魔法少女の寿命はそう長くはない。 魔法少女の寿命はどれだけ魔女を狩り、グリーフシードを得てソウルジェムを浄化し続けられるかに尽きる。そして魔女を狩るには、強さが求められる。 魔力量や因果等魔法少女そのものの素質、才能。頭の回転力や身体の動かし方、精神力、所謂戦いのセンス。はたまた時の運等。それらは現代ーー特に日本ーーで暮らす少女にとっては本来無縁なものだ。魔法少女として戦うという事は、そんな少女に武器を持って野生の獣を身一つで退治しろ、と言っているようなものだ。 だが魔法少女が討伐しなければならない敵であり、同時に生命線足るグリーフシードの供給元の魔女はこちらの事情など考えてはくれない。魔女は日常の影に潜み、何の前触れもなく襲来する。 魔女を狩る。それが魔法少女の使命であり、唯一生き残り続ける道。 しかし悲しいかな、多くの魔法少女は長くは生きられない。 弱いか、或いは魔女が強いからか。いずれにせよ死ねば関係ない。死ねば全てが終わる。戦いに敗れれば、命を落とす。 故に魔法少女の初陣は、篩にかけられているとも言えるだろう。初陣を越えられるかどうかすら怪しい者も多い。そしてそれは、先刻契約したばかりの少女……宮尾時雨にも変わりはない。 宮尾時雨は、一人で魔女を相手にできるような「強い」魔法少女ではなかった。 魔法少女としての素質か、身体能力か、はたまたそれ以外の何かかが足りないのか……兎にも角にも「弱い」魔法少女である。それを身をもって思い知らされた。 母を助けるため契約し、大した時間も経たないうちに魔女の結界に取り込まれ、初めての変身を体験しーーそして、あっさり魔女に追い詰められた。 「殺される」「死にたくない」 恐怖。 ただ一つその感情だけが、時雨の胸の内を占めていた。 だがこの時、時雨は運命に見放されてはいなかった。魔法少女として何も持ち得ないと思われた彼女には、時の運が味方していた。 魔女が攻撃のための予備動作に入り、いよいよもって自分にトドメを刺すための一撃がくるーー諦めからか恐怖からか、思わず目を閉じてしまう時雨。 ーーその先はなかった。震えながら身を屈ませて、幾ら待てども魔女の攻撃は来ない。 少し冷えた頭が流石におかしい、と思い腕の隙間からチラッと魔女を覗き見る。 ーー魔女は、既に倒されていた。 見れば、消えゆく魔女の死体の傍らに誰かがいる。恐らく魔法少女ーーこの近隣在住の者なのだろうーーであり、動けなかった時雨が結果的に魔女の注意を引き付けたスキを突き、倒したのだろう。 その人はグリーフシードを確保し、未だに身体が震えて動けない時雨に近づいて、手を差し伸べてきた。 「えっと……なんて言ったらいいか分からないけど……とにかく大丈夫?」 大丈夫ではない。 しかし、生きている。 生き延びたのだ。 そして、宮尾時雨は痛感した。 「あっぼく一人だと簡単に死んでしまう」 「誰かと協力を……いや」 「協力なんて言い方は烏滸がましい。助けてもらうんだ」 「助けてもらわなきゃ、ぼくは死んでしまう」 それが宮尾時雨13歳の初陣で刻まれた教訓であり、果たして彼女はーーそれから5年が経った今でも、生き残り続けている。 ーーそんな昔が不意に脳裏を過りながらも、今、時雨は冷静に状況を分析していた。 いつも通りの帰り道で、たまたま孵化したばかりの魔女の結界に遭遇。 近辺に居るはずの知り合い複数にメッセージを送るが、反応が一件も来ない。各々忙しいのだろう。仕方がないので少しでも時間を稼ぐため単身結界中心部へと突入。 魔力を節約する為回避に専念するも、変わらず誰かが来てくれる気配はない。 万事休すである。 「チィっ本当に……運が悪い!」 見た限りこの魔女自体はそれほど強い個体ではない。