「私は……お前の父なのだ、我が子よ!」 「そんな……嘘だ、そんなの……嘘だぁ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」  古代魔法文明の遺跡に悲痛なる絶叫が響き渡る。  魔導帝国最強と名高い暗黒騎士ヴェルガル。  それに相対するは、この物語の主人公、勇者アルル・アルヴァーレ。  その不倶戴天の仇敵である二人の関係が明らかになった瞬間である。  この物語……ブルーバース・ストーリーは、青い空に浮かぶ無数の浮遊大陸の世界を舞台とした、剣と魔法と、そして巨大人型兵器ゴーレムの戦いの物語だ。  辺境の浮島に生まれた主人公アルル・アルヴァーレは、魔導帝国に追われる王女シリルと出会い、帝国との戦いに巻き込まれることとなる。  その戦いで勇者としての素質に覚醒し、暗黒騎士ヴェルガルとその配下たちとの戦いを繰り広げ、多くの仲間と共に功績を上げるが、やがてヴェルガルが父と知る。  そしてそれが――勇者アルルの破滅の物語の幕開けだった。  帝国の暗黒騎士の子。  闇の血筋。  裏切者の子。  いずれきっと、裏切るに違いない。  人々はアルルを不安視し、そして仲間たちはある者は立ち去り、ある者はアルルを危険視して殺そうとし、ある者は裏切り、ある者はアルルを守ろうとして仲間に殺された。  アルルの傍には仲間はいなくなった。  だがそれでもアルル・アルヴァーレは諦めず、正義と自由のために戦い、やがて父を打ち倒す。  そして魔導皇帝をも打ち倒し、世界に平和をもたらすのだが――  父親殺し。  その汚名を背負った勇者は、新しい世界で決して歓迎される事は無かった。  強大な力を持つ皇帝を、帝国を打ち倒した最後の勇者。そんな規格外の強者を、人々は受け入れない。  そしてアルルは、戦犯として裁かれる。  戦いを終わらせた英雄である。その功績を鑑みて、処刑などという事は無い。だが、それでも責任を負わされ、そして追放された。  そして、その後のアルル・・アルヴァーレは……  失意と絶望のうちに――それでも、人々が恐れたような新たなる脅威になることもなく――静かにこの世を去ったと言う。  それが、大ヒットゲーム、『ブルーバース・ストーリー』の物語。  誰よりも優しく、そして誰よりも孤独だった勇者の物語――  ◇ 「なんだあこの救いのない終わりはっ!? あれか、物語は悲劇な方がリアルだよねー、とか言う中二な思考の賜物かよっ!? ふざけんなっ! 何考えてんだ制作陣ッ!!」  俺は怒った。めっちゃ怒っていた。  だって、こんな終わり方、納得できる訳ないじゃないか。  主人公アルルは、常に前向きに、勇気と優しさを持って、人々に希望を与え、戦い続けた。  俺もアルルの冒険を見て、勇気づけられた。ゲームだけでなくノベライズもコミカライズも二冊ずつ購入し、アニメの円盤も買い、映画も何度も見に行った。  しかし、そんな偉大なる勇者の物語の、その末路がこれかよ! 「物語の悲劇とか苦難っていうのは……最後に報われてハッピーエンドになるからこそ、感動できるんだよ! それがお約束なんだよ!」  俺は怒りに任せて、『ブルーバース・ストーリー』を床に叩き付け……ようとしてそれは思いとどまる。しかし怒りは収まらない。 「こんな……こんなクソみたいなゲームが……アルルの物語の結末だなんて……俺は認めないぞっ!」  そして俺は、その怒りのままに、外に飛び出す。  何処に行くかって? 特に考えていない。ただあのまま部屋にいたら怒りのままに色々と壊してしまいそうなので、全力で走る事で気を紛らわせようとしただけかもしれない。  さて、物語が気に入らなかったら、皆さんはどうするだろうか。  原作者に抗議の文を送る?  不買運動をする?  作品のアンチになってネットで誹謗中傷をする?  俺は違う。  気に入らないなら、俺の気に入る『ブルーバース・ストーリー』を書く!  そう、いわゆる二次創作、もしものIFの物語だ。  そんな事をしてもただの自己満足、自慰行為に過ぎないかもしれない。  そんなことはわかっている! わかっているが何かが俺を動かしている!  そうと決まれば、俺は自分の部屋に戻り―― 「――え?」  横断歩道を走っていると、信号が青なのにもかかわらず、トラックが突っ込んでくる。 「あ……」  そして俺は跳ね飛ばされて、宙を舞う。  そして――  ◇ 「おいヴォード、昼寝してんじゃねえっ!」  野太いオークの声が、俺を微睡みから引き戻す。 「あ……あれ? え? 俺、トラックに……」  跳ね飛ばされて死んだはずでは? 