二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1720974052657.png-(213609 B)
213609 B24/07/15(月)01:20:52No.1211173953そうだねx1 05:47頃消えます
今わの際に見る夢を走馬灯と呼ぶのなら、これがおそらくふさわしい。
ぱらぱらとせわしなく移り変わる景色は、どれもサトノダイヤモンドの形をしている。
あるいは離れ、寄せては返し、万華鏡のように複雑に絡み合う。
その数は限りなく、枝分かれを繰り返し、天文学的に膨れ上がる。
「私が救います。トレーナーさんを、必ず」
まだ余裕がある。
千変万化のその姿、すべてを伝えることはできないが――。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
124/07/15(月)01:21:15No.1211174054+
空高く放り上げられたコインが、ランプの明かりを反射して、きらりと強く輝いた。
重力と淡いランデブーを遂げたコインは、音もなく立会人の手の甲に落ちていく。
「表か、裏か」
「ダメです! トレーナーさん、卑怯な罠に乗ってはいけません!」
「黙んなよ、嬢ちゃん」
がちりと少女の額に銃口が突き付けられる。
後ろ手に縛られた少女は、両脇を屈強な男に固められながら、それでも気丈に睨み返す。
"トレーナー"と呼ばれた男は、沈黙している。
大きなカウボーイハットのつばが、斜めにランプの影を作っていて、その表情はうかがい知れない。
だが不意に、バーカウンターに置かれたミルクを手に取ると、一息にその中身を飲み干した。
「ダイヤを放せ」
腹の底まで響き渡る重低音。
224/07/15(月)01:21:42No.1211174150+
少女に銃口を突き付けていた男、口ひげをたっぷりと蓄えたその男は、不審に顔を曇らせた。
(なんだ、こいつは――)
「勘違いするなよ。表か、裏か。おめえにはその二択しかねえ」
動揺を悟られないように、早口で言葉を重ねる。
「表だ。ダイヤを放せ」
けっ。結局こいつも凡百の用心棒と変わらねえ。
勝負に乗った時点で、負けは決まってるってのによ。
口ひげはにやりと不敵に笑うと、立会人(決闘には立会人が必要だ)にコインを見せるよう促した。
立会人が示したコインは、はたして、裏。
「決まったな」
顎でくいと合図すると、もう用はないとばかりにダイヤと呼ばれた少女が解放された。
「トレーナーさんっ!」
後ろ手に縛られながら、ダイヤはトレーナーの元へと駆け寄る。
324/07/15(月)01:22:08No.1211174254+
「怪我は?」
「ないです、でも……」
「おっと、愁嘆場なら他所でやれ。ほれ、おめえの銃だ」
口ひげが差し出した拳銃は、はた目にも古びていて、ところどころ錆が浮いていた。
一方、口ひげが手にしたのは、ピカピカに磨き上げられたリボルバー。印字の入ったスミス&ウェッソン。
先ほどのコイントスはいずれの銃を選ぶかの選択権を賭けたものだった。
トレーナーは自らの銃を見る。銃身は大きく右方向に歪んでいる。
まともに銃弾を発射できるかどうかも怪しい。撃鉄を起こすとギギギときしんだ音がした。
「銃弾は一人一発。距離は十五歩。合図は立会人が行う。出ろ」
口ひげは屈強な男たちを連れて、スイングドアから表通りに出ていった。
「ダメです! トレーナーさん!」
決意を固める。ウエスタンハットを心持ち傾けると、トレーナーはブーツを踏み鳴らし、さっそうと外に出ていった。
424/07/15(月)01:22:58No.1211174442+
放浪の果てに流れ着いたこの寒村で、トレーナーは運命的な出会いをした。
サトノダイヤモンド。保安官の娘であるというこの少女は慎ましく、貞淑で、それでいて無邪気だった。
好奇心旺盛で、恐れを知らないダイヤは、トレーナーに外の世界のことを根掘り葉掘り聞いてきた。
西の峡谷の向こうには何があるのか、北にあるという氷原はいったいどんな姿なのか。
トレーナーは外の世界の恐ろしさを知っていた。どれほどの無法と暴力、蛮行が横行しているか、十分に知悉していた。
だがしかし、ダイヤには美しさだけを伝えた。ゆるやかに流れる大河、峡谷に落ちる夕陽、木々が織りなす紅葉。
甘い恋をしたことや、少年時代の夢、初めて銃を手にしたときの興奮を赤裸々に語った。
そんなとき、ダイヤは枕を抱えながらうっとりとトレーナーの重低音に聞き入るのだった。
