おびただしい数の雷撃と閃光が空を覆う。地面が砕け、岩石片が舞い踊る。 暴風が巨大な嵐を形成し、岩石を巻き上げながら接近する。天変地異と形容せざるを得ないほどの惨状。 その最中に魔術師は立つ。 彼の眼前には巨大な鏡。 嵐の一端が鏡面に触れるたび弾かれ、再び嵐へと併合されていく。 「ハハハハハハハッッッッ!!!!中々に厄介だな!その鏡は!」 木竜将軍は超速で移動し、魔術師を囲うように縦横無尽に駆け抜ける。 鏡を増やし、雷撃と岩石嵐に対抗する魔術師だったが、後方から飛んでくる攻撃が鏡の裏へ直撃し、一枚、また一枚を破壊されていく。 鏡がすべて破壊され、魔術師に風の刃と雷撃が襲い掛からんとしていた。 「さぁ!どうする魔術師ッ!貴様を守る鏡はすべて砕かれたぞッ!そのまま大人しく、我に殺されるかッッ!?」 次の瞬間、魔術師は姿を消した。一瞬だけ見失ったが、気配を察知した木竜将軍は顔を上げる。 目線の先には、はるか上空で鎮座する魔術師。 その姿は、すでに――。 「できるのかしら。系統樹に見放された、ひとりぼっちの将軍様に。  ――"私"を殺すだなんて。」 「――フハッ、フハハッ、フハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!  見つけた……、ようやく見つけたぞ!鏡見淡世。いや、■■■■ッッッッッッッ!!!!!!!」 絶叫と共に、木竜将軍が跳躍する。数多の暴力を纏いながら、仇敵へと肉薄する。 しかし、木竜将軍の攻撃は透明な厚い壁に阻まれる。 火花と雷電はすべて弾かれ、壁を貫いた爪先は魔術師の目と鼻の先で止まり、それ以上の進行を許されなかった。 「チィ!」 木竜将軍はすかさず体をひねる。太く長い尻尾も同時に回転し、その先端が風を切る。 魔術師の何倍もの大きさを誇る刃が彼に向かって放たれていく。 即座に貼りなおされたであろう障壁はあっけなく粉砕され、勢いで回り込んだ尻尾の切っ先が魔術師の首筋へと迫る、そして―― そ の こ う げ き は い み を な さ な い 見事!魔術師の首を切り落とし、頭部が宙を舞う (存在強度による因果律否定かッ!……おのれッ!) 咄嗟に放った即死攻撃も、謎の力により結果を曲げられる。落下が始まり、二人の距離は無慈悲にも離れていく。 地面へと落下していく木竜将軍を、魔術師は見逃さない。 彼の頭上に空間の亀裂が走り、そこから打ち出された無数の光弾が木竜将軍目掛けて飛んでいく。 墜落しながらも雷撃で光弾を打ち消し、相殺しきれなかったものは身を捻り寸でのところで回避する。 地面に着地し、重量と勢いでまたもや大地が割れる。 再び空を見上げる木竜将軍。魔術師は相も変わらず、地を這う者を冷ややかな目で見下ろしていた。 「さぁ、どうします。空を飛べないあなたに、空を征く私を、どう攻略しますか。」 「黙れェッ!  我を見下ろすなッ!我を蔑むなッッ!!我を憐れむなァッッッ!!!  我が悲しみ、我が怒り、我が嘆き、余さず貴様に味わわせるッ!  覚悟せよ、万象の影法師よッッッッッ!!!!!」 慟哭を響かせながらも、木竜将軍の思考は鋭く速く回り巡る。魔術師を守る障壁の攻略を思案する。 なぜ爪先が貫通したか、レーザーや電撃が弾かれたのはなぜか。あれは直接攻撃以外を大きく削ぐ守りなのだろうか。 この巨体と存在階梯から打ち出される大火力の電撃でさえ、あの守りは崩せない。 広範囲の有象無象を突き貫くには十分だが、相手はおそらく遥か格上。 忌々しいことに、"アレ"は力を抜いている。 木竜将軍の力と意思を推し量るための、試すような顔。 しかし、そこに勝機はある。 破れるものなら破ってみろという挑発。逆に言えば"あれは突破できる"もの。攻略の予知を残しているということだ。 先ほどの爪や尾の一撃のように、あの守りを破る手段はすでに己の手の内にある。 (まったくもって忌々しいッ!考えただけで腹が立つッ!  だが…あのすまし顔に一発入れられれば、どれだけ胸がすくだろうかッ!) 魔術師の攻撃は止むことなく降り注ぐ。その攻撃を掻い潜りながら、木竜将軍は打開策を練る。 爪が通り、光や熱や電気が通らない。あの障壁は一定の質量をもつ物質しか通さない。 であれば、今の木竜将軍に残された選択肢は近接格闘による物理攻撃しかない。 (ならばッ!) 「ぐおあああああああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」 咆哮。空が、大地が、震える。 同時に背中の羽を激しく羽ばたかせる。それによって生じた風が砂を巻き上げ、周囲一帯に砂煙を広げていく。 