宵月灯は、夏の終わりを告げる蝉の声を聞きながら、深い山道を進んでいた。友人の消息を求めて、この山奥の村へ向かう決意を固めたのは数日前のことだ。夏休み中に村を訪れたクラスメイトが、突然連絡を絶った。そして連絡を絶ったかと思えば、差出人不明のメールが届いた。迷惑メールかとも思ったが、友人が話していた田舎と場所が一致している上、デジ文字が添付されていた事から無視できずにここまで来た。 村への道は険しく、携帯電話の電波も届かない。周囲を見渡しても木々が生い茂り、薄暗い道が続くばかりだ。灯は額の汗をぬぐいながら、友人の無事を祈った。 「本当にこんなところに村があるのか……。ネットも通ってなさそうだ。随分物好きが住んでいるんだろう」 灯は愚痴を溢しながら山道を歩いている。答える者はいない。ただ、彼の横に浮かぶ小さな影が一つ。 「灯よ、お前は何故こんな所まで来たんだ?」 黒いピコデビモンが口を開く。彼の小さな翼が不気味に動き、灯の肩に降り立った。ピコデビモンは灯のパートナーであり、彼の旅の伴侶でもある。 「友人を見つけるためだよ。僕には、どうしても見過ごせないことがあるんだ。」 灯は決意を込めて答えた。友人の行方不明は、彼にとって過去の痛みを思い出させる出来事だった。小学生の頃、「神隠し」に遭い、自分だけが生還した経験が今も彼の心に深い傷を残している。 「お前……。それで手痛いしっぺ返しを受けたのを忘れたのか?」 昨年のフェレスモンとの事件を言っているのだろう。確かにあの事件で灯はトラウマを掘り返された上、依頼主を助けられなかったが、あれからもう丸一年経っている。いつまでも動かずにいるわけにはいかなかった。 灯は苦笑しながらピコデビモンを見つめた。「そう言うなよ。君だって、この一年で僕にだいぶ付き合ってくれたじゃないか。それになんだっけー、僕とは利害の一致で行動してるんだったかな。文句言っても着いて来てる辺り君にも利があるんだろう?」 「完全体まで進化したのだからもう少しで我は本来の姿に戻れる。その為にもデジモン絡みの事件には積極的に関わりたいが……何もこんな暑い時期に動きたい訳じゃない。」 「後でアイス買ってあげるから良いだろう?こんな山奥に売ってるかは保証できないけどね」 「あーやだただ。」 ピコデビモンは少し不満そうに唇を尖らせたが、やがて諦めたように頷いた。 木々の間から古びた木造の門が見えてきた。門の上には、「⬛︎⬛︎村」と書かれた木札が掛かっている。 「ここか…」 灯は門をくぐり、村の中へ足を踏み入れた。村は静まり返っており、まるで時間が止まっているかのようだ。古い木造の家々が立ち並び、石畳の道が続いている。灯は周囲を見渡しながら、友人の姿を探した。 「こんにちは、誰かいますか?」 灯の声が静寂を破った。すると、一人の老人がゆっくりと近づいてきた。老人の顔には深い皺が刻まれ、瞳には何か恐ろしいものが宿っているように見えた。 「珍しいねえ、こんなところに人が来るとは。何の用だい?」 老人は穏やかな声で語りかける。その目は何を考えているのかわからなかったが、敵意はなかった。 灯は一息つくと、口を開いた。 「僕は僕の友人を探しに来ました。この数週間ほど音信不通なんです。」 それを聞いて老人の目がスッと細くなった。老人はしばらく灯…と言うより灯の肩をじっと見つめた後、無言で背を向けて歩き去った。灯はその反応に不安を覚えたが、諦めずに村を歩き続けた。 歩きながらピコデビモンは灯に話しかける。「気付いたか灯?さっきの老人の目つき……」 「考え過ぎじゃなければピコデビモンが見えていた」 ホログラムゴーストの状態のデジモンは基本的に人間が見る事は出来ない。ホログラムゴースト状態のデジモンを視認できるのはデジヴァイスを所有している人間くらいだろう。だが、あの老人は明らかにデジタルモンスターであるはずのピコデビモンを目視していたのだ。 「デジ文字のメールの事も気になる。用心しておこう。」 灯の言葉にピコデビモンはこくりと首を縦に振った。しばらく村を歩き回ると、目立つ施設を見つける事が出来た。少し寂れているが教会だろうか? 「あれは……教会か?この田舎村にしては随分と立派じゃないか?」 「あんな廃墟に友人がいるのか?」 「わからない。でも、行くだけ行ってみよう。」 灯は教会の扉に手をかけようとしたところで、不意に背後から声をかけられた。振り向くと、そこには一人の少女がいた。歳は十代前半……灯と同い年くらいだろうか。短い金髪に、白いワンピース姿の少女だ。彼女は興味深げにこちらを観察している。 