だが、平穏も長くは続かない。物資不足の世の中、寒村にもギャングがやってくる。
決闘の時まで、もう時間がない。
524/07/15(月)01:23:23No.1211174547+
同時に銃声がしたと思った。
少なくとも、素人目には二人が同時に銃を抜いたと思った。
しかし結末は違っていた。口ひげがにやりと笑い、口角を釣り上げたまま膝から崩れ落ちる。
トレーナーは腕を伸ばし、いまだに硝煙のたなびく拳銃を横にして構えていた。
「トレーナーさんっ!」
両手を組んで息を詰めるように見つめていたダイヤが、歓喜の叫声をあげた。
周囲の制止も聞かずに、一目散にトレーナーに抱き着いてくる。
トレーナーはダイヤを左腕で抱え上げると、右手と口を器用に使いリボルバーをスイングアウトした。
624/07/15(月)01:23:43No.1211174629+
口ひげの取り巻きがこの結末に黙っているとは思えない。
予想通り、屈強な男たちが三々五々ホルダーから銃を取り出して、二人に向かって構えてくる。
トレーナーは弾倉を放り上げて、空中に散乱した弾丸を淡々とリボルバーに込めていく。
レボリューショナル・リロード――。
古の装填法を、なぜトレーナーが知っているのか。錆びた拳銃で、なぜ決闘に勝つことができたのか。
答えはもちろん、外の世界にある。外の世界。だがその厳しさをダイヤに知らせる必要はない。
トレーナーは左腕でダイヤを抱きかかえながら、右手で静かに撃鉄を起こした。
724/07/15(月)01:24:04No.1211174709+
だ。
だ。
だ。
だ。
だん。
万華鏡を操作すると、景色ががらりと移り変わった。
824/07/15(月)01:24:28No.1211174789+
ぽんぽんぽんぽんぽん……。
フェリーの甲板側に設置された煙突から、断続的に白い排気ガスが放出される。
いまどき焼玉エンジンを搭載したフェリーなど聞いたことがないが、あるいは緊急用の船舶なのかもしれない。
滑らかな動きで接岸すると、係留用のロープが放り投げられ、フェリーは埠頭にがっちりと固定された。
人口、二千人に満たない離島。東京・竹芝客船ターミナルから夜行客船で8時間ちょっと。
もし高速ジェット船を使うならば、所要時間は大幅に短縮される。しかしそれももう、大昔の話だ。
降船用の渡り板が設置されると、一人の少女が巨大なキャリーケースを引っ提げて降りてきた。
924/07/15(月)01:24:53No.1211174892+
つばの広い麦わら帽子を被り、ひざ下まである純白のワンピースに身を包んでいる。
「こんにちは、あなたが迎えの方ですか?」
高貴なふるまい。しかし、それとは裏腹な幼い感じの声色。ダイヤモンド型の特徴的な流星。
「はじめまして。そして、すみません」
男は慇懃に挨拶を返した。
埠頭にはウミネコが集まってきていた。
久しぶりに停泊してきたフェリーから、なにかおこぼれがあずかれないかと画策している。
「あなたにはもう、お付きの人間はいないんです。これからは一人の島民として、暮らしていただきます」
これがトレーナーと、サトノダイヤモンドとの出会いだった。
1024/07/15(月)01:25:15No.1211174983+
島には高校がない。
学校と呼ばれるものも一つだけで、小学校と中学校の両方を兼ねている。
生徒は5人、いずれも女の子だ。そして今回サトノダイヤモンドが加わったことで、6人になる。
サトノダイヤモンドはもっとも年長のウマ娘だった。
「先生じゃなくて、トレーナーさんっていうんですね」
転入手続きも終えて、初顔合わせも滞りなくすませたその日の放課後。
教室に残り雑務をこなすトレーナーに、下から覗き込むようにしてダイヤが話しかけた。
「下校の時間はとっくに過ぎているはずだが……」
時計にちらりと目をやるトレーナーをよそに、ダイヤは言葉を重ねていく。
1124/07/15(月)01:25:39No.1211175077+
「家に帰っても、誰もいないんです。サトノ家にはあんなに人がいたのに、ここでは私は独りぼっち」
「それは仕方がない。これは緊急措置だ。君は最優先保護対象、VIPとして扱われる」
「わかってるんです。でも……」
「本島の惨状は聞いているだろう。"適合体"は何よりも重要だ。ここならしばらく時間が稼げる」
「"適合体"……」
「わかってくれ。しかし俺にできることなら、何でもするよ」
伏し目がちに俯いていたダイヤが、その言葉に初めて顕著な反応を示した。
「何でも?」
