=====シーン21===== ロードナイト村の花畑。 「アルケアサン、アリガト!」 「フッフッフ、我が叡智に感謝とは殊勝な心がけよ!」 咲き並ぶ花々を指差し「これの花言葉はまさしく結婚式向きよ!」と言い、 また図鑑を広げ「祝い事ならばこの花もあると良かろう!」と助言するアルケア。 その姿に感謝を伝えるとアルケアは少し恥ずかしそうに、言葉は尊大に答える。 「アルケアサン、ホシイハナ、アリマス?」 「我が欲しい花だと?」 「ボク、ソダテマス」 アルケアが花が好きなのは見ているだけでもわかる。なら、お礼になるのではないかと思ったのだ。 「えっと……あ、そうだ、一度見てみたい妖花があるのだ!」 そう言って図鑑をめくるアルケア。 「うわっ臭い!」 「ホントデス、ネ」 作ってみた花は、見たことがないくらい大きな花ですごい異臭を放っていた。 アルケアが言ったとおり花畑のはずれに作って正解だったとフリオは思った。 「これぞラフレシア・アルノルディイ!世界一大きく三日しか持たぬ偉大で儚い妖花よ!」 「セカイイチ…」 確かにその大きさは目を引くものだった。この臭いでは結婚式には向かないだろうが。 「コノハナニモ、ハナコトバ、アルデスカ?」 「もちろん!どんな花にも花言葉はあるのだ!ラフレシア・アルノルディイは……」 そんな過去の穏やかな記憶を、フリオはブリーフィング中に思い出していた。 「ライラモン!左へ避けて!」「!」 サクラコの指示を受け左へ方向転換したライラモンが、辛うじてアルケア=アルカディモンの胸部を避け、 そのまま背中へと回り込み頭部へ寄生生物デジメンタルを埋め込もうとする。 しかしアルケアの右手がサイクロモンの肥大化したそれへと変化し、重量のままの振り回しがライラモンを襲う。 「アブナイ!」 伸びたツルがその腕を抑えて勢いを殺すが、止めることまではできない。 ライラモンはその間に辛くも避けることができたが、頭部へと伸ばした手に持っていたデジメンタルは腕に掠った衝撃で破壊されていた。 これで10個は破壊されただろうか。 デジメンタルを埋め込むことができないまま、時間だけが過ぎていく。 施設内部C。 殺風景な壁や天井には、あちこちに木やツタが生えていた。 広大な空間のあちこちで敵味方に分かれ対峙するデジモン、そしてテイマーたち。 フリオはサクラコとブルムロードモン、拝とライラモンと一緒に今回の目的、アルケアと交戦していた。 目的はプランA。 名張一華の作った寄生生物デジメンタルをアルケアの頭に植え付け、それにアルカディモンの力を吸収した後切り離し、 アルケアとアルカディモンを分離させるという作戦である。 アルケア以外の敵対者への対応や他の作戦への準備等で、プランAは植物班の三組で対応していた。 単純な戦力としては3対1で、しかも今の目的はデジメンタルを頭に植え付けるだけでいい。 だが戦いはアルケアの優位に進んでいた。 目的がアルケアの打倒ではなく救出であるためあまり傷つけたくないことも理由の一つではあるだろうが、 なによりも大きいのはアルカディモンの存在だった。 アルケアの体に眠るそのデジモンが、戦いの中でデータを蓄え、遂に完全体へと進化したのだ。 その必殺技、ドットマトリックスは相手を0と1に分解する不可視の光線であり、既にノノという少女がその犠牲となり腕を失っていた。 そのときの姿は今も脳裏に刻み込まれている。 胸部より発出されるドットマトリックスを避けるため、 それが牽制であっても常に回避し続けなくてはならない状況は、それだけで彼らを追い詰めていた。 ライラモンのスピードと支援、トゥーレモンのツタによる拘束と牽制、木々による障害物や補助、 そしてそれらを攻防柔軟な動きと指揮によりまとめ上げるサクラコとブルムロードモン。 