「どうやら待ち人がやっと来てくれたかな……。お兄さんはメールを受け取ってここへ来た、そうでしょう?」 デジ文字のメールの送り主を名乗る少女だが、つまりは彼女も自分と同じようにデジモンと関わりがある子どもなのか……。灯がそう考え始めたところピコデビモンが少女と灯の間に入った。 「下手な芝居はやめろルーチェモン。」 ピコデビモンは警戒心を露わにしながら、少女を睨む。少女は少し驚いた後、にっこりと微笑んだ。 「知ってる気配だと思ったら、バルバモンじゃないか。随分人間に飼い慣らされたものだね。」 少女はそう答えると、ピコデビモンを無視して灯の近付いた。「ねぇお兄さん。ボクは何も争う為に来たんじゃない。君たちに助けて欲しいんだよ。」 教会でメールの差出人を名乗る少女、正確にはデジモンらしいが、はそう切り出した。 「勿論。女の子に助けを請われて見捨てる僕じゃないさ。でも、まずは友人を探させてくれないか?」 灯は連絡が取れなくなっていた友人の事を少女に話した。両親と3人でこの村に来ていたが、連絡が取れなくなり、数日後デジ文字付きのメール、目の前の少女が送ったメールが届いたのだ。アドレスも友人の物であるため、少女が何かしら知っていると考える方が自然だろう。 「うん。君のような友人がいて彼も幸せだろうね」 少女はしばらく考え込むような仕草をした後、やがて口を開いた。 「確かにボクは君の友人……友人らしき人物を知ってるし彼の携帯を使ったけど、今現在彼がどうなったかは流石に分からないかなー。」少女は友人の事など興味なさそうに答えた。 「それよりも君は調査を初めて暗礁に乗り上げてるようだね。だから、ボクの持ってる情報を共有する。まずは目立たない場所に隠れよう。」 少女は灯を手招きすると、廃教会の裏庭へ案内した。教会の裏庭は鬱蒼と茂った木々で囲まれており、木造の朽ちた物置が放置されていた。道中、ピコデビモンは灯に耳打ちした。 「灯、奴はルーチェモン。七大魔王の一体で傲慢を司っている魔王デジモンだ。信用する相手は選んだ方が良い。」 ピコデビモンの忠告を受けながらも、灯はルーチェモンが持っている情報に期待を寄せた。悪魔祓いも怪異退治も、当然デジモンについても、より多くの情報が無ければ事態を収めることなんて出来ない。 「それにピコデビモンだって魔王だったのに、今は僕のパートナーだろ?案外話せば通じるかも。なんてね。」 ピコデビモンはふてくされたように鼻を鳴らした。どうやら今の一言が気に障ったらしい。 物置の陰で3人は情報を交換し合うことにした。まず、ルーチェモンが話したのはこの村の住人についてだ。明らかにホログラムゴーストを視認していた村人については灯も気掛かりだった。しばらく村を歩き回っていた時に見た住人達の視線も気になっていた。 「まずこの村は普通ではない。君たちで言うところのホログラムゴースト、それが見えているんだ。」 ルーチェモンによると、実はこの村にはデジモンが多く迷い込んでいる。彼らはリアライズせずにホログラムゴーストの姿で活動していたが、ちょうど灯が来る2日前にほとんどが狩り尽くされてしまったとの事だ。 「人間がデジモンを狩り尽くす?あり得ない。こんな限界集落の住人に負けるほど我々は弱くない。」 ピコデビモンは戯言だと一蹴したが、ルーチェモンは最後まで聞くようにと促した。 「ボクも全て調べた訳じゃないが、連中はホログラムゴーストに物理干渉できる手段を持っている。これは事実だ。そしてもう一つ、この村に足を踏み入れたデジモンは決して外に出られない。」 ルーチェモン曰く、村全体が何らかの結界に覆われており、デジモンを外界へ逃がさないための鳥籠になっているとの事だ。これが真実なら灯たちは問題を解決しない限り逃げる事すら出来ないことになる。ピコデビモンを置いていくなら話は変わってくるが、灯の性格上その選択肢は最初から存在しないだろう。 「傲慢の魔王が人間の罠に掛かって、人間の子どもに助けを求めるなんて堕ちたものだな」 呆れたように言い放つピコデビモンに一々茶々を入れるなとルーチェモンは制した。 「ホログラムゴーストを視認してそれを捕らえる手段は厄介だ。しかしデジモンのみを逃さない結界なら何故友人は消息を絶ったのだろう。」 「それは分からない。外部との連絡手段を探していたボクは偶々東京から来た君の友人の携帯を使って結界の薄い所から手当たり次第にメールを送るので精一杯だったからね」 「僕らの現状を把握できただけよしとしようか…」 灯は友人の安否に不安を抱きながらも今やるべき事に意識を向けた。