――4/?? 「なーなー、影はんホンマここらにその妙な力場っちゅうの見つかったん?」  両腕を後頭部側で組み、けだるげな声を朧巻タツミが上げた、胸の開いたアロハシャツに開いているのか閉じているのかわからない男、しかし同じほどに総じて狐かあるいは抜身の刀のような雰囲気を持った男が愚痴るような声を上げた、それをいさめたのは前を進む眼鏡の男、秋月影太郎。 「黙れ、仕事だ」  いさめたと言うにはあまりにもぶっきらぼうな物言いだが、へいへいとタツミは軽く流す。  BV、正式名称をBootleg vaccineと呼ばれる組織がある、デジタルワールドに対して治外法権的に活動する非正規の政府団体、誰も知らず誰にも知られない。その目的は幾多あるが大半は表に出すのもはばかられるような代物が多い。しかしそこに所属するものはある程度肯定的に、或いはそれを当然のように受け入れている。  BVは今荒れていた、所属不明の敵ジェーン‐ドゥにより所属者のジョン‐ドゥを奪取され、その上でさらにジョン‐ドゥが離反した、つまり味方が消えて敵が増えた形になる。非正規組織であり人手の少ないBVにとって頭の痛い事象だ。さらに言えば脱退を認められているBVではあるが力づくでの奪取と離反、敵対は流石に心情的に重く来るものがある。その可能であれば粛清も任務の内であればなおさらだ。  しかし今ジョンのことは関係なかった、数日前から確認されている異常力場の定期的発生を確認しその偵察任務としてワイヤの森にまで足を運びこんでいる。鬱蒼な森はリアルワールドの森に似ているがどこか違う雰囲気を持っている、触っても手に感じる感触は物理的に木であるとわかるが、それでもデジタルワールドの物と直感的にわかるのは誰にも理解はできない。確認された力場の中心に向かう中で女が声を上げた、BVの1人、赤城アカネだ。 「か、影さん影さん」 「アカネか……なんだい」 「森が……変」 「それは……どのように」 「気配が何もない」  む、と影太郎が声を上げて周囲を見る、アカネの言うとおりに何の気配も感じない、小型のデジモンたちがいればその存在を確認できてもいいはずであり、好奇心旺盛なデジモンがいれば接触してきてもおかしくはない。周りを見る、気配を探る、確かにあまりにも気配を感じない。 「ウチらにビビってんちゃいます?」 「可能性はあるが……」 「あ、肯定するんですな?」 「連れているパートナーを考えればな」  見る、タツミのオボロモン、アカネのサイバードラモン(赤)はそれぞれが完全体、影太郎が連れるズバモンは成長期ではあるが並の成熟期に迫る実力を誇っている。気配に聡いデジモンでなくとも近寄ろうと思うことはない。 「しかし……だとしてもあまりにも静かすぎる、遠巻きに見る気配すらない」 「せやね、好奇心抑えられへんアホウかて少しはいてもおかしくい有らへんけど……なーんにもおらん、消えたみたいや」 「そうだね…ここだけぽっかり穴が開いているような感じで生命の気配がないよ」  ようやくBVたちに異常な力場の現実性が思い浮かぶようになった、何が起きてもおかしくないデジタルワールドでは生命を奪われるという可能性がないということは絶対ではない、何があるか想像もつかない、そしてそれに対して攻勢的な対処を求められるのがBVだった、3人は歩を進める、引くことは許されない何らかの情報を手に入れそれを本部に届けるまでが仕事だから、命を懸けてそれに取り掛からなければならない。  歩を進める力場の中心まで。  ズバモンが声を上げた。 「待て……来るぞ!!」  即座に3人が身構える。音が来た、轟音だ。それは石を伴ってくる。空から飛来する礫が速度を持ち明確に標的を定めた動きで。 「全員回避っ!!」  