目を見開いた時、そこは綺麗な海の中だった 魚澄真菜は願う この瞬間がもっと続けばいいのに もっと早く、もっと深く、もっと遠くへ… ただそう願ったはずだった 闇が彼女の脚を掴み、耳元で囁く 見 ツ ケ タ そこで真菜の脚が─── ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「どうした、今日は泳がねーんだな」 「…クロウさんは怖い夢を見ることってある?」 「うん?最近は殆どなくなったな」 少し躊躇ってから、夢で見た景色とその顛末を口にする。ひとり胸の内にしまい込むには辛かった 「海で溺れる夢、か……。心配すんな、ただの夢にヘコんでてもしゃーないぜ」 「でも…」 「それに真菜はもう"脚のこと"は克服できたんだろ?なら…」 いつものようにあっけらかんと励ましてくれる豪快で優しい声 しかしその一言が妙に彼女の心のささくれにひっかかって…夢の景色がフラッシュバックして、身体がすくみ涙が滲む 「鉄塚さんは…あんなスゴイ相手に立ち向かって、勝っちゃうような人だもん…強い人だもんね」 「私の気持ちなんか、わからないよ…」 そう言い残し、真菜が入り江への鬱蒼とした道へと踵を返す 「……怒らせちまった?」 「このもどかしいすれ違い…それもまた愛ね〜」 「ウワァッ誰だお姉さん!?」 「ウェヌスモンよ〜。ごきげんようクロウさん、なんだかラブの気配を感じて飛んできちゃったわ〜」 「ラ…ラブ?」 「お酒がすすむわ〜。あっアナタも飲む?」 「俺未成年だが?」 「あら残念、けどちゃんと断れて偉いわね。じゃあ代わりにコレあげちゃおうかしら〜」 手元をパッと翻すと、彼女の指先からクロウの手のひらに丸いビー玉のようなものが転がった 「コレは…」 「アナタが大事だと思う人の心のナカ…ちょっとお邪魔して見れちゃうかもしれない御守りよっ」 「心の中…!?」 「ただし悪用はラブじゃないわ。本当に大切に思う人の気持ちを確かめたいときに…こっそり使うといいわね〜」 「…よくわかんねえけどサンキュー神様。でも俺にそんな人できるか…自信ねえんだ正直」 「どうしてかしら?」 「……俺は今すげえ幸せだ。仲間がこんなにできて、バカ笑いできるヤツがいて、叱ってくれるヤツがいて、励ましてくれるヤツがいて…だから時々、余計に昔を思い出してヘコんじまう。この旅が終わったらまた誰も俺なんかを必要としねえリアル(現実)がそこにあるんじゃねーかって」 …ましてや、唯一の肉親たる父親にすら愛想持たれた記憶も無い。頼れる者も、頼る誰かも存在しない日々が随分と過去のことに思えてならない 神妙な顔つきで頭をかいて……この旅がはじまったいつかまで、心の中にひっそりと描いていた羨望と同時にため込んでいた諦観が口を継いで出た 「今だって真菜怒らせちまって、他人をちゃんと大事にできてんのか、とか───俺なんかを真剣に愛してくれるヒトなんて……ゼイタクすぎてピンとこねえよ」 「アナタは自分自身やみんなが思ってるよりもずっと寂しがりやさんなのね…大丈夫よ、恐れないで」 それに対して女神は静かに微笑み慈愛をもって説く 「アナタの人生はこの旅の後も続くわ。けどその先またずっとひとりぼっちかもなんて不安は…きっと思い過ごしで終わるわよ」 「……ウェヌスモン」 「だってアナタはこの旅でずっと想像を絶する苦難を乗り越えてこうしてようやく心落ち着ける場所に辿り着けたのだから。そのリアル(体験)を経て生まれ変わったアナタならどんな場所でも愛を見つけ出せるわ。そして…改めてアナタの側にある愛をじっくりと考えて、怖がらずちゃんと見つめてみるのも大事じゃないかしら。それが友達でも仲間でも…恋人でも、ねっ」 「いま側にあるもの…」 「そして今そんな素敵な人に巡り会えたと思うのなら、キチンとたくさん言葉を交わして……たくさんの好きを伝えてあげなさい。そうすればそれはアナタに返って……あら?」 「ウェヌスモン……俺…俺、ウオオオッ…!」 女神の言葉に揺さぶられたクロウが我慢できずに叫ぶ 「寂しいのすげーヤダー!誰か……誰か俺のそばにいてくれーーーッッ!!」 「オラッ薪割り手伝えクロウーー!」 「グハッすまぁんルドモン!そしてありがとう!」 「なっ何の話だ?つか誰と話してたんだよお前」 「いや…ソコでウェヌスモンってのに言われたんだが…あれっ居ねえ」 「えっウェヌスモン様来てたの!?」 「知ってんの!?」 三下と雪奈に事情を説明してる間に竜馬とルドモンが興味本位でウェヌスモンを探すが気配すら見当たらず、しかしふと気づく 「それより真菜は一緒じゃないのかクロウ?」 「うぐっ……む、向こうに行っちまった」 一斉に視線が突き刺さる (また何かやったのかと言う顔) 「真菜ちゃん怒らせたのか?まったく…お昼ご飯何がいいかちゃんと聞いてきて、そして謝れよオメー」 「お、おう!…叱ってくれてサンキューな」 「「うわ気持ちワル」」 「ぐえっ!…ックショーわぁった探してくる、いくぜルドモン」 「しゃーねーな、お昼に焼き魚一本追加で一緒に謝ってやるよー」 「じゃあ私は山側に行った良子ちゃんたちを追いかけますね。お留守番よろしくお願いしますねー三馬鹿さんたち」 「「(辛辣ゥー…)」」 竜馬、三下、クロウが眉を顰めるがいつものことなので素直に頷いた キャンプ地から切り開かれた森の道を抜けて広々とした沿岸がこの先にある。おそらくそこへ向かった真菜の足取りを辿りながらルドモンが尋ねる 「真菜は入り江のほうかなー。そういや何言って怒らせたんだクロウは」 「いや…怖え夢見たとか言ってて、けど夢なんだからお前の脚はもう大丈夫だって……励まそうとしたんだがなぁ」 「クロウはデリカシー無いからなぁ、ついでに変なこと言ったんじゃねーか?」 「やかましいわオラオラオラ」 「ぐええほっぺ引っ張るんじゃねー!…ん、なんか光ったか?」 「ありゃあ……バイタルブレスか?」 「誰だ、そこにいるのは!」 切羽詰まった声が二人を呼ぶ。慌てて駆けつけて拾い上げ、驚く 「なっ…シードラモンか!