木竜将軍の姿は砂煙によって隠され、魔術師は彼の位置を特定できない。 そして、砂煙からとてつもない勢いで巨大な岩石片が打ち出され、魔術師目掛けて飛んでいく。 魔術師はそれに反応することができず、障壁による守りもあっけなく破砕された。 超高速で放たれる岩石の威力は、魔術師の障壁を破るには十分すぎる力を有していた。 高高度にいるため聴覚による索敵ができず、高速移動と土煙によって発射位置の特定は困難。 ただただ、地上から放たれる一撃一撃を甘んじて受けるほかなかった。 (やはり物理攻撃は防ぎきれぬと見た。  反撃が来ないところを見るに、肉眼による索敵能力しか持ち合わせていない。  その上この程度の投擲速度にすら反応できないとは…はは、手を抜きすぎだッ!  障壁は即座に貼り直されてはいるが、それにも若干の隙は生じている。  これならば、やれるッ!) 一際巨大な岩石を今まで以上の膂力で投げつける。超高速・大質量の投擲とほぼ同時に、自身も跳躍する。 巨大な岩石に気を取られていた魔術師は木竜将軍の接近に気づくことができず、 障壁を貼りなおす暇すら与えられぬまま、彼は四肢を拘束される。 彼の恐るべき膂力によって握られた両腕は、血しぶきを上げながら捻じれ曲げられる。 「…っぁ!!」 「ハハハハハハハハッッッッ!!!!  さぁ、墜落の時だ。  我らを見下ろす傲慢なる者よ、我が積み上げた苦渋と悲嘆、身をもって味わってもらおうッッッッッ!!!!!!」 魔術師を捕らえたまま、己ごと砕かんと地面へと急降下していく。 恨みと憎しみと位置エネルギーが込められた一撃が、魔術師を襲う。 衝突。 その余波で再び大地は砕け、砂煙が上がる。 魔術師の体が地面へとめり込む。原型を留めてはいるが、彼の身に着けていた装備は全て、跡形もなく砕け散っていた。 全身のあらゆる場所から血がとめどなく流れ、口と思わしき所から赤い泡が噴き出ている。 まさしく、満身創痍。 木竜将軍も、両腕が砕け体のあちこちからデータが漏出している。 自爆覚悟で衝突の瞬間まで魔術師を拘束していたため、衝突のダメージを直に受けていた。 こちらもまた、満身創痍。 「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ。  万象の影法師、他愛なし。上位存在恐るるに足りず…!」 肩で息をしながら、勝利を確信する木竜将軍。 だが、天井から見えない糸で釣り上げられるように、魔術師は体を浮かせて木竜将軍を見下ろす。 「流石は一軍の将。いかに私が全能といえど、あなたの前では赤子も同然。  ですが、残念です。あなたの旅はここで終わる。  あなたの辿る路は、世界に仇を成す。  終末の種はここで摘まねばならないのですから。」 魔術師の眼前に、激しい光の奔流を纏った剣が現れる。 「き、貴様…ッ!」 「あなたの旅路が報われることはない。  禁忌事象の先ぶれは、ここで眠りにつくが―― 魔術師は、全ての言葉を吐き出すことができなかった。 遥か彼方から飛来した何かが、その体を刺し貫いていたのだから。 ――ブレイドクワガーモン 刃が如き昆虫型デジモン。その鋭く磨かれた切っ先が、魔術師の腹を貫いた。 2匹、3匹、4匹と、途切れなく襲い掛かり、両腕が撥ね飛ぶ。最後の1匹が首に突き刺さり、隙間から血飛沫が吹き上がる。 たちまち魔術師は地に落ち、体に突き刺さったブレイドクワガーモンが地面にぶつかり引き抜かれる。 その衝撃で、さらに多くの血が大地に漏れ出し、赤く染め上げていく。 「…ガッ……クブッ……」 吐血混じりの嗄声を吐く。 そんな魔術師を後目に、続々と集う昆虫型デジモンの群れを見て口角を上げる木竜将軍。 「ククッ、ハハ…ハハハハ。  ようやくか。まったく、いつまで待たせるというのだ、デュアルビートモン。」 「申し訳ございません、将軍閣下。  何分、例の子供たちの妨害で座標特定に時間が掛かりまして。」 ブレイドクワガーモンを差し向けたと思わしきデジモンは木竜将軍の側に舞い降り、魔術師の姿に目を向ける。 「なるほど、彼が例の――」 「左様、あの方の悲願の最大の障壁。  万象の影法師、越権行為の懲罰機構。我々が乗り越えるべき、大いなる試練の一片であろう。」 デュアルビートモンが木竜将軍に小型の機器を向けると、彼の体が光に包まれる。 彼の損傷が見る見るうちに修復され、肉体は万全の状態へと戻った。 「フンッ。禁忌事象だか何だか知らぬが、我々ネオデスジェネラルの道を阻む者は何人たりとも許しはせぬ。  だが…。フフッ、安心しろ。貴様はここで殺さぬ。我が肉体の一部となり、覇道の礎となるのだ。」 左手で魔術師の頭部を鷲掴みにして掲げる。 