影太郎の声と共にタツミとアカネが散開する、即座、その場に石の雨が降る、数瞬遅ければ礫が3人を穴だらけにしていたのは想像に難くない。 「あーあー……ここで死んでおけばよかったのになー」  そんな浮ついた声がBVに届く。聞き覚えのある声は少年のもの声変わりしてない甲高さを持っている。その声は浮ついていると同時に愉快そうな声色も含んでいた。 「ジェーン‐ドゥ!!」 「久しぶりだねぇ…BVのみなさぁん!」  絡みつく様な声だった、その声が精神の不快感をくすぐる芝居がかった物言いをしている。ジェーンは木の上にいた、BVを見下ろしながら、同時に態度としてもどこか見下したような顔をしている。 「くくっ……君たちもカケラを探しに来たのかぁい?」 「カケラ……?」  思わずと言った様子でアカネがつぶやいた、それをジェーンが聞き逃さなかった、一瞬だけ呆けた顔を浮かべすぐに嘲笑、そして大声で嗤う。 「は……はは……なーんにもわからないままここまで来たって言うのかぁい?…つまらん駒だねぇ」 「ふぅん…ジブンなんぞ知ってるみたいやん?叩き潰して口開かせればそれでええやんね」 「はは……雑魚共ができると思っているのかい?そう言うのなんて言うか知っているかい…思い上がりって言うんだ」 「むっ…数の上ではこっちの有利だよ」 「数の有利は強大な質の前に押しつぶされるって知らないのかい?100人雑魚が来ても爆弾一発で吹き飛ばせるって知ってるだろう?あぁ、弱いって罪だねぇ…そんなことすらも理解できない」 「……まったく上から目線で言ってくれる…試してみるか、我々が弱者であるかどうか」  影太郎の言葉にジェーンが凶悪な笑みで返した。 「やってみなよ…アリを踏みつぶすみたいに全部踏み躙ってやるよぉっ…!」  緊張が走る。一触即発の状況が続いている。何かあれば周囲が全て吹き飛んでしまうかもしれない、そんな一撃の引き金が今引かれようとしている。汗が噴き出る、緊張がそれを引き起こしている。何時までも止まっていそうな瞬間が続く。  それが壊れたのはさらなる乱入者の登場のせいだった。 「あっぶな…カケラの反応はまだあるかリョウゲンさん!」 「大丈夫だ、どちらにも奪われいないみたいだ」 「なら……間に合ったってことですかねぃ、兄貴たち」 「みたいだぜ……」  その姿は人が3人とデジモンが3体いる。 「貴様らは!」  影太郎が声を上げた、3人のうちの1人が答えるように叫んだ。 「久しぶりだなぁ!影太郎!」 「源浩一郎……!」 「大当たり……!」 「おおぉ!浩一郎はんやん!元気なったみたいやねぇ」 「タツミか……その節はどうも、お前のことは大嫌いだがここは礼を言ってやる!」 「ええよぉ!今度殺し合いしような!」 「お断りだ馬鹿野郎!」 「ええやん!殴って立ち直らせた貸しがあるやろぉ?」 「知らんなクーリングオフだ、いらん!」 「連れないわぁ、なら押し売りやね」 「糞っ、やっぱ悪党って嫌いだ……!」 「言うて変態やん、浩一郎はん」 「今は更生中だ……!っと……」  そう言いながら浩一郎たちがジェーンとBVの間に割り込んで、 「悪いけど、ここは両者引いてくれないかい?」 「君らさぁ……無粋って言葉を知らないのかい?」 「ジェーン‐ドゥ……生まれは聞いている、計画のこともね、手を上げるのは性に合わんから逃げ帰ってくれないか」 「お前は誰に口をきいているのかわかっているのかい?神にひれ伏せよ」 「あーやだやだ、これだからクソガキは……ま、いいさそれじゃBVにも同じこと聞くよ、君たちにカケラは不要だろう……帰ってくれないかい、渡すわけにはいかないんだ」 「まったく……蚊帳の外で事態をややこしくしてくれる……!」 「……もしかしてこの人たちカケラのこと知らないんじゃない?」 「……可能性があるな……影太郎!」 「変態が馴れ馴れしく呼ぶなよ、敬語で話しかけてくれるか?」 