ルーチェモンの話が本当なら灯たちがコソコソ村の事を嗅ぎ回ることに良い気はしないだろうから今すぐにでも襲撃されるかもしれない。 「夏休みの中頃に出発した友人の生死はもう期待しない方が良いかもしれないな」 ピコデビモンがそう呟き、情報共有はそこで終わった。今後の3人の行動方針だが、この村を結界で覆っている物の正体を探ること、絶望的だが友人を見つけることの2つだ。 ルーチェモンからの情報を得た灯たちは、まず廃教会を調べることにした。教会は長い年月を経て朽ち果て、壁にはひびが入り、天井からは埃が舞い落ちてくる。どこか寒々しい雰囲気が漂い、不気味な静寂が空間を支配していた。 「ここには何か重要な手がかりがあるはずだ」灯は声を潜めながら、教会内を注意深く見渡した。 ピコデビモンも周囲を警戒しつつ、低い声で答える。 「うーん、確かに古びているが、何かありそうな気配がする。」 ルーチェモンはかすかに笑みを浮かべた。「教会は信仰の中心だった場所。何か重要な記録が残っているかもしれない。」 3人は教会内を探し始め、やがて古びた書物や記録が詰まった書棚を見つけた。埃まみれの古書を開きながら、灯は重要な手がかりを探した。 「ここに何か書いてある…」灯は一冊の古い日記を見つけ、その内容に目を通した。 日記には、この村にかつて宣教師が訪れたことが記されていた。宣教師は村民に信仰を広め、彼の教えに感化された村民たちは次第に彼を慕うようになった。しかし、それ以上の詳細な情報は書かれていなかった。 「この日記には、宣教師が村民に信仰を広めたことしか書かれていない。もっと詳細な情報が必要だ。」 ルーチェモンは周囲を見渡しながら考え込んだ。「知られたくない事を隠すならこんな分かりやすい書棚に置いていない。例えば地下への隠し通路とか…」 ピコデビモンは翼を広げ、教会内を飛び回りながら探し始めた。 「何か見つけたら知らせる。」 ピコデビモンが地下への入り口を探すために一旦教会内を離れ、灯とルーチェモンは教会の中で調べ物を続けていた。薄暗い光の中、古い書物や記録をめくりながら、二人の間に静かな空気が流れる。 灯はしばらく考えた後、ルーチェモンに問いかけた。 「ねえ、ルーチェモン。君はピコデビモンと同じ七大魔王なのに、どうして僕たちの力を借りなければならないんだ?自分で解決できないの?」 ルーチェモンは一瞬顔を曇らせたが、すぐに微笑みを浮かべて答えた。 「それはね…ただの効率の問題だ。君たちが協力してくれれば、問題が早く解決すると思ったし、それに魔王が自ら動きたいと思う?」 灯はその答えに疑問を感じ、さらに問い詰めるように口調を変えた。 「効率の問題?それだけじゃないだろう。君が魔王型デジモンなのに、こんなところでくすぶってる理由をちゃんと話してよ。」 ルーチェモンはため息をつき、視線を外した。明らかに思い出すことも知られることも不愉快であるといった感じである。 「……クソガキが。人間の子どもはボクの神経を逆撫でる奴ばかりなのか。そうだ、ボクは選ばれし子供たちに敗北し、気がついたら力の大半を奪われて挙句女の子にされていた!腸が煮えくり返る思いだったよ」 ルーチェモンの様子に、灯は困ったように眉を下げた。「すまない。無神経だったね。」 「今更謝罪しても遅い!」 灯がルーチェモンの機嫌を損ねていたその時、冷たい風が教会の扉を叩き、ピコデビモンが急ぎ足で戻ってきた。彼は翼を広げ、興奮気味に言った。 「地下への入り口を見つけたぞ。庭の古井戸の中に降りるんだ。ここから行けるはずだ。」 灯とルーチェモンは顔を見合わせ、急いで教会の外へ向かった。夜の闇が一層深まり、冷たい風が彼らの肌を刺すように吹き付けてきた。庭にたどり着くと、古びた井戸が静かに佇んでいた。その井戸の周りには不気味な雰囲気が漂い、まるで何かが潜んでいるかのようだった。 「この井戸の中か…」灯は少し身震いしながら言った。 ピコデビモンは頷き、井戸の縁に着地した。「そうだ、ここから地下へ降りるんだ。」 「こんな汚らしいところに降りるなんて……本当に厄日だよ今日は。」 「今更何言ってるんだ灯。さっさと降りろ。キミが先陣だ。」 ルーチェモンに蹴りを入れられた灯は、深呼吸をして心を落ち着け、懐中電灯を片手に井戸の中へと足を踏み入れた。暗闇が彼を包み込み、冷たい湿気が彼らの体を冷やした。 古びた梯子を使って井戸の中を降り、暫く道なりに進むと、やがて地下室のような広がりが見えてきた。灯が懐中電灯で周囲を照らすと、古い書物や儀式の道具が散らばっているのが見えた。地下室は一層冷たく、湿った空気が漂い、不気味な静寂が支配していた。 