「ああ、何でもしよう。ただしあまり高いものはねだらないでくれ」
ぱっと、花が弾けるような笑顔が、陽の沈みかけた教室を明るくした。
「じゃあ、島での遊びを教えてください!」
1224/07/15(月)01:26:06No.1211175187+
島には娯楽と呼べるものは無い。
だが何が楽しいのか、サトノダイヤモンドは生まれて初めて親を見た雛のようにトレーナーについてきた。
ともに朝の浜辺を散歩した。早朝は波も穏やかで、さざなみの音だけが心地よく耳に響いていた。
浜に打ち上げられていた流木を持ち上げると、中からウミウシがはい出してきた。
ダイヤはその奇妙な姿に驚き、思わずトレーナーの腕にしがみついてきた。
「わあ、はじめてみました! うねうねしてますね」
島に一軒だけしかない、スーパーと呼ぶのもはばかられるような売店にも足を運んだ。
店先に置いてある森永乳業の冷凍ショーケースから、パピコを一つ取り出すと、歩きながら二人で食べた。
レモン農園の脇を通ると、作業用のゴム手袋と長靴をつけたお婆さんと遭遇した。
1324/07/15(月)01:26:28No.1211175265+
「あれま、こら驚いた。こんなにめんこい娘っ子さつれて、なんてこったよ」
ダイヤが丁寧にお辞儀すると、お婆さんは奥に引っ込んで、ビニール袋一杯にレモンを詰め込んで戻ってきた。
「えへへ、たくさんもらっちゃいました」
そのまま、これまた島に数軒しかない、丘の上の見晴らしのいいレストランを訪れた。
イタリアンレストランを名乗りながらも、メニューのほとんどは海鮮で、名物は島ずしと呼ばれる漬け寿司だった。
ダイヤは漬け寿司を一貫、おそるおそる口に運ぶと、とたんに口元を綻ばせた。
感動はしているが、咀嚼している間は喋ってはいけないと躾けられているのか、飲み込むまで一言も発さなかった。
「おいしいです!」
温室育ちのお嬢様に、カップラーメンを食べさせる創作があったと、ふとそんなことを思いだした。
1424/07/15(月)01:26:59No.1211175391+
離島での日々は、つつがなく過ぎていった。
年に一度のハレの日、夏祭りを迎えて、島のムードは最高潮に達していた。
ダイヤはこの日とばかりに気合の入った浴衣でトレーナーを出迎えた。
山頂にある神社の境内に向かって、提灯の灯る道を肩を並べて歩く。
石段を一歩一歩昇り、ようやく鳥居が見えてきたと思った。そのとき。
緊急警報が島中に鳴り響いた。
サイレンの音が、島民の恐怖と絶望を煽り立てる。
「まさか……」
「イヨルティ!? この島はまだ、見つかっていないはずじゃ!?」
イヨルティ。
99%をケイ素で構成された未知の生命体にして、突如現れた人類の敵。
本島はすでにイヨルティの襲撃によって壊滅的な打撃を受けている。
1524/07/15(月)01:27:32No.1211175529+
人類に残された希望はあとわずか、"適合体"と呼ばれる特殊な遺伝子を受け継ぐ思念結合存在と、"適合体"を鍵として起動する有人機動兵器"ファーゾルト"のみ。
ダイヤはその数少ない"適合体"に選ばれた一人であった。であるなら有事において、トレーナーがすべきことは一つ。
「トレーナーさん、適合体として戦えるのは私しかいません!」
一瞬の逡巡。そして後悔。できることならばもっと長く、平和な日々を過ごさせてやりたかった……。
「ダイヤはここで待機だ! 神社の境内から一歩も動くな!」
トレーナーは来た道を引き返し、地下の司令部へと急ぐ。
この判断は明らかに間違っていた。
しかし、愛するものをむざむざと死なせる男がいるだろうか。
1624/07/15(月)01:28:01No.1211175630+
"トレーナー"とは、訓練士の意味を持つ。
トレーナーは新人パイロットを育成するために存在する。そして例に漏れず、自身も"適合体"の一人であった。
しかし、歳月とともに適合体の適合率は徐々に減少していく。成人を過ぎた人間に、有人機動兵器はあまりにも冷たい。
最新の計測ではトレーナーの適合率は21%、もし起動できたとしても、まともに動かせるかどうかは疑わしい。
パイロットスーツに身を包んだトレーナーは、決死の面持ちでコックピットに乗り込んだ。
「10時の方向にイヨルティ一体。速度45ノットで接近。クラス、イグニス。後期型です!」
精神を統一しファーゾルトとのシンクロニシティを高めていく。しかし、適合率21%では起動閾値にはほど遠い。
くそっ。コンソールに拳を打ち付ける。俺では駄目なのか?