「悪党が文句付けるなよ、さんざんぶつかった仲だろ」 「不本意だがね」 「まぁいいよ、FG計画、世界の臨界、境界線の極点、シコルスキーコレクションこれらに聞き覚えは?」 「……ある」 「説明してみろよ」 「……」 「やっぱ無理したな……くくく……悪党は知恵も絞れぬか」 「こ……この変態が……ちょっとまともになったからって…しかもタツミなんかに殴られて!!」 「なんかっ!?酷ないっ!?」 「いや、言われてもしょうがないぞ」 「お前は自分を客観視しようよ」 「ひーっどっ!?アカネちゃん!ウチなんかじゃないよね!?」 「……そう…ですね」 「あーあー!泣いてまうー!!そのおっぱいで慰めてアカネちゃーんっ!!」 「え、嫌です」 「きょ、拒否ー!!セメントやでアカネちゃん!!」  轟音。そしてクレーターができている。 「お前らさぁ……真面目にできないわけ?」 「っと悪かったね……ま、BVもそうだが君にもカケラは持っていかれるわけにはいかないんだ、ジェーン‐ドゥ」 「それを決めるのはお前じゃないだろうがよ」 「じゃ、決めてやるよ、だから変えてお帰り、空っぽ君」 「はぁ……どいつもこいつも……」  苛立ちを隠しきれない声でジェーンが叫ぶ。 「どいつもこいつも……ぶっ潰してやるよぉっ!!」 「ちっ……癇癪玉を踏んじまったな……リョウゲンさん!一番……BVを抑えてくれ!あっちは俺が抑える……!」  そう言い浩一郎が駆けだす。 「待……!」  影太郎が静止させようとするが、それは言い切ることができなかった、2人の男が3人の前に立つ。 「悪いけど、浩一郎を止めさせられないんだ」 「兄さん姐さん……おひけぇなすって」  くたびれた風の男リョウゲンとやくざ風の白スーツの男一番がBVの前に立つ。 「何も知らないなら知らないままのほうがいい時がある、ここは引いてほしいな、戦いは好きじゃない」 「兄貴には義理がある、命助けられたこの身、果てるまで使いましょうや……かかってくるなら容赦ぁしませんぜ」  さらに横に並ぶようにデジタルデータが顕現する、それはよく見る光景だ。 「リョウゲン……アタシの出番ってわけね?」 「一番……俺を呼んだかい……!」  リョウゲンのパートナーのレディーデビモン、一番のパートナーのサゴモンがそれぞれ横に立つ、どちらも人型で完全体、それを進化ではなく即座に顕現させているあたり実力をうかがい知れる。 「はぁ……これでも気が長い方だと思っているのだが……まったく……苛立ちと言うものを隠せないね」 「くくっ……ええやん、こう言うのも嫌いじゃあらへんわ!……影はん、ウチ……あのヤクザの男とやるわ」 「アカネは下がって…」 「で、出るよっ!私だってBVだから……!」 「なら私とだ……!タツミ、必ず勝てよ」 「はっ!ウチにそんなこと言えるなんて……甘く見ないでもらおうか……さぁ、闘争の時間だ……オボロモン!!」 「兄さん……抜きましたね……そいつぁ敵になるってことでさぁ……この一番……不器用ですぜ」 「いいわぁ!その空気ぃ……カタギやないなら強く当たってもええやろ!!」  タツミと一番が横跳びに跳ねる。即座に激突を感じる。けんかっ早いヤクザとけんかっ早いヤバい男が向かえばそれはもはや戦争まで一瞬と言うことになる。変わり、緩やかな雰囲気がその場に残った、リョウゲンが口を開く。 「なぁ、どうだい、平和的にいかないかい」 「それは君たちが情報をすべて言わないのであれば無理、と言うものだ」 「はは……悪いけど」 「だよねぇ……はぁ……2人も抑えるのは手間なんだけど」 「その言い方、私達を抑えられると思ってる?」 