「トラック? ぶひひ、なんだそれ。大丈夫か、働きすぎか?」 「あ、いえご主人様。そういうわけじゃ……」  ? ご主人様? 何を言っているんだ俺は。  俺? 俺は……誰だっけ?  落ち着け、思い出せ。 「……本当に変だぞ。おい、俺が誰かわかるか?」 「……ご主人様。名前はブタリアン、この農園を支配するオーク族であり奴隷商人。顔に似合わず奴隷に優しくて慕われている……」  僕は自分の記憶をたどり、このオークの事を口にする。 「ぶひひ、俺は別に優しくねぇ。商品を大事にするのは当然っていう合理的判断だ」 「というツンデレ」 「誰がだッ! ……その調子じゃ大丈夫そうだな、寝ぼけてただけか」 「あ、はい。そう……です。すみませんでした」  ご主人様はそのまま立ち去っていく。うつらうつらと寝ていた奴隷に対して折檻することなく。本当にあの人は優しいんだよな、顔に似合わず。  そうだ、僕は奴隷だ。  名前はヴォード。ヴォード・アルヴァーレ。7歳。  ……ん? ヴォード・アルヴァーレ?  その名は確か……。 「ブルーバースの暗黒騎士ヴェルガルの本名じゃねーかッ!!」  え、ちょっと待て。なんだこれは、記憶が混濁している。  俺と僕の知識が、記憶が混ざっている。  暗黒騎士ヴェルガルって誰だ。僕はそんなの知らない。だけど俺は知っている、大人気ゲーム『ブルーバース・ストーリー』の悪役キャラである。主人公の仇敵にして、生き別れの父。  そしてヴォード・アルヴァーレとは、暗黒騎士ヴェルガルが闇に堕ちる前の名前だ。  つまり……。 「俺は、ブルーバース・ストーリーの世界に……異世界転生って奴を……してしまったのか……?」  俺は、自分が異世界転生をしてしまった事に気づいた。  ◇ 「さて、どうしようかな」  僕はご主人様に命じられた掃除をしながら考える。  とりあえず一人称は、僕で統一しておこう。この十年間、僕で通してきたわけだし。  しかし異世界転生か。  そもそも、ブルーバースはゲームである。創作物だ。  ゲームの世界に転生という創作はよく見るけど、実際に転生してみるとどう考えたものか。  この世界はただの創作物でしかないのか?  それとも、神とかあるいは超絶科学の宇宙人とかそういう存在がゲームを元に作り上げた世界なのか。  あるいは、制作陣がこの異世界を元にゲームを作ったのか。  ……まあ、考えたところで答えは出ない。そもそも答えなんてあるのだろうか。  そもそも、この「僕」と「俺」の関係もどういうものなのか。 「俺」が「僕」に憑依して成り代わっている? いや、10年間生きてきた記憶と自覚もある。 「僕」がふいに「俺」としての前世の記憶を思い出したのか、それとも「俺」が「僕」と統合されたのか、あるいは「俺」の記憶と知識がインストールされた……  まあいいか。どっちにしろ、今僕はここにいる、それが全てだろう。  それよりも考える事は、だ。 「……僕、闇堕ちして暗黒騎士になる運命なんだよなあ」  この世界がゲーム通りに進行するとしたら。  これから十数年くらいで僕は黒衣黒鎧の暗黒騎士ヴェルガルとなり果てる。  それは嫌だ。  だって悪逆の限りを尽くしたあとで自分の子に殺されるんだぞ? 「そんなのは――嫌だ」  何が嫌かと言えば、僕を殺すであろう実子――アルル・アルヴァーレのことだ。  ゲームによると僕を殺した後、アルルは絶望に包まれて静かに破滅していく。そんなのは嫌だ。  前世の僕は、その末路に納得できず、憤慨して外を走り回っていたら交通事故で死んだ。  情けない死に方だがそれは置いておく。とにかく、アルルに父殺しの汚名を着せ、破滅させるなんて僕はそんな未来は絶対に拒否する。  アルルは、幸せに生きる権利がある。資格がある。義務がある。  彼は絶対に幸せにならないといけない。  だったら――やることはひとつだ。 「僕に待っている運命を――変える」  闇に堕ちて暗黒騎士になる運命を。  そして魔導帝国の将軍として、我が子と戦う運命を。 「そして僕は――まだ見ぬ僕の子供を、救う」  こんな7歳の子供が、自分の子供の心配をするなんて滑稽にもほどがあると思うけど。  でも、それが僕だ。  僕は、僕の子を救うために戦う。  そう――勇者アルル・アルヴァーレの運命を変える。  破滅の未来を変える。  そう誓ったはいいものの、さて、何をすべきかが問題である。  なにしろ今の僕は、ただの子供であり、ただの奴隷なのだ。  物語のヴォード・アルヴァーレがその才能を開花させるのは、後の師匠である勇者オルディーン・フェンデとその弟子、ユーリル・アーシと出会ってからのことである。  