「主……流石にイベントの主旨と関係ないことを催すのはいかがなものかと……」 「そうだなマグナモン。了解した。次はそこの椅子を並べてくれ」 どうしてこうなったとマグナモンは頭を抱えていた。そんなパートナーの諫言に聞く耳を持たない彼の主、VT・Fはまるで強敵との戦闘前のようなテンションで設営図を睨んでいる。 話は数日前に遡る。ロイヤルナイツの一員にして現在はロードナイト村の村長を務めているロードナイトモンが、村興しのためにブライダルイベントを催すことになった。 ロードナイト村の成り立ちはともかくとして同じロイヤルナイツの同僚。自分も羽を伸ばすついでにブライダルという祝福されるべきイベントの手伝いなどをしてもいいかと考えていた時のことである。耳聡くイベントの件を知ったFが人が大勢集まるこの機会に講演会を開くと言い出したのだ。 Fは最近アリーナトップへ挑戦する者が少なくなり、退屈を持て余していた。アップデートされたシミュレーターも彼の不断の努力の前には数週間もあれば攻略できてしまう。 このままでは退屈に殺されると考えた彼は,、自身が築き上げた戦闘理論を広く伝授することを考え付いたのだった。 「すまない二人とも……こんなことに付き合う必要はないぞ……」 「構わんが、苦労しているのだな……」 マグナモンは二人のロイヤルナイツ、デュークモンとクレニアムモンに申し訳なさそうに頭を下げた。 かつて共に肩を並べて戦い、強大な敵に敗れ散り散りとなった同僚の無事を確認できたのは少し前のことである。 ある騒動の責任の一端が同じロイヤルナイツのドゥフトモンにあることを知った一同が、彼に事情徴収のいう名の折檻で集ったために互いの現状を知ることとなった。余談だがドゥフトモンは何でこんなときだけ集まりがいいんだと愚痴をこぼしていた。 デュークモンは現在カードに封印され、ある青年が所有しているベルトを通して彼に力を貸している。アリーナが有する技術によりこうして一時的に姿を現すことができるようになったが、現状万全の状態とは言えない。 クレニアムモンは敵の襲撃で深手を負い、リアルワールドで治療を行っていた。現在は彼女を助けたある少女に使えており、今日はその付き添いで訪れている。 「いや、我々ロイヤルナイツがこうして戦いに関係のない場で会することができたのだ。ロードナイトモンには感謝せねばな」 「ふふ、皆さまと談笑されるニア様も素敵です……」 クレニアムモンがFの指示を受けながら椅子を設置する。その様子はどこか楽しげだ。パートナーの二本柳海砂緒はそんなクレニアムモンの様子をうっとりとしながら眺めていた。 「清掃員、掃除はしっかり頼むぞ」 「名前で呼べよ!言われなくてもちゃんとやるって……」 Fの指示にデュークモンの力を受け継いだ清掃員の男がぼやく。周りは彼をチャラ男と呼ぶらしいが、何故そう呼ばれるのか理由は定かではない。 「しかし、ロイヤルナイツの半数が戦いの場でもないというのにこうして集うとは……何かを勘ぐられでもしそうだな」 「マグナモン、いつの間にそのような冗談を言えるようになったのだ?」 「私とてかつてのままの私ではない。主に翻弄され続けていれば冗談の一つも言えるようになるさ……」 戦友の変わりようにデュークモンの目が丸くなる。彼はロイヤルナイツの中でも融通の利かない一面があったが、少し目を離している間に何かあったようだ。 それは性格だけでなく、強さにおいてもそうだ。 半ば壊滅状態となり、深手を負ったり行方知れずとなったロイヤルナイツにおいて以前よりも力をつけ、万全の状態でデジタルワールドの秩序の守護を続けられているのは現状ではマグナモンくらいしかいない。そんな彼をここまで変えたVT・Fというテイマーにデュークモンは興味を抱いた。この講演会で彼について少しは知ることができるのなら、参加する意義もあるかもしれない。 