「うん、これでも少しはやれる方だから……あ、君たちが弱いってわけじゃないよ、ましてや僕が強いってことでもない……うん、前提条件の違いかな」 「そうか、ならそれを覆して捕まえようか」 「捕まらないさ……レディーデビモン……悪いけど」 「お気にしないでリョウゲン、これくらいは言いハンデだわ、それにいいじゃない、彼らに負けたときの言い訳を作る時間は必要だわ」 「そうやって挑発しないの」  その言葉にズバモンとサイバードラモンも殺気立つ。 「影太郎……コケにされてるぜ」 「……アカネ……!」 「まったく……どうにも血なまぐささを世界はお望みだ……!流してやるよ……!」 「怪我はさせちゃだめだよ……落差がないと口を開かない」  レディーデビモン、ズバモン、サイバードラモンが動き出した。 〇 「あっちは派手にやりだしたみたいだねぇ」 「そうだな、やらずに済むならその方がいいんだが」 「あんな乱入をしてきてよく言うよ、ミナモトコウイチロウ?」 「浩一郎でいいさ……ジェーン‐ドゥ」 「ならば僕のこともジェーンと呼べばいい」 「そうかい……」 「それで君が奇妙な乱入者のボスってことでいいのかい?」 「ボスじゃないよ、ただの協力者、善意の協力団体ってところかな」 「ふぅん、一団にもなれない雑魚の集まりか……」 「雑魚雑魚言わない方がいい」 「事実だろう……さて、それで浩一郎……君もカケラを狙っているんだったね?」 「狙っているって言うのは語弊があるが……ま、それでいいさ」 「キミは別にそれい選ばれているわけじゃない……なのになんでアレを求めるんだい?必要のないものだろう」 「お前みたいなのに奪われないためさ、次善だよ、最善じゃないが必要ってこと」 「君みたいなのが手に入れることを……?」 「ひっどいなぁ、ジェーン、君が手に入れれば世界滅亡一直線だろう」 「だから?」 「あぁ……ほんと、更生の道は長いなぁ……!」 「一体君は何をしたんだ……?」 「……一時期俺は少年少女をイヤらしい雰囲気にすることに血道を上げていた……」 「へ……」 「へ?」 「変態!!!お前みたいなのを変態って言うんだぞ!!」 「ああクッソ!言われると思ったよ!そうだよ!クッソクッソ!正気に戻る恥ずかしいってレベルじゃないな!」 「そんな変態がこの世にいるのが不愉快だ!踏みつぶしてやる!」 「ウワァ!急に暴力に走るなぁ!!」 「黙れ変態っ!」 「そうです変態です!でも頭に元を付けて!」 「うるさい!コメットモン!このいかれた変態を潰せっ!!」 「せめて癇癪で殺されてはやれないな……ワルもんざえモン」 「ジェーンっ……やるぞ……やるぞ!!」 「クク……浩一郎過去がおってくる言えば格好いいなぁ?」 「茶化してる場合じゃない!来るぞっ……!」 〇  物理的な一撃同士がぶつかる、どちらも金属質のものがぶつかり合った時特有の甲高い音だ。  サゴモンとオボロモンが武器を振るっている、オボロモンは無銘の刀、錆びてぼろの刀だが折れた先から生えてくる性質を持つ、サゴモンは降妖宝杖と呼ばれる巨大な杖、先のほうにはリボルバーのシリンダーを巨大化させたようなものがある。サゴモンの武装は重くあるがそれを扱うサゴモン自身の力量が練り上げられているからか重さを感じさせない、オボロモンは本来折れやすいはずの刀を少し刃先を溢す程度で一度もおっていない、どちらも研ぎ澄まされた技量を感じさせる。  まず動いたのはサゴモンだった、獲物が大きければどうしても大振りになりやすい、それを制御するために杖の持ち方を変える、杖の中を持ちコンパクトにまとめる、そこから一気に腰をしならせた、突きの姿勢だ、長く持てば威力は上がるが手数は減る、並大抵の敵ならばそれでもよかった、しかし相対するオボロモンはその並大抵に入らない、強者の側にいる。それらを崩すのに適した動きに切り替えただけだ、それはまた、並大抵の敵には見えない速度で行われる。瞬きをする間に三度は貫くことのたやすい突きをオボロモンに繰り出す。  