なんでこんなトコに…」 「その声…ルドモンと貴様か鉄塚クロウ!だがっ…ええい、癪だが貴様に頼む他ないか───真菜が拐われたのだ!」 「な…!?」 立て続けに通信。声の主はキャンプ地にいる三下慎平だ 『おいクロウ、ルドモン今どこにいる!ゲオルグのじいさんが来た…良子らがまだ戻れねーんだ、俺たちで押さえ込んでるがキツイから加勢頼む!』 「待ってくれ、真菜が拐われたってシードラモンが」 『はぁっ!?』 『ふっ…そろそろ頃合いか。あの小娘ならば生きている』 かすかに聞こえる意味深なセリフを吐いた漢に聞こえるよう怒鳴り返す 「オマエ…ゲオルグ!俺の仲間に何をした!」 『実験の頼まれごとを果たしたまでだ。…来たようだな』 入り江の方に巨大な雄叫びが轟く クロウたちの目に飛び込んできた───海を跳ね天空に身を翻し海原へと潜っていく《邪竜》 「なんだあの…ヘビのバケモンは!?」 『───《メギド・ナーガモン》…アレの名だ、さぁ止めてみるんだな小童ども。その顛末を見届けるのが本来の俺様の仕事だ』 『だが、やはりそれだけでは張り合いが無くつまらん。……まずは手合わせ願おうか』 再び邪竜が吠え、口から放たれたけたたましい水の刃が入り江の岩礁を、クロウの頭上の木々をバターのように切り裂いた 「ウォルレーキ!」 丸太を薙ぎ払いクロウとシードラモンのバイタルブレスを死守したルドモンが息を飲む 「あんなデジモン見たことない…何だアレ」 「あれは…あのスピリット体は真菜なのだ!」 「ま、真菜っ!?」 『マジかよ…クロウ!』 「…ッ、すまねえ三下そっち任せるぞ!」 『あーもう!オレたちは空も海もダメだそういうこっちゃ仕方ない、しくじるなよクロウ!』 「っつーワケで竜馬、イケる?」 「…望むところだ……ゲオルグ」 「かかってこい、小童共!」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー どうしよう…クロウさんに酷いこと言っちゃった 脚に怪我をした後、励ましてくれた友達に怒ってギクシャクしてしまった過去……その時の自分の姿とダブってしまい自己嫌悪が加速する ここまで歩いてきた自らの一度脚を見やる。怪我の後遺症も、傷も全くない。心の傷も乗り越えてもう一度海を泳げるまでになった…皆のおかげで なのに、あの夢を見た途端また心がとても痛くて、怖くなってしまった気がする 「───見つけたぞ、魚澄真菜」 「…ッ!?あなたは……ゲオルグ!」 「ふん!」 「きゃあっ!」 刺客、襲来 バイタルブレスを操作させぬよう即座に叩き落とした少女の左腕、そして右腕をも片掌で一握りにし真菜の身体が巨漢───ゲオルグ・D・クルーガーに容易く吊り上げられる 「はなしてっ!」 『真菜…!?』 ゲオルグの攻撃で切り離されたバイタルブレスからシードラモンがその様子を見やり飛び出そうとしたが…真菜のバイタルが途絶し力が抜けて身動きが取れなくなってしまった。このままではベタモンへと退化してしまう、その前にあのゲオルグから何とか救わねば …だがそれより早く、彼女を捕まえていた巨漢がもう片方の掌に奇妙なオブジェクトを浮かべ目の前に差し出すではないか 「フン…"ヤツ"には借りがあるがやはりくだらん実験だなぁ。だが仕事は仕事だ…せいぜい有意義なデータとやらを取らせてもらおうか」 それは丁度デジタルワールドにおける《スピリット》というアイテムに似ていた。だがより無機質で神秘さを欠く人為的な出立ちに…不意に黒いモヤが沸き立つ 『何だ…アレは?』 「ひっ……」 「───"スピリットモドキ"よ、この小娘を喰らいその内なる欲望のままに暴れるがいい」 ───見つけた 「頭の中に…声…?」 それは今朝の夢で聞いた、水のように透き通り冷たい女性の声 まるで心臓が締め付けられたような感覚に背筋が凍る ───さぁ、ひとつになりましょう…"真菜"? ───"スピリット・エボリューション" 「───えっ…?」 ゲオルグが居ない。バイタルブレスが無い…シードラモンの姿が見えない それどころかここは…見知ったこの景色は『デジタルワールドなどではない』と、彼女の記憶が訴える 市民プール…なんで 覚えている。足の怪我が治った頃リハビリで連れてこられたこの場所の記憶…水を怖いと初めて思った記憶 ───私が泳げなくなった日の、はじまりの記憶 ぞくり。揺れる水面にあの日の恐怖が蘇って…抱いた腕に力が籠る どこか無機質な他の人々の笑い声が耳に刺さる。決してそんなはずないのに、まるで泳げなくなった自分を嘲笑うような……足元に纏わりつく水よりもずっと冷たく重い感情に息苦しくなる はやくここから出たい 逃げたい 「私…私…っ」 『大丈夫よ、真菜』 突如、人々の声が聞こえなくなる。それだけではない…みんなの姿が見えなくなって、誰も彼もが消え去ったこの世界に…『彼女』は真菜を見つめていた わ…私が…もう1人? 『怖くないわ。水はアナタのお友達…さあ、真菜』 頭の中に直接響く穏やかな声 手を差し伸べて招く 『泳ぎましょう?』 「チャージ…デジソウルバースト!!」 ライジルドモンBMが飛翔する。邪竜が大海原へと逃げ出す…もし潜航でもされれば見失う危険がある 「シードラモン、しばらく俺の腕に着いてろ」 バイタルブレスのバントを左腕に巻き、シードラモンは居心地悪く歯噛みする 「くっ……水に潜ったヤツの気配は疎らだ。それでもワタシには僅かに感じられるようだ……私の指示に従え鉄塚クロウ!」 「わぁった、ヤツを探すのは頼んだぜ」 「…見つけた、あそこだ!」 「逃すかぁ!」 雷速化───紫の稲妻となった彼等が一瞬にして、浮上したメギド・ナーガモンの頭上を取り攻撃する 「ロケットメッサー!!」 飛翔する鋼鉄の爪刃、次々と海面を穿ち邪竜を追い立てる。しかし寸での所で巨体をくねらせ踊るように躱していく 再び雷速となり近接戦で切り裂く。邪竜の躯体が水に溶けるように掻き消え、再び現る 加速して切り裂く、切り裂く、切り裂く 避ける、避ける、避ける まるで幻影を追うかのように交錯しては離れる邪竜の姿 「バーストモードのライジルドモンが追いつけねえ!?」 