モクテルブリュー凱旋門賞怪文書 「うわー!!ここがロンシャンレース場かー!!」 フランスはロンシャンレース場、その観客席にチムメンの中で真っ先に入ってきたモードブランジェが歓声を上げた。 「あわわわわ知らない人がそれも言葉の通じなさそうないかにも日本人より陽キャな外人さんがたたた沢山いるるるむりむりかたつむりアットケルッ」 「わー!?コロモブが溶けちゃったー!?もうすぐブリューが走るんだから固体に戻ろうよー!?」 「ええい皆静まれいおおおおおちちつつかんかかかか…… フーいかんいかんワシのが緊張してきた。ザマ無いな……ぬんっ!!!! おっと気合いを入れ直したら服が破けてしまったわい」 「おじいちゃんはい代えのジャケットどうぞ」 わちゃわちゃと後から賑やかに入ってきたのはアオハルチーム【Mind own being.】所属のウマ娘達であるモアザンブルズアイ、コロモブロック、モノブリュレ。 一見してうら若きウマ娘達だが、彼女らのG1勝利数を数えると気が遠くなってしまうくらいの歴戦の女傑達だ。 そして明らかに只者でない肉体と画風をした、小柄で筋肉質な老人もやってきた。勿論極道ではなく彼女らのチームトレーナーであり、今日このロンシャンのターフに立つモクテルブリューの担当トレーナーでもある。 「それにしてもここすごくいい席じゃない?今回私達席代払ってないんだけど、いいの?トレじい奮発したんじゃないの?」 ブランジェがあたりをぐるりと見渡しながら言う。このあたりの席は一際レース場全体をしっかり見渡せかつゴール手前をばっちり近くで見れる超特等席と言っても過言じゃない良席だ。 「だ~れが生徒にレース関係の金払わせるかいバカちんが!招待席じゃいここは!」 「で、でもここ明らかになんか客層違うっていうか明確にセレブっぽい人が周りにいっぱウワワワワマブシスギテムリ…」 「ほんとにガチのコネがないと座れなさそうな席だよね?外様の日本勢にこれだけいい席くれるとか石油大国の王族とかでもないと無理じゃない?」 「――――それはね、ワタシが席を取ったから」 「あ、リガントーナさん!いらしてたんですね!この度はありがとうございました!」 ブリュレが振り返った先には、黄金の目に琥珀色の肌のエキゾチックなオーラのウマ娘、"世界最強"の称号すら持つレジェンドウマ娘、リガントーナがそこにいた。 欧州の至宝とも謳われた彼女だが、色々あり現在は日本のドリームトロフィーリーグに移籍している。リーディングでも上位を取り最近では更新育成にも目を向けているとか。 「凱旋門賞の覇者はね、このレースの時にいい観覧席を取れる優遇措置があるの。アナタ達のチームもいずれ恩恵に預かるだろうから覚えておいて」 「ほう?それはブリューが勝つと確信しているような口ぶりだの」 「このターフに立つウマ娘は、誰しも重い物を背負って世界各国から集まってる。国の威信、血の誇り、自分自身の才能、他の何もかも…… けれどブリューは自分の背負っているものを愛してるから。ここに集まったウマ娘の中でも誰より1番ね ……贔屓目も入ってるかもしれないけど。凱旋門挑戦の事を知るずっと前からアノ子がなんか気に入っててね。なんでかしら」 リガントーナは目を細めてゲートインしていくブリューを見ている。 「えっちょっと待って皆ゲート入ってってる!ファンファーレ忘れてるよ!?」 「海外レースはファンファーレないよ!?あっもう開いたー!?始まったー!?」 「「「「いけー!!!!がんばれー!!!!」」」」 「締まらんのぉ……」 「ウフフ……」 ~~~~~ 『坂の頂上からこれから下りにかかろうというもの ぐんぐんと伸ばしていきますブラックサムベラミー後ろにイズリントンにモクテルブリューが追走はやめにハイシャパラルが行っております……』 「ふぅ……」 3コーナーを過ぎ下り坂を迎えて、凱旋門賞も大体半分を走ったここまで大きな動きもなく僕は安定して3番手につけている。 先行という脚質の逃れられない宿命として、位置取り争いによってスタミナが削られ続ける。 その上更に僕らが走ってるのは日本と違う洋芝だ。日本の芝と種類が違ってクッション生が高く、日本のダートや重バ場を走っている感覚に近く、足が沈み込み力が吸収される。 だからよりパワーが要るしパワーを使えばスタミナというHPは削れる。 でもこの前の合宿やそれまでの日々の積み重ねで、チームの皆から本当に色々教えてもらったから対応できてる。 ダートコースのパワーレベリングで重い足元もそこまで苦じゃないし、先行位置でも上手く息を入れられて"余裕綽々"だ。 行き脚のつきやすい下り坂でもゴールまで脚を温存するため息を入れつつテンポよく。僕が有利な進路を取れるよう、相手の有利な進路を潰せるよう、"イナヅマのようにステップ"を踏んでいく。 ピッチ幅も安定してるし手の形も綺麗に揃って安定してる。そうやって最終コーナーに向けて"尻尾上がり"に調子を上げていく。 僕の勝負どころは最終コーナー。