だが自分にも一人で魔女を倒せる火力は無い。 あれから5年、様々な経験をした。 初陣で助けてくれた知らない魔法少女に「お願いします!ぼくを助けてください!」と土下座して懇願。何だかんだコンビを組むことをOKされ、戦いの基礎を教授される。スピードと頭の回転力に於いて光るものがあったため、ビビりながらも囮役兼ブレインとして活躍。 この調子なら生きていける……そんな希望が見えてきたのも束の間、相方の魔法少女が魔女相手にソウルジェムを砕かれ死亡。その場は命からがら生き延びるも、魔法少女の真実の一端を知る。 とてつもない悲しみと恐怖に襲われるが、死にたくない一心で何とか心を強く保ち、今度は数人単位でのチームの一員に加わる。それからも数えたくもない程に仲間を見送った。 東西の確執を発端とした魔法少女同士の抗争。 この時点で時雨は東の最古参の一人に当たり、東だけでなく西や中央にも顔が知られていた。その実績から東のリーダーに相応しいのでは、という意見が上がるも「ぼくは一人じゃ何もできない魔法少女だ。リーダーの資格はない」と辞退する。だが結果的にリーダーを丸投げする形になった同い年の和泉十七夜に責任を感じその補佐に着く。 そして抗争が落ち着いた後にはチームだけでなく、十七夜や後輩の月咲など多くの魔法少女と協力関係を築き今に至るのだがーー (今回ばかりは……ダメそうだな……こういう時に限ってグリーフシードの備蓄も……いよいよぼくの番が回ってきたか……!) 5年。 魔法少女にしては長生きしている自覚はある。 だけどその為に、どれだけの犠牲を払ってきたか。どれだけチームメイトや後輩たちを見送ってきたか。 ソウルジェムが砕けるか魔女化か……いずれにせよ、もしあの世というものがあるなら、いつかあっちで、みんなに責められる。そういう自覚もあった。 ツケを払う時が来たのだ。他人に媚びを売って縋る事しかしてこなかった、それを。 (魔女化は論外だ。なら魔力を暴走させてソウルジェム毎自爆すれば…) ーーそんな時だった。 『良かった〜間に合ったよ〜!お姉さん、私を使って!』 目の前に、妙な形をした剣が降ってきたのは。 「すまん宮尾遅れた!」 「ごめんね先輩!大丈夫!?」 時雨から救援依頼のメッセージが届いた事に気付いた内の二人ーー和泉十七夜と天音月咲が現場に着いたのは、既に魔女が倒された後だった。 「遅いよ……誰も来てくれないし……本当に最期かと思った……」 「お前……一人で魔女を倒したのか?まさか捨て身で特攻した訳ではないだろうな!?」 「えぇっそんな事有り得るの十七夜さん!?だって神浜魔法少女で知らぬ者はいない“最弱無敗”の時雨先輩だよ!?」 「お…お前ら…ここぞとばかりに言いたい放題……いや否定はできないけど……あとそのダサい悪名本当に辞めて……」 開口一番に連続で愚弄される時雨。だがこの程度はいつもの軽口だし、何より時雨自身も死を覚悟したのは久方ぶりだったので安堵感から腰が抜けていた。 「全く……だが遅れた我々にも責任があるか……うん?その剣は何だ?」 「先輩今まで剣なんて使った事ないよね?魔力が感じられるけど……なんか趣味の悪い形してるね……」 「あ…はは……これは、その……うん、拾ったんだよ。結界の中で。形は…気にしないでもらえると助かる。うん。」 「趣味の悪い形」と愚弄された事で、その剣ーーに変化した「」が声を上げて反論しようとするが、テレパシーで時雨に抑えられる。 『あ、あの人……私のこのスタイルを馬鹿にした!スーパークールでハイセンスな私の剣(ボディ)を!』 (あーやめてやめてやめて今声出さないでややこしくなるから良い子だからステイステイステイ) 頭の中で「」を宥めながらも、時雨は一瞬十七夜に視線を送る。 