「ここは…かなり古い地下室だな。如何にもって感じで何か発見できそうだ。」灯は慎重に歩を進めながら言った。 まず目に入ったのは、中央に設置された大きな石の祭壇だった。祭壇の上には、古びた儀式用の道具が散乱していた。血のような赤い染みが幾つも残っており、過去にここで行われた恐ろしい儀式の痕跡を物語っていた。 灯は祭壇の周りを調べながら、一冊の古い書物を手に取った。書物には奇妙な文字がびっしりと書かれており、ページをめくると、かつてこの村にやって来た宣教師が奇妙な儀式を行い、村民たちに悪魔信仰を広めたことが記されていた。 「宣教師の正体が悪魔憑きだったなんて世も末だな。」灯は溜息混じりに言うと本を閉じた。 ルーチェモンはその記録を見ながら神妙な面持ちで言った。「彼らの信仰対象はアスモデウス…?」 「旧約聖書外典のトビト記などに登場する悪魔さ。サラという少女に取り憑き、彼女が結婚するたびに夫を殺していたらしい。七つの大罪の色欲を司る堕天使でもある。」 「あー、リリスモンみたいなやつか」 灯の説明にピコデビモンとルーチェモンは同じ色欲の魔王の姿を思い浮かべて納得していた。 「知識に優れた悪魔でもあるから、悪魔崇拝者達にはそれなりに人気もある悪魔になる。ここの様子から察するに、アスモデウスとの契約で随分な対価を払ったようだ。」 灯がさらに奥へ進むと、鉄格子でできた牢屋のような部屋が現れた。鉄格子は錆びつき、扉は半ば開いたままになっていた。その中には、荒れ果てた床と朽ちた藁が散乱していた。明らかにここにはかつて人々が閉じ込められていた痕跡があった。 「ここは…牢屋だ。かつてここに生け贄が閉じ込められていたんだろうか。」灯は鉄格子に手をかけ、冷たい金属の感触に身震いした。 「人間とは業の深い生き物だ。」ピコデビモンは牢屋の中をじっくりと見渡しながら言った。 さらに奥へ進むと、壁に貼り付けられた古い絵や文字が目に入った。アスモデウスを描いた不気味な絵があり、その周りには村人たちが跪いている姿が描かれていた。恐怖と崇拝が入り混じったその光景は、まさに悪魔の支配を象徴していた。 灯は書物や壁画などに目を通して奇妙な点に気づいた。「おかしい…デジモンに関する記述が全くない。村民たちは最近までデジモンのことを知らなかったということか…?」 ルーチェモンの話では灯達が村に来る2日前にはデジモンを狩り尽くした……そんな事が出来る辺り、悪魔から何かしらの恩恵を受けていたのか、昔からデジモンを狩るためのノウハウがあったのかと考えていたが、それらしい物は全く見当たらなかった。 村人達はデジモンに関して最近まで知らなかったのだろうか? 3人は地下室を後にして、井戸から地上へ戻ろうとした。その時、灯が井戸の上で微かに灯りが揺れているのに気づいた。 「待って、上に誰かいる…」 灯が警戒心を強めながら呟くと、突然、井戸の口から複数の足音が響いてきた。次の瞬間、数人の村人が手に松明を持って井戸の中へ降りてきた。彼らの目は冷たく、不気味な光を宿していた。 「見つけたぞ…ルーチェモン!」 一人の村人が叫び、他の者たちも一斉に松明を掲げて周囲を照らし出した。灯はルーチェモンを庇うように前に出る。 「余所者は引っ込んでろ」 ピコデビモンは翼を広げ、鋭い目つきで村人たちを睨みつける。 「こいつら、やっぱりただの村人じゃない。」 灯は深呼吸をして冷静さを保ちながら村人たちに問いかけた。「もしルーチェモンを渡したら、僕たちは見逃してくれるのか?」 一人の村人が冷たい笑みを浮かべた。「生きて返すわけないだろう。お前たちもここで終わりだ。」 その言葉に、灯の背筋が凍りつく。村人たちの目には狂気ではなく、確固たる決意と冷酷さが宿っていた。灯はデジソウルをデジヴァイスicに込めると、画面には『PERFECT EVOLUTION』と表示されている。 ─ピコデビモン(黒)進化!オボロモン!─ オボロモンは左腕の刀を振り下ろし、鬼火で村人達を牽制した。しかし、村人たちは全く怯むことなく、冷静に攻撃を避けながら前進してきたのだ。 「くそっ、こいつら、全然怯まない…」 その内、村人の何人かが灯達に飛びかかって来る。オボロモンは即座に反応し、灯とルーチェモンを抱え上げた。 「しっかり捕まれ、灯!」 オボロモンは力強く井戸の中を飛び上がり、地上へと一気に駆け上がった。井戸の中から響く村人たちの怒声を背に、彼らは暗闇の中に飛び出した。 オボロモンに抱えられて井戸から飛び出した灯たちは、冷たい夜風に包まれながらも暗闇の中で、村のあちこちに点在する奇妙な明かりが目に飛び込んできた。