大昔の人が、今の時代を見たらどう思うだろう? 自動車、電話、その他諸々。いずれも当時の常識を離れた説明のつかないもの。 昔も今も、そんな説明しようがないものを、やれ妖だ、幽霊の仕業だって言ってたわけで。 なんで急にこんな話を始めたのかって? 「初めまして。さすらいのサイバーゴーストをしています浮橋です」 「……」 早朝、目の前のパソコンの画面に電子の幽霊が現れて、他に思いつくことがなかったからです。まる。 くらま霊能探偵事務所怪奇録外伝 〜霊能探偵と電子幽霊(仮)〜 「もしもしポリスメン!?イエス!イエス不審者!!あれ繋がんない!?」 「ノーです。その電話は回線を辿って私が掌握しました」 「クソッ初手からサイバーゴーストらしいことやってくれるじゃない……!何が目的よウチには請求するような金なんてないわよ!!」 とにかく警察に通報……と電話に手を伸ばしたが、何番にかけても不通のまま。画面越しのサイバーゴースト(仮)は早速連絡手段に干渉を仕掛けてきたようだ。 いや、そもそもコイツは何なんだ?画面に向かう少女、鞍馬りんねは思考を巡らせていく。まさか本当に幽霊なんてことはないだろう。ホラーを狙……っているかもわからないが、 事実だけを並べるなら、目の前の桃色な少女は個人用のPCに潜り込んでいるハッカー、ないしクラッカーである。人様に断りなく押し行ってやることなんて要するにアレだろう。 結論。うちには支払う金などありません。セキュリティがガバいのは反省しますが狙うならもっと大企業狙いなさい。そんな悲しい事実で威嚇して退散を狙うこととした。 「現金は要求しません。どのみち電子通貨に換金しないといけないのでアシが付きます」 「じゃあ何!?」 「しばらくこのコンピュータのクラウドストレージに置いていただけますか?当然、対価として労働の義務を負います。アルバイトというやつ、です」 「……それだけ?」 「イエス」 窓の外でスズメが鳴く。最初から金銭の要求を一度も受けていないことを思い出したりんねは少し冷静さを取り戻した。そして疑問が残った。 じゃあ結局、何なのコイツ? 「いやいや〜すまんのぉ朝から騒々しくしてしもうて。で、何故こんなことに?話聞こうか?」 後ろから見ると武者の兜。前から見たらだらしない笑顔で少女に絡む緑のナマモノ。その殻の隙間に足をねじ込んでやりたい。 遅れて起きてきたこの助平親父、名をカブトシャコモンという。以下将軍。 「俺とノドカはデジタルワールドの住人だ。あちこち旅をしているが丁度いい寝床が無くてな。暫くの間落ち着ける場所が必要で潜り込んだ、ということだ。まずはその非礼を詫びよう」 「ん?ああ。おぬし見た目の割に結構歳いってそうだのう……」 「アンタほどじゃない」 画面上の存在が増えた……いや、この狭いディスプレイが窓になっているから見切れていただけで、ずっと少女の傍にいたのだろう。 鼻の下を伸ばしていた将軍が少し顔をしかめた相手は、見た目可愛らしい青毛の仔犬……というには牙と爪と声がちょっと逞しすぎる。 二人とも、一般的な生物学に当てはまる存在ではない。片方ネットの中だし。では幽霊か妖怪?と言われるとそうでもない。 ネットワークの発達した現代で見つかった、電子情報によって構成される生命体。彼らのことは俗にデジモンと呼ばれている。 「俺はルガモン。こっちは」 「改めて、浮橋長閑と申します。しばらくの間お世話になります」 「あー、よろしく。あたしは鞍馬りんね……えーと、くらま霊能探偵事務所へようこそ〜……でいいの?これ?」 サイバーゴースト改め、電子世界デジタルワールドの住人改め、りんねのパソコンに住み込んだ居候と挨拶を交わす。 誰もいない横方向にりんねは視線を送った。当然、不安に回答をくれる壁は存在しないのだが。 「先程、霊能探偵事務所とお聞きしました。ここで働く以上業務の理解は必要です。少し業務の説明をいただけますか?」 「え?あー、そういえば言ってたっけ対価の労働って……」 相変わらずディスプレイを占有し続ける窓から長閑が話しかけてくる。とりあえず今日どうすっかなーと気を逸らしていたりんねは、現実に引き戻されたついでに座っていた椅子の角度を正面に戻した。 「うんそうだよ。ここはあたしの父さんがやってる探偵事務所で、今ちょっと入院中だからあたしが代わりしてる。将軍もアレホントは父さんの相棒」 「把握しました。霊能……というのは?」 「もちろん幽霊絡みの案件。……なんて言っても信じないかもだけど。