対しオボロモンは最小限の動きだけでいなす、この手の動きはデータの中にある、大きく動けば刈り取られるということを知っている。体制が崩され、そこに穂先が来ることになる、そうならないようにするならばまず相手に対し隙を見せないことが重要になる、迅い一撃を下手に刀で受ければ例え躱せたとして体勢が崩れる、それを見逃す手合いでないということを理解していた。  千日手のように手が重ねられる、鈍重に見えるサゴモンの杖は早さと鋭さを増し、ナマクラのはずのオボロモンの刀はかすっただけでも首に届きそうな危うさを感じさせる、必殺技を使えばいいと言うのは適用されない、それで済むのなら強者同士の戦いとはならない、奥の手を出させないように動くからこそ決まり手に欠ける、高度な動きの作り合いの上にこの流れが成り立っている、崩した方が先に負けるということを理解していた。 「兄さん……やる」 「そっちもヤルなぁ」  それを見て互いのテイマーが不意に声を上げた、互いを互いに賞賛する声だ、それは純粋なまでに技量に対するものだ。この状況でなければ拍手の1つもしていたかもしれない。 「一番はんやっけ?そのサゴモンの動きぃ、下手な動きならもう首刈り取ってたわぁ」 「そちらのオボロモン、ただの蛮勇ならば既に磨り潰してましたぜ」  言う。しかし目は互いに笑っていない、口もとだけの笑み。視線には殺意。それらの代弁者が互いのパートナー、おそらくテイマー同士も殴り合うことができることも理解していた、しかし目を話せば何があるかわからない、テイマーとパートナーは両者が一心同体を要求される、高度な連携ができなければ話にならない、立っているだけのように見えるがその裏には常脳裏に戦術が浮かんでいる。  互いに負けが許されない緊迫した瞬間、デジモンたちが舞う。 〇 「ちっ……」 「影太郎……なんだこの体たらくは!」 「言われんでもわかっているデュランダモン!」 「ふふっ…可愛いですわね!殿方たちが手玉に取られる姿は……ああ、そちらはお嬢様でしたね」 「このっ……」 「アカネ……レイセイニナレ……」  影太郎たちが攻めあぐねている、レディーデビモンは完全体だ、しかし影太郎とアカネのデュランダモンとサイバードラモンも完全体で戦力差で言えば違いはないどころか影太郎たちBV側に分がある。それを借り切れていないという状況に焦燥感を感じずにはいられなかった。  リョウゲンが2人の姿を見て内心で冷や汗をかきながら平静を保った顔を見せている。心理戦だ。 『リョウゲンさんは複数テイマーとの戦いってのは』 『や、ないね』 『まぁ、普通はないのか』  まだ浩一郎が変態インピオおじさんだった時に酒を飲みながら話したことを思い出す。単なる雑談の一環だったのだろうが、それが役に立つとは露にも思っていなかった。 『それで、複数テイマーと戦うときってどうすればいいんだい』 『ん……ああ、主導権を握るのは確かなんですけど、それを心理的に優位に立つのが一番なんです』 『ウン?』 『例えば現実でもありますけど、人質なんて無視してしまえってたまーにあっても普通は無理でしょ』 『そうだね』 『あれってやろうと思えばできると思うんですけど、実際できないのってのはその後のことがあるからだと思うんです…例えば市民に批判されるとか上から叱責されるとか、いいわけは色々あるけど人間ってまず真っ先にやらない言い訳から探すんですよね、ってなれば相手に強制するべきはどうしてこれをやってはいけないと無意識の上に納得させること、自分を倒しては不利益になると思わせること、そうするとねどうしても連携が雑になる、なんでかって言うとそもそも人間には立場ってものとか個人の思想ってものがあるんです、リーダと部下の考え方が同じなわけない、男と女の考え方も同じわけがない、ってなってくると高度な連携を積み上げた人間でさえその場に置いて互いに何を考えてるかわからない、当然だ、だって人間はテレパスなんて使えないんだ、相手の考えてることは慮るか会話で知り合うか、それすらも隠すって可能性を考えた方がいいですが』  酒の勢いのままに言われたことであったが妙に記憶に残っていた。  