――5/1 「あれ?」  目が覚めた時すでに森の中だった、見覚えがある。どこかデジタルな雰囲気を纏う世界が目の前に広がっている。間抜けな声が出た、呆けてしまったがゆえに出た声が気が付かないうちに音になっていた。周りを見る。やはり森だ、昨日は久しぶりにリアルワールドと便宜的呼ばれる、つまり本来住んでいた世界に帰還することができたはずなのに、なぜかまたデジタルワールドに戻ってきていたらしい。 「んー……どうしようっかなー」  自問自答するように声を上げた、何か言わないと落ち着かない気がするからだ、ゆえに声にだしてから元気を出す。 「んー……光ー!竜馬さーんっ!クロウー!しんぺー!りょーこちゃーんっ!颯乃ちゃーんっ!雪奈ちゃーんっ!」  一人の毎のような叫び声だけが虚空に響く、どうしたものかと頭を捻り思いついた、デジヴァイスがあるはずだ。 「そうだよ!ヴォーボモンがいれば……あれ」  ポケットを乱暴に探すがD-3デジヴァイスは見つからない、ならばスマホはどうだろうかと探す、やはりない。どうも今自分は孤立無援らしい。 「え、今の私ヤバくない?」  ようやく自分の状況を正しく理解して、少しだけ悩み、そして手を打つ。 「ま、何とかなるよね!」  別に能天気が取り柄と言うわけではないけれど、こういう時は楽観的な方がいい、気分は楽観、残りは悲観、上向きになるならばそちらを取るべきだ、ゆっくりと歩を進める。周囲は全て鬱蒼な森、あるけどあるけど先が見えない。 「はー……それにしてもどうしようかなーデジヴァイスがないとヴォーボモン呼べないし……って言うか私こっちにいるけどご飯食べれてるかな―心配だなー」  ややくせっけの前髪を弄りながら己の相棒を思い出す、どこか抜けているが憎めない相棒ヴォーボモン、最初の頃はただ出会い冒険しただけの行きずりのデジモンだったが気づけば戦いを潜り抜けて絆を深めていった。こんな状況になってふと思う、依存している。己の力で進化を行えるようになり、戦いを戦闘と呼ばれる域にまで持っていけるようになってからは気づけばヴォーボモンともより連携が取れるようになった、しかしだからこそこの瞬間相棒がいないという自分がいかに無力か思い知る。 「こう考えると協力するって言うより頼り切っていたのかな」  振り返り、少しだけ反省する、もっと何かできることがあったはずなのに、進化と声援で一緒に戦っている気分になっていたのではないだろうか、と。これはすべてのテイマーに言えることかもしれない、勿論マトリックスエヴォリューションやスピリットエボリューションのような人間とデジモンの融合を行う方法もあるが、それがすべての人間に適応されるものでもない。 「でもなぁ……アスタ商会で買うのはちょっと怖いしなぁ……」  脳裏に思い返すのは怪しげな商会、デジタルワールドで入手できる品物にリアルワールドの品物もほんの少しだけ手に入ることがある不思議な商会だが、怪しい。見た目、喋り方、あらゆるものが怪しい、フィクションでよくある怪しい商会をそのまま形にしたかのような存在から戦うものを手に入れると言うのは少しばかり気が引ける、せめて店員がもう少しまともなら手も伸びるのだが結局最低限安心そうなものばかり購入してしまうのはおそらく自分だけではないだろう。自分の身を守るものをガチャに頼るのはいくら向こう見ずと言えども躊躇する。 「はぁ…後で考えないとな」  こんな形で己とパートナーの関係を考えることになるとは思ってもいなかったが、これもいい機会なのだと割り切ることにする、とにかく今はここから出ることが先決だ。 「にしても森って言うと……迷わずの森?ミスティツリーズ……見た感じだとトロピカジャングルじゃないよね……んー……ワイヤの森の可能性もあるのかー……ほんとどこだろ」  思えば多くの場所を探検したらしい、時には光と、時には他の仲間と共に冒険し、危険を踏破してきた、かけがえのない思い出……。  ほんの少しばかり余韻に浸り、しかしそれはすぐに中断される、音が来る。破砕音が轟音を作りだんだんと距離を縮めている。明確にそれは自分のほうに向かってくると直感した、こういう時の勘は外れない。 