ファンデーションは地肌の瑞々しさを損なわず、しかししっかりつや感が出るように。 その上からチークを乗せれば男を惑わす魅惑の表情に。 アイシャドウは赤く、ぱっちりとした垂れ目を引き立てるように。 まつげはエクステでほんの少し背伸びして。 リップクリームは薄いピンクで主張を抑えて。 人生で初めての本格的な化粧は、幼い少女を確実に大人へと近づける。 「……こんな感じかな」 「わぁ……! すっごくキレイ! ありがとう、サクラコお姉さん!」 スタイリストの緑髪の女の人にお礼を言う。こうしてメイクしてくれるだけあって本人もすごくきれいで、わたしも将来あんな風になりたいと思ってしまう。でもお兄ちゃんはもうちょっと可愛いタイプが好きかもしれない。後で可愛い系のメイクを聞きたいな。 ウェディングドレス試着会場はありとあらゆるお嫁さんを受け入れるらしく、一般的なウエディングドレスはもちろん、わたしみたいな小さな女の子用やあるいは心が女の子な男の人用、あるいは獣型人型問わずデジモン用のウェディングドレスまである。さっき見たアグモンもウェディングドレスを着てすごく幸せそうな顔してたなぁ。 もちろん大きさや形だけじゃなくて種類もいっぱいある。ウェディングドレスといえば布がたくさんある印象だったけど、意外と身軽な服も少なくなかった。普段からそんなに着こまない方なので、そういう選択肢があるのは嬉しい。あと、肌が見えてる部分が多いほうがお兄ちゃんが悦んでくれるし、ね。 「綺羅ちゃん、そろそろお兄さんの方も準備できてるはずだから会いにいこっか」 「うん!」 さて、結婚式に向けて準備をしてるのはわたしだけじゃない。ウェディングの主役は花嫁だけじゃない。もう一人の主役、わたしのお婿さん、大好きなお兄ちゃんも同じように準備をしてるのだ。そう思うとなんだか胸がいっぱいになって、今すぐ走り出したくなってしまう。とはいっても、今日は低めのヒールを履いてるから、流石にそんな無茶なことは出来ないんだけどね。快活で元気な妹はお休みして、清楚で可憐な女の子でいなくちゃ。 サクラコお姉さんに連れられてお兄ちゃんのいる控室に向かう。どうしよう、わたし、今すっごくドキドキしてる。この先に、お兄ちゃん、ううん、わたしのだんな様がいると考えると、いてもたってもいられなくなる。すぅー、はぁー、と深呼吸。想像だけでこんなんじゃ、いざ本当におめかししたお兄ちゃんをみたら死んじゃうかもしれない。 サクラコお姉さんが扉の前に立つ。ここがお兄ちゃんの控室のようだ。コン、コン、コン、と三回綺麗なノックの音が鳴って、サクラコお姉さんが扉を開ける。やっぱり綺麗な人は所作が違うんだなって思わず見とれてしまう。 「失礼します」 「し、しつれいしまーす……あ、」 「あれ、綺羅、どうしたの……っ」 思わず息を呑んでしまった。夢にまで見たお兄ちゃんのタキシード姿。それが現実になるとこんなにも破壊力があるのか。前に法事できちっとした服を着た姿を見たときから思ってはいたけれど、やっぱりお兄ちゃんはこういう服がよく似合う。眼鏡をかけた理知的な顔立ちがフォーマルな雰囲気にあってるというか、なんだかいつもよりも厳しく責めてくれそうというか……素直にいえばとてもそそる。今日の夜が楽しみだ。 デジタルワールドに永住することを決めたことには一切後悔はないけど、ただ一つ後悔があるとすれば、お兄ちゃんの制服姿を見ることができなかったことだろう。こればっかりは、仕方がないことなのだけれど。 『星一ー!綺羅ー!着替えたよー!』 そういってドアを開け放つシルフィーモン。その音でわたしは我に返る。危ない危ない。借り物を汚すわけにはいかないもんね。普段お兄ちゃんに見とれたらすぐにジョグレスしちゃうからスイッチが軽くなってるのを感じる。よく見たらお兄ちゃんも顔を赤くして目をそむけてる。……わたしに見とれてくれてたのかな。だったら、すごくうれしい。 ふと横を見るとサクラコお姉さんがすっごいいい笑顔でわたしたちを眺めてる。なんだかすっごく恥ずかしい。 「ウェディングドレス試着撮影会場の浮橋です。……おや、なんだかすごく甘酸っぱい雰囲気を感じますがあえてここは無視します。お三方とも準備が整ったようなので早速撮影に参りましょう。思ったより人が多いので時間があまりないのです。ハリーアップ」 少し遅れて今日の撮影係らしいピンク髪のお姉さん───浮橋さんが顔を出す。人を待たせるのはよくないもんね。お兄ちゃんの方を向くと、お兄ちゃんも同じ考えだったのか、一つ頷いて手を差し伸べてくれた。どうやらエスコートしてくれるみたい。嬉しくなって、つい手どころか腕に抱き着いてしまう。それでもお兄ちゃんは笑って許してくれるんだから、もう好きは深まるばかりだ。 『二人ともー?置いてくよー?』 イチャイチャしてたらシルフィーモンに声をかけられてしまった。そもそも撮影の後も衣装は借りっぱなしでいいコースにしてあるから、お互いの姿に熱中するのは後でもいいんだけど、それでも止められないのが恋情というものか。とはいえ実際のところ本当に人を待たせるのはよくないから、流石にほどほどにしておかないとね。 「お兄ちゃん、行こっ?」 「うん、行こうか」 控室を出て、チャペルへと向かう。元の世界では許されなかった、わたしたちの結婚式の写真をとるために。 ──── 「きれいだよ、綺羅。こんなに早く見ることになるとは思わなかったけど」 「わたしは5年待ったよ、お兄ちゃん。一緒に幸せになろうね」 『二人が幸せそうで、ボクもうれしいよ!えーっとたしか、ここであの言葉だよね!”病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、お互いを愛し敬い慈しむことを誓いますか?”!』