息も絶え絶えな彼を見つめながら、もう片方の腕を突き出し、掌を広げる。 掌に黒い靄が発生し、どこからともなくダークネスローダーが現れた。 「忌々しき天の視座、有効に活用させてもらおう。」 ――デジクロス! その宣言と同時に、木竜将軍の思考が途切れた。。 色彩の嵐が視界を焼き尽くし、白と黒、赤と青と緑、光と闇が目まぐるしく交錯する。 視界が未来で覆われる――視界が過去で覆われる 視界が絶望で覆われる――視界が希望で覆われる 視界が潰される。思考が潰される。精神が潰される。頭脳が潰される。感情が潰される。存在が潰される。■■が潰される。■■■■■■■。 宇宙の始まりが見えた――全ての終わりが見えた 情報が 目まぐるしく 飛び交っている 思考が 情報の暴風で 焼ききれる これは 受け入れては いけない これに 頼っては いけない これは 我には 必要ない   ■■■■が   笑っ    て 「閣下ッッッ!!!」 デュアルビートモンの声に、一瞬だけ意識が回復する。 その刹那に、木竜将軍はデジクロスを解除した。 「ぐ…ぁ…………なんだ、今のは……ッ!………ぐお、お。」 木竜将軍の口から吐瀉物に似たデータが溢れ、あたり一面にぶちまけられる。 巨体がガクガクと痙攣し、平衡感覚を失った体は右に左にと縺れる。 たちまち姿勢を崩し、デュアルビートモンと周囲の昆虫型デジモンたちが心配そうに駆け寄っていく。 「閣下!お体の方は…」 「見て分からぬかたわけ…。どう見ても最悪だ……ッ。」 冗談交じりの悪態をつく。 そんな彼らの耳に、■■■■の声が響く。 「そう、あなたの存在基底は私を拒むのですね。  お見事。どうやら私の取り越し苦労だったようです。この世界のあなたは、中々に頭の切れる御仁のようで。」 「一つ、お詫びを。  あなたの旅路が報われるものはない、そう言いました。  ええ、ええ。確かに、その通り。  ですが……。報われるものはなくとも、救われるものは確かにあったのです。」 彼の脳裏に過るヴィジョン。 一人の少女と、一匹のサンドヤンマモンの姿。 「その在り方は人類にとって悪しきものではありますが…、  これもまた、人類より生じ、人類が相対すべき宿痾なのでしょう。  さようなら、木竜将軍。  試練の苦杯は見事に飲みつくされた。  あなた方の往く旅路の空に、導きの星があらんことを。」 空間と軍勢を覆う重圧が掻き消え、いつの間にか晴れやかな空模様が顔を見せていた。 そして、■■■■の姿も同時に消え失せていた。 「閣下、いかがなさいますか。」 デュアルビートモンに問われるも、沈黙したまま体を揺り起こす。 少しだけ息を吐き、しばし、思案。そして―― 「捨ておけ。もう二度と姿を現さないだろうよ。  まったく忌々しい、消化不良この上ない。  だが……、あの上位存在を降したという事実は揺ぎない。  ハハッ、甘美な響きではないか。舌が濡れるとはこのこと。  我らが軍団の威勢は、万象の影法師すら退けるということだッ!」 「予想外の足止めを喰らったが、何、得られるものは確かにあった。  ――征くぞ、我が軍勢よ。真の敵の所へ……!  我らが主君、デジモンイレイザー様のため  立ちふさがるすべてを、我らが武威のもとに蹂躙するのだッッ!!」 勝ち鬨を上げ、木竜軍団は歩みを進める。 来る決戦の地。運命が定まりし約束の時へ。 ドラグーンヤンマモンが辿る最後の時を、今はまだ、誰も知らず。 宙の星だけが、見つめていた。 「それで、わざわざ出張って、結局手を引いたの?」 「あの瞬間の選択如何で、ドラグーンヤンマモンが"隠された変数"に到達する恐れがありましたので。  でも、それも杞憂でしたね。あの人は貪欲ではありますが、慳貪ではありませんでした。  …やはり人間の体では測定がブレる。今回はまさしく余計な手出しというものでした。」 「あなたって人間とデジモンのこと好き好き大好きする割には、そういうところで信用一切無しよね…。」 「フフッ、そうでしょう、そうでしょうとも!私は公正で公平な存在ですから、私利私欲で動き、何かを過信し、えこひいきすることはないのです!」 「愛媛。」 「んごっ!」 「セフィロサーチャー。」 「ぐえっ!」 「なにが公正で公平な存在よ。何が私利私欲で動かない、えこひいきしないよ。バリバリに傾いてるじゃないの。私ですらドン引きよ?」 「司書さんだって同じ穴の狢じゃないですかー!」 「失礼ね、わたしはそういう黒幕ポジションは卒業しています。  ……あなたの境遇には同情するけど、もう少し立場を弁えた言動を心掛けた方がいいわよ?  じゃないと、また下手打って子供たちにボコボコにされちゃうんだから。」 「…善処します。」