「嘘嘘嘘……い、今私戦えないんだけどぉっ!?」  言うはずのない弱音が思わず漏れた、現実として何の手立ても思い浮かびはしない。 「え、ええいっ!こうなったらやけくそよっ!!かかってこーいっ!」  構えにもならない構えをとって、音が来る方を見る。心臓が破裂するほど鼓動を上げている気がする、死の危険が迫っているからかもしれない、生きるために体が自分のスペックをフルに動かそうとしている証拠なのだろう、なんとしてでも生き残るという意志が沸いてきた。 「ぉ、ォォォオォォォォォオォオオオオオオッ!!!」  それは来た、巨大なデジモンが声を上げて、 「あ、ちょっ!!やっぱこれ無理ぃっ!!」  構えを解いて両腕を頭上に思わず上げた、大事なところを守ろうとする本能から来る行動だ。 「ひっ……」  小さな悲鳴にも聞こえる声を吐く。ここで終わるんだ、こうなったら冷蔵庫のプリンも食べておくべきだったし光にセクハラされた分自分も返しておくべきだった。後はお小遣いの残りも使っておくべきだったしヴォーボモンにいいご飯を食べさせてあげるべきだった。いろいろな後悔が一気にきて、 「ヴォーボモン!プチフレイムっ!」  想像した最悪の瞬間が来ることはなかった。 「ふぅ――間一髪っ!」 「勇太ぁ!1人で先走ってんじゃないわよ!あんたが先走らせるのは汁だけで」 「光やめてっ!?」  まだ大人になり切れない少年の声と、聞きなれた少女の声がする、腕を降ろし声の方向を見た。唖然とする。 「えっ……?」 「大丈ぶ……へ?」 「ちょっと勇太何ぼさっとして……え?」  そこで三者三様の唖然とした顔を突き合わせることになった。 「え、あ、女の子の俺がいる!?」 「う、嘘っ、男の私がいるのっ!?」 「なんで勇太が分身してるのっ!?しかも片方女とか何!?前世で徳積んでた!?あたしっ!?」 「光の馬鹿ぁっ!?」 「光のバカぁっ!!」 「うわっ!突っ込み方まで似てるじゃないのっ……勇太あんた実は双子だったの?」 「ないよっ!?えっと……」 「あー……私勇子、12」 「俺は勇太12……はは年齢まで同じじゃん」 「嘘でしょー……」 「勇太ー……こっちの女の子の勇太からも勇太みたいなにおいするよー?」 「勇太増えた?」 「あ、ヴォーボモンにデビドラモンっ!」 「知ってるってことは……ほんとに俺なの……?」 「そっくりそのまま聞きたいよ、本当に私なの?」  確かめるようにお互いを指さしてみる、それを横目で見ていた光が不意に動いた、驚く様な状況だったから行動が遅れた。  むにゅぅんっ。 「みゃっ!?」  甘い声が響いた、それに構わず光が勇子の胸を揉み始める、鈍い音が2つ響いた。 「何やってんの馬鹿っ!!」 「光は馬鹿かっ!!」  ひっぱたかれた頭を少し撫でてから光が神妙な顔つきでうなずいてから言った。 「……Cカップ……デカパイ候補生よ……!」  もう1度森に鈍い音が響いた。 〇  ――4/9  春が来た、小学生最後の春、泣いても笑っても最後の1年がやってくるんだな、と日野勇太は思った、去年は激動の1年だった、本来知るはずのなかったデジタルワールドと言う世界を知ることになり、その世界を奔走することになるなんて思ってもいなかったが、それによってであった人たちと結んだ縁はリアルワールドに戻ってからも大切なものとなった。  鉄塚クロウ、三上竜馬、三下慎平、國代良子、神田颯乃、霜桐雪奈、そして鬼塚光、このうち鬼塚光を除けば本来会うこともなかったであろう縁、それはデジタルワールドで結ばれたもの。 「勇太ぁーなにぼさっとしてんのよ」  机に突っ伏していた勇太に光が声をかけてくる、少し前まで不良グループ云々言われていた光も今はすっかり学校に足を運ぶようになっている。それが自分に合うためだと言うのは喜んでいいことなのかもしれない、少しばかり照れ臭くはあるが、自分がその生き甲斐であれ何であれ理由になっているのであればそれは嬉しいことだ。 「んー……光、去年は色々あったなって」 「なーに老け込んでんのよ、じじくっさいなー」  その明け透けな言葉に少しばかり苦笑いをする。こういった率直なところが可愛いのではあるけれど。 