彼らによってヴォードはその秘めたる魔法の才能を見出され、勇者の弟子となる。  つまり、今の僕には、勇者に出会うまで何の能力もないただの子供でしかないのだ。 「いや、待てよ」  だけどよく考えよう。才能を見出された――と言う事は、今の僕には、見出されていないだけで魔法の才能はあるということだ。  となると、自己流で魔法を学んでおくことも大事ではないだろうか。 「よし」  そうと決まれば、さっそく行動開始だ。  僕は掃除の手を休め、ゴミに向かって呪文を唱えて見た。 「ファイア」  しかし、何も起こらなかった。 「むう」  僕は、もう一度ゴミに向かって呪文を唱えた。 「……ファイア」  やはり何も起こらない。 「むう」  僕はさらにもう一度唱えた。 「ファイア!」  しかし、やはり何も起こらない。  ……まあ、わかってはいたよ。ここはゲームじゃない、ボタン押したらキャラが勝手に魔法を唱えて発動するってわけじゃあない。  ……設定資料集もっと読み込んでれば別だったかもしれないけど。  さて、そうしたらどうするか。  ゲーム展開通りなら数年後で僕は師匠となる勇者たちと出会い、魔法を学ぶ。  それを待つか、それとも……。  ◇ 「ぶ、ぶひひひひ。魔法を習いたいだとぉ?」  そして僕は、ご主人様……ブタリアンの所にいた。ご主人様は紫色の水煙草を吹かして笑う。 「ぶひひ。ワシは魔法は使えんぞ?」 「はい、知っています。ですけどご主人様は顔が広いので、伝手があるのでは……と」 「ぶひ。まあ、ないわけではない」 「本当ですか!」 「だがのぉ、いくら友人とは言え魔法使いに頼むのは金がかかる。ヴォードよ、なぜおまえは急に魔法がどうのといいだしたんだ?」 「それは……」  僕は口ごもる。 「それは?」 「……」  僕は、少し考えてから言った。 「……実は、その、夢を見たんです。僕が魔法を使って冒険する夢を……」  その言葉に。 「ぶひ、ぶひゃひゃひゃひゃっ!」  ご主人様は大きく笑った。 「そうか、夢か! ああ、なんと馬鹿らしい、しかしそれゆえに面白い動機だな!」 「た、確かに馬鹿みたいだとは思ってますけど……」  これは……駄目だろうか。 「ぶひひ、よい。実に良い。  駄目な奴隷は自分から求める事をせん、しかし勤勉で勤労な奴隷は自分から学び、鍛える機会を求める。  ぶひひ、ならばこれは投資だ。ヴォード、お前にはワシの伝手で魔法使いを紹介してやろう」 「本当ですか!」 「ぶひひ。ああ、本当だとも」  僕はご主人様の手を握り、感謝した。  やはり持つべきものは理解のある主人だ。 「ありがとうございます!」 「ぶひ。よいよい。感謝の必要などないわ、何度も言うがこれは投資だ。魔法を使える奴隷はきっと高く売れるぞい、もし良いところに売れなくてもワシが存分に便利に使ってやるわい、ぶひひひひひひ」  言葉だけだとすっげぇ悪党に見える。  しかしこのご主人様は顔と言葉に目をつぶればとてもいい人なのである。  ともあれ俺はこれで、魔法を学ぶ機会を得たのだった。  ◇ 「御主人様から聞いたわよ、ヴォード。なんか変な事考えてるって」  そう僕に言ってきたのは、僕の姉である、ヴィルギッド・アルヴァーレだった。  今年で14歳になる、僕の目から見ても美少女の自慢の姉である。僕と同じく奴隷の身分だが、礼儀作法や料理などをご主人様から学んでいる、将来有望な女性だ。 「変な事じゃないよ。僕は魔法を使いたいんだ」 「魔法って……」  ヴィルギッドは、僕の顔をまじまじと見た。 「ヴォード、魔法使いって言うのは一部の……」 「うん、わかってる。でも僕は魔法使いになりたいんじゃない、魔法を使いたいんだ」  僕の言葉に、ヴィルギッドは困ったように頭をかしげる。まあ、気持ちはわかるよ。だけど僕は魔法使いじゃなくて、勇者、そして暗黒騎士になる未来が待っているわけだし。  そのためにも、魔法を学ぶのは必要だ。早く学べば学ぶほどいい。  それは僕の未来のため、そして……ヴィルギッドのためだ。  姉さん、ヴィルギッド・アルヴァーレ。  彼女は将来、死ぬ。殺されてしまう。  それがヴォード・アルヴァーレの心の傷となり、力を求めて闇に堕ちる原因となる。  僕はそんな未来はごめんだ。  ヴィルギッドは、絶対に死なせない。 「ヴォード、あなたゴーレム技師になりたいって言ってたじゃない」 「そうだよ。でもそのためにも魔法は学んでおくに越した事は無いんだ」  これも本当の事だ。  ゴーレム技師。この世界に存在する、ゴーレムという魔法技術。  