─私、七津 真は追われていた。 いや、追っていた。 …何を言っているのかわかないと思うので順を追って説明しよう。 私の本来のパートナーデジモンである「オグドモン」。 デジヴァイスへの奥底へと封じられた彼の封印を解くには、その支配下にある七大魔王達と「リンク」する必要がある、らしい。 全ての七大魔王と繋がりを獲得することで、最後には彼の封印が解ける…そういう仕組み、らしい。 らしい、というのはこれは全てオグドモン自身が語ったことなので、本当にそれで封印が解けるかどうか私は知らないのだ。(自分で自分を封印したわけじゃないだろうし) そんなわけで私が七大魔王達と旅に出てから数週間。 今日は彼らの封印はあまり関係がない、単に日用品や食料が尽きそうなので、街へと買い出しに来ていた。 さて、本題はここからだ。 デジタルワールドにはいくつもの「街」がある。 いや住民であるデジモンが居るのだから当たり前なのだが、ともかくここではデジタルワールドに流通する通貨『Bit』を使用して買い物が出来る。 今回はそのBitを稼ぐ手段については割愛するとして、『本来は』七大魔王である「インプモン」と共に、私は一通りの買い物を済ませたついで、街を散策していた。 そんな時だ。 「…オイ」 並んで歩く彼から声がかかる。 「どうしたの?インプモン」 「付けられてるぜ」 「…何人?」 「二人、いや、『人間とデジモン』のペアだ」 「どれくらい前から?」 「店を出てからずっとだ」 なら、偶然人間とデジモンのペア、つまり「お仲間」を見つけので追いかけてみた、ではないだろう。 悪意ないし敵意を持っていると、とりあえず仮定しよう。 「で?どこでおっぱじめる?」 「とりあえず街の外に出て人気のないところに移ろう、ここで買い物できなくなるのは困っちゃう。」 それに 「今まで手を出して来てないなら、向こうも同じ考えだと思うよ。」 郊外の森林地帯に出てすぐ、「彼ら」は仕掛けてきた。 ─シザーアームズΩ! 「伏せろ!」 「あ痛ぁ!」 伏せろ、とか言いながらインプモンは私に足払いを掛ける。 ずいぶん間抜けな声を上げて転んでしまったが、おかげで頭上を高速で通り過ぎる「何か」を躱すことが出来た。 「おい!まだ生きてるか!?」 「痛てて…うん、大丈夫。」 起き上がって、背後から来た「何か」の通った跡を見る。 背後に並ぶ木々には変化は見られない、が、私の立っていた場所の付近の木だけ綺麗に「切断」されている。 つまり、私を攻撃した何かは、強引に木々を薙ぎ払って直線的に向かってきているのではない、木々の間をくぐり抜け、正確に私の背後から迫ってきた。 なら躱しようはある、正確に背後から迫ってくるのだから、さっきのようにタイミングを合わせて伏せれば良いのだ。 そのタイミングはインプモンに任せれば良い、あとは私が擦り傷と切り傷を我慢するだけだ。 ─シザーアームズΩ! 「もう一発来るぞ!」 「いったぁ!」 足払いに身構えていたら今度は背中を蹴り飛ばされた …今のところ私に一番ダメージを与えているのはインプモンだ さておき思った通り、正確に背後から飛んできている 「んで?どうすんだよこれ」 「このまま続けて、その内しびれを切らしてパートナーの人間が出てくると思う」 ─シザーアームズΩ! 「いっ…たぁい!」 回し蹴りってもうただの攻撃だろう。 ─シザーアームズΩ! 「ぐっ…首がっ!」 首元を掴まれて思いっきり引っ張られる、苦しい。 ─シザーアームズΩ! 「うわぁっぬかるみで服が!」 間違いなく狙ってそこに蹴飛ばされる …インプモンの顔はニヤついている、絶対わざとだろう とはいえ彼がいなければとっくにやられている、問い詰めるのは後にしよう。 それに 「…攻撃が止んだ?」 「オメェのカンが当ってればそろそろだな」 「うん、そろそろ出てくるはず。」 程なくして私達を襲う二人組が、木々の中から姿を表す。 ─オオクワモン ウイルス種 完全体 昆虫型 パートナーの人間の方は…多分高校生?くらいの男だ 何故私達を襲うのか、と聞くよりも早く勝手に語りだす。 自分たちはデジタルバウンティハンターで、私達は指名手配されているとか 賞金の割には、子供と成長期デジモンの弱そうな二人だとか 今回の仕事は楽に稼げそうで助かるだとか(自分たちの攻撃はすべて躱されたのだぞとオオクワモンに突っ込まれていたが) 私の聞きたかったことはだいたい教えてくれた。 要するにナメられている、盛大に。 そこに関しては私はどうでもいいが、隣のインプモンはそうではないらしい。 「ハッ!フザけやがって!おいクソガキ!進化だ!」 「そろそろ名前で呼んでほしいんだけど」 「いいから早くしやがれ!」 まぁ今はいいだろう、私はデジヴァイスを構え…構えて… 「ねぇ、デジヴァイスの構え方ってどうすれば良いんだろう?向こうと同じポーズ?」 「知らねぇよ早くしろ!」 とりあえず、手で握って腕を高く掲げることにする。 「インプモン…暴食進化(グラトニーエヴォリューション)!」 私のデジヴァイス…デジヴァイスSINに刻まれている七大魔王の紋章 その一つ、暴食の紋章が強く輝く。 その禍々しい光に包まれ、インプモンが真の姿を取り戻す。 ─ベルゼブモン ウイルス種 究極体 魔王型 向こうは先程までの余裕の表情は消え、明らかに狼狽しだす。 さて これで狩る側と狩られる側は逆転した。 そういうわけで私は、自分達を襲撃してきた「賞金稼ぎ」とやらを逆に追いかけ回しているのだ。 彼らは器用に木々の間をくぐり抜けて飛び回っている。 デジモン図鑑に書かれた、オオクワモンの触覚の索敵能力を活かしているのだろう。 恐らく先程までの正確な攻撃にもこの索敵能力が使われていたはずだ。 が ─ベレンヘーナ! ベルゼブモン愛用のショットガン「ベレンヘーナ」の射撃でオオクワモンの翅が吹き飛ぶ 翅をもぎ取ってしまえばもう飛べないだろう。 そのまま墜落すると思ったが…おお、残った翅で体勢を立て直して飛び始めた、すごい。 ならもう一発だ 「ベルゼブモン」 「…チッ、鴨撃ちは趣味じゃねぇっての!」 ─ベレンヘーナ! さっきまで煽られてやる気満々だったというのに、もうつまらなそうな顔をしている。 ─弱者を虐げるような戦いは戦いじゃねぇ、ただの虐殺だ、んなもん俺の趣味じゃねぇ そういえば前にそんなことを言っていた。 もう少しだけ耐えて欲しい、「本命」はこれからだ。 今度こそ全ての翅をもがれたオオクワモンは、パートナーの人間を乗せたまま森を堕ちていく。 「行こっか。」 私は全く乗り気ではなさそうなベルゼブモンと共に墜落地点へと向かう。 そこには翅をもがれて地に這いつくばるオオクワモンと、墜落時に地面に叩きつけられたのであろう男がうずくまっている。 そろそろ肉体的なダメージは十分だろう。 さて、と 「ねぇ、もう終わり?奥の手とか隠し玉とか持ってないの?」 彼らは倒れ込んだまま動かない。 「あるなら待っててあげるから、やっていいよ。」 やはり、彼らは倒れ込んだまま動かない。 「…特に何も出来ないっていうならさ」 「もう死んでいいよ。」 ジャキン、と耳のそばで重い音がする。 「おい、いい加減にしろ、胸クソ悪ィんだよ。」 ベルゼブモンが私の頭にベレンヘーナを突きつけて言う。 「前にも言ったけどな、俺はこんな弱者を虐げる戦いは嫌いなんだよ、クソつまんねぇ。」 「…弱者か。」 「ねぇ、私も前に言ったけど、別に私は相手を嬲りたい訳じゃないんだ。」 「「「「「「「え…?」」」」」」」」 …今デジヴァイスの中からも声が聞こえた気がするが気の所為だろう。 私が今やっているのは、言ってしまえば「過程」だ。 デジモンの進化とは本来、デジモン自身が長い時間をかけて、周辺の環境に適応する形で起こる現象だ。 詳しく言うと違うのだが、今はこの認識で問題ない。 しかしパートナーの居るデジモンは、デジヴァイスを通して力を受けとり一時的に進化することが出来る。 