「ったく……でも、ま、勇太の言いたいこともわかるわ、げんなりするくらい濃かったし」 「だよね……皆何してるかな」 「今いない相手よりあたしのこと考えなさいよ」 「嫉妬?」 「そうだけど?」 「あらら……それはごめんね」 「愛がこもってない、0点」 「手厳しいなぁ」 「あんたには厳しいくらいがちょうどいいでしょ、ふわふわしてすーぐどっかいきそうじゃない」 「そ、そんなことないと思うけど」 「あるから言ってるんでしょ!……それより聞いた?」  光が少しばかり真剣な面持ちで勇太に話しかける、 「何?」 「今度の担任の先生超美人みたいよ、しかもおっぱいがでかいとか……!」  ギャグみたいなコケかたをする。あまりの下らなさに勇太の頭がくらくらとしてしまった。 「光……男子?」 「失礼ね……女よ!」 「魂が男子だよ……!」 「は?ちゃんと女なんだけどー?キスまでした仲の相手に酷い!」 「あ、ちょっ、そう言う事ここで言わないのっ!」 「いいじゃない、隠してないんだから」  その言葉に周りがざわざわと騒ぎ立てる声が上がる、嘘、だとか、まじかよ、等と懐疑の声と少しばかり落胆の声。 「っと……こっちが本題」 「真面目にできるなら最初からそうしようよ……それで、何?」  光が真剣な目でそして声を小さくする、これは決まってデジタルワールドにまつわることを話すときの声色だった。 「デジタルワールドにいるデビドラモンから連絡が来たの……最近向こうが荒れてるんだって」 「えぇ……世界を滅ぼそうとした相手を倒したばっかりなのに……」 「さあてね、赤目の馬鹿か鮎川の馬鹿か他の馬鹿でも出てきたんじゃないの」  辛辣な物言いだが光なりに思うことがあってのことだろう、特に鮎川聖にはきわめて思い感情を持っている、それは勿論マイナス方面でだ。それは勿論聖が勇太と光の仲に対して攻撃的な行為をしてきたからでもあり、それが光にとって極めて甚大なストレスを感じさせるものであるのは言うまでもない。結局勇太が聖の思惑に乗ることがなかったとはいえ、光が聖を警戒するのは当然のことだ。 「ってかあの世界爆弾が多すぎなのよ、下手すると日刊世界の爆弾なんじゃない?」 「流石にそこまでは……ない……はず」  言い切ろうとしてためらう。事実世界の危機に相対し乗り越えたとはいえ、まだ未解決の状況が多すぎた、連鎖的に爆発しそうなものから単発で吹き飛ばしそうなものまでさまざまだが故あればそれが起爆するのは間違いない。冒険の中で頼りにならない大人はたくさんいたがそれと同じくらい頼りになる大人もたくさんいた、本当はそこに任せて頼るのがいいのだろうけれどそうとばかりもいかないのは彼ら彼女らの手が全然足りていないということだろう、任せていれば破滅するかもと言う状況で立ち向かわないという選択肢は存在しない。 「って、違う、んであれてる原因なんだけど、あの変態覚えてる?」 「どの変態?」 「源の変態」  ああ、と、小さく呻くように声を上げる、源浩一郎、自称少年少女のピュアな愛を見守るのが趣味と言うらしいが実際やっていることはその少年少女にイヤらしい感情を沸き立たせてその様子を観察するという極めて度し難い趣味を持つ変態で、そのことを言われても素知らぬふりして堂々としているやはり人としてどうかしている男だ。何度かちょっかいを出されてはいるがそんな世迷い事を言いながら戦いをするせいでどうにも緊張感に欠けるが実力自体はあるという質の悪いジョークのような存在だ、常に完全体のワルもんざえモンを維持している時点で実力がうかがえる。  その男で森、と言うときはおそらくワイヤの森のことだ、冒険中に襲ってきたのだ。その前からだいぶちょっかいを出されてはいたが正しく戦闘と言う形になったのはその時が最初だ。既に進化できるようになっていたとはいえ、完全体相手で手抜きだから勝てたようなものと言っていい。 「でもあのあたりで……何かあったっけ?」 「さあ?デジタルワールドなんて何があってもおかしくない……でも、そこらへんのデジモンたちが今凶暴化してるってさ」 「そっか…今度様子、見に行かないとね」 「まーた首突っ込むつもり?