今のとこは、まあ大体何でも屋ってことでいいよ」 苦笑と共に肩をすくめる。霊能力自体は嘘ではない。が、日夜悪霊と熾烈な戦いを繰り広げてるかと言われればそれも否。 父が霊能探偵として活動していた過去は過去であり、今舞い込む依頼は諸々の雑事程度というのが現実である。 「リアルワールド内の業務について私は干渉できません。が、それ以外であればお手伝いいたします。まず、昨今の依頼は経営のバランスを見るに報酬が不足しがちのようですね」 「あっはい。それはもうね、見ての通りで……」 パソコンの中の業務日誌をペラペラとめくる長閑に対し、りんねは椅子を動かしてディスプレイ画面に部屋の様子を見せた。 質素……というには些か閑散が過ぎる内装は、直近の依頼内容の深刻なシケ具合を明らかとしていた。 「昔はもう少し繁盛しとったんだがのう、どうにも最近こう、金の鉱脈になりそうな依頼が来んわけよ」 「フリーランスならただ待つだけというわけにもいくまい。営業宣伝はどうなっている?この近辺のネットでここの広告は見ていなかったが」 「あー、一応ポスター?あるんだけど……コレ」 机の中から取り出したA4紙をディスプレイに向けて掲げた。「くらま霊能探偵事務所」「赤ちゃんもびっくり!」「安い!」の文字。そして驚愕する赤子?と母親?の不気味な顔。 「不気味ですね」 「酷いポスターだ」 「はい……返す言葉もございません……正真正銘のクソでございます」 「だからやっぱ変えようって言っとるんだがの」 4人中4人が、事務所の宣伝力の弱さを確信するデザインだった。だが仕方がない、新しいの考えるの面倒くさいし、大変だし、金もかかるのだ。こんなクソポスターでも名前だけでも伝わればいい、そうりんねは考えていた。 「とはいえ普通に引くレベルですし、今時ネット広告の一つもないのでは宣伝になりません。私が代わりに考えてみます」 「えっマジで!?あっでも印刷代は……」 「ネット回線さえあればいい。SNS上を漁れば依頼につながり得る情報の一つでも見つかるだろうから、後はこちらで獲物を追っていけば捕まえられる」 「”たーげってぃんぐ”広告ってやつかの?おぬしら実は名の知れた”ぷろぐらまぁ”とかそういう?」 「まさか。デジタルワールドは全てが電子情報の世界だから、リアルでは多少複雑なプログラムでもこっちでは縄で罠を編む程度で済むだけだ。古典的な狩猟と変わらん」 マジかよ凄いぞデジタルワールド。父から渡されたものの、玩具ぽく見えるデジヴァイスを弄らなくなって久しいりんねであったが、こう問題が進展していくとデジタル技術の脅威を感じずにはいられなかった。 電子公告の作成から三日。電話を通じて「大きな依頼が来た」と連絡を受けたりんねは大急ぎで事務所に帰りパソコンの元まで駆け上がった。 「どうどうどう!?来た!?依頼来た!?」 「バッチグーです。ただいま依頼内容を読み上げます。報酬額は……」 「ほほー!ついに来た!金一封!高い酒!キャバクラ!」 最初に読み上げた報酬額だけでもこれまでと次元が違う。りんねと将軍は何度も顔を見合わせて舞い上がりながら読み上げを待った。 「近年、橋の近くで奇妙な現象が観測されているとのことです。大きな時計をつけた、しかし誰も見たこともない意匠の塔が立つ異常事態が夜毎に起こっていると」 「場所の怪異……一周回ってガチっぽい感じするのう」 「そうだな、怪物とかなら逆にデジモンのリアライズと説明がつきそうなものだ」 「危険度に関しては実際に見てみないとわからないね。長閑ちゃん。その橋ってのはどこの橋かわかる?」 りんねとしては、不安が3割、期待が7割といったところか。彼女の霊能力で対処できない危険な相手にはまず逃げる理性が勝つが、今のところは不明。何より報酬を考えると芋を引くのは惜しい。 とにかく現地調査、前金だけでも貰っておきたい。そう思いりんねは次を急かした。が。 「場所はイギリス、テムズ川にかかるロンドン橋です」 思い切り真後ろに倒れた。何か問題が?と言いたげな無表情でこちらを見つめる長閑のディスプレイに、震えながら這い上がる。 「流石に……流石に移動費用だけで色々吹っ飛びそうな依頼は弾いてくんない……?」 「すみません、リアルワールドの移動の手間は考慮に入れていませんでした。次は善処します」 そりゃ額の次元違うわ。色々次元が違う話だもん……帰宅途中の高級寿司の夢が霧散する様を幻視しながら、りんねは机に突っ伏し涙を流していた。 つづく