翻弄されている まるで彼等をからかうように"軽やか"に、"しなやか"に……楽しそうに泳ぐでは無いか 「捕まってろクロウ!」 「う、おお!?」 波間から打ち上げられた水の矢が2人を追走する。二度、三度身を翻し雷速化───矢の発射地点へ雷嵐の衝角を撃ち放つ 「ブロウクン…メッサァァーーッ!!」 ゴウッ。岩や森を裂いたあの水の刃が出現し、ブロウクンメッサーと激突…弾き飛ばす 「何っ!?」 直撃迫る水刃を電磁シールドで蒸発させ、水煙を払うと……眼前に邪竜が笑む 「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」 バクリ。びっしりと敷き詰められた無数の牙もつ口角が四方に大きく捲れ引き裂け、そこに邪竜の顔すら覆い尽くすほどに収束した激流の球がライジルドモンめがけ… 「───ッ、間に合えええ!」 「イージス オブ……ケラウノスッッ!!」 メギド・ナーガモンの必殺《バブルガム・クライシス》───炸裂。ライジルドモン最大最強のシールド殴りつけられ千切れた飛んだ水圧の刃が彼等の背後にある岩々を、海を、森を擦り潰し削り飛ばし……まるで無数の泡が破裂したかのように丸く乱雑な傷跡を一帯に刻みつけて消え去った 「…なんなのだ、アレは」 再び消えた邪竜 バイタルブレスの中でシードラモンが慄き狼狽える 「真菜…どこだ真菜…!くそっお前たちでも止められないのか!?」 「オマエが真菜を取り戻すことを弱気になってどうすんだシードラモン!」 「うるさい!貴様なんかにそのような事を言う資格が───」 「───ああ、あるぜ!なぜなら俺は相棒をを影太郎のヤロウから取り戻したからなァ!!」 「なっ…!」 「へへっ頼もしいだろ。俺がここに来て良かったじゃねーか、まさに専門家だぜ?」 クロウの脳裏に駆ける"決着の日"の記憶。それを乗り越えて此処に有る意味を叩きつけられシードラモンが唸る 「まだまだこれからだぜ…オマエの相棒は、ぜってぇ助ける」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー もっと速く もっと深く もっと もっと 何処までも もっともっともっともっともっともっともっともっともっと… 心が騒ぐ、渇望する 『上手よ真菜。アナタの泳ぎ方は綺麗ね』 身体が動いた。"軽やか"に、"しなやか"に…今朝の不安が嘘みたいに、自由に水を駆けることができる 安堵し立ち上がった真菜を見つめて彼女が嬉しそうに言う。今あったばかりの自分と瓜二つの姿をした女の子……もう1人の真菜への不思議に問う 「ここはどこ、あなたは誰…?」 『とても安全な場所よ。そしてワタシはアナタの願いを叶えるためにここに存在するの』 ドクリ 心臓が強く跳ねる 願い。その一言にまるで自らの心の中に手を入れ込まれたようで… まばたきをした時には彼女はいつの間にか真菜の背後に立っていた 『見える真菜?あなたの願いを邪魔する悪いヤツよ』 力が入らず立ち尽くした真菜、鏡のように静まり返った水面に映る"黒い人影とデジモン" 「……だれ…?」 ───なぜか思い出せない。胸が嫌に騒がしく鳴り、頭が回らず不安げな彼女の背中にピタリとくっつき、安心させるように腰を抱きしめてもう1人の真菜が笑む 『アナタからまた"泳ぐ力"を奪おうとしてるワルい男よ。こらしめてあげなきゃ…ね?』 「今度はこっちの番だぁライジルドモン!!」 「ライトニング…ボンバァァァァァッ!!」 急速に溜め込んだ雷球を海面に叩きつけ、紫電の網が一面を包囲する それに絡め取られ、苦悶の声を上げのたうち回る水飛沫、その中から溶解し姿をくらませてたメギド・ナーガモンの姿があらわになる 「そこだぁあああッ!」 ライジルドモンの背を蹴りバーストクロウが女神像を、ライジルドモンが邪竜部分を挟撃する 「痛い」 怪物の悲鳴に声が混じる 「やめてクロウさん…!」 「…真菜っ!?」 捕 マ エ タ 「しまっ───ぐ あ あ あ あ!!?」 「クロウ…うわああああ!?」 助けださんとした少女の声を餌に、彼等に走った動揺は拳を鈍らせた 一瞬にして女神像の背中から解き放たれた触手がクロウの四肢と首を絡め取り、邪竜がライジルドモンBMの背後から牙を突き立て…海中に引き摺り込む 「……!!」 「離せ…このォ!!」 邪竜の牙とて、ライジルドモンのクロンデジゾイト装甲には傷ひとつつけられない。だがその巨大な圧力は彼の動きを完全に封じるには十分だった その向こう、絡め取られたクロウがもがく姿が見える。バーストモードのクロウですら振り切れぬそれらはライジルドモンと共に人間には生存不可能な酸素の存在しない領域へと落ちていく 「ダメだ…水の中じゃ、今のオレの技じゃクロウにまで雷が当たっちまう…!!」 ロケットメッサーの射角は取れない、ライトニングバスターでは感電の2次被害が及ぶ…このままでは先にクロウが力尽きる そうなればバーストモードはおろか進化すら維持できなくなる……負ける 「ぐ…が…ぁ…!」 クロウの首と胴に食い込む触手が肺を押しつぶし酸素を無理矢理吐き出させる。時間がない、手段を選んではいられない 「ブリウエル…ドラモン…を……!」 ルドモンと共に暗に禁じた厄災の記憶…究極体への進化。それを解き放たんとする腕への拘束が強まる デジソウルをデジヴァイスへと送り込ませまいと狡猾にも蠢く触手 痛みに見開いたクロウのぼやけた視界に、女神像の姿が迫る 『ほら、もうすぐ…もうすぐあの男も死ぬわ。もうアナタを脅かすものなんて無いのよ…その死に様、ちゃんと見届けてあげましょう?』 水面の鏡に大きく映し出される青年の苦悶の表情。それが誰なのか、何なのか…今の彼女にはもうわからない だがかすかに浮かんだ困惑と悲しみの入り混じるような表情の横顔を見つめ、愛おしく擦り寄る囁き声 『ああ、真菜…ワタシの愛おしい真菜…っ ずっと一緒にいてあげる。