そのとき、サイドモニターが音もなく立ち上がった。モニターに映るのは先ほどまでそばにいたはずのサトノダイヤモンドだ。
1724/07/15(月)01:28:33No.1211175739+
全身から血の気がさっと引いていった。ダイヤは確かに、パイロットスーツを着ている。
神社の境内ではない。ファーゾルトのコックピットの映像だ。
「ダイヤ!」
ダイヤはしかし、恐怖におびえるようなことはしなかった。
むしろ、覚悟を決めた者に特有の、儚い微笑みを浮かべている。
「トレーナーさん、また二人で一緒に、島ずしを食べに行きましょうね」
「ダイヤ!」それきり通信は途絶えた。巨大な有人機動兵器がカタパルトへと運ばれていく。
「カタパルト、射出準備OK!」
この島を守ってくれたみんなのために、そしてトレーナーさんのために、私は闘う。
カタパルトの射出レーンにライトが灯っていく。空の果ての消失点へと向かって、一直線に伸びていく片道切符は、天国か、はたまた地獄か。
「一番ポッド、サトノダイヤモンド! 出ますっ!」
1824/07/15(月)01:28:55No.1211175822+
ど。
ど。
ど。
ど。
どん。
万華鏡を操作すると、景色ががらりと移り変わった。
1924/07/15(月)01:29:26No.1211175939+
"知らない天井"。
天井は知らなくても、そのフレーズだけは覚えている自分は一体何なのだろう。
白いベッドに、白い調度品、白のリノリウムに、白いカーテン。
病院の個室を思わせる殺風景な内装で、窓から見える景色も特筆するべきところはない。
「おはようございます、トレーナーさん」
首を回すと一人の少女が引き戸を開けて入室してくるところだった。
鹿毛のロングヘアーで、顔つきにはどこかあどけなさが残る。
しかし見たところ、高貴な出であることには間違いない。ダイヤモンド型の流星が、白い病室によくなじんでいた。
「……君とは多分、初対面じゃないな」
2024/07/15(月)01:29:59No.1211176063+
なんの根拠もない憶測。だが大きくは外していない自信があった。
「はい。トレーナーさんにはこれまでに何度も、本当に数えきれないくらい、お世話になっています」
疑問が渋滞を起こしている。どこから聞けばいいのか。なにから問えばいいのか。
そもそも"トレーナー"という呼称は一体なんなのか。
だが、目の前の少女を詰問するつもりはなかった。ひとつひとつ、ゆっくりと明らかにしていきたかった。
「じゃあ聞こう、"ダイヤ"。これはいったい、どういうことだ?」
2124/07/15(月)01:30:35No.1211176205+
サトノダイヤモンドは背もたれのない丸椅子を引き寄せると、スカートを抑えながら静かに座った。
しばらくそのまま膝に乗せた両手を見つめていたが、やがて意を決したように話し出した。
「この空間は、現実じゃないんです」
現実じゃない? トレーナーは周囲を見渡した。
そういわれれば、どこか作り物めいている気もする。
「現実ではない……VRのようなものか? VRウマレーターか?」
「いいえ、VRでもありません。強いて言うならば、夢、というのが最も近いです」
夢……トレーナーは小説の登場人物がよくそうするように、自分の頬を力いっぱいつねった。
痛覚は生きている。にわかには信じがたい。しかし、目の前の少女の声音はあくまで本気のそれだ。
2224/07/15(月)01:31:09No.1211176339+
「これが夢であるとして、現実の俺はどうしている。のんきにベッドでおねんねしているのか」
「いいえ、現実のトレーナーさんはサトノグループの経営する病院に入院しています」
「入院?」
ダイヤは自分に非があるかのように申し訳なさそうな顔をした。
なんとなく、そんな表情をさせてしまった現実の自分が憎たらしく感じた。
入院。そして、夢のようなものを見ている……。少し考えたトレーナーは、ひとつの結論に達した。
「なるほど」
ダイヤははっと顔を上げた。
「意識が戻らない、のか」
2324/07/15(月)01:31:47No.1211176490+
横糸と縦糸があって、物語を展開させるのが縦糸だとするならば、今、自分は縦糸を滑り降りている。