村全体が怪しく照らされ、不気味な光景が広がっていた。 「これは…一体…」灯は息を呑みながらその光景を見つめた。 「灯、気をつけろ。まだ終わってない」 ルーチェモンが警告をしたその時、突然オボロモンの体が大きく揺れた。空から急降下してくる黒い影が見えた。複数のセーバードラモンが鋭い爪を振り下ろし、オボロモンに襲いかかってきたのだ。 「くそっ、デジモンの襲撃か!」灯は叫びながらオボロモンの背中にしがみつく。 オボロモンは急いで地上に降り、攻撃を避けるために素早く動いた。しかし、地上に降り立った瞬間、さらに驚くべき光景が彼らを待ち受けていた。 目の前の村人たちは次々とオーガモンに変身し、恐ろしい鬼の姿で灯たちに襲いかかってきた。彼らの目は血走り、冷酷な笑みを浮かべ、まるで地獄から這い出してきた悪鬼のようだった。 「まるで悪夢だ…」 デジモンの姿へ変貌する村人から逃れるため、灯たちは必死に暗い村の小道を駆け抜けていた。オーガモンに変身した村人たちは狂気に満ちた目で追いかけてきており、冷たい夜風が彼らの肌を刺すように吹きつける。 「今まで色々あったがデジモンに変身する人間は初めてだ」灯は息を切らしながら、後ろを振り返り叫んだ。 オボロモンは時折、追いついて飛びかかって来るオーガモンや急降下して来たセーバードラモンを斬り捨ててるが、数が減る様子は無い。 走り続けるうちにルーチェモンの方が息が上がって失速し始めていた。 「人間如きが……この程度……平気だ……」 そう言いつつも足はふらついており、かなり辛そうだ。灯は立ち止まり、ルーチェモンの前で屈むと背中を見せた。 「ほら早く」 おぶって行こうと提案する灯に対してルーチェモンはムッとして立ち上がり、断固拒否しようとした。しかし、その直後にオーガモンの一体が再び迫って来たため、ルーチェモンは渋々灯の背におぶさった。 逃亡を続ける灯達だが、敵しか居ない状況で次第に追い詰められ始めた。灯は背中のルーチェモンに問い掛ける。 「ルーチェモン、君はデジモンなんだろう?何かないの?」 ルーチェモンは顔を歪めて返答する。 「分かった…。やってみる…」 ルーチェモンは後方に手を掲げると力を集中させた。 「グランドクロス!」 しかし、放たれた光は激しく閃光を放つだけで、目眩まし以上の効果を発揮することはなかった。 「やっぱりダメか…」 自分の技の威力を確認したルーチェモンは落胆したが、今の光芒で目を眩ませたオーガモンがその場で悶える光景を見た。その瞬間を利用して灯がオボロモンに指示を出す。 「オボロモン、今のうちに逃げるんだ!」 全速力で駆け抜け、なんとか一旦落ち着ける場所を見つけることができた。彼らは古びた民家の前にたどり着いた。 灯とルーチェモンは中に入ると、灯たちは一息ついて周囲を見渡した。部屋の中は薄暗く、古い家具が並んでいた。灯はふと、テーブルの上に置かれた写真立てに目を留めた。そこには友人とその家族が写っていた。 「これは…」灯は写真を手に取り、友人の顔を見つめた。 「ここは彼が家族と共に泊まっていた家だ…」 ルーチェモンはその写真を見て静かに頷いた。 「思い出した。ここは確か貴様にメールを送った端末を拾った場所だ」 「君がここに来た時からここは無人だったのかい?」 「そうなる」 灯は部屋を探索し始め、友人とその家族が使っていた痕跡を探した。ふと、奥の部屋のドアが半開きになっていることに気づき、そっと近づいて中を覗いた。 そこには、灯の友人が立っていた。友人の顔には笑みが浮かんでおり、灯を見ると手を振った。 灯は一瞬喜びの表情を浮かべ、友人に駆け寄ろうとしたが、直ぐにその異様な雰囲気に気付いた。友人の姿は薄く透けており、まるで幽霊のようだった。 彼は肯定するように頷くだけだった。目の前の友人が幽霊であることを理解し、彼の死を痛感した。 友人は悲しげな笑みを浮かべて、静かに部屋の奥へと灯を導く。灯はその後を追いかけるように進んでいった。暗い部屋の中、古い木製の机の上に一冊の日記が置かれていた。 灯は日記を手に取り、ページをめくり始めた。日記には友人が夏休みを始めた直後からの記録が綴られていた。彼の字で書かれた日記には、村での奇祭に関することが詳しく記されていた。 日記の一部を読み上げながら、灯は内容を把握していった。 「夏休みが始まったばかりの頃に、村の奇祭で生贄に選ばれた…」 日記には、友人が生贄に選ばれることがこの村ではとても名誉なこととされていること、そのため友人の両親もこれを喜んでいたことが書かれていた。 