そうこうしているうちに会場の設営が完了したようだ。Fが満足そうに設営予定図を畳むと壇上に立つ。 開演まで少々時間はあるが、まだ人の入りはない。椅子に座っているのは設営を手伝った海砂緒とチャラ男だけだ。 「主、やはりイベントの主旨と異なるようなこの会に来るものなどいないのでは?」 「まあそう焦るな。人が多い今日なら興味を引かれる奴も少なからずいるだろう」 心配とも呆れともいえる表情のマグナモンに対してFは余裕の表情を浮かべる。参加者がおらずこのまま時間が過ぎることなど考えてもいないようだ。 そこにドアをノックする音が聞こえてきた。マグナモンはぎょっとしFはほらなと口に出さずに言った。 ドアが開かれると子供の落書きのようなデジモンが顔を覗かせる。先ほどまでマグナモンと一緒に会場警備をしていたオメカモンだった。 「ああ、オメカモンか。交代にはまだ早いはずだが……」 「いえ、講演会を聞きに来ました……いや来た!」 普段騎士然とした態度を取るオメカモンが緊張で固まっている。先ほど警備で顔を合わせていたとはいえ、憧れのロイヤルナイツが3人もこの場にいるという光景は彼にとって平常心を失わせるのに十分な光景だった。 Fはその様子を察したのかにやけた表情をマグナモンに向ける。 「何だ、お前たちのファンボーイか」 「主、そのような物言いは控えていただきたい。彼もまた主と民を守る一人の騎士だ。我らロイヤルナイツになんら劣るものではない」 「いえ、私など!ロイヤルナイツのお歴々に比べればまだまだ未熟な身!不肖ながら今回の講演会で少しでもその高みに近づけさせていただきたく!」 マグナモンの言葉に謙遜しながらぎこちない足取りで椅子に座るオメカモン。そこにクレニアムモンが話しかけてきた。 「キミの話は聞いている。マメモン城で騎士団長をしているそうじゃないか?講演会までまだ時間もある。互いに身の上話でもしないか?」 「え!?あ、はい!私などでよければ……」 そこにまたドアがノックされる。入ってきたのは眼鏡をかけた長身の男だった。 「ああ、お前か」 「何やら楽しそうなことをしているじゃないか。VT・F」 眼鏡の男、秋月影太郎はFを一瞥すると椅子に腰かける。 Fと影太郎はアリーナで幾度か手合わせをしたことがあった。その目的はマグナモンが身に纏うゴールドデジゾイドの再現である。 幾度かの敗北を経て彼のパートナーであるズバモンにその合金でできた刃を纏わせることに成功し、一度引き分けに持ち込むことができたことから、珍しくFの方からたまに挑戦をしかける相手となっている。 「一度は引き分けることができたとはいえ、まだ君のマグナモンを打ち破れたことはない。今日は学ばせてもらうよ」 「いいことだ。ああ、ついでに言っておくが、ゴールドデジゾイドの特性は防御力以上に、常に身に纏い鍛えることによる成長力だ。武器として一時的に使うだけならレッドデジゾイドとはデータ分解系攻撃の耐性以外に大差はないぞ」 完成する前にその指摘はできなかったのかと影太郎は舌打ちすると同時に、Fの言葉を脳内に書き留める。 確かに一時的な進化ではゴールドデジゾイドの成長は微々たるものだ。マグナモンにはその積み重ねと、純粋にゴールドデジゾイドの使用量を突かれて敗北することもあった。 これはまたしばらくFの相手をする必要がありそうだと若干陰鬱な気分となった。 「こんにちわ〜……」 次におずおずと入ってきたのは板のようなものを抱えた少年だった。 板をよく見ると電子音が鳴るアグモンだ。それを抱えた少年、古金改の姿をFは品定めするように眺める。 「……なるほど、おもしろいな」 「何がですか?ドットアグモンのことですか?」 「お前には素質があるということだ。まあ座って待っていろ」 Fに促されて改が席に座る。