深く深く、蜘蛛の糸すらも届かない井戸の底まで、まっさかさまに落ちていく。
「なぜ、わかるんですか?」
「そう考えると合点がいく。おそらく俺は寝たきりになっている。そして醒めない夢を見ている。そうだろう?」
「……自動車事故でした」
「頭を強く打ったようだな。これではまるで植物じょうた――」
「植物状態ではありません!」
ダイヤは唐突に立ち上がった。丸椅子が音を立てて倒れて、ごろりと床に転がる。
すまない。と素直にトレーナーは謝った。
名称問題は繊細な問題だ。過敏になる人がいるというのもわかる。今の発言は無神経だった。
2424/07/15(月)01:32:17No.1211176593+
「意識だけが、戻らないんです」
裾をぎゅっとつかんで、苦悶の声を漏らす。
「脳に損傷はみられません。あとは意識だけ、認識だけが戻ってくれればいいんです」
ベッドから降りて、倒れた丸椅子を持ち上げる。
ダイヤの背中をさすって、落ち着かせてから再び椅子に座らせる。
「サトノグループは、総力を挙げて原因を究明しました」
2524/07/15(月)01:32:48No.1211176709+
「なにがわかった?」
「"愛"でした」
「"愛"?」
話題が研究成果に移ったときのダイヤの顔は明るかった。
まるで初めて魚を釣り上げた少年のように、釣果を誇らしげに伝えてきた。
「はい。トレーナーさんの覚醒を妨げているものは、愛情不足なのです。適切な愛を与えてあげれば、目覚めることができる」
「……眠り姫か」
王子様のキスによって、長い眠りから覚めたされる眠れる森の美女。
まさか自分が、お姫様役に抜擢されるなどという珍事は、想像だにしなかった。
「であれば、キスによって世界は大団円を迎えるはずだが、違うのか」
「違ったのです。キスだけでは足りなかった。トレーナーさんは、さらに深い愛情を必要としたのです」
2624/07/15(月)01:33:28No.1211176856+
深い愛情、だと。
そもそも眠りについているものに、どうやってその愛情とやらを伝えることができる?
「ナノマシンによる直接脳内喚起です」
「ナノマシン!」
10のマイナス9乗メートルもの極小サイズに成形された超超小型医療機械、ナノマシン。
血液内に直接投与することによって、ダイレクトに患部に作用し、根源的な医療行為を行うとされる夢の技術。
まさか。そんなものは実用化されていないはずだ。それに脳内には、脳血液関門が存在するはず!
「サトノグループに、不可能はありません」
この少女のことを侮っていた。一見控えめそうに見えて、その実、かなり我の強いタイプだ。
一度こうときめたら、てこでも動かない頑固さを兼ね揃えている。
2724/07/15(月)01:34:09No.1211177001+
「そのナノマシンには、どのような指令を与えたんだ?」
「彼女たちは、トレーナーさんの脳内に到達出来次第、愛情分子を放出するよう伝えてあります」
「……"彼女たち"?」
「ええ、ナノマシンは最適な動作を保証できるように、仮想人格を与えてあります。彼女たち一人一人が、一個の生命体なのです」
「ちょっと待ってくれ。まさか、その人格とは」
「はい、私です。ナノマシンには、私、サトノダイヤモンドの人格を投影してあります」
ダイヤの表情が一瞬、蕩けるように陶然としたように見えたが、それは気のせいだろうか。
トレーナーは自分の体内を自由自在に動き回るサトノダイヤモンドの分身――ナノマシンたち――を想像して、気が遠くなった。
脳内をしっちゃかめっちゃかに奔走するダイヤたちの小集団、それらは愛情を放出してトレーナーの覚醒を促している。
2824/07/15(月)01:34:40No.1211177126+
「この世界も、その一種だとでもいうのか――」
「はい、この世界はナノマシンシリアルナンバーNo.19266325401によって喚起された夢世界<ドリームワールド>です」
ダイヤによれば、愛情を供給する過程でトレーナーは夢を見るように誘導されるという。
ナノマシン一体につき、一個の夢を見る。そしてその夢には、トレーナーとサトノダイヤモンドが登場する。
夢のバリエーションは、ほぼ無限大。だがそのすべてが、トレーナーとダイヤとの愛の物語であるという。
「教えてくれ、ダイヤ。いったい俺は、覚醒までに何個の夢を見ればいい」