土や石や木などを原料として作り上げた素体に魔力を通し魔術を施すことで動く、マジックアイテムの一種だ。  前世知識で言う所のロボットなどに近く、配膳ゴーレムや調理ゴーレム、ゴーレムクラフト(小型飛空バイク)に掃除ゴーレムなど、様々なものがある。  そして何よりも特筆すべきは、ゴーレム騎士と呼ばれる……いわゆる人の乗る巨大ロボットだ。ゴーレム騎士は、その大きさと強さから戦場の花形であり、また、その巨体に似合わぬ機動性の高さから、様々な場所で活躍している。  僕の憧れだった。 「だから御主人様に魔法を教えてもらえるよう頼んだんだ」  まあ、前世の記憶を思い出した今となっては、ただの憧れというだけではないけれど。 「……はあ。まあ御主人様が決めた事だから、私には何も言えないけど」 「ご主人様のやる事って正しいからね」  これは別に思考停止とかじゃない。あの人のやることはたいていが上手くいくのだ。だから奴隷たちからも信頼されている。中にはあのご主人様にガチ恋している奴隷もいるらしい。 「まあ、御主人様なら変な事にはならないでしょうけど。でも気をつけてねヴォード。魔法使いは変わり者が多いから」  そういいながら、ヴィルギッドは僕の頭をなでる。 「うん、ありがとう姉さん。でも大丈夫だよ、僕はもう子供じゃないからね!」  そう言って僕は、姉さんに笑って見せたのだった。  ……いやまあ七歳は十分子供だけどさ。でも僕には前世の知識もあるわけだし。  時間はいくらあっても足りない。そういう意味じゃ、確かにもう僕は子供じゃないんだろう。 「でも、普段の仕事と勉強もちゃんとするのよ。あと、睡眠は大事」 「わかってるよ。でも、魔法もちゃんと覚えるからね」 「まったく。……まあ、いいわ。御主人様ならヴォードに無茶はさせないでしょうし」  ヴィルギッドはそう言って笑った。その笑顔は、やっぱりとても綺麗だった。 (……絶対に守らないと)  改めて僕は、固く誓った。  それから一週間がたった。  僕のやる事と言えば、あい変わらずの日常だ。  掃除や雑用、ゴーレムの整備、そして剣の練習。剣の練習は前世を思い出してから自発的にやりはじめた。  あと、忘れてしまう前に前世の記憶を書き留めておくことも忘れなかった。  この世界がゲームなのか、ゲームを元に生まれた世界なのか、ゲームの元になった世界なのか、偶然似ているだけなのか、それともいわゆるマルチバース(多元宇宙展開)のひとつなのか、よくわからないけど、この僕、ヴォード・アルヴァーレの現状を見るに少なくともこの時点では『ブルーバース・ストーリー』に準拠しているのは間違いない。  僕の知っている、これから起こる事を書き記しておかねばならない。  少なくとも僕は、これから起きる闇落ち展開を回避する必要がある。  そのためにも大事なのは、姉ヴィルギッドの死の回避、後に出逢う師匠オルディーン・フェンデの戦死の回避……そしてヴォード・アルヴァーレの恋人となり妻となる、そして主人公アルルの母親である、王国の聖女リリティナシア・エルフレッド・ファーンの死亡回避だ。  姉ヴィルギッド以外とはまだ出会っていない、前世知識でのゲームでしか面識はないが、それでも知っている人が死ぬというのは気分が悪い。  というか、僕の周囲は死に過ぎではないだろうか。まあ、闇落ちする主人公の父親キャラってそういうものかもしれないが。 「よし、今日はこのくらいにしておくか」  僕は剣の素振りをやめて、ゴーレムのメンテナンスに取りかかった。  魔法がまだ使えない僕でも、ゴーレムの簡単な整備は可能だ。  外部装甲を取り外し磨く。摩耗した装甲を取り換える。素体の汚れを取る、などだ。 「手慣れているね」 「まあ、好きなんで」 「ふぅん。ゴーレム整備ってこうやるんだ」 「専門家じゃないから簡単な手入れしか出来ないけど。でも人間と同じだよ、毎日ちゃんと健康管理しておけばずっと元気にいられるのさ」 「なるほど。人間と同じか」 「うん。だから、ちゃんと手入れをしてあげないとね」  僕は掃除ゴーレムの頭部装甲を磨く作業に取りかかった。 「ねえ、ちょっといい?」 「ん? ああ、いいよ」  僕は作業を中断すると、僕の隣に座った少女を見た。  年のころは14歳ぐらい。薄緑色の長い髪をして帽子を深くかぶった少女だ。  ……誰?  見た事ない少女だった。 「……誰?」  いつの間にかいて話しかけてきてるから違和感を感じなかった。 「……ひどい。私とキミの仲なのに、忘れたの? あの夜に将来を誓い合った仲なのに」 「え、いや、ごめん。