まず今の状況をリョウゲンは整理する、勝利条件と敗北条件、まず勝利条件は相手の撤退で、敗北条件は自分が捕まること、逆に言えば自分が逃げることは敗北に直結しない、しかしチームとして考えれば数の有利差でBVが押すのは明白だ、そしてその撤退を行った場合自分にそれをされる可能性があるということは考慮しなければならない、その上で自分たちの勝利を手繰るために必要なのは何か、そして相手が求めてるのは何か、それは現状においてリョウゲン側に存在する情報であるとアタリを付けた、となればそう簡単に自分たちを殺さないのは目に見えている、完全体とは言え相手はこちらの捕縛のために動くのに対しリョウゲンは全力で撃退すればいい、つまり出力に差が出る、となればその差を維持しなければならない相手には不利、自分には有利の維持、特に相手、テイマーの影太郎とパートナーのデュランダモンは思考に差が出ているのがわかる、おそらく指揮官と思わしき影太郎がこちらを捕縛のために動いているのに対し、デュランダモンは最悪こちらを殺してでも叩き潰すという攻勢の意志で動いている、その絶妙な思考の差を客観視すると連携の歯車が鈍っていることが見て取れた、本来ならばリョウゲン自身影太郎に対し手は不利による能力差を持っていることを理解している、さらにノイズとしてアカネとサイバードラモンが存在しているのが風向きをさらにリョウゲンに寄せているのがわかる、アカネの顔を少しだけ見た、困惑の表情がある、指揮官の影太郎の動きが鈍っていることとつながっていることは見て取れた、思考できないわけではないのだろうが信頼できるであろう人間と見える影太郎に合わせるばかりに自身の動きも制限していた。 しかしこの有利さはいつひっくり返されてもおかしくないということも理解している、浩一郎の言で言えば本質的にBVは脳筋集団でありいつ切れてその縛りを解除してくるかわからない、自分たちは撃退されても最悪浩一郎を捕縛すればいいという考えに寄った瞬間圧倒的な暴力差がこちらに来ることは想像できた。そうなる場合の戦術は1つ、常に撹乱を行い続けること。 「なるほど、何も知らないってのは悲しいね、無知は罪か」 「私はムチムチだよ、リョウゲン」 「うーん、知ってるけど……ってそう言うのは今はよくって」 「ジョークジョークヒトナージョーク」 「それはともかく、うーん、でもこれじゃ浩一郎の言う通りかもしれないね」 「お前は……」 「怒らないでくれよ影太郎くん……だったかな、仕方ないんだ、情報って言うのにも流れはある、need to knowだよ、君は知らなくてもいいんだ」 「口が回るようだな、リョウゲン」 「信頼の差かな、僕は駒じゃない、人間でね」 「っ!!!」  苛立っているのがリョウゲンの目にも見て取れた、それでいいと内心でうなずく、薄い勝ちの目を披露薄氷の上での動きは細心にしなければならないからだ、苛立ち、その動きが雑になればなるほどこちらに勝ちがよる。 「組織って言うのは大変だよね、知らないうちに自分が流れの内に加担させられて重要なことは上だけで独占される、わかるよかつて僕もそしいの駒だったのさ」 「あらリョウゲン今の彼らには何を言っても通じませんわ、だって駒と言うのは元気が過ぎる……ワンワンワーン!わんこちゃんたち、もっとかみついて来て下さらないと面白くありませんわ?」 「影太郎ッ!!!言われっぱなしだぞ!!」 「わかっているっ!!」  