アナタの望みを叶えてアゲル………2人で楽しく泳ぎましょう…ずっとずっと、どこまでも…ワタシがアナタを連れてってあげる』 感情の澱が溢れるように黒く染まる水面と景色 濡れた指を、腕を、脚を絡み付かせ…淀んだ瞳のまま動かなくなった真菜の身体を抱きしめるもう1人の真菜。その甘い囁きが真菜の思考を、心を……蝕んでいく 『もう離さないわ…ウフフフフフフフ…』 さぁ…一緒にトドメをあげましょう? 「…ま…な……」 「バーストモードが…!」 水底に声が、ライジルドモンBMの体色が、デジソウルと共に抜けていく 「───アイスアロー!!」 氷の矢と共にバイタルブレスから降臨する海竜 解放されたクロウの左手を起点に牙を剥き、彼に絡みつく黒鉄線のような魔手へ突き立てる 「真菜に……私のパートナーに、人を殺させるものかぁっ!」 新たな触手がシードラモンに絡みつき苦しめる それでもなお諦めず触手を食いちぎらんと歯を食いしばる 「逃げろ鉄塚クロウ…お前は───」 「ジ ャ マ ダ」 パァン 身を挺し盾となった海竜の胴に"気泡"が爆ぜ、紙切れのように吹き飛ぶ …その向こうに力無く揺蕩う人の姿の"赤色"が頭部をもやのように滲ませ、潮流にまどろんでいく 『真菜』 シー…ドラモン…? クロウ、さん……? 『よくできました』 「クロォォォオオオウーーーッッ!!」 ライジルドモンの悲鳴が彼等に届くことはなかった …だが、突如邪神の手が震え出し…その指先が暗闇に消えゆく姿を追うようにもがき───血濡れ、千切れた布切れを掬い上げる 「いや…」 『…?』 「いやぁ…」 『真菜…?』 「いやぁああああーーーーーーーっ!!」 「ア゛ァァァァァアーーーーーッッッ!?!」 ───声が聞こえる 闇の中に潰されていく意識の中に、怪物の声に埋もれる少女の悲鳴が呼びかけて 「……」 鼓動がひとつ、跳ねる 瞼をこじ開け、映り込む力尽き眠る海竜の横顔に…また跳ねる 「…よくも」 彼方に慟哭する───かつての少女の面影を その少女の手を汚させ嘲り笑う───邪竜を ……見据えるその瞳に怒りが宿る、紫光が燃え上がる 手を、脚を、全身全霊を振り絞り……息吹届かぬ深淵に、魂が声を荒らげて ───"バーストチャージ"…… 「───ラグナロードォォォオオオオッッ!!」 仄暗い世界を、緋が劈いた 「───!?!?!?!?」 突如巻き起こった火柱に海が焼け、破裂し、二つに引き裂く 「……!!」 想定外の進化 想定不可能の反撃 メギド・ナーガモンというスピリット体の大半を構成する邪竜の顔が、胴体が、その一撃に呆気なく空へと薙ぎ払われ……額に埋め込まれた女神像を残しスピリットモドキ共々"完全焼滅"した その基点……邪竜の魔の手に海中に没しながらも今、剥がされた水底の地に立ち邪竜を睨み上げる海色を彼方まで切り裂いた主 ───手足の大半を欠き、ノイズと共に今にも霧散してしまいそうな為体で《黒き竜の盾》を残された左腕に掲げ……"業火/イグニッションプロミネンス"を轟かせた"黒い騎士"───《"不完全な"ラグナロードモンX-proud》の幻影が、"彼"の願いにいま顕現する 『イヤぁああーーー!!?』 もう1人の真菜が突如顔を覆い、もがき悲鳴を上げる スピリットモドキが受けたダメージが精神世界に伝播し、皮膚が割れ、崩れて、真菜を模した姿を維持できなくなる 『なに…何が、起きて…』 もう1人の真菜の視界───メギド・ナーガモンの邪眼に焼きついた黒い騎士に沸き立つ怒りと恐怖 『何よ…何で死なないの…ワタシたちの邪魔をしないで…!』 水音 一歩、一歩、何かが水を乱暴に踏み掻きながらやってくる 『───テメェか、真菜を泣かせてるクソ野郎は』 『な…なんで、私の作った精神世界に"オマエ"が!?』 『知るかよ…だが、おかげでその"バケモンみてぇなツラ"…ぶっ飛ばしてやれるなぁ』 『ふざけないで…真菜は、真菜の願いはワタシが叶えるの…ワタシがいなくなったらこの子は』 『ソイツの脚引っ張ってんのはテメェだろが……とっとと歯ァ食いしばれ』 『真菜は、真菜はぁぁっ…ワ タ シ ノ モノァァアアアアアアッッッッッ!!!!』 もう1人の真菜"だったもの"が崩れる 黒く渦巻き彼女に縋るように絡みついた人ならざる影が伸びて、青年へ爪を突き出す 『───だったら…今から"俺のモン"にでもしてやらぁ』 『───ッッ!?』 『くらいやがれぇえええええええッッ!!』 「くらいやがれぇえええええええッッ!!」 邪神の残滓へラグナロードモンが飛ぶ 少女を蝕む呪いの化身へクロウが跳ぶ ───邪神が、幻影の世界が ……彼らの一撃に砕け散る 『……真菜、コイツは返すぜ』 「待って…待って、クロウさ―――」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「正直、オレはクロウや竜馬みたいに真っ向から戦う力なんてねーからさ……ムカつくけどアンタみたいのでも尊敬してた部分があったんだわ。敵ながら正々堂々強えってことに」 三下が独りごちる…敵に手向けられた賞賛、羨望 だがクロスローダーに指を食い込ませ、それらを踏みつけるようにゲオルグに向けて吐き捨てる 「……けど全部チャラだ。真菜ちゃんみたいな女の子に卑怯な真似した今日という今日は本気でムカついたからなぁ!アンタを倒さねーと気が済まねえ……ターゲットモン超進化ぁっ!」 「ヘッ、いいツラしてんじゃあねえか慎平…おっしゃあ!ターゲットモン超進化───キングエテモンッ!!」 金色の獣王がソルガルモンに拳を叩き込み至近距離でドツき合い揺るがす 「エテ公がァ…調子づくんじゃねえええ!」 「第二ラウンドといこうじゃねえのクソ犬ァー!」 「ほう!次はどうくる…!!」 「力借りるぜ真宵ちゃん…デジモンメモリ・サンドヤンマモン!くらえサンドストーム!!」 大気が乱れ嵐が吹き荒れる。極小の石刃となった砂粒の群れが巨漢を飲み込んだ 「砂嵐…目眩しのつもりか、この程度!」 「まだまだ行くぜキングエテモン、ダークミュージカルだ!」 