その連携と、またデジメンタルの植え付けが目的であることから前掛かりにならずに戦っていたため、 どうにか膠着状態は維持できていた。 デジメンタルを植え付けるために近づき、そしてドットマトリックスを避けるために距離をとる。 付かず離れずのその姿は、まるで不器用なダンスのようだった。 「もうみんな、逃げてよ!死んじゃうよ!」 普段の口調もかなぐり捨てて叫ぶアルケア。既にその体の主導権はアルカディモンが握っている。 姿はこれまでとそれほど変わらなかったが、アルケアが主体であったときの動きとは違い、 今のアルカディモンの本能による動きには紛れもない殺意が混じっていた。 「いいや、王子様が迎えに来たお姫様を連れずに逃げ帰るなんてありえないさ!」 ブルムロードモンがアルケアの側面から狙う。 それに合わせて周囲からツルでアルケアの動きを抑えようとするが、 アルケアは右手を腕ごとナイトモンに変え、ツルを切り裂きながらブルムロードモンに切りつける。 右手の槍で受け止めるブルムロードモンだが、一瞬の交錯の後、吹き飛ばされたのはブルムロードモンだった。 完全体と究極体であるにもかかわらず、その膂力は既にアルカディモンが上回っているのだ。 「フリオくんそっち行った!」 BMとなりブルムロードモンを受け止めに行きながら叫んだサクラコの言葉に、 スライドエボリューションでトゥーレモンからアルボルモンへと変わるフリオ。 既にアルケアはトゥーレモンの頭があった場所の近くにいた。 仮にドットマトリックスを撃たれていれば、直撃は免れない場所に。 フリオはアルボルモンとして木の影に隠れ距離を開ける。 まだアルカディモンが成熟期のときは太刀打ちできた。 その巨体とツルを合わせた空間の制圧で追い詰めることもできていたが、 完全体となり、ドットマトリックスが現れてからは、速度もなく的としても大きなトゥーレモンでは太刀打ちできない。 なんとかここまでドットマトリックスを避け切れたのは、 サクラコの適切な指示に合わせスライドエボリューションを行い、そのサイズ差での目くらましで逃げてきたからだ。 だが、アルケアも目くらましには慣れてきており、徐々に逃げていることの方が多くなってきていた。 アルボルモンの状態では植物の生育はできず、ツルによる援護もできない。逃げながらフリオは役に立てない自分を不甲斐なく感じていた。 そのとき、デジヴァイスから「みなさん!準備できましたわ!」という虚空蔵優華子の声が流れる。 そして数秒後、轟音が鳴り響く。 その音は近づき、そして遂に天井のど真ん中をブラストモンが巨大な穴を開けて落ちてきた。 虚空蔵優華子とブラストモン、十郎坂李華とヘヴィーレオモンの力を合わせた、 そしてドゥフトモンのサポートにより強化された一度きりの合体技『ウルトラズバゴーンキャノン』が放たれたのだ。 上階の水槽をかすめたらしく、大量の水が流れ落ちる施設内部C。 それらの隙間を通り抜け、大穴の中央にサクラコとブルムロードモンが向かう。 「今よ、ブルムロードモン!」「ああ、待ちに待ったショータイムさ!アルティメットキラキラシャイニー!」 大穴に向かって槍を掲げるブルムロードモン。 その瞬間、遙か地上からまっすぐに届いた陽光がブルムロードモンを照らし始めた。 その肩の花が光によってみるみる生気に満ちていく。 「アルケア、これからが本当の見せ場さ!君を夢中にしてみせるよ!」 アルケア=アルカディモンに向けて槍を振るうブルムロードモン。 アルケアは先ほどと同じようにナイトモンの腕へと変えて受け止めようとするが、耐えきれず弾かれる。 そのままブルムロードモンが左手のデジメンタルを頭部に埋め込もうと伸ばした手に、 胸部、ドットマトリックスの発射口が向けられるが、それを察知したブルムロードモンは瞬時に距離をとり、一定の距離からそのスピードで幻惑する。 