そんなことよりあたしとデートしなさいよ」 「デートはデートだよ」 「あ、そう言う事言ってると将来仕事は仕事とか言ってあたしのこと放っていくフラグじゃないの!」 「フラグ言わないでよ……それになんで悲観的な未来なの」 「よよよ……そんな風に連れないこと言ってる勇太が本当に冷たく」 「光」  思った以上に冷たい声が出たな、と反省しつつも真剣な目で光を見る。勇太はこう言った時はちゃかさない。 「そう言うのは……ダメだよ」 「……ん……ごめん」  光が小さく謝るのと同時に勇太も破顔して笑みを作って見せる。そのうえで再度真面目な顔にして、 「それで他に何か情報とかないの?」 「流石にこれ以上わかんないわよ、デビドラモンだって大変大変ってしか言ってこないんだから」  そっか、と小さく声を上げた、こういう時に起きることはたいていよくないことだということを勇太は理解している、正確に言えばデジタルワールドで培った直感だ。背筋に何かびりびり走る感覚があるときは嫌な予感でそれはよく当たる。 「なんにしてもさ、見に行かないことには何も始まらないよ」 「ま……手ぇこまねいてるのなんて趣味じゃないしいいけど」  そこで話は途切れる。扉が滑る音がした、誰もがその方向を見る、アルミ製のレールを車輪が転がり、木製のドアが淵を叩く、ワックスがかった床を硬質な音を立ててその入ってきた人は見た、背が高い女性だ、胸が大きく尻も大きく切れ長の瞳、色素の薄い髪、男子の大半が目を奪われるその女性は教壇の上に立ち言った。 「少し早いけど担当するクラスの子の顔が見たくて来てしまったわ……後でちゃんと自己紹介するから今は名前だけ……今年あなたたちの担任をすることになったカレンよ、よろしく」  見とれるくらいの美しい動作で一礼、誰もが息をのんだ。光でさえも。そしてふと気づく、カレンの目が間違いでなければ自分と光を見ているようだった、どこか観察対象を見ているような瞳で。とっさに警戒心が沸く、もしかしたらデジタルワールドの関係者かもしれない、と思うのは考えすぎだろうか。しかし自分たちが気づかないだけでデジタルワールドを知る人間はそれなりにいると聞いたことがある、そんな誰か、或いは組織が人を送ってくる可能性は0ではない。こんなことを言えば教室にテロリスト並の妄言と切って捨てられそうだが、しかし事実としてそれに類することをしそうな人間と組織に覚えがあるからこそ頭の隅には置いておかなければならない。 「うん、みんな元気そうな子達で何より」  カレンが見渡して言った。 「始業式まではまだ時間があるから騒ぐのは止めないけど、元気しすぎて怪我はしないように…私は一旦職員室に戻るわ、何か質問は?」  誰もがシンと、した。それに少し寂しそうにうなずいてから、 「ではまた後でね……ああ、そうそう、日野勇太くんに鬼塚光ちゃん、悪いけど用事があるから放課後少し残ってくれるかしら」  その言葉に少しだけ嫌な予感を感じた。 〇  つつがなく始業式が終わり呼び出された通りに職員室に向かい、勇太の背の後ろには光が後を追うようについてきている。こんな時なら騒がしくなりそうな光が今は警戒するように黙りこくっている。仕方がない、デジタルワールドに関係する2人をピンポイントで指名してきた、となればその可能性は高くなると言うのは想像に難くない。 「どうする、あった瞬間襲われたら」  光が嫌な想像を掻き立てる様なことを言う、本来ならいさめなければならないが勇太もまたそうなるかもしれないということをほんの少しだけ感がているために少しだけツバを飲む。緊張していた、もしかしたら敵がいるかもしれないという事実が歩みをゆったりとさせる。  勇太の通う学校の職員室は2階にある、クラスを出て廊下を曲がり、階段を下ればすぐ目の前に職員室と言う表示がされたプレートがある、ノック。 「失礼します、勇太ですカレン先生に呼ばれているので来ました」 「同じで光、呼ばれたんで来ました」  言いつつ扉をスライドさせる、中は大人たちが忙しそうに動いていた、今後の授業がどうであるとか、色々な世間話をしながら雑務をこなしている。その中で目当ての人物はすぐに見つけることができた、ひときわ目立つ女性教員だったからと言うのはある、目を引くほどの美人、カレン。