「全力のオレの歌に聴き惚れちまいなァ…ジジイ、クソ犬ァーー!!」 腹の底が沈み大地すら爆ぜるような重低音の檻がゲオルグとソルガルモンを包囲し押し潰す。感覚の大半を聴力などで補う盲目のソルガルモンの天敵たる騒音が叩きつけられる彼を苦しめ…それでもなお巨漢は鼓膜から血を滲ませながらも大きく高らかに笑い、大地を踏み締め三下を睨む 「ガァァァッ!?」 「甘い…小細工風情でこの俺様を止められるワケねぇだろうッ!!」 「サンドヤンマモン・ジャンクモン、デジクロス!」 「ヌゥ!?」 「───ジャンクトラップ《蟻地獄》!」 その大地が突如すり鉢状に陥没する。液状化した砂の大地がゲオルグの脚を喰み身体を引き摺り込む 「クロスオープン!マッハモン・ジャンクモン、デジクロス!───マッハトラップ《トラバサミ》!!」 「何ッ…グオオオオーッ!?」 そして辿り着いてしまった獲物に、流砂の壁を突き破り待ち受ける、マッハモンの変身した連なる鋼の牙が爆発的加速と共にゲオルグの左脚と腰へ喰らい付いたのだ ついに怨敵の苦悶の声を耳にした三下が、張り巡らされた罠の上方より不敵な笑みを浮かべて愚かな獲物を見下す 「砂嵐も、音痴なライブも、蟻地獄…ぜぇーんぶ前座。アンタを煽って機動力を削いで着実にトラバサミで捕まえるため……さすがのアンタも軸足を砕かれちゃマトモに戦えねえだろ!」 「クハァ…姑息、だが戦場においてそれもまた強さだ。やはり頭がキレるなサンシタよ」 「三下だっつってんだろうが!…だがありがとうよ、こうして律儀に褒めて時間をくれるアンタのおかげで…さらなる前座(オレ)の役目はキッチリ終わり」 「何…?」 「ゲオルグじいさん、アンタ"真っ向から"やり合うのが好きなんだろ?だったらソコで思う存分愉しませてやるぜ……今だぶちかませ竜馬ァ!!」 三下の合図。そよいだ風が土煙を払い、頭角へ稲光を蓄え唸りを上げるトリケラモンの巨躯を斜陽が照らし出す 「ああ…チャージ完了だ!」 ゾクリ。ゲオルグのカンが死の緊張を肌で感じ取る 「面白い…見せてみろ"三上竜馬"ァ!」 「さぁせるかよォォォオオオ!!」 「くそっソルガルモンの復帰が早え…!?」 「かまわん、纏めてブチ抜くだけだ……"トライホーンアタック"」 「───《チェーンバースト(連鎖炸裂撃)》ッッ!!!」 ソルガルモンの胴体に"猛竜"の吶喊が突き刺さる その一撃が通り抜けるより早く二の撃、矢継ぎ早に三の撃―――ガトリングのように絶え間なく体内に残留したまま爆ぜ続ける必殺の衝撃が全身のデータの一切合切をバラバラに引き裂かんとする 「ガァァァァアアアアアア!?!?」 瞬きをする間もなく、その全てがソルガルモンへと注がれ… 破裂した大気と熱に景色が白み、射線上の大地が捲れ上がり、ソルガルモンとゲオルグの身体を岩盤ごと破壊した 「…ガカ、ァァァ…」 「フ、フ…フハハハハハ!見事だ…実に見事だ三上竜馬、三下慎平……この俺様を破るとは…カハハ…ッ、楽しいなァ……ッッ!!」 上半身の右の大半を分解され膝を折り意識を手放したソルガルモンの傷の彼方に、赤に濡れた漢が尚嗤う 「まだ生きてんのかよ…」 「だが、終わりだ…」 決着。その意思を持って二人が前に踏み出す ───地鳴、轟音 「な、なんだあの爆発!?」 「…三下。ヤツが消えた」 海側の地で巻き起こった水蒸気爆発に気を取られ目を離した一瞬、血の跡を置き土産にしたまま…ゲオルグとソルガルモンの姿が消え去っていた 「な…嘘だろいつの間に!クソッどこ行きやがったじいさん!」 辺りを見渡すも気配はない。…敵方に追撃の意思はないようだった 「くそっ…竜馬、クロウん所に行こう。さっきの爆破を確かめねーと」 「ああ…」 「───命拾いなさいましたねゲオルグ様……『アナタはまだ利用価値がある。日頃部下たちが世話になっているアナタに恩を売っておくのも悪くない』と、筆頭からの命令でまことに勝手ながら失礼いたしました」 「"水行の"か……相変わらずアコギなヤツだ。だが、おかげで首の皮が繋がったか……負けるということがこうも悔しいものだとはなァ」 「随分と充足した時間を過ごされたご様子で何より……医療班は待機しております。すぐに治療を」 「…フッ、ソルガルモン。貴様も昂っているみたいだな」 「……オレ、ハ……ミカミリョウマ……アイツヲ……必ズ、喰イツブスッッッ!!!」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 禍々しい女神像から…涙を流し眠る少女が解き放たれてふわりと落ちていく 「真菜ァァァーーー!!」 今しかない。ラグナロードモンの一撃の余波に揺さぶられ目覚めた己に残された力を振り絞りベタモンが飛び出す───割れた海を駆け抜け空を飛ぶ その先に揺蕩う黒い騎士が海竜を横目に捉え……左手に横たわり眠る少女を差し出す 「…!」 すれ違いざまに、シードラモンの背にパートナーをついに取り戻す それを待ったかのように砕け散ったラグナロードモンから分たれた青年とパートナーデジモンが落ちていく そこへ目掛け…再び闇のように暗く冷たい青が殺到する。ちっぽけな人影喰らい飲み込みかき消してしまう 「ルドモン…鉄塚クロウ!」 「―――真菜ちゃん、真菜ちゃんしっかりして!」 「……颯乃ちゃん、それに…」 「よかった…目が覚めて」 浜辺に打ち上げられたまま眠っていた真菜を迎えた颯乃の顔に安堵が浮かぶ 隣にはベタモンがぐったりと横たわり、その背中を撫でてやると彼女もまた疲労に苦笑しつつも顔で真菜の存在を噛みしめ名前を呼び返してくれた そこで、ふい伸ばした左手にいつの間にか取れてしまったはずのバイタルブレスが腕に再び宿っていることに気が付く 急速に思考が戻っていく 「真菜、無事でよかった…」 「鉄塚さんは…?」 「くそっこんだけ広いと探しようがねえよ…!」 海岸線に展開したマッハステージの音響をクロスローダーで拾い生体反応を探す三下が舌打ちする 「諦めねえぞ…」 『こっちも見当たりません…どうしよう』 『あーもう、また無茶してアイツ…あとで絶対蹴ってやるんだから!』 