陽光の下でのブルムロードモンは先ほどまでとは段違いの強さを示していた。 「ライラモン、フリオくん、もう一息だ!サクラコさんたちだけじゃない、アルケアさんは僕たちの友達でもあるんだ!」 パートナーと友人を励ます拝。 それにうなずき、再びトゥーレモンへとスライドする。 ロードナイト村、結婚イベントが行われるというその場所に足を踏み入れたフリオが、自分も何かしたいと思って作った花畑。 だが、それだけではただの野放図に花の広がる広場でしかなかった。 それを、みんながウェデイングにふさわしいものへと変えてくれたのだ。 拝君と一緒にきたサンフラウモンが一緒に花を慈しみ育て、花冠として贈り物になるようしてくれた。 サクラコさんとアルラウモンが多様な花々を教えてくれ、式場を彩る装花としてまとめ上げてくれた。 そして彼女が、アルケアが花たちに意味を与えてくれたのだ。 あのときのように、みんなで花が見られるように。 その気持ちが形をなすように、木々が、ツルが、より範囲を広げていく。 「ブルムロードモン、あの地点へ追い詰めて!」 「任せてくれサクラコ!アルケア、このステップにも付いてきてくれるね?」 ブルムロードモンは突進するようにアルケアに近づき、アルケアがドットマトリックスを撃つ体勢になった瞬間身を翻し、右側面から花の槍を振るう。 その勢いで吹き飛ばされたアルケアに対して、追撃のマルチプルシードを構えるブルムロードモン。 アルケアは右手をサイクロモンの腕に変えガードの体勢をとり、足を壁に向けた。 壁に接触した瞬間に蹴り上げて方向転換をし、ブルムロードモン以外の敵を先に仕留めてしまおうと考えたのだ。 しかし、 「!?」 壁に当たる前に、視界が緑に包まれていた。 日光と水。植物の生育に必要なモノであり、今この空間にはそれらが揃っていた。 そして、ブルムロードモンがアルケアを押さえ込むことで作り出した、アルケアへの対応を考えず植物の生育だけに集中することのできる時間。 これらの要因により、短時間でトゥーレモンが施設の一カ所に森を生み出し、 それを確認したサクラコとブルムロードモンがアルケアをそこに弾き、誘導したのだった。 想定外の森はアルケアの視界を奪う。 強化されたブルムロードモンへの対処、周囲の状況の変化の把握、制限された視界を取り戻す方法。 それらへの対処へ割かれたアルケア=アルカディモンの思考の中には、彼女の存在が抜け落ちていた。 アルケアが、アルカディモンが森の中に何者かがいると気づいたときには、 既にライラモンがその手に持つデジメンタルと花冠をアルケアの頭に押し込んでいた。 「これ、何…?」 埋め込まれた瞬間光を放ち結合するデジメンタル。 その光に戸惑うアルケアのわずかな隙に、ライラモンは森に隠れるために纏わせた花で作られた花冠をアルケアの頭に乗せていた。 その姿はまるで花畑で友人と遊ぶ少女のようで、戦いの場には不似合いだった。 だが、同時にこの上なくふさわしいものだとフリオたちは感じていた。彼らはここに、友達を連れ戻しに来たのだから。 =====シーン23===== アルケア=アルカディモンの頭には既に大きなラフレシアが開花し、わずかな光を放っている。 アルカディモンのデータがすべて寄生生物デジメンタルに吸収された証だ。 今、その花を切り落とすことで、目的であるアルケアとアルカディモンの分離を完了させることができる。 だが、それは同時にアルカディモンと戦闘してから長時間経過したことを意味していた。 戦場を縦横無尽に駆けるアルケア=アルカディモン。 既により多くのデジモンをラーニングし、その姿はいくつものデジモンの身体と化した異形となっていた。 姿だけではなく、能力も多く吸収している。 