんと姉にばかり熱を上げていくのを、隣で見ているだけのはずもなく。 私達の分も、ちゃんと残しておいてね――そう囁かれながら、次の瞬間には、 まるで打ち合わせたかのように、左右にべったりと、その艶めかしい肌をくっつけられる。 へとへとになりながら、射精を待つだけの弱々しい有り様になった紫髪を見下ろしながら、 最も若い――金髪の少女は、二番目に自分を選んでくれるよう、夫の腕にしがみつく。 絶世の美女、美少女たちが、種付けの順番を争う――英雄にしか許されぬことだ。 そして同時にこれは、次代の、さらに先の世に勇士の血筋を残すための役目でもある。 彼らの作り出した平穏が、いつ何時破られるかなど、誰にもわからぬことだ。 下腹部をすりすりと撫でながら、夫の愛の確かなることを、紫髪の女は確かめる。 彼の上で別の妻がその小さな体格で、腰をぐいぐい動かしながら種を媚びているのも、 そうして二人目を授かろうとする、妻の務めであると子宮にて理解している。 それでも、胎内の熱がゆっくりと己の体温へと冷まされてしまうのを掌で感じていると、 もっと彼に甘えたい――早く次の順番が回ってきてほしい――そんなことばかり考える。 妹の手前、それを口には出さねども。桃色の髪が彼の上で踊り始めると、 ようやく、あの次が自分の二回目であることに――女は安堵するのであった。 くちり。無意識に指が陰唇を撫でる。彼との子を通した、経産婦の膣口を。 我慢できなくなった――?そんなふうに横から声を掛けられて、女はぼっと頬を赤くした。 六も年下の彼女は、夫恋しさに淫らな手遊びなどせぬからだ。 うんとも言えず違うとも言えず。指だけ止めても、頬の火照りの消えるわけもない。 頑張って一緒にたくさん赤ちゃん産もうね、との言葉がその後に続かなければ、 そのまま彼女はそこで、恥ずかしさのあまりに溶けてしまっていたことだろう。 姉がそれだけ素直に夫への慕情を示せるようになったことを、 彼の腰の上で、もう一人の妻は見届けながら――胎内に火の点るのを悟った。 世が平和になっても、男の放浪癖は止まぬ――いや、そうであるからこそ、 彼女らは自由なる彼を愛したのだろう。時折、気まぐれに吹く風を。 我が子の大きくなっていくのを、隣で見守って欲しいという気持ちはあるが―― 繋げば風は淀む。風の吹くのを待っているのは、自分だけでもない。 こうして妻三人が、揃って夫と新たな子を作るために集まるのは、 誰か一人だけが、彼を独占しないように、との淑女協定に従ってのことである。 今日撒かれた胤は、また幾月もの果てに彼に冷や汗をかかせる種となり、 そしていつの日か、世の平穏と国とを背負うべき役目を与えられる―― 日は既に傾いて、男の胸板に赤い光がぼうっと照らされている。 垂れ流した四人分の体液は、寝床のあちこちにべたべたとした染みを拵えている。 日が明ければまた彼は旅に出るだろう。彼女らは治める城に戻らねばならない。 一切から解き放たれた四匹の獣であれるのは、ただこの時間だけだ。 扉の外では、泣き声の三重奏が響いている。彼女らが妻から母へ戻る刻限も近い。 いつか吹く風を待ちながら、彼女らは我が子に愛を注ぐ。父親のことを言い含める。 今日は大切な日だから、外で待っていてね――そう言って、女に戻る。 これは役目だから――子を産むのが自分の仕事だから――己に言い訳をして。 今日も謁見の間からは、人の気配がすうっと消えていった。