ここで受け取る「力」とは具体的に何なのか、それは明らかではないが。 一般的には(デジタルワールドにおける一般)人間とデジモンの強い感情の発露がキーとされている。 巻き起こった強い「感情」が実態としてエネルギーになり、それがデジヴァイスを通して「進化」を起こす。 それは当然私だって例外ではない、例えば「フェレスモン」は私が出会ったときから真の姿である「バルバモン」に進化できた。 理由は私の持つ知識への欲望、言い換えればそれを求める「心」が、「強欲」の名にふさわしいから、らしい。 さて話を戻そう、生命の危機にはわかりやすく感情が励起する。 死にたくないという「恐怖」、自分たちを傷つけた敵への「怒り」、敵がどれだけ強大だろうが人間/デジモンを守りたいという「勇気」 あらゆる感情が死の間際には発露する、それらが「進化」するための力となるのだ。 私の目的はその「進化」を見ることだ、命の危機に発現した新しい力、私はその姿を見たい、そして知りたい。 それは彼、ベルゼブモンの「強敵との戦いを楽しみたい」という目的にも繋がっている。 決して満たされない彼の「飢え」、彼の「暴食」とは食事のことではなく「戦い」らしい。 つまり私はあの二人を進化させたくてこんなことをしているのだ、決して嬲り殺しにしたいわけではない。 しかしその「過程」がベルゼブモンは相当気に入らないらしく、こうして私を止めようとする。 もう少し堪えて欲しいのだが。 それに 「ねぇ、ベルゼブモン。」 「あ?」 「彼らはそんなに弱くないよ。」 ベルゼブモンの三つの目のうち、一つが私を睨みつけたまま、残り二つが彼らの方に向く。 彼らはデジヴァイス(あの型はD-3だったか)から放たれる光に包まれていた。 「始まった。」 一体どういった感情が発露して、それがトリガーとして機能したのか定かではないが。 彼らは新たな力に目覚めようとしていた。 ─オオクワモン ゼヴォリューション! 這いつくばっていたオオクワモンの姿が変わっていく。 それに合わせるように男も、ゆっくりと立ち上がる。 ─グランディスクワガーモン! ─グランディスクワガーモン ウイルス種 究極体 昆虫型 「深き森の悪魔」、そう呼ばれる彼の姿は元のオオクワモンの昆虫的なフォルムから、二足歩行の人型へと変わっている。 グランディスクワガーモンが、立ち上がって来た男と並んで立つ。 その目には闘志が戻っている。 ─反撃開始だ だそうだ、良かった。 「ハッ!ようやく楽しめそうなのが出てきやがった!」 こっちもようやくやる気になったらしい。 では第二ラウンドと行こうか。 ─グランキラー! ─ダークネスクロウ! グランディスクワガーモンの両腕に装備されたブレードと、ベルゼブモンの両手の鈎爪。 双方の斬撃がぶつかり合う、 互角、いや少しだけこちらが押しているだろうか。 しかし斬撃の衝突に押し勝った頃には、グランディスクワガーモンの姿は消えていた。 速い。 「ガアッッ!?」 背後を取られ、そのままグランキラーでベルゼブモンが背中を切り裂かれる。 「ハッハアッ!いいねぇ!面白くなってきやがったぁ!」 楽しそうで良かった、ここまで相手を追い詰めた甲斐があったというものだ。 ─ベレンヘーナ! 距離を取ったグランディスクワガーモンに対して発砲するが全く当たらない、向こうが速すぎて捉えきれていないのだ。 「…」 さて、どうしようか。 向こうの戦法は超高速移動と不意をついた背後からの斬撃のヒットアンドアウェイ、シンプルだが強力だ。 対してこちらは相手を全く捉えられていない、このままではやがて押し負けてしまう。 なら、一か八か賭けてみようか。 彼らの戦い方は決して間違っていない、それを理解した上で「あえて」揺さぶりをかけてみる。 「ねぇ、キミたちさ、始めの頃からずっと後ろに回って斬りつけて来るけど」 「もっと他の戦い方を知らないの?」 