トゥーレモンが伸ばしたツルはすべて別方向から伸びたツルによって絡め取られ、アルケアの身体までは届かない。 既にその能力も学習されている。 アルカディモンと交錯し、しかし花を切ることかなわず吹き飛ばされるオメガモンズワルト。 トゥーレモンがその身体をツルで受け止める。 「すまないトゥーレモン!」 「もう一度だ、まだ戦えるよねオメガモンズワルト!」 「ああ、我が相棒!この腕、この足、この体の一片でも動く限りお前と共に行こう!」 この長引き、終わりの見えない戦いの場で、それでも士気を失わない姿にぽつりとフリオがこぼす。 「アルケア、タスケタイ」 「僕もだ!あそこに行かなきゃ、彼女にあきらめさせたりなんかしない!」 そう言い切るシュヴァルツ。その姿に、小さくうなずいてフリオは言う。 「アルケア、タスケルタメ、キミヲ、タベル」 アルカディモンは周囲を睥睨する。 敵対勢力、変わらず。ブルムロードモン、ガイオウモンが連携。植物による身体の一部を拘束、連携を崩す。 マルチプルシード、射出。ガイオウモンの頭部への攻撃をナイトモンでガード。ドットマトリックス、準備。 生まれたばかりで感情のないアルカディモンだが、既に完全体まで成長し、十分にデータを吸収したことで既にその演算能力は成長しきっている。 そのとき、アルカディモンの知覚がトゥーレモンがこちらに走ってきているのを捉える。 アルカディモンは思考する。 トゥーレモン/ハイブリッド体/植物型/植物を操る。現在こちらへ突進してきている。 ドットマトリックスへの対抗手段→なし。これまでの対処法→スライドエボリューションによる縮小化での回避。 エネルギー残量→ドットマトリックス発射可能。突進の回避の方法→ドットマトリックスの発射動作。 トゥーレモンがドットマトリックスの射程内に入った瞬間ドットマトリックスの射出準備を完了し、縮んだ瞬間の相手にぶつけるべく狙うアルカディモン。 だが、トゥーレモンは変化しなかった。変化しない、ならばこのままとドットマトリックスを発動させるアルケア=アルカディモン。 アルカディモンの誤算は二つ。 一つ目はドットマトリックスの攻撃範囲である。 アルカディモン自体は既に他のデジモンを取り込み姿を現し異形・巨大化しているが、ドットマトリックスは元の人間部分、アルケアの胸より放たれる。 そのため通常のアルカディモンのドットマトリックスより攻撃範囲が狭い。 そして攻撃対象はトゥーレモンであり、その巨体では急所、たとえば頭部に直撃させてもその全体を対象にはできず完全に分解しきることは難しい。 そして二つ目。ドットマトリックスは不可視の光線であり、対象は発射の瞬間も後も、それに気づくことはできない。 つまり、光線自体にはほぼ衝撃はないのである。 ドットマトリックスでは、覚悟したトゥーレモンを止めることはできない。 トゥーレモンは急所だけアルケアの胸部から逸らせ、その巨体をぶつけて至近距離でアルケアをツルで強固に拘束する。 そしてトゥーレモンが口を開ける。そこには二人の姿があった。 「アルケア!」 「生きた心地がしねェから食われるのはもう懲り懲りですねェ!」 シュヴァルツとアスタモンがその口から飛び出し、再びオメガモンズワルトと化す。 一閃。 グレイソードが振るわれ、アルケアの頭のラフレシアが過たず切り離されていた。 ドットマトリックスのダメージにより薄れゆく意識の中、 フリオはふとアルケアに教えられたラフレシアの花言葉が"夢うつつ"であったことを思い出す。 デジモンと人間の混じり合った姿。それはまさしく夢うつつの存在だ。 現実の辛さはフリオ自身も知っているし、夢うつつの方が居心地がいいかもしれない。 でも、どうかそこからこちらに来て欲しい。               ゆめうつつ そう思いながら、切り離されたラフレシアが落ちる様を見つめていた。