「投入されたナノマシンの数は、およそ60億」
「60億……」
はい。頷くとダイヤは身を乗り出してきて、ベッドの隣の空間を占領した。
トレーナーの耳から顎のラインを慈しむように指先でなぞると、耳元で吐息を被せるように囁いた。
「それまでトレーナーさんは、ずうっと私との夢の世界にいるんです」
甘い香りがする。サトノ家に代々伝わる香水があるのだろうか。
「そこではトレーナーさんと私は、単なる担当ウマ娘の関係だけにとどまりません。例えば――」
2924/07/15(月)01:35:11No.1211177226+
「騎士と王女で、名探偵と助手で、教師と生徒で、吸血鬼と眷属で、ヒーローとヴィランで、警視と新米刑事で、先輩と後輩で、マネージャーとアイドルで、医師と患者で、大尉と軍曹で、OJTと新人で、怪異と生贄で、神と人間で、霊能者と地縛霊で、倦怠期の夫と妻で、博士と人工知能で、魔術師とホムンクルスで、勇者と僧侶で、貴族と奴隷で、師匠と弟子で、北風と太陽で、未来人と原始人で、男やもめとメイドロボで、義理の兄と妹で、悪魔と天使で、野良と血統書付きで、怪盗と埼玉県警で、指揮官と部下で、地球人と異星人で、凸凹コンビで、ヤンキーとオタクで、超能力者とテレパスで、裁判官と検察で、男と女で──」
3024/07/15(月)01:35:50No.1211177351+
「なにもかもが存在しえます。私たちの、すべてがそこにはあるんです」
トレーナーはダイヤの瞳を真正面から見据えた。この世の有象無象、すべてを内包しているかのような、黄金の瞳。
彼女の正気を疑うことはできない。いや、疑ったとしても、自分にできることなど何一つないのだ。
ダイヤの愛情にその身を任せて、雨あられと浴びせかけられる夢を地道に消化し、静かに覚醒の時を待つ。
眠り姫――。
「私が救います。トレーナーさんを、必ず」
ごくりと唾を飲み込んだ。
唇と唇が触れ合いそうなほど近い距離。
信じなくてはならない。たとえダイヤが、狂っていたとしても。
「二人で幸せに、なりましょうね」
暗転。
3124/07/15(月)01:36:15No.1211177416+
ぱ。
ぱ。
ぱ。
ぱ。
ぱん。
万華鏡を操作すると、景色ががらりと移り変わった。
3224/07/15(月)01:36:36No.1211177488+
将軍塚青龍殿大舞台からは、京都の街を一望することができる。
最近まで市営バスが走っていたのだが、運行見合わせによって、バス停自体がなくなってしまった。
そのため青龍殿は観光客でいっぱいの京都市内のなかでは、異例と呼べるほどに穴場のスポットになっていた。
テニスコートが三面ゆうゆう収まりそうな大舞台の、端っこにある柵に肘を置き、ぼんやり市内を眺める。
京都タワーよりずっと人がいないし、ずっと広々としていて解放感がある。
ここにいる時間が、男は好きだった。
かしゅ、と安い缶コーヒーを開けると、静かに傾けて雑味を楽しんだ。
3324/07/15(月)01:37:04No.1211177587+
ふと、大舞台を振り返ると、なにやらきょろきょろと慌ただしく周囲を見渡している少女がいる。
身なりからして、いいところのお嬢様だろうか。フリルでいっぱいの緑の洋服がよく似合っている。
まさかこんな丘の上で、待ち合わせもないだろうが。何かに困っているのだけは、確かなようだ。
「すみません。何か手伝えることはありますか?」
お人好しなところが、男の長所でもあり、短所でもあった。
少女は男の姿かたちを上から下まで見分すると、怪しい人ではないと判断したのか警戒心を解いた。
「はい! あの、京都御所に行きたいんですけれど」
男は沈黙する。御所に行くのにこの大舞台にたどり着く道理がない。
3424/07/15(月)01:37:29No.1211177675+
「御所? えっと、タクシーでもしばらくかかりますが……」
「わあ! すごい景色!」
少女は男の背後に広がる京都市内の景色に気を取られて、男の返事が聞こえていないようだった。
「あの、私、サトノダイヤモンドって言います。京都の大学に受かって、最近こっちに住み始めたんです」
突然の自己紹介に男は少したじろいだが、一方でなぜかこれが自然な流れのようにも思えた。
「はじめまして。市内でトレーナーをしているものです」