「それとも、臆病だから後ろに回らないと戦えないのかな」 こんな安っぽい挑発に引っかかってくれるだろうか。 彼は明らかに激昂する、良かった、かかってくれた。 オオクワモンだった時にパートナーに対し冷静にツッコミを入れていたグランディスクワガーモンも同様だ。 二人共冷静さを欠いているらしい、あっさりと挑発に乗ってくれる。 ─グランディスッ!シザァァァァァァァ!!!!! 狙い通りに真正面から突っ込んでくる。 あとは 「ベルゼブモン!右手!!」 「ハッーハッハッハッハッハッ!!!!!」 楽しそうだなぁ… さておきベルゼブモンはその両手にショットガン「ベレンヘーナ」を二丁持っている。 しかし先程から今まで、彼は「左手」の方しか使っていない。 理由は単純で、装填されている弾の種類が違うのだ。 左に装填されているのは、バードショット、あるいは単にショットと呼ばれる弾。 最も内部に装填されている散弾の数が多い弾で、飛び回るオオクワモンを撃ち落とすために使った。 そして右(さっき私の頭に突きつけた方)に装填されているのが、スラグと呼ばれる弾だ。 これは散弾ではなく、一発の大きな弾が発射される弾で、最も貫通力と威力に優れている。 グランディスクワガーモンの装甲を貫くためにスラグを使いたいのだが、あの速度では当てようがない。 ならば向こうから突っ込んでくるように仕向ければ良い、真正面から突っ込んでくるなら外しようがない。 グランディスシザー、彼の頭部の巨大の鋏に締め付けられながら、ベルゼブモンが発砲しようとする。 ─この距離で撃てばお前もタダではすまんぞ グランディスクワガーモンがそう警告するが。 「知らねぇなぁ!ハッーハッハッハッハッハッ!」 ─ベレンヘーナ! 構わず至近距離で両手のベレンヘーナを同時に発砲する。 無論その反動をその身に受けるが、全く気にせずに連射を続ける。 グランディスクワガーモンの鋏で徐々に締め上げられるベルゼブモン。 ベルゼブモンの射撃で少しづつ装甲が削れていくグランディスクワガーモン。 分かりやすい根比べだ。 果たしてどちらが先に音を上げるか、見守るとしよう。 「その時」は、ほぼ同時だった。 力尽きたのか、グランディスクワガーモンの鋏による拘束が解けていく。 ベルゼブモンも拘束は解かれたが、その場に膝をつく。 ベレンヘーナを構えようとするがすぐに銃を落としてしまう、至近距離であれだけ撃ったのだ、反動で腕にダメージが残っているのだろう。 引き分けと言ったところだろうか。 「…そろそろ潮時、かな」 「ねぇ。」 私は彼らに向かって声を掛ける。 「今日はこれで見逃してあげるから、今のうちに逃げていいよ。」 「あぁ!?何勝手なこと言ってんだクソガキ!」 「ベルゼブモンももうその腕じゃ戦えないでしょ。」 「ほら、私とベルゼブモンの気が変わる前に、早く決めたほうが良いよ」 彼らは顔を見合わせる。 ─…これ以上は、採算が合わない。 賞金稼ぎらしい合理的な判断を下して撤退を始める。 初めはこちらの動きを警戒しながら後ろ足で後ずさり、十分距離を取ったところで背中を向け全速力で走り出す。 撤退が手慣れている、きっと賞金稼ぎとしては本当に手練れなんだろう。 今回は相手が悪かったのだ。 「オイ、なんでアイツらを逃がしたんだよ」 「なんでって…」 私は買い出しの荷物を回収しながら言う 「これ以上時間をかけたら、せっかく買ったお肉がダメになっちゃよ?」 「あぁ!?…そいつは一大事だな…」 納得してくれたらしい、進化を解除してインプモンへと戻っていく。 「んじゃあとっとと帰ろぜ、……マコト」 おや? 「今、名前で読んでくれた?」 「呼んでねぇよ気の所為だクソガキ。」 「絶対呼んだって!」 「痛ててててて腕を掴むんじゃねぇよクソボケ!」 そんな他愛もない会話をしながら帰路につく。 さて、帰ろうか。 「誰かさん」に汚された服を早く着替えたい そういえば私、ずっと泥まみれで格好つけていたのか…。