日記の最後には、友人の怒りと絶望が滲み出ている。彼はこんな形で命を落とすことを深く恨んでいたのだ。 灯は友人の無念を感じ取り、胸が締め付けられるような気持ちになった。友人の霊から伝わる憎しみは、村全体を焼き尽くすまで成仏しないという強い意志を感じさせた。 「恨みを晴らせ…」 その言葉が灯の心に深く突き刺さる。友人の霊は静かに消えゆくように薄れていったが、その憎しみは重く残った。 黒幕のアスモデウスは伝承が確かなら、道具を揃えれば少なくとも憑りついたアスモデウスを引き剥がすまではできるだろう。魚の内臓を入れた香炉を焚いたてラファエルの力添えがあれば祓える。しかし、灯の懸念はデジモンの存在だった。今の村人はデジモンと混ざっており、悪魔祓いのセオリーが通じる存在とは思えないのだ。 村人達がデジモンに姿を変えている現状では、アスモデウスの憑代は普通の人間だとは考え難い。 灯がそう思考を巡らせていると、突然、屋根を突き破って管狐が民家に侵入し、灯に取り付いた。管狐は燐のような炎をまとい、灯の身体を焼き始める。 「うわあああっ!」灯は叫び声を上げ、必死に管狐を振り払おうとした。 オボロモンは灯から管狐を剥がそうと試みるも、頭上から紫色の魔人が錫杖でオボロモンを強襲する。咄嗟に剣で受けたオボロモンは錫杖を振り払い、スカーフで魔人を攻撃するが、魔人に届く寸前でスカーフは弾かれてしまう。 「オボロモン!こいつはクズハモン、連中を統率している究極体だ!」 ルーチェモンは灯に取り付いた管狐を引き剥がそうと試みながら叫ぶ。 灯は焼かれながらもデジヴァイスICを握りしめ、デジソウルをオボロモンに送ることで彼を支援した。その力でオボロモンは一時的にクズハモンと互角に戦えている。しかし、クズハモンは冷酷な笑みを浮かべながら、再び管狐を操った。管狐は素早く動き、灯の手からデジヴァイスを奪い取りそれを破壊した。 「これがなければ、お前たちは何もできないだろう?」 クズハモンは嘲笑しながらデジヴァイスの破片を踏みつける。灯とルーチェモンを見つめ、二人を強引に引き寄せたクズハモンはそのまま2人を抱えて上昇し始める。 「さあ、鬼ごっこは終わりだ。煩わせた分、お前達には役目を果たしてもらおう。」 「へぇーお姉さん、役目ってなんだい?」 「デジモンでありながら人間の少女の性質を持つこのルーチェモンは母胎に相応しい。私の軍団を作り上げる為にも兼ねてより狙っていた。この結界も元はルーチェモンを逃さぬ為に敷いたものだ。お前の方は実験の材料になる。」 「だとさ。こいつら君を犯す気だぞ」 「絶対嫌だ。死んだ方がマシだ。」 ルーチェモンは嫌悪感を露わにして叫ぶ。 「なら…この後助けに来いってピコデビモンに言っておいてくれ」 「は?貴様何言って……」 ルーチェモンは困惑するが、次の瞬間にはもう灯は自身の胸元に手を伸ばし、ロザリオを引き抜いた。ロザリオはクズハモンの腕に突き刺さり、クズハモンは苦しそうにうめき声を上げ、ルーチェモンを手放してしまう。 「聖ニコラスの金貨を溶かして作ったロザリオだ。アスモデウス信者のお前達には痛いだろう。」 「お前エクソシストの類か」 クズハモンは怒りに燃える目で灯を見つめる。 「実験体はやめだ。お前の信仰心がどれだけ保つか試す事にしよう。」 クズハモンに拉致された灯は、そのまま村役場へと連行された。村役場は一見普通の建物だったが、その内部は村の景観と比較すると異質と言える程、近代的な実験施設に改装されている。灯は通路を引きずられ、広間の中心に縛り付けられた。周囲には実験室に似つかわしくないような拷問器具が並んでおり、冷たい金属の輝きが不気味な光を放っている。 「神の信徒よ、その信仰心がどれほどのものか見せてもらおう」 クズハモンは冷たく響く声で言い放ち、人間の姿に戻る。周囲の反応から彼が村長であると察することが出来た。若々しく生命力を感じるその姿は、他の村人たちとは明らかに異なっていた。しかし、灯が友人を想像する姿とは似ても似つかない。 「今年生贄になったのは僕の友人の筈だ……。お前は誰だ!」 灯は怒りと恐怖の混じった問い掛けに村長は冷たい笑みを浮かべながら答えた。 「友人だと?ああ、あの子供のことか。彼の肉体はもう用済みだ。デジモンと融合した今の身体の方が優れていたからな」 村長の言葉に灯は愕然とした。彼の死すらこの悪魔達に取っては大して重要ではないのだ。 「始めろ」 村長の合図と共に灯の周囲に居た村人は灯を拘束すると、熱された鉄棒を灯の身体に押しつけ、肉が焼ける臭いを放ちながらゆっくりと力を入れて押し込んだ。