それだけで十七夜は読心を使うまでもなく「詳しいことは後で話すから、この場は一先ずスルーしてもらえると助かる」という考えを読み取った。 「……まあ、 そうだな。無事ならそれでいいか。まずはココから離れよう。立ち往生してると少々面倒になるからな」 「?ここタダの路地裏だけどこれ以上何かあるの?」 「あー…その……狭い路地裏だからこそ不味いっていうか……」 時雨は上手く話題を逸らしてくれた十七夜を内心称賛したが、何やら会話の雲行きが怪しくなってきた。 「……自分が気づいた時には既にかなり時間が経っていてな。これはいかんと月咲君に直接連絡を取ったのだが……」 「ウチも別の場所で魔女を狩ってて……せめて一人でも多く早く来てもらえればとあっちこっちにメッセージ飛ばしまくったんだけど……」 ああなるほど。つまりは。 察した時雨が表通りに目を向けると、その先からは。 「「「「「「「せんぱーい!無事ですかー!?」」」」」」」 もうなんか東全体から集まったんじゃないかと思う程に、大量の少女たちがドタドタとデカい声と足音を上げながらこちらに迫ってくるではないか。 時雨は眉間に皺が寄り、胃も痛んだ。 (ああっクソ…何奴も此奴も次から次に面倒臭い事態を持ってきて……ムカつく……!) 宮尾時雨、18歳。魔法少女歴5年〜。 一人では絶対に魔女に敵わない「最弱」にして、絶対に敵に敗北はしない「無敗」の魔法少女。 これはそんな彼女が「」という相棒と出会い、そして癖の強い知り合い共に頭を悩ませる日常の一幕である。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー tips ・宮尾時雨(18)(大ベテラン) 「邪剣と年齢を逆転させる」というコンセプトで前作のと同時に思いついたアイデア。13歳で契約しそれから何やかんやで5年……18歳まで生き延びている時雨。ここからマギレコ第1部に巻き込まれる。 契約したての時雨が単独で魔女を狩るのは無理だが5年前にマギウスの翼なんて組織は存在せずみふゆは西にいるので通りすがりのモブ魔法少女に運良く助けられる。そして本能的に「誰かに頼る(頼らなきゃ速攻で死ぬ)」必要性を理解した。 それから5年、直接魔女にダメージを負わせる等はできないが、すばしっこさでヘイトを自分に集めつつ持ち前の頭脳と分析力と経験で魔女の弱点を看破しフリーになった仲間に倒してもらう…というスタイルを確立。ソウルジェム魔女化東西抗争等に巻き込まれるながらもなんだかんだ生き延びた。 5年生き延びた事になってしまったので東では恐らく十七夜と同じかそれ以上のベテラン(という事になってしまった。気がついた時頭おかしくなるかと思った。)で東側最古参の一角。しかも高3の同級生なので互いに悪態を付ける。なんだこれ? 時雨本人は攻撃をどうしても他者に頼らざるを得ないスタイルがコンプレックスでもあり「自分は誰かに頼らなきゃ生きられない惰弱な魔法少女」「自分は運が良いだけだ」「なんでぼくが生き延びてみんなは先に死んでいくんだろう」と気に病んでいる。が、時雨と組んだ一般魔法少女たちからは「時雨先輩が魔女の注意と攻撃を引き付けてくれるから戦ってて凄い楽」「一人二人で闇雲に魔女と戦うのとは比にならないぐらい頼りになる」「なんなら個人的な相談にも乗ってくれる」と評判だし、先に散っていった仲間も時雨を恨んではいない。逃げと回避、敵戦力の把握が主体なので東西抗争の対人戦に置いても活躍、双方の被害を減らすことに注力した結果人望が高まった事に本人は気づいていない。 ・邪剣(13) こちらは前作のと変わらず。かわいい。