カレンが勇太と光を黙視するとにっこりとほほ笑んで向かってくる、丁度目の前に立ち、視線を合わせてきた。 「早かったね、2人とも」 「待たせるのは悪いかと思いました」 「まー…早く帰りたいですし?」 「そっか、なら早く済ませないとね……ちょっとついてきてくれるかしら」  そう言って手招きしカレンが職員室を出る。その後ろを言われたように着いていく、きびきびした足取りで向かう先は図書室だった。放課後付近はあまり人のいない時間帯だし始業式ともなればなおさらだ、鍵がかかっていない扉を開き室内に入る、そのままポケットにしまっていた鍵をカレンが取り出し図書室内に備え付けられた準備室に入っていく、流石に入ることをためらった、しかしカレンが手招きして入ってくるように促してくる。勇太と光が意を決して入る、カレンが扉をしめ、鍵も一緒に閉めた。 「ふぅ……ようやくちゃんと話せるかな」 「先生……」 「そう怖い顔しないでくれると嬉しいな」  そう言いながらカレンが1つのデバイスを取り出す。 「私も関係者……って言えば納得してくれるかな」 「デジヴァイス……!」 「正確にはDスキャナ……って今はいいか、とにかく私もこっち側、ってことだね」 「ふぅん…ま、先生がどっち側とか関係ないけど」 「光……せめて敬語使おうよ」 「はいはい、後でね、それよりわざわざ呼び出した理由は?」 「あはは…警戒されてるなぁ……ま仕方ないかこんなところに呼び出ししたら」 「わかってるじゃない」 「そうだね……なら単刀直入に言おうかな、悪いけどしばらくデジタルワールドとかかわらないでもらえるかな……?」 「それって」  うん、とカレンは頷き真面目な顔で言う。 「多分噂では聞いてるけど今向こうは」 「あれてるんでしょ?だから?何、あたしたちがどうしようっても勝手じゃない!」 「そうだね……普通ならそうなんだろうけど……私達はね、昔君たちと同じだったの、選ばれし子供達の1人って言うのかな」 「別に過去とかどーでもいいんですけど?」 「うん、私もそれでいいと思うんだ、とにかく普通ならデジタルワールドの危機って大人としては業腹とは言え……その時代の選ばれし子供達ででどうにかしないといけないと思うんだけどさ……そんな中で私達みたいなもう過去の人間が出張らなきゃいけない状況…ってことで納得してもらえないかな」 「出来るわけないです」  思わず声を上げた、勇太も少し納得できる部分はあったがしかしやはり心の奥底で納得できない部分がある。 「せめてちゃんと納得できる理由を説明してもらわないと……」 「そうだよね……言いたいことはわかるけど……でも」 「なんでそんなに煮え切らないの?言えないの?」 「言えない、って言うよりわからない、かな」  カレンが目を伏せて申し訳なさそうに告げる、 「本当はちゃんと説明したいんだけど、私が協力してるところ…あんまり大っぴらに言えないところも調査してるけど…まだ全然理解できないの、ただ漠然と危険って言う状況を感じているだけ」 「先生……流石にそれでダメって言うのは……向こうにはパートナーもいるんです」 「それでも……曲げてくれないかな、教師だからさ、これは別に私の信条でもあるし、何より……危険な目に合って欲しくないんだ」  その言葉が嘘ではないのはよくわかる、まっすぐな言葉を伝えようとしているのは理解できるし何より光までもその言葉に逡巡している。誠実な大人の純真んの言葉をただただ届けられてしまえば子供には言い返すすべがない、しかし、その上で勇太にも譲れない一線が存在する。 「ごめんなさい……」 「そっか……そうだよね……」  残念そうな顔でカレンが笑った、 「わかってた、これはあくまでお願いだから」  そう言ってカレンがかがみ、勇太と光をまっすぐに見て、 「お願いだから危険なことだけはしないでね、危なくなったら本当にすぐ逃げてほしいの、お願い……約束して、どうしても私達は……ここだけは先輩風吹かせちゃうけど……うん、危ないことをしたがる年頃だからかな、覚えがある、向こう見ずで突っ走ってそれで……自分たちに顧みない、残されることのことなんて考えないでいる、でもね……両親とか……両親じゃなくても思ってくれる人ととか、必ずいるの、その人たちを悲しませないためにも絶対に……こんな言い方したくないけど、生きて帰ってきてね」  勇太と光はその言葉にはいと返すしかなかった。