灯の苦痛の叫び声が広間に響き渡り、痛みに耐えきれずに体が痙攣する。 「これが神の信徒の限界か。ほら祈れば貴様の神は救ってくれるかもしれんぞ」 苦痛に耐える灯に村人は鉄棒を彼の右目に向かってゆっくりと近づけていく。 「やめろ……」 灯が絞り出すように声をあげる。 鉄棒が彼の眼球に触れると、視界が一瞬にして真っ赤に染まり、右目が焼ける音と共に視覚を失った。 灯は意識を失いそうになったが、その度に無理矢理覚醒させられる。村人達は冷たく見下ろしながら、その様子を楽しんでいた。 一方、ルーチェモンとピコデビモンは村役場の外に潜んでいた。ルーチェモンは焦りの表情を浮かべ、ピコデビモンに向かって話しかける。 「不味いぞ。灯に死なれたらボク達はここを出られない。彼になんとか究極体を用意して貰わないと…」 ルーチェモンに同意を求められたピコデビモンだが、苦々しい表情を浮かべながらも、毅然と答えた。 「違う。灯は道具じゃない。彼は…我の友なんだ……」 ルーチェモンは驚いたようにピコデビモンを見つめた。 「まさか、あの強欲のバルバモンが本気でそんなことを言っているのかい?ボクたちにとって、彼は単なる手段に過ぎないのに」 ピコデビモンは静かに否定した。 「この1年半、奴とは色々あった。強欲の魔王と呼ばれた我があんな小僧に絆されるには短過ぎる時間だ。」 ピコデビモンは自嘲気味な口調で言う。 「ルーチェモン。傲慢を司るお前には難しい話だが、灯がいなければ、今頃お前もクズハモンに捕まっていただろう。他人への感謝ぐらい覚えると世渡りが上手くなるぞ。」 ルーチェモンは一瞬、言葉に詰まった。人間風情に助けられた屈辱と弱味を見せてしまった自分への怒りが混じる。その後諦めたように溜め息を吐いた。 「それで、敵の本拠地に成長期2体だけで潜入する訳だけど、ピコデビモンくんには何か策は無いのかな?」 ルーチェモンの問い掛けに、ピコデビモンは自信ありげに答える 「策ならある。」 そう答えたピコデビモンは役場の貯水槽に視線を向けていた。 準備が終わり、2人は村役場の中に潜入していた。内部は不気味なほど静かで、冷たい空気が漂っている。各部屋を慎重に調べていくうちに、彼らは実験室を通過する事になった。人間とデジモンが無理やり融合され、デジモンの苦痛に満ちた悲鳴が響いている。 捕えられたデジモンの達がどうなったのか、その末路を見届けた2体は更に先を進むと、足音が近づいてきた。村人たちが二人の侵入を察知したのだ。 「見つかったか。計画通りだ。」 ピコデビモンはライターを取り出し、スプリンクラーに近づけた。火をつけると、スプリンクラーが作動し、部屋全体に水が撒かれ始める。 スプリンクラーの水が村人達に降り掛かる。忽ち彼らの皮膚が煙を上げ、そこだけ融解し爛れ始めた。 「これは…何なんだ…!?」 一人の村人が叫び声を上げ、痛みによじれながら地面に倒れ込む。彼らは無秩序に走り回り、互いにぶつかり合いながら混乱の渦に巻き込まれていく。 「こんな物が本当に効くなんて。悪魔とやらも存外大した事ないんだね」 ルーチェモンは倒れた村人を聖なるメリケンサックで殴り飛ばしながら呟いた。 ピコデビモンたちは役場に潜入する直前、貯水槽にロザリオを放り込み、水を聖水に変えていたのだ。聖水スプリンクラーが起動し、悪魔崇拝者である村人たちは聖水を浴びて皮膚が爛れ、パニックを起こした。これはクズハモンに灯のロザリオが効いた事から着想を得た作戦だ。デジモンと融合した村人達だが、生粋の悪魔崇拝者である為、その弱点も色濃く残ってしまった。 その混乱を利用して、ルーチェモンは聖なるメリケンサックを握りしめ、次々と村人を殴り飛ばした。その拳が当たるたびに、村人たちは床に転がり、動かなくなった。 ピコデビモンも負けじと、ピコダーツやバットフラッターを駆使して村人たちを蹴散らしていった。彼の攻撃が次々と命中し、村人たちは次第に数を減らしていった。 この混乱に乗じた2人は灯が居る部屋にたどり着いた。 扉を開けると、そこには半身を火炙りにされ、右目を潰された灯が横たわっていた。 爪は剥がされ、意識は朦朧としているようだ。 「灯…!」 ピコデビモンは叫びながら駆け寄り、灯に寄り添った。声を聞いた灯は相棒が到着した事に安堵したのか、掠れそうな声で返事をした。 「まさか半分人のままであることが足を引っ張るとは……」 村長の冷たい声が響く。彼は既にクズハモンに姿を変え、ピコデビモン達が侵入した扉にも結界を貼っていた。 「だが依然変わりなく我々は優勢だ。