一応、慎重を期して名前だけは伏せておいた。
「トレーナーさんなんですね! トレーナーさん……なんだかすごくいい響きですね」
トレーナーと呼ばれた男は照れくさそうに頬をかいた。もうずっと長い間、そう呼ばれていたような気もする。
3524/07/15(月)01:38:01No.1211177790+
トレーナーは簡単に京都を紹介した。あれが清水寺。あれが金閣寺。ちょっと突き出ているのが、京都タワー。
ダイヤは興味深そうにふんふん頷きながら説明を聞いていた。二人で感心したり、笑いあったりした。
ふと、ダイヤと目が合った。黄金の瞳、すべてを内包しているかのような――。
「あの、私たち、どこかでお会いしませんでしたか?」
ダイヤが水を向けてくる。トレーナーも、同じ感情だった。
ひょっとしたら以前、何かの縁で知り合ったことがあるのかもしれない。
そしてそれをただ忘れているだけなのかもしれない。何もかもが、遠い思い出だ。
3624/07/15(月)01:38:30No.1211177882+
「いろいろとありがとうございました。それではタクシーの時間が近づいているので」
しばらくの間、二人は他愛ないことを話していたが、タクシーを呼ぶことで、流れは解散に向かっていた。
だが、何かおかしい。ダイヤは口では辞去を告げながらも、一歩もその場を動こうとしなかった。
トレーナーも、異変には気づいていた。しかしうまく口に出すことができないでいる……。
「もし、ダイヤさえよければこの後、お昼でも食べに行かないか?」
3724/07/15(月)01:39:12No.1211178030+
何かに追い立てられたトレーナーは、導かれるままにそう提案していた。
サトノダイヤモンドは、その言葉を待っていたかのように、力強く頷いた。
「はい! 何のお店ですか? おばんざい料理? それとも、京漬物?」
「いや、ちょっと変わっていてね」
二人の背後には京都の絶景が広がっていた。
世界遺産の寺社仏閣が、美しい街並みを彩っている。
ナノマシンシリアルナンバーNo.59999999999。夢世界<ドリームワールド>、京都――。
「島ずしの、店なんだ」
飛行機雲が流れている。
3824/07/15(月)01:41:37No.1211178486そうだねx4
何の何の何!?
3924/07/15(月)01:41:52No.1211178531+
何々何の何?
4024/07/15(月)01:43:09No.1211178743+
力作きたな...
4124/07/15(月)01:43:19No.1211178779+
いつセガが飛び出すかと思ったら終わった
4224/07/15(月)01:49:30No.1211179870+
壮大な愛の物語
4324/07/15(月)01:49:37No.1211179899+
セガ製のナノマシンだな
4424/07/15(月)01:56:31No.1211181164+
4524/07/15(月)02:08:03No.1211183396+
>怪盗と埼玉県警
なぜ埼玉県警!?
4624/07/15(月)02:22:08No.1211185780+
VRメジロシティか何かだろうと思ったらぜんぜん違う
>何の何の何!?
4724/07/15(月)02:37:36No.1211187824+
何だこれは
何……?
4824/07/15(月)02:37:50No.1211187857+
>>怪盗と埼玉県警
>なぜ埼玉県警!?
銭形のとっつぁんは埼玉県警からICPOに出向してるからかな…
4924/07/15(月)02:56:33No.1211190358+
急に力作がポンと出た
5024/07/15(月)03:14:30No.1211192374+
なんだか圧倒されるね
5124/07/15(月)03:18:19No.1211192770+
ダイヤちゃんと行くトンチキ紀行かと思ったら寂寥感を感じる愛の物語だった
5224/07/15(月)03:19:54No.1211192927+
60億のルートの果てに現実のダイヤちゃんルートっていうグランドルートが進められるんだな


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