上空に飛び交う仲間たちのデジモンの姿、デジヴァイスから響く通信 ―――それらが現状の答えだった 「ベタモン…どうしよう」 「まだ動いてはダメだ真菜」 「けど…けど」 震える彼女を颯乃が胸に抱き留め頭を撫でる 「ベタモン、真菜のバイタルは大丈夫そうか」 「…蓄えていた力までを使い果たしてしまった今、真菜の力のみでシードラモンになるのは不可能だ。すまない」 「そうか…っ」 人が実際の水中に落ちた場合、水温が比較的暖かいこの場所では多少の猶予がある だがそれでも10〜15度と仮定した場合意識不明に至るまで約1.2時間 生存予測時間は長ければ最長6時間 だが真菜が変貌させられていた怪物との戦いで負傷し、墜落したクロウがはじめから意識の無い状態で彷徨っているのならどうなるか… 「…間に合ってくれ」 「うう…っ…」 涙を流す真菜を見つめた後、ベタモンが走り出す 「何か…何かできることはないのか、今の私に!」 たかだかあの男の命一つに何をムキになっているのだろうかと自嘲する それでも、同時に噛みしめる あの男が戦わねば、もしかしたら真菜とはもう二度と――― 「まって、待ってベタモン…っ」 「真菜!?なぜついてきた…無理をするんじゃない」 「でも!」 「私は怖いのだ!…いまの君をこれ以上無茶させて失うことなどあってはならないと、強く思う。だが……」 「ベタモン…?」 「あの男が戻らない…それも何故か、無性に腹立たしく…怖いのだ」 「…そんなの、私も一緒だよ。怖いの……でも、せっかく仲良くなれたのに…大事な仲間なのに……助けを求めてるのに、それを見捨てて何にもできないなんて、もっと嫌!」 ―――。 「え…」 声がした。真菜を、ベタモンを誰かが呼んでいる気がした… その方へ駆け出し数秒後 「水のスピリットだと…何故、ここに」 「あれは…」 波に打ち上げられたオブジェクト―――先刻までメギド・ナーガモンの身体の一部を創造していた『水のスピリット』。それが淡く明滅しだす 「何?あの邪龍の………反応している…だが先程までの禍々しさが感じられない……?」 警戒するベタモン。しかしそれを見据えた真菜が立ち上がり 「……うん、信じる」 声を感じた真菜が瞳を閉じた後、深呼吸をし頷いた 今度は自らの意志をもって、その手をさし伸ばす 「お願い、もう一度力を貸して」 応えるように小さく姿を変えたスピリットを握りしめ、真菜の視線の先───静まり返った水面を見据えて踏み出す 「助けたい人が…いるの!……シードラモン、超進化っ!」 「シードラモン超進化───メガシードラモン!!」 「進化、できた…?」 「水中なのに息ができる…暗い海の中なのに、ちゃんと見えてる。スピリットの力なの…?」 「この辺りならまだ水圧に潰される深さではないはずだが……自力で浮かんで来られないのはマズイ」 シードラモンは先ほどの記憶を頼りに急速に潜行。だが一度あの黒いラグナロードモンの一撃にかき乱された海には魚一匹何も見えない 焦りが募る。それでも信じて突き進む ―――ふわり 潮流に血が滲んだ灰色の布切れが舞い真菜の頬を掠める。咄嗟に掴んだソレを見て確信した 「クロウさんのバンダナ…!?」 「このニオイ…人の血がかすかに流れてきている。向こうか!」 やがて違和感 この真っ暗なはずの海底に、まるで星のように淡くかすかな光が届いている 「デジソウル…!?宿主を護っていたのか…」 ラグナロードモンのも呼び寄せた命がけで滾らせたデジソウルの残滓が、鉄塚クロウの在処を彼女らに標した メガシードラモンの背から飛び出す 両手を広げ、しがみつく。それを待ったかのように彼にまとわりついていた淡いデジソウルの光が霧散してしまう 「迎えにきたよ…クロウさん」 返事は無い。だがかすかに脈がある 彼の手に強く握りこまれたデジヴァイスバーストの画面を見やると、力尽き退化したカッキンモンのバイタルが休眠状態で表示されている すぐにでも引き上げたいが、肉体の損傷に減圧症が重なれば即死しかねない 「どうする真菜…」 「…すぅ…はぁー」 ふと真菜が一つ大きく深呼吸をしてみせた こぽり…。大きな気泡が膨らみ舞い上がっていく。だが真菜自身は普段どおりに息を整えたような平然とした顔でそれを見上げて、きゅっと唇を結んだ 「───よし、シードラモン」 「なんだ真菜?」 「……ごめんね」 彼女の言葉に問いただすより早く、クロウの身体を引き寄せた こぽり こぽり すぅ…すぅ… ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 冷てぇ…身体が重え 悪いな相棒…無茶に巻き込んじまった 秋月さん怒るだろうなぁ…焼き魚いくつ追加すりゃいいんだろうな、相棒 アイツは無事だろうか 最期にそれが気がかりだった 「……?」 濁り光が消えていく視界に影が揺れる それは徐々に大きくなり、途切れそうな意識の奥で走馬灯のようにかけた正体を理解する 長い髪、しなやかな泳ぎ ああ…デジタルワールドにはマジで人魚いたぜ秋月さん 綺麗だなぁ こりゃ惚れるわ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 目覚めた朝 夜明け前の入り江…ひとり波打ち際で陽の光を待つ 踏み出した浅瀬の冷たさが心の中の澱みを洗い流してくれないかと思ったが、ままならないこの後悔の感情をやはり抱えたまま、もっと深く水に身体を預けようとした 「感心しねえな、拐われたお姫さまが性懲りも無くひとり海で夜遊びたぁ」 投げかけられた声は多分いま一番聞きたくて、同じくらい聞きたく無いものだ。振り返るとやはり、先の戦闘で切り崩された岩片に腰掛けてこちらをまだ眠たげな目で見つめる青年 「まぁ、俺が来たから安心しろ」 持ち合わせの回復プラグインで治療こそされたが、その袖や襟からは怪物に締め付けられ絡みついた傷跡がくっきりと、そして"千切れたバンダナ"を欠いたせいで前髪に隠された額にも、赤い痕が残されていた 「……っ」 「悪いな、こえー悪夢に飛び起きちまった。