カレンが笑う。 「ふふっ…説教臭くなっちゃってごめんね、それに放課後なんて遊ぶのが楽しい時間に」 「あ、いえ、大丈夫です」 「まー、その……覚えとくわ」 「ありがとうね2人とも……それじゃ私は残りの仕事あるから出ましょうか、あ、ここに来たことに関しては……適当に理由を」 「その……あたしの家庭環境がどーのってことにしておけばいい……よ」 「えっと……一応聞いてはいるけどその……結構ナイーブな部分だよね」 「いいから!」 「光なりに……思ってくれてる先生のこと考えてるんだと思います」 「そっか……わかった、成績のほうで理由を考えておこう!」 「ちょっ!折角いいって言ったのに!」 「ふふ……大人をナメちゃいけないよ!それじゃ今度こそ解散!……でも必ず元気な顔で学校に来ること、それじゃね!」 〇  カレンと別れ家に帰る、諸事情により今は光も勇太の家に厄介になっているから帰り道は一緒だ。静かな帰り道だった、普段はうるさいくらいに光が勇太に話しかけているのに今は何を思っているのかお互いが口を開かない、ふと通学路を見る、通学路は学校指定の物を使わなければならないから寄り道をしない限りはずれることはない、その通学路をちゃんと見たことがないことに今更ながら気づいた、周りを見る、学校付近は住宅街だから家が建て並ぶだけだが、見れば人々の営みの後が見える。家の壁に瑕、汚れ、テレビの音、ペットの音、生活が溢れていて、そこには確かに人がいるとわかる。その中に自分もいるのだと勇太は実感した、例えばだがこの中から自分が消えたならどうなるだろうと想像した、勇太には両親がいる、妹がいる、家族仲は悪くなく恵まれているとわかる、特に母などは光を娘がほしかったなどと溺愛するし妹は自分の側の、つまり女閥が増えたとばかりに偉そうにしはじめたりするがそれがどれだけ尊いものなのかなど考えたことすらない、そこから自分が消えたら家族は何を考えるだろうか、悲しむだろうきっと、その上で最悪はもし自分だけが消えて光だけが生きた場合などはその矛先が光に向くかもしれない、もしもそう慣れればお互いにどれだけの傷を持つことになるだろう、考えてみれば考えるだけカレンの言った残される人のことが頭に浮かんでは消えていく、冒険は魅力的だ、血が騒ぐなどと言う形容詞があるがそう言ったことを感じたことは何度もある、しかし家族と言う存在達は何にも勝るものではないのだろうか、こんなことで 悩むなんて考えてもいなかった。この想像をしているのは何も自分だけじゃないと光を横目で見た、物思いにふける顔もかわいらしいが、こんな顔をさせたくなかったなとも思う。 「勇太」  光が何かを思うように声をかけてきた、 「あんたさ」 「うん」 「やっぱ考えてる」 「うん」 「そりゃそっか……あんなデカチチだし!」 「なんでそうなるのっ!?」 「そりゃあんなの見たら圧巻でしょ!奏恵くらいでっかいじゃん!」 「呼び捨てはダメでしょ!お嬢様だよ!」 「かー!あの縦ロールうちの勇太をたぶらかしたなっ!」 「たぶらかされてないよ!?」 「そうよね、むしろ勇太は吸われる側だもんねっ!?ママンっ!!」 「ジョークでもそう言うのはやめようっ!?」 「っと、わかってる、こう言うとガチで怒るし……でも今そうじゃないじゃん」 「うっ……」 「ま、考えるわ、あんなこと言われたでも……んで引き下がる?」 「えっと」 「あたしは……いやよ、色々見てきた、糞ったれ共とか、蛆みたいなやつらとか……でもね」  光の瞳が勇太を貫く、 「だからこそ、納得できないってならあたしは納得するまで動く、あんたは……どうする?」  勇太の答えは決まっていた。 「勿論……やるよ」 「じゃ、それでいいじゃない……やっぱさー後先考えるなんてまだあたし達には早くない?」 「かもね……それじゃ家に帰ったら」 「ご飯食べてデジタルワールドに行く準備よ!」  勇太と光が拳を突き合わせる。