周りを見渡すと、見るからに強そうな面々ばかりで自分が場違いなのではないかと不安になってきた。 その様子を察したのかデュークモンが彼に語り掛けてきた。 「少年、君はなぜこの会に?」 「あ、いえ。オレ、強くなりたいんです。こいつなかなか進化できなくて……あ、一回はできたんですけどそれ以来またできなくなっちゃって……もしかしたら俺が弱いからかなって……」 「立派な心構えだ。彼については私もよく知らないが、彼の話を聞けば戦いについて多くを知ることができるだろう。まず知識から身に着けるのも悪くない。だが、なぜ強くなりたいのか、それを考えることを忘れてはいかんぞ」 「なんで強くなりたいのか……」 まだそんなことにまで考えが及んでいなかったことに改は気づく。同時に、これは聞いても誰も教えてくれないことだろうというのも分かっていた。 なんでドットアグモンを強くしたいのか。開演までに己の内で考えることにした。 「あ、まだ始まってなかった?」 次に来たのは大学生くらいの少女、将野香とリュウダモンだった。 「おお、本当にロイヤルナイツがいるぞ!来たかいがあったなカオリ!」 「テンション高いねリュウダモン。そんなにすごい人たちなの?」 「応!あとで手合わせ願いたいところだ!」 香が席に着くと、隣に座っていた海砂緒と目が合った。おしとやかそうな彼女の佇まいに普段女性らしい振舞いに憧れる香は目を奪われる。 「ごきげんよう」 「あ、ごきげんよう……将野香って言います」 「二本柳海砂緒と申します。将野様、あなたもなかなかの使い手とお見受けしましたが?」 「え!?いや確かに普段剣振ってるけど、分かっちゃいます?」 「ええ。私もたしなむ程度には。流石にデジモン相手というわけにはいきませんが、いずれ手合わせ願いたいものですね」 「えっと、よろしくお願いします……」 各々歓談をしていると、時計を眺めていたFがさてとばかりに手を叩いた。 会場の注目が壇上に上がっているFに集まる。 「時間だ。始めるとしよう。まずは諸君、よく来てくれた。その上で言うが、俺の話を聞いたところで俺に勝つことはできない。今から言う話は既に使い古された基礎的なものであり、既に対策もされつくしている」 会場の誰かが息を飲んだ。アリーナトップとはいえここにいる全員に対して勝てると言い切れるのは凄まじい自尊心である。 この空気をまずいと思ったのかマグナモンが口を挟んだ。 「あー、すまない。主はこういう人なんだ……不快に思ったものは帰ってもらって構わないぞ……」 マグナモンの言を受けても席を立つものはいなかった。あるものは自分の弱いことを自覚ており、あるものはFの言葉に彼がどれほどの実力者か図るためだからだ。 Fはその様子を満足そうに眺め、言葉を続けた。 「そこのお前。なぜ強くなりたい?」 Fがオメカモンを指さす。急に話を振られたオメカモンは動揺しつつもしっかりとした口ぶりで答えた。 「私は……力ない人々を守るためだ。ロイヤルナイツの面々のように」 Fは頷き、隣にいる影太郎に視線を移す。 「罪滅ぼしだ。僕は大罪を犯した。その償いをするためにはもっと力を付けないと」 「戦えない全ての人々のために、俺が戦うんだ」 「弱きものを守ること。それが高貴なるものの務めです」 「えっと、悪いやつを成敗するためです」 「オレは……まだわかんないけど、強くなれば困っている人にもっと手を貸せるかなって……」 Fは彼らの言葉を無言で聞くと、やがて息を吐いて深く頷いた。 「期待していたものとは違うが、まあよく分かった。迷うことがあったらその言葉に立ち返るといい。俺には理解できないが。この会を設けたのはお前たちが己の中で今日聞いたものを昇華し、俺の想像を超えてもらうためだ。更なる力を得て、再び俺の前に立つといい。退屈させてくれるなよ」 そうしてVT・Fの講義が始まるのだった。