本当に知らないんだけど……」 「そんな……。キミは私を助けてくれたのに」 「……え?」  僕は記憶を探ってみたが、こんな少女を助けた覚えはなかった。 「キミは私を助けてくれたのに」 「……ごめん。やっぱりわからない」  僕は正直に言った。すると彼女はこう言った。 「まあわからなくて当然だね。あの日の事は私だけのもの。具体的に言うと今考えた出まかせ」 「……ちょっと?」  何を言ってるんだろうこの人は。 「ふふふ。じゃあ自己紹介。初めまして、私はメイジー。キミの幼馴染です」 「それ幼馴染じゃないよね!?」 「真の絆はね、時系列や因果関係を超えるものだよ少年」 「……」  なんだろう。話しているととても疲れる。 「で、何の用? というかどうやって入ったの?」 「私にはここに来る正当な理由があるんだよ」  理由……? 「ここは奴隷商人の屋敷。そして私は今日から肉奴隷。それも君の。こんな小さい少年が肉奴隷をご所望とは、世も末だね。さめざめ」 「所望した覚えはないよっ!?」  そもそも奴隷は奴隷を持てないと思う。 「された覚えもないけどね。うーん、でもこのままノリででは楽しませてもらおうかほれほれ舐めろほほほーれ、と言われたらノリでそのまま舐めてたかもね。残念」 「言わないよそんなこと……」 「じゃあ、キミが舐めるってコト? うわぁ、どん引きだね」 「誰が舐めるかっ!」  静かに淡々とエキセントリックな事を言う。いや、話が進まないんだけど。 「本当に、何なんだよ……」 「じゃあそろそろ改めて自己紹介しよう。私の名はメイジー・メイ・ブラック。  キミの幼馴染でも将来を誓い合った仲でも幼馴染でも肉奴隷でもなんでもない、ここの豚主人に雇われた……ただの美少女魔導師だね」 「……!」 「ふふふ、驚いてる驚いてる。いぇーい」  メイジー・メイは勝ち誇る。確かに僕は驚いていた。  メイジー・メイ・ブラック。その名を僕は知っている。  暗黒騎士ヴェルガルの腹心の暗黒魔導師。千の屍の上に立つ悪の魔導師。氷のような鋭利な美貌の半魔族であり、人の心と情を一切持たず、ただ命令のままに殺戮を繰り返す、血も涙も無い女。  人の心と情を一切持たず、血も涙も無い……?  いやどう見ても目の前のこの子は、なんというか……クールに見えて全力でふざけている、エキセントリックでつかみどころのない、要するに変な女だった。  え? どういうこと? コレがアレになるの? 二十年ちょっとの間に何があってそうなるの?  僕は混乱した。 「ふっふっふ。てっきりしわくちゃのおじいちゃんあたりが来ると思ったらこんな絶世の美少女で驚いているんだね。やだね、おませさんは。ホレてもいいよ? でも君と私は仕事だけの関係なんだ……」  うん、僕は確信した。きっと同姓同名の別人に違いないや。  あの極悪非道な魔導師がこんなののはずがない。  いやでも、邪悪な暗黒騎士ヴェルガルだって未来の僕だしなあ。人間、何があって歪むかわからないということか。この人は別の意味ですでに歪んでる気がするけど。 「え、ええと……つまり魔術の先生、ってのでいいんですよね。  僕はヴォード。ヴォード・アルヴァーレです。よろしくお願いします」 「よろしく。まあ、魔術の先生……なんて大げさなものじゃないけどね」  メイジーは帽子を脱いで挨拶をした。そこには魔族の証の角があった。 「魔術の大先生だよ」  えっへん、と。  もっと大それたものを名乗っていた。  不安である。  だが、かくして僕と、メイジー・メイ・ブラックは出会った。  この出会いが正史の通りで僕が知らなかっただけなのか、それとも……運命が少しずつ変わっていってるのか。  それは今の僕にはわからないことだった。 「さて、魔法の授業をする前に」  メイジー・メイ・ブラック先生がカバンの中から何かを取り出す。  それは、水晶玉だった。 「キミの適正、魔力量を測らせてもらうね」  思ったよりまともな事を言い出した。 「水晶に魔力を流して、その光の強さで魔力量が分かるの。さあ、やってみて」 「はい」  俺は水晶玉を手に取る。 「えっと、どういうふうにすれば」 「集中して、イメージするんだよ。光が、力が、自分の中から溢れ出し、流れこむイメージ」 「分かりました」  俺は水晶玉に魔力を流し込むイメージをする。  すると、水晶玉は光を放ち始めた。 「おおっ、すごい! こんなに光が強いのは初めて見たよ!」  メイジー先生が興奮気味に言う。 「これは期待できそうだね。ん? あれっちょっちょっ、ちょっと強すぎるね、これ」  メイジー先生が慌てている。 