究極体を倒す術がないお前達がこの村から出る事はない。私は最悪、待つだけで勝利を得られる。」 嘲笑するクズハモンだが、ルーチェモンは勝算があると言わんばかりに余裕を見せていた。 「今しかない。灯、ピコデビモン。バーストチャージを試みるんだ」 バーストチャージという提案に対し、ピコデビモンは躊躇するが、彼も内心ではこの手段しか残されていないことが分かっていた。 「バースト…チャージ…?」 灯の疑問に対してルーチェモンが答える。 「そうだ。キミのデジソウルを燃やし、キミたち二人が融合することで究極体へと進化する方法。2人の絆が確かなものなら、デジヴァイスが無くとも進化することが出来る。だがこれは灯の命を消耗する諸刃の剣でもある」 ピコデビモンは一瞬渋ったが、灯は毅然とした表情で答えた。 「このままでは全員死ぬだけ。大丈夫だピコデビモン…僕はこんな寂れた悪趣味で低俗な村で死なない……。やろう」 ピコデビモンは灯の決意を見て、深く頷いた。 「分かった、灯。我を信じてくれ。」 灯は深呼吸をし、デジソウルを燃やす覚悟を決めた。 「行こう、ピコデビモン」 灯は差し出されたピコデビモンの翼を掴むと、眩い光が彼らを包み込んだ。その光は広間を照らし、クズハモンの目を眩ませた。クズハモンは驚愕の表情を浮かべた。 「何の光…!?」 光が消えた後、そこには漆黒の鎧を纏った武人が佇んでいた。 彼の眼差しは冷静かつ鋭く、憐れむようにクズハモンを見下している。 タクティモンは無双の剣「蛇鉄封神丸」を鞘に入れたまま構えた。冷たい風が広間を駆け抜け、緊張が走る。 「貴様らは余りにも多くの命を奪い過ぎた」タクティモンの瞳が一層鋭さを増し、彼の冷たい声が響いた。 クズハモンは陰陽術でタクティモンを攻撃し、管狐でその体躯を縛るが、タクティモンは鞘に入れた刀を軽く振り払い、クズハモンの攻撃を難なく打ち消した。それを見て、クズハモンの顔色が変わる。しかし、時既に遅く、タクティモンの声が低く響き渡った。 「弍の太刀」 村で犠牲になったデジモン達の怨念が呼び起こされ、悪霊となってクズハモンを覆い尽くした。怨念の力に圧倒され、次第に苦痛に満ちた叫び声を上げた。 「何をする!私は…アスモデウスだぞ!」 しかし、弍の太刀はクズハモンの内側からも怨念を呼び起こしてしまう。村長と融合する為に自我を奪われた「クズハモン」の怨念であった。もうクズハモンの身体は保たない。身体を内側から焼き尽くしていった。 タクティモンは無言でアスモデウスの魂を捕らえ、詠唱を始める。ラテン語での祈りの言葉が広間に響き渡る。 「やめろ…やめるんだ……」 そう言った瞬間、アスモデウスの魂は消滅し、地獄へ送り返された。 戦いは漸く集結した。 しかし、怨念達はアスモデウス亡き後も村を焼き尽くし続けた。彼らの怨みは主導者を殺したところで収まる事はなく、村中へ広がり、村人達も、家屋も、木々も、凡ゆるものを焼き尽くしていくこうして嘗て村があった土地には焦土のみが残される事となった。 タクティモンは冷静に周囲を見渡し、無念の残留魂魄のデータをその刀に取り込み始める。漸く村全体が静寂に包まれ、長い夜が明けたのだ。 夏の終わり、灯は友人の墓前に立っていた。15歳になった彼の顔には、大きな火傷の痕が残っており、それが村での出来事を思い出させる。彼は静かに黙祷を捧げ、深い息をついた。 「あれから1年……。君は未練を残していないと良いが」 灯は入院中の出来事を思い出していた。病院のベッドに横たわり、体の傷が癒えるのを待つ日々、ピコデビモンが静かに口を開いた。 「灯、もう悪魔祓いはやめないか?」 その提案に、灯は目を閉じ、深く考え込んだ。そして、彼は静かに答えた。 「僕が『黒川千尋』の名を捨てて、『宵月灯』になった日から、こういった日常は望んでいたことなんだ。名前を残すしたい、贖罪、どれも未だ果たせていない」 ピコデビモンはその言葉を聞き、寂しげに頷いた。 「分かった。でも、お前が戦い続けるなら、我はそばにいるわけにはいかない」 「我がいれば、お前は戦う手段を持ったままだ」 その後、ピコデビモンは灯の前から姿を消した。灯は彼がいない日々に慣れることができず、それでも次の戦いに向けて決意を新たにした。墓前での黙祷を終えた灯は、友人の墓石に手を触れながら、心の中で誓った。 「村人にデジモン関連の技術を伝えた科学者の存在…まだあの事件は終わっていないんだ。僕は全てを終わらせるまで戦い続ける」 灯はその場を離れ、次の依頼に向けて歩き出す。背後から半透明のピコデビモン(黒)が見守っていることに、彼は気づいていなかった。