影太郎自身が既に組織人の思考になっていると、影太郎自身が気づいていなかった、かつてただの悪であった頃の影太郎ならば最悪後で情報をと即座に潰しにかかっていただろう、しかし今はリョウゲンが持っているであろう情報(仮)を持ち帰るという考え方に動いている、それは悪いことではない、立場が変われば考え方も変わるのは当然のことだ、しかし特にそれが悪く作用することはある、今だ。攻め手に欠けている。 「(頼むからこのまま気づかないでくれよ)」  リョウゲンは内心を隠したまま戦いに望んでいる。 〇 「ああ!ったく!どうしてこんな暴力的になるかなぁ!!」 「どうしたぁ源浩一郎!!!」  空から降り注ぐ隕石をワルもんざえモンがさばき続ける。浩一郎はこれを遊びでやっている言う事を理解した、ジェーンは本気を出していないのは明白だ、やろうと思えば即座に自分を木っ端みじんにできる。それを行わないのは絶対的な力の差を相手がわかっているからだ、子供が蟻を踏みつぶす遊びと同義のことだ、なんの邪気もなく足で蟻を踏みつぶしたときに暴れるその姿を楽しむ心境に近いのがわかる。そうでなければギリギリで隕石をさばけているという状態で制御されてはいないだろう。 「豪語しておいてこの程度なんて……つまらないなぁ!」 「面白いつまらないで物語るんじゃないよ!!」  言いつつも浩一郎は顔が硬くなることを感じた、それに気づいて笑みに形を持っていく。こういう時は笑わなければならない、しかめればしかめる程に追い詰められる、かつてそうだったから。  しかしこのままではじり貧なのは確かだ、ひっくり返さなければならない。そうなった場合どうすればいいだろうか、と頭を回す。結局のところいつもと同じようにしなければならない。 「ジェーン‐ドゥ」 「なんだい命乞いかい」 「これやるよ!!」  浩一郎がジェーンに対して何かを投擲した。 「石投げ?追い詰められて原始人に逆行か!!」 「あ、それぶつからない方がいいよ」  それを大した脅威に思わなかったのだろう、思うわけがない、それに対して一定の衝撃をぶつけた場合、  乾いた音がした、ぶつかる音、腕で何かを払いのけた音、  内容物がはじけ飛ぶなど。 「なっ!!」  ジェーンが初めて驚愕の声が出た、赤い煙と刺激臭、本来は暴徒鎮圧用の催涙ボールだ。人に対して使い、粘膜に触れれば咳、刺激、涙、それらを引き起こす。ジェーンは知らない、この世には底意地が悪い人間がいるというのは想像の埒外のはずだ。まさかデジモンとの戦いのに対して人間用の道具を使うということを誰が考えるだろうか。 「ゲホっ……ゲホっ……ぎざまあぁ!!!」 「ジェーンっ!!!大丈夫か」 「おいおい……隕石を降らさなくていいのかい?」  その言葉は意識の外からコメットモンに降りかかる。直後、コメットモンの眼前にワルもんざえモンが来る。 「でかいなぁ、強いなぁ、腹立つなぁ……食らえよ……ハートブレイクアタックっ……!!」  それは物理的力をほぼ伴わない一撃だ、ハートの形状をした黒いエネルギーの波がコメットモンに降りかかる、即座意識に変化が落ちた、マイナス方面に意識が動く。こんなことをしてなんになるのだろう、なんでこんなことしてるんだろう、自分は馬鹿なんだろうか、はぁ、つまらない、最悪だ、ネガティブな感情が一気に心に引き起こされてしまう。 「お゛ま゛え゛ぇ!!」 「戦いに卑怯も糞もないということだね、悪いけど……俺はワルなのさ」 「えらぞう゛にぃ……い゛う゛なぁ!!」 「偉そうではないんだな、だって偉くないからね、それよりコメットモンはいいのかい」 「ごめっどもぉん……こいつらをぉっ……!」 「ジェーン……!ごめんよぉ……!やる気が、やる気が出ないんだよぉ……」 「んなっ……!て、め、えらぁ!!」 「おおデジモンに八つ当たりしないのはいいね!