「えっ?」 「ちょっと、ストップ! ストップ!あっ無理コレ無理、投げてぶん投げて全力で!」  メイジー先生が叫ぶ。 「えっ?」 「いいから早く!」  俺は言われるままに水晶玉を投げる。 「ナイスピッチ!」  全力で投げた水晶玉は、 「……ん?」  何故かものすごい勢いで飛ぶ。七歳児の膂力では到底無理な速度と距離だ。  20メートル……30メートル……50……100……  そして、水晶玉は弧を描き、地面へと落ちる。まだ未開拓地域の荒れ地だ。  そして。  大爆発が起きた。 「う、うわあああっ!?」 「きゃあっ!?」  僕とメイジー先生は爆風に吹き飛ばされる。  なんでだ!? 「う、うう……」 「いたたた……」  盛大に転倒した僕は頭を押さえながら起き上がると、目の前には巨大なクレーターができていた。 「な、なんだこれ」  僕は呆然とする。 「あちゃー……ちょっとやりすぎちゃったね。うん、アレだ。  魔力チェックで水晶玉が壊れてわーすごーい規格外だー、っていう物語にお決まりのアレのドッキリやりたかったんだけど……すぐ壊れるように細工した奴で」  なんか変な事を言い出したメイジー・メイ先生。 「けど?」 「間違って魔力流し込んだら爆発する魔法水晶弾を渡してしまったんだね。まあ似てるしよくあることだよ。問題ないね、無事だったんだし」  平然と言ってのけた。 「問題しかないよっ!?」  僕は叫ぶ。まだ農地として開拓してないとはいえ、ご主人様の農園にどでかいクレーターあけてしまったのだ。 「……いい?」  先生は僕の肩にそっと手をやり、真っすぐな目で僕を見る。 「おれじゃない。あいつがやった。しらない。すんだこと。このオアシスの掟が大事なんだよ」 「責任転嫁じゃないかっ!」  僕は叫んだ。  大丈夫か、この先生。  ◇  その後、改めて魔力を水晶で測ったら普通にぶっ壊れた。  いや、確かにそれは凄い事なんだ。原作でもヴォードの魔力は高かった。だけど、その直前にあんなことされたら、いざこうなってもだから何? という反応になってしまうのは仕方ないと思う。 「あ、ちなみに私の時もぶっ壊れたから、いやマジでガチで壊れたからね証拠はないけど。だから君だけが特別だと思わないようにね。ていうか調子に乗るなよガキんちょ」  なんか先生の機嫌が悪い。何かやってしまったのだろうか。 「まあ、とにかく。キミの魔力は規格外に高い。それは確かだね」  先生は言う。まあ知ってたけど。 「それを踏まえた上で、キミはどういう魔法を学びたいのか。どんな魔法使いになりたいのか……」 「あ、いや魔法使いになる気はないです」 「えっ」 「えっ」  僕と先生は黙る。 「……ヘイ少年。魔法使いになる気は無いのに魔法使いに魔法教えてくれって?」 「……いけませんか?」 「いや、まあ別にいけなくはないね、うん」  いけなくはなかったらしい。 「魔法は便利だからね。将来設計がどんなものにせよ、魔法が使えると使えないでは大きく違ってくるね、うん。私ももし魔法が使えなかったら、超☆破壊大将軍になる道しか無かったね」  どんな道だよ。 「さて。魔法というものを、ヴォード君はどれだけ知ってるのかな」 「えーと……」  僕は考える。 「火をおこしたり水を出したり、風を操ったり……そういう、超自然的な力とか、でしょうか」 「うん、まあ間違っていないね。魔法は、超自然的な力だ。そして、それは世界の法則、自然の摂理である精霊によって行使される」  メイジー先生は言う。 「精霊……ですか」 「うん、精霊だよ。自然の力の化身」  メイジー先生は言う。そして、こう続ける。 「よく勘違いしてる人がいるけど、人間の魔力はね、直接の魔法の力じゃないんだ、一部を除いてね。  人間は、精霊に魔力を与えて、精霊に現実の変容を行ってもらう。それが魔法なんだ」  例えるなら、精霊の存在、力とは電化製品の回路のようなものということか。  魔力は電気。電気単体では様々な効果は起きない。それを精霊によって火や水や風などに変換してもらうようなものだという。 「呪文の詠唱もね、「精霊に聞かせる」ためのものじゃあないんだよ、これが」 「そうなんですか?」 「うん。精霊に言葉で聞かせることが必要なら、無詠唱魔法とか、理屈が成り立たないよね」  それは……確かにそうだ。 「いや、精霊なら心を読むとか……」 「はいデデーン、アウトー。それだったら最初から魔法に詠唱とかいらないね」 「それは……まあ、確かに」 「でも、半分は合ってるかもね。精霊は心を読む、というよりイメージが伝わるんだ、そのイメージに魔力を持たせることで、精霊はその魔力を通じて力を行使する。  