―――高坂ユキレース場 「行けぇぇぇぇぇ差せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!そのままぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「立体交差で波乱が起きますか!?立体交差で波乱が起きますか!?高低差200m!勝ってくださいラグナルガルモン!!私たちの来月の食費を!!!!」 「ところで何かのうこのたわけたレース場」 『最終直線……ここで前に出る!!行くぞブルースペイダー!!』 ―――クッキング教室 「へー……うちのエロ親父がこんなクッキーになるなんて、お菓子になったら可愛げも出てくるもんだねー」 「ぐふふふふおなごの口の中に転がされるのもなかなか乙な……あぁ待ってりんね!ワガハイをそんなに細かく噛み砕いちゃダメぇ!」 「単純な形でも味は変わらないだろう?わざわざ見ず知らずの他人を象るなど、ご苦労なことだな」 「ふふ、尻尾が振れていますよルガモン」「うるさい」 ―――スナックバス● 「じゃあ将軍ここに置いていこっか」 「待って!?そんなワガハイを保育園に置いてく感じで行かないで!?確かにスナックは大人の保育園だけど!!?」 その他諸々、とてもでないが語り切れない。この奇妙な名前の村は時に限界な村落で、時に都市構築ゲームをやりこんだ都会のように目に映る。デジタルの世界は視線を動かすたびに姿が揺れ動く。 その中を駆けながら、遊びながら。長閑とりんねの二人はこの奇妙な祭りを楽しみ、昼食の時間が近づいたのでフードコートへと立ち寄った。 デジタル世界の食事事情については長閑の生活から良く見聞きしていたので、こっちの世界でも腹が減っては祭りが楽しめない、というのはりんねも重々承知であった。それに6割引き、実際安い。 ご機嫌な調子で大盛のラーメンを注文して席に着くと、長閑も皿を持って戻ってきた。皿の上にはトンカツ、ローストビーフ、ステーキ、その他諸々……ではなく肉。とにかく肉。 「お待たせしました、りんねさん」 「いや、別に待ってないけど……野菜は?え?栄養バランスとかそんな適当でいいの?」 「いいえ、当然ビタミンに該当するデータも必要です。そこはほら、肉の中の血がビタミンとミネラルを補給する完全食にですね」 「それはエスキモーの知恵なんよ」 完全肉食は脂を多く摂らないと体調を崩します。用法要領を守り十分に安全を確認してください。 脂の濃いスープが絡んだ麺を掬い出し息を吹きかけていると、一人の男がこちらに近づいてくるのが視界の端に見えた。そのオレンジ色の影をりんねは、そして長閑は知っていた。 「すまない!少々混んでいるので席を貸して貰えるか!……む?お前たちは貧乏人と女将ではないか」 「えひめくんじゃん久しぶりー。来てたんだ」 「お久しぶりですえひめさん、それと私は今は女将じゃない浮橋です」 かつて、愛媛は空にあった。突如として愛媛県……愛媛型隕石?による地球爆撃を敢行した謎の男、ジェーン・ドゥ。今は愛媛を撃ち返されたりして愛媛県観光大使に生まれ変わった男のスタイルが、そのしつこいほどオレンジ色のスーツにあった。 そしてりんねと長閑はジェーンと面識があったのだが、急に愛媛を振らせてきた変人という認識しかないため「えひめくん」の呼称のまま現在に至る。 「見たところ祭りの食事目当てといったところか!仕方ない……特別に愛媛のみかんを進呈してやろう」 そう言ってジェーンは二人のプレートの上にみかんを一個ずつ乗せる。もっと言えば彼が持ってきた食事は全てみかん、及び愛媛県の名産品で埋め尽くされている。しかし彼が愛媛なのは既知なのでここでは無視することとする。 「はー?別に6割引きに心惹かれたわけではありませんことよ?あっみかんありがとうね。えひめくんは何で来たの?愛媛のPRとか?」 「当然それも行う!だが俺には、今はとても大事な用事がある……このあと結婚式があるのだ!」 一度座った席から立ちあがり、ジェーンは高らかに宣言した。しかるのち再び着席する。 「ふーん結婚ねぇ……えっマジ!?マジ言ってんのえひめくん!?あーいや……でもえひめくん顔はいいもんね顔は」 「変な人感が多大なノイズですが美丈夫であることは否定しません。妄言でなければおめでとうございます。御相手はどちらで?」 「確かチドリだとか……よく覚えていない!俺は酒に弱いのだが泥酔していた時にトントン拍子に話が進んだのでな!!」 「それは妄言では?」 長閑もりんねも二人そろって身を乗り出し、顔だけは良い頭愛媛男の浮いた話に食いついた……のだが、早速雲行きが怪しくなって怪訝な顔に変わっていく。 だが、 「だが!―――なんというかな、実に晴れやかな気分だ」 「晴れやか?」 「実際、俺は結婚などというものは知らん。だが、ケーキが甘く美味いのはわかったし、結婚式を前にして胸が晴れるような気分になることを知った」 「浮かれているだけだろうか?否、多分違う!結婚式の先に幸せが待っている。そう確信してならないんだ、俺の愛媛魂が!!」 いつも通り調子がいい、だけではない。愛媛の熱に浮かれているだけでもない。もう一つ何か、この男を男として昂らせているものがある。 それが"幸せ"なのだろうか―――?不意に自分自身に疑問を投げかけられた気分で、長閑はまた立ち上がってから座った男を興味深く見つめていた。 「―――おっと失礼!そろそろ時間か、俺はここで失礼しよう!!」 そして忙しなく三度立ち上がったジェーンは、プレートを手に席を離れようとした。 「いってらー。そういえばえひめくん結構食べてるけど」 「問題ない!貧乏人にもお得な情報を教えてやろう……ズバリ、この祭りにはもう一つカップル割が設定されている!割引額は十割だ!」 「十割!?タダ!?」 「では俺は幸せを掴む!相手が式場出禁にでもなってなければな!!また会おう!貧乏人と女将!!」 来た時と同じように、ずかずかと肩で風を切って愛媛の男が去っていく。見えなくなる直前、「俺は結婚するぞー!」とガッツポーズを見せた。 ―――フードコートの隣、アイスクリーム店。 「ご注文ありがとうございます。お支払いは招待割引でよろしいですか?」 「カップル割で」 「ウソをつけウソを」 ガッシリと手を握り合わせた少女同士、恥ずかしげもなく腹を鳴らしながら、誇らしげな笑顔で山盛りのアイスにカップル割を要求していた。 無論同性カップルの選択肢はある。しかし店員の眼は冷静だった。 お前ら絶対花より団子だろと。 結局、その場はルガモンが咥えてきたレースの賞品により無料を通すことに成功した。