ふぁぁ……俺もオマエも、きっと嫌な夢でも見ちまったんだなぁ」 だのに元凶と"なってしまった"彼女に、彼はのんびりとした笑みを浮かべて真菜を見守ってくれていた 「けど夢は夢だ。なんせ俺もオマエもこの通りピンピンしてっからな!…だからそんな顔すんなって」 「…ごめんなさい……ごめんなさい。勝手に怒って、捕まって、シードラモンもクロウさんにもあんな……私の心が弱かったからっ」 「───仕方ねえよ。俺もまだ…たまに燃える街の夢を見んだ、それが今もめちゃくちゃ怖え」 「え…」 「因縁に決着つけようと、過去を乗り越えようと…そうカンタンに拭い切れねえんだ心の傷は」 クロウが謝罪するように項垂れる 「オマエの言葉に無神経に大丈夫だとか片付けちまったのは俺の甘えだ……本当にすまねえ」 沈黙が流れる 「真菜、オマエはどうやって俺を助けにきたんだ」 精神世界で邪神を討った直後、意識が途切れ海へと墜落し溺れたはずのクロウは目覚めた時には拠点に寝かされていた。全身が酷く痛んだが…それよりもどのようにあの場所から助かったか気になった 「えっ?ええと……私と一体化してたスピリットモドキってゲオルグが言ってたものとは違う───水のスピリットが、力を貸してくれたの」 水底へ彼を迎えに行った時、姿こそ変わらなかったものの愛菜は類稀な速度で海中に適応しメガシードラモンと駆け抜け、クロウの下へ辿り着いて 彼を助けだし役目を果たした水のスピリットは、どこかへ消えてしまった 「クロウさんこそ、どうやって……助けに来てくれたの」 ほとんどの記憶が濁ったあの精神世界での出来事に、それでいて鮮明に焼きついているのは目の前の彼が何故かそこにいたこと。そして拳を振るい、自らをあの黒い呪いのようなモノから奪い返してくれた事 「…多分コレか?」 ……すると彼女の問いに半信半疑の様子でポケットから差し出すガラス玉。その真ん中には大きなヒビが入っており、役目を終えたかのように濁っていた 「ウェヌスモンってのが俺に寄越したんだ。一度だけ相手の心の中に入って読めるかもしれねえお守りだとよ、コイツのせいかもな」 御守りを指先で転がし見つめながら、クロウはふと思う 「不思議だよな。……あんだけ死にそうになったってのに『オマエを護りたい』って思ったら影太郎ぶっ飛ばした時みてぇな……いやそれ以上に信じられねーくらいチカラが出てきて。……案外、俺は」 「オマエの事が好きなのかもな」 「───っ」 「クククククク…クロウ!そ、それって…こ、ここ…告白かぁっ!?!?」 「んだよカッキンモン、目覚ましてたんなら……んッ?」 顔を上げ、真菜を見る 「…ぁ……っ」 ……頬や耳を真っ赤に染めて、かすかに涙の滲んだまま見開いたガラス玉のように綺麗な彼女の視線と重なって……そこで自分が何を口にしたのか、ようやく理解する 「……!?い、いや待て、コレは何つーかだな…好きってのは…」 「…ほんと?」 言おうとした弁明は…真菜の短く淡い熱が込められた声色に打ち消されて ───クロウは、ついに首を縦に振った 「…あ、ああ」 「…聞こえない」 「だから…好きだって」 「聞こえない」 「ハァッ!?だから…!」 「ぜんっぜん…聞こえないっ!」 自分の肩を抱き、期待と不安と…悶え小さな震えを押し殺しながら真菜が俯く 「…ダメだよ。だって…急にそんなこと言われたら」 「…フン!いいかぁ耳かっぽじってよーく聞ぎゃああ痛ってえ!」 「ええっ!?…その身体で歩いてきたの」 「に、逃げんなよ…逃げんじゃねーぞ真菜ぁー…!」 靴を脱ぎ捨て濡れるのも厭わず海の中へ突き進み、ヘロヘロでたどり着いた彼女の肩に…そっと手を置き、ほんの少し寄りかかってから必死に目線を合わせる 「───安心しろ」 そして威勢とは裏腹に、囁くような言葉 「お、俺が………何度でも真菜を護るぜ。だから……そん時は、俺の背中から……絶対離れんなよ───約束だかんな!」 肩で息をしながらそこまで一気に言い切り、クロウが首を垂れて一段と大きく息を吐き出した 「…うおぉッ痛えー!かっこつかねぇーっ!」 「……だったの」 あまりに消え入りそうな声が頭上からかすかに耳に届いて目線を戻すと 「……はじめて、だったの。人工呼きゅう、でも……人に、……唇……っ」 目を細め、丸めた指先で唇を隠すように触れたまま目線を逸らす少女の顔が、波間に反射する朝焼けを受けて一層赤く染まっていた 「……!?!?」 「真菜ーーー!!」 「真菜ちゃんがピンチと聞いたわよーーー!!」 静寂を突き破り水柱が二つ、天を突き現る真菜のシードラモン そしてもう一体の背にはウエットスーツを着込んだゴーグルのワルシードラモンのお姉さん…虎ノ門詩奈 鬼気迫るエントリー 「ギャアアア出たぁ!?」 「やはり…やはりあそこで鎮めておくべきだったか鉄塚クロウゥゥ…!」 「乙女の純情を弄ぶなんて…処す?処す?」 とりわけシードラモンは先の海中での救出劇のやりとりを目の前で見たうえで言質をとったのだ。怒りもひとしおである ……ところが、真菜の姿が消えたではないか。うろたえ周囲を見渡すシードラモン達 「あれっ真菜ちゃん?」 「真菜!?いったいどこに…」 「…何してんだ?」 クロウのつぶやきに改めて彼に視線を戻したそこに 「……護ってくれるって、約束」 いつの間にか背中に引っ付き、半分だけ顔を覗かせたまま彼女がぎゅっとクロウの裾を握る 「「ァァァ………ッッ!!!?」」 海竜組に電流走る 「ま…まな……」 「まなちゃん…そんな…」 「オイオイオイショック受けてんぞアイツら、いいのか真菜!?」 「く、くううう……うああああああーーー!」 「真菜ちゃんのシードラモンさん?待って、お待ちになってどこへいくのー!?」 「ごめんねシードラモン…」 早まった鼓動を聞かれぬよう、バイタルブレスのバンドを外した真菜が腕をぐっと伸ばし、深く背を抱きしめる 嵐が過ぎ去ったかのように海岸線が再び静けさを取り戻す 「……な、なぁ…くっつきすぎじゃ」 「……」 「もう背中に隠れなくても、いいんじゃあねえか…?」 