なので、ただ思うだけじゃ精霊はお願いなんか効いてくれない。そこが重要なんだ。  詠唱はね、自分自身に言い聞かせるものなんだよ。  この詠唱を行い、自分自身に言い聞かせる事で、魔力の流れとイメージを想起させる」  つまり、ルーティーンみたいなものなのか。  この動作を行う事で一定の行動を自動的に行うようになるという練習法。ハプロフの犬にも近い。 「なのでさっき言った無詠唱魔法ってのは、詠唱を言い聞かせる必要がなくなるほどに完全に覚えちゃってるってことなの。長い時間が必要になるね、無詠唱は」 「なるほど」  僕は頷く。 「んで、そこらへんを使った高等テクニックもあるけど、まあこれはおいおいだね。  あ、あと。さっき言った、人間の魔力は直接の魔法の力じゃない、一部を除いてっていう話。その例外についても話しておくね」 「例外……ですか」 「ん。イメージと言葉によって、魔力を精霊に伝え、様々な効果を及ぼすのが魔法、精霊魔法。  でもね、それとは逆の魔法もあるんだよね。どんなのだと思う?」 「えーと……」  僕は考える。  精霊とは、例えるなら電化製品の回路だ。魔力を通して様々な効果を引き起こす。  そうでない方法の魔力運用……まさか。 「精霊を解さず、魔力を直接……?」  電源から直接電気を流すかのように。  僕のその回答に、 「うん、その通り大正解。ひゃくまんおくてーん」  メイジー先生は拍手する。ぱちぱち。 「精霊を解さず、直接魔力を相手に叩きこむ、あるいは自分の力の底上げに使う。でもこれはね、危険だから使っちゃ駄目だよ」  まあそれはそうだろう。電気を直接流し込むというのは、危険なものだというのは前世知識を持つ僕ならわかる。ショートして逆流も起きるだろう。 「まあ、これはまた今度話そうね。今はとりあえず魔法の基礎を学んでもらうよ。  地水火風光闇のどの属性が得意かの鑑定と、初級魔法の詠唱を覚えてもらうね」「はい、お願いします」  こうして。  僕の魔法の勉強が始まったのだった。  メイジー・メイ先生が来てから二年がたった。  僕はその間、奴隷としての仕事をしつつ、その合間に魔法を学び、訓練していた。  その甲斐あって、初級の魔法なら大体使えるようになった。  ちなみに僕の得意な属性は闇だった。まあ、未来では暗黒騎士になるわけだから当然といえば当然だが。  ちなみに先生は姉さんたちとすぐに仲良くなった。今じゃ自称前世からの親友である。  ちなみに前世ではどちらもオッサンでBLしてたらしいが、まあ先生の言う事は話半分に聞いておくに限る。あの人息をするように出まかせ言うし。  そんな風に僕は日々を過ごしていた。  来年はいよいよ十歳、ゲーム本編の物語……ではないが、ヴォード・アルヴァーレの物語が始まる年だ。  十歳になった日、師匠となる男と出会い、物語が始まる。  僕は、そう思っていた。  そう、僕は知らなかったのだ。 『ブルーバース・ストーリー』は人気作であり、様々なスピンオフ……後付けシナリオが存在するということを。  そして主人公アルル推しだった僕は、ヴォード・アルヴァーレの物語は「最低限」しか把握していなかったのだ。だから僕は知らなかった。  これから起こる、序章のさらに序章の物語を。  ◇ 「ぶひゃひゃひゃ、ちょっと街に出るぞ! おい奴隷共、何人かついてこい!」  ある日、御主人様ことブタリアンがそう言った。 「えっと、僕たち売られるんですか?」  奴隷の少年の一人がそう言うが、ご主人様は鼻で笑う。 「ふん、お前らのような未成熟で躾もなってないガキは高く売れんわ! 売り物になりたいならもっと勉強してしっかり食って育っから言え、ぶひゃひゃひゃ!」  ご主人様はそう下品に笑う。相変わらずツンデレなお方だ。 「じゃあなんで街に出るんですか?」  僕は聞く。するとご主人様はまたも笑った。 「ぶひひ、知りたいか。ずっと欲しかった最新型のゴーレムヨットがオークションで出品されるらしくてのう……」  ゴーレムヨットとは、その名の通りゴーレムの小型船だ。浮遊し、空をかけるこの船は便利な乗り物として人気であるが、しかし中々に高価だ。 「ゴーレムヨットを……買うのですか?」  僕は思わず聞いた。  するとご主人様はにんまりと笑う。実に邪悪な笑みだった。 「予算以内に収まれば……のう?」  言ってる事は普通だった。  しかしゴーレムヨットか。……見たい!  もともと僕はゴーレム大好き人間で将来の夢はゴーレム技師だった。前世の記憶が戻ってもなお、ゴーレム大好きなのは変わっていない。  