でもこれって戦いなのさ、是非ともまた罵ってくれよ!ワルもんざえモンっ!!」 「ああ!!」  浩一郎の言葉に応じ、ワルもんざえモンが爪を振り上げ、 「ベア……!クロォ!!」  それを振り下ろそうとし、 「待て!!」 「浩一郎!?なんで!!」 「……カケラの反応が消えた……もうここに用はない!撤退!!」 「!……わかったぜ浩一郎!!」  言葉に即座撤退の構えをワルもんざえモンが取る、しかし逃がさないとジェーンが叫んだ、 「逃がすかよぉっ!!」 「逃げるんだよ!!アスタ商会特性煙球も食らっとけ!!」  置き土産とばかりに煙が宙に舞う。 「んがっ!!」  その煙が消えるころには既に浩一郎の姿はジェーンの前になかった、ワルもんざえモンのものも。 「くっ……はは……」  ジェーンの顔が狂うように笑みを浮かべた。 〇  千日手が続いている。サゴモンとオボロモンの戦いは既に精神の戦いになっていた、あるかどうかとは言え物理的活動限界の先にあるものだ、緊張の糸のほどけた方が負けると互いに気づいている。無謬がある、木々、空、舞い散る葉、総てが零、意識の範疇から消えている、互いに互いしか見えていない極限状態で構えていた。  しかしその緊張は第三者によって破壊された。 「一番!撤退する、乗れ!」 「兄貴……しゃした!……朧巻タツミ……勝負は預けますぜ!!」  いい、デジモンをデジヴァイスに収納しワルもんざえモンの上に飛び乗り、そして消えていく。  タツミが何か言う前の速攻劇、文句の一つも言う前に消えた、しかし不思議と笑みがこぼれていた。 「カハ……ええやん、まだ世界には強い奴たくさんおるやん……!クヒ!……!また楽しみが増えたわぁ……誰がウチの首取るんやろなぁ……?」 〇  リョウゲンに限界が来ているが、レディーデビモンにもそれは来ていた、いくら連携に難を起こさせて持久戦をしているとはいえ相手は完全体2体、どんな言葉を使っても最低でも大抵な実力を持ち火力で言えば相手が上、多少ならゴリ押せるような状況で何とか凌いでいる状況を長時間、耐えてはいるがいつ落ちるかはわからない、リョウゲンももう口が回らなくなってきている、そしてそれがばれれば最悪攻勢は反転すると言うのは目に見えていた、相手は2人で数の差がある、負けるのは必然、しかし運が回ってくることは往々にある。 「リョウゲンさん!反応が消えた!撤退!!」 「わかった浩一郎!!レディーデビモン!デジメンタルアップ!!」 「OK MASTER!」  リョウゲンの携帯ゲーム機が画面から光を放つ、それは進化の光だレディーデビモンを包み込み形態を変化させる。 「ハイウェイスターモン!!さ、乗ってリョウゲン!世界の果てまで飛ばしますわ!」 「世界の果てよりウチに帰りたいよ……さ、尻尾撒いて逃げよう!」  即座にリョウゲンがレディーデビモンに飛び乗り、走り去る。  残されたのは影太郎とアカネだけだ。 「くそっ……してやられたか……」 「捕まえられなかったね影さん……」  影太郎が舌打ちをし、アカネがうつむく。  デュランダモンが追い打ちをかけるように影太郎に言う。 「影太郎……なんだあの体たらくは」 「ふんっ……」 「勝てる相手だったぞ」 「ああ……」 「悔しくないのか」 「悔しいに決まっている……!」  これではと口に出し、そこで止めた、脳裏には1人の少年の顔が思い浮かんだ、どこまでもまっすぐで鉄のような意志の男、その男に顔向けできないと言いかけてしまった、弱気が進んでいるように思えた、奴に対して弱いところを見せたくないと言うのは大人の矜持だった。 「次は……後れを取らん……何よりなまっていたようだな」 「ああ、錆びを落とせよ影太郎」 「言われずとも……!」  影太郎は消え去った男たちのほうを向き、一睨みし、背を向けた。