「もうちょっとだけ…」 「……あいよ」 「―――言いそびれてたけどよ」 帰路に先行く少女の背をふと呼び止める 「えっ」 「多分、オマエが助けに来てくれたの見えてたわ俺。……そんとき、人魚…」 「へっ…?」 「…人魚みてぇで綺麗だなーって、思っちまったんだが……うわ何言ってんだろうな俺」 「……っ。そういえば、そんな話前に聞いたね……えい」 「ぐへっ!なにす……んんんん!?」 「―――どうかな。…今も綺麗?」 全身ボロボロのクロウに脚を引っ掛けひき倒すのは彼女にとって容易であった 波打ち際に飛沫をあげ転倒した彼に、そのまま上半身を覆いかぶせおでこを寄り添わせながら尋ね返事を待っている 「……ハイ。…むぐっ!?」 「…………ぷはっ。……よくできました」 「―――帰ろう?クロウさんっ」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「はい、助けていただいたお礼ですっ。…クロウさんのバンダナ」 「おおっ無くしちまったと思ってたんだけサンキュー!コレがねえと締まらねえかんな…おっこれは」 「千切れちゃったとこ、当て布したの。…クロウさんのデジソウルとおんなじ紫のラインだね」 「うひょーかっけえ!大事にするー!…よし、似合ってるか」 「……ふーん」 「な、何だよ」 「別に?ただ髪下ろしたときのクロウさんん“も"かっこよかったかなーって」 「な、何だそりゃ……ん、"も"?」 「ふふっ…顔真っ赤じゃん」 「……そういうお前もかわいい、ぜ?」 「…っ!」 「やめ!やめ!ほれ、さっさと行こうぜ……真菜」 「―――うんっ」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・《メギド・ナーガモン》 FE社の実験でダークエリアの海で汚染された水のスピリット・およびスピリットモドキをダブルスピリットエボリューションし『魚澄真菜』を取り込む事で誕生したスピリット体デジモン。究極体相当の力を持ち魚澄真菜の意識はスピリットの意識に塗りつぶされている 彼女の心にある"かつての自分のように、あるいはそれ以上にもっと速く、もっと深く、もっと遠くへ…『どこまでも泳ぎたい』"という純粋無垢な願望はスピリットモドキに強く反応し、汚染スピリットにより増幅され歪められた… 黒いトゲばった外骨格と鈍い青色の鱗を持つシードラモンに似た邪竜型デジモンの額に、鎖と黒い禍々しい鎧を纏う女神像の腰から上が生えたような外観 非常に高い水上・水中戦能力を誇り、こと潜航時の機動力においてはライジルドモンBMの雷速化を翻弄するレベルで他の追随を許さない 邪竜に埋められた禍々しい上半身の女神像の背中からは無数の触手を繰り出すほか、スピリットと融合した者の声などで攻撃した相手の擬態・油断を誘い触手で絡め取り海中に引き摺り込むような狡猾さも持ち、精神世界ではもう1人の真菜(CV:田村ゆかり)として現れ、真菜のトラウマを蘇らせて心を折り寄り添うフリをして依存させて完全に一体化しようとしていた ───しかし、それに激情した鉄塚クロウが"ラグナロードモン"を召喚し邪竜部分を焼滅させられた後、彼に精神世界までも侵入を許してしまったことで女神像をラグナロードモン、精神世界では鉄塚クロウの拳により精神体を内外から粉砕され討伐された (デザインイメージは真菜ちゃんの乗り越えつつあった事故と脚にまつわるトラウマを無理矢理ほじくり返し具現化したようなもので、女性の下半身を飲み込みまとわりつく黒い怪物という姿)→イメージソースはデュエ◯の蛇魂王ナーガ (そいつを一撃でぶっ飛ばしたのがコイツ↓) ・《ラグナロードモン》 黒い竜盾の騎士 ラグナロードモンX-proudのプロテクトモードと同じ躯体色(漆黒鎧に紫の発光)なのだが、右腕と両脛下がデータ欠損しており全身にノイズが走っている明らかに不完全な進化形態。これは本来ジョグレス&バーストするデュランダモンのデータ分が不足しているため……それでもクロウの真菜を救わんとする決死のバーストチャージによって召喚された偶然の産物。その際にデジソウルの滾りでクロウの瞳が紫光を帯びていたため瞬間的にはMATHURO時のデジソウル量を超えてたかもしれない だが不完全な進化ながらもlegend armsたるブリウエルドラモンの盾は完全なカタチでその手にあり、『イグニッションプロミネンス』などラグナロードモンの規格外の火力と防御能力を行使可能。それにより海中からメギド・ナーガモンの下半身邪竜部分を"海ごと真っ二つ"に割り焼滅させて真菜を解放する …が、それにて力を使い果たしカッキンモンまで退化しデジヴァイスバースト内にてしばらく眠りについてしまった ・デジクロス《マッハトラップ・トラバサミ》 ジャンクモンとマッハモンをデジクロスし生み出した形態。今回使用されたのは地中に高速潜航し敵の地面下から脚部を"マッハで噛み砕き(※自称)"拘束するトラバサミ形態。まともにかかれば完全体デジモンすら軽々と行動不能に陥らせる これによりゲオルグの動きを封じ、トリケラモンとの真っ向勝負を強制させた ・デジクロス《ジャンクトラップ・蟻地獄》 ジャンクモンとサンドヤンマモンのデータをデジクロスし生み出した形態。地形を砂化・液状化させた砂の渦に引き摺り込むことで機動力を大幅に削ぎ、定点拘束する ・トライホーンアタック《チェーンバースト(連鎖炸裂撃)》 エネルギーを溜め込み、敵との接触と同時にトライホーンアタックのエネルギーをガトリングの様に短時間に連続で叩き込み擦り潰す 発動には長いタメが必要であるものの、実質的にトライホーンアタック14連打の全てを一撃に内包し叩きつけられる精密かつ大胆な荒技である ・この世界線ではクロウのバンダナの一部に赤紫のラインが追加されるようになる。真菜を助けた際に破れたり千切れた部位を当て布でくっつけたため 彼女が刺繍をすごく頑張ったのでとても綺麗な仕上がりである