むしろゲームの知識があるぶん、この世界にはもっともっといろんなゴーレムがあると知っている。それを実際に見たいという知識欲は高まるばかりだ。 「じゃあ、僕は行きたいです、ご主人様!」 「ぶひひ、欲張りな小僧め。いいだろう、貴様は連れて行ってやる。げひひひひ」 「やったあ!」  僕は喜ぶ。これで最新型ゴーレムヨットが見れる! 「あの……」  その時、姉さんが声を上げた。 「なんだ、ヴィルギッド。貴様も行きたいのか?」 「あ、はい。私も、連れて行ってくださいませんか?」 「ぶひひ。幼い弟が心配か。泣かせる姉弟愛じゃのう、よかろう」 「あ、ありがとうございます!」  姉さんは頭を下げる。 「なら弟子とマブダチの面倒を見るのは、私の仕事だね」  メイジー・メイ先生も手を上げる。 「ふん、まあよかろう。メイジー・メイ殿は護衛としては優秀じゃからの」 「ありがとうございます」 「では、あとの奴隷は留守番じゃ! げひひ、まあせいぜいワシの金稼ぎに貢献しろ! よく食いよく休みよく学んでなあ!」  ご主人様はそう言って笑った。  こうして僕たちは、ゴーレムヨットを見学しに街に行く事になったのだった。 ◇ 「えっ、ゴーレムシップで行くんじゃないんですか、御主人様持ってましたよね!?」  いざ旅立つとき、しかし乗り物は普通の鳥車だった。  馬車ではなく鳥車だ。  この世界には馬は無く、乗り物になる動物は鳥や小型竜である。なお馬型の魔物はいるので、馬がいないというわけでなく馬を飼いならす文化が無い、というかんじだ。 「ぶひゃひゃひゃ、乗りたいから文句言うとるんじゃろ? じゃが残念じゃったなあ!」  御主人様は豚顔で笑う。 「……理由を聞かせていただいても?」  ヴィルギッドが言って来る。御主人様はにやりと笑って言った。 「ぶひひ、ゴーレムシップは高価じゃ。たかが買い物にこれ見よがしにゴーレムシップに乗っていったら、悪い意味で目立つじゃろうが。貴族か何かなら自前の護衛軍でも持ってるじゃろうが、わしゃ単なる市井の奴隷商人じゃからのう」  意外と真っ当な理由だった。むう、これじゃ反対できない。 「護衛なら私がいるけどね」  メイジー・メイ先生が言う。 「ぶひゃひゃ、確かに貴様は頼れる魔法使いじゃがのう。じゃが、貴様の魔力は有限じゃろうが。いざというときの秘密兵器じゃよ」  御主人様は言う。 「ふっ……そこくで言われちゃ仕方ないね。ザ・シークレット秘密兵器ウェポンのこのメイジー・メイ・ブラックに任せなさい」  メイジー・メイ先生は、なんかかっこいいポーズで言った。ちょろいなこの人。 「さて、では行くぞ」  鳥車は大きめで、軽く十人は乗れるサイズだった。それを十羽の鳥が引く。  この鳥は名前をラプタルといい、ダチョウやミューに似ている。それらよりもっと頑丈なもので、というか下手したら恐竜に近いかもしれない。ほら、鳥類と恐竜って近似種っていうし。 「いらっしゃいませニャ」  鳥車に乗った僕たちにそう声をかけてきたのは配膳ゴーレムだ。  姿は、まあファミレスにある配膳ロボットによく似ている。ただし、手もあって実際に配膳してくれる優れモノだ。 「ニャンダー、お前も一緒に行くのかい」 「いらっしゃいませニャ」  僕の言葉に、配膳ゴーレムのニャンダーはそう答える。  ゴーレムは基本、喋るのが苦手だ。拙い響き声や鳴き声で会話しようとするのでコツがいる。  配膳ゴーレムは、いらっしゃいませ、お取りください、ありがとうございました、などの定型の言葉を使う事が出来る。それしか喋れないとも言うけど。 「そっか、お前が一緒なら心強いよ」 「ありがとうございましたニャ」  こいつは僕がよく手入れしている、友達のようなものだ。  色々と気が利くやつである。 「いらっしゃいませニャ」  ニャンダーは姉さんや先生たちに飲み物を配っている。 「ありがとうニャンダ―。これは?」 「ライズルティーですニャ」  商品名は言えるのがニャンダ―だ。ライズルとは果物のひとつである。ライチに似ている。 「へい配膳ゴっちゃん。アツアツのステーキをひとつ」 「申し訳ございませんニャ」 「ちっ、使えないにゃんこだこと。じゃあ粗茶でいいや」 「粗茶ですニャ」  メイジー・メイ先生は断られた。まあここは食堂じゃないからね。 「さて、では出発じゃ!」  御主人様の号令と共に鳥車が動き出す。 「いってらっしゃいませニャ」  そんなニャンダーの声が響く。 「お前も行くんだよ」 「申し訳ございませんニャ」  かくして、僕たちの旅が始まった。いや旅というか買い物だけど。