ここで完全に前に出る事に賭ける。 他のやつらは長い長いあの最終直線勝負だろうが、それじゃきっと先頭には届かない。光の速さで離れていく"あいつ"の背中を捉えるためにはここから上がっていくしかない。 終盤近くでハナを奪って先行押し切りで王道の走りをする…勝とうが負けようがそれしかできないんだから…。 『さあ4コーナーカーブに向かうおっとここでモクテルブリュー仕掛けてきた!』 2番手をかわし、先頭目掛けて体を前傾姿勢に持っていきスパートを仕掛ける。 遠心力に負けないように、ロスのないように、加速をかけて"弧線"を描いて"猛追"する。半バ身。クビ差。ハナ差。 横に並んだ時、もう来たのか!?と言わんばかりの驚愕の視線が一瞬こちらを向いた。知るかとばかりに、抜き去る瞬間めいっぱい踏み込んで重い洋芝も爆ぜ飛ばすくらい加速をかけた。 朧げな光の幻影はまだ僕のずっと先を走っている。 『ここでフォルスストレートに向かいます残り800mを切りました4コーナーカーブからここで直線に向かいます! ここで先頭モクテルブリュー!依然として頑張っているブラックサムベラミーですが3番手からイズリントンが抜けてくるかイズリントンイズリントン! 外からマンハッタンカフェ真ん中をついてハイチャパラル!』 1番手をかわして先頭をきってフォルスストレートに飛び込む。3番手として控え続けてたここまでと違い風の抵抗が一気に前から襲いかかってきて僕のスタミナが飛ぶように削れていく。 ここでみんなスパートを始めていくけれど、一息入れて最終コーナーからスパートをし始めた僕の方が加速が乗って速い。 「そこにいるんだろうカフェ…!抜かせない…!!!」 カフェの手口は分かってる。最終コーナー過ぎて直接からナニカヲオイカケテいるような、漆黒の強烈なプレッシャーを僕ら前方のウマ娘に叩きつけつつ直線で末脚を発揮しての差し切りがカフェの得意なスタイルだ。 内側はハイシャパラルとアクワレリストが壁になってるから間違いなく外から来る。そろそろあのおどろおどろしいプレッシャーが来るタイミングだ!備えろ僕! 脚はまだある、呼吸を乱すな! 「……?」 右眼が何も反応しない。 幾度となく襲われ、戦ってきたあの漆黒のカフェの気配が……来ない。 「…カフェ…?」 右眼がぐりんと勝手に後ろへ動く。外側4番手のはずのカフェを右眼が無慈悲に写し出す。 視てしまった。 識ってしまった。 カフェの左脚が解ってしまった。 カフェと走るのはこれが最後になってしまう事を……悟ってしまった。 「…………ぐぅっ!」 けどカフェの闘志はまだ消えてなかった。 左脚を庇いながら速度が鈍く伸びないまま、それでも諦めずに前を見据えて歯を食いしばって脚を前に前に動かしていた。 そうだカフェはまだ勝負を投げてなんかいないんだ。僕にも、みんなにも勝つ気でいるんだ。 なら僕が振り返ったらそれはカフェへの侮辱じゃないか。 振り返る暇なんて1ミリもない。油断したら喰われるし狩られるから、だから前だけ見据えて。 「………………っぅっ!!!」 左目から溢れた水滴一粒は、止めどなく流れる汗と共に後ろに振り切った。 薄い光のウマ娘の影はまだ僕の少し前を走っている。 『残り300mを通過!先頭はモクテルブリュー脚色は衰えない! いや内からグイグイと間をついてマリエンバード!』 「……は?」 ゴール板まで残り僅かの地点で。 言い知れない何かを後ろから感じて、右眼だけがまた無意識に動く。 僕の右眼は、普通ならまず見えない位置にいたウマ娘の姿を捉えていた。 『内からグイグイと間をついてマリエンバード!大外からはスラマニが追い込んできた!真ん中からマリエンバード抜けた!イズリントン、ハイシャパラル、カリフェ達をかわしてマリエンバードが追い縋る!スラマニが迫る!』 「嘘、だろぉ……」 先方を行くウマ娘が壁になって抜け出せなかったはずのウマ娘、道は閉ざされたはずだったウマ娘……マリエンバードが鹿毛を振り乱して豪快に伸びてきた。 それはブリュレがどうしても自分の目で見たいと言い暮れの中山の現地でかぶりつくようにして見た、そして去年のJC有馬の旧世代の王を打破せんと何度も繰り返し見た……一昨年の有馬のオペラオーの姿が彼女と被った。 『イズリントン、ハイシャパラル、カリフェ達をかわしてモクテルブリューにマリエンバードが追い縋る!スラマニが迫る!マリエンバード並んだ!差した!!』 どこにそんな脚を隠していたのか、どうやって抜け出られたのがまるで分からないまま、残り100m、マリエンバードが僕に並びかけてそして――抜いた。 は、 え、 嘘だろ こんな土壇場で? 負っ…… 僕の中の何かが揺らいだその時 どん と、四本の脚に背中を蹴り飛ばされた感覚がその瞬間あって。 右脚が一歩、大きく前に出た。 「あ…………」 それは、ガラが悪いけど自分の弱い面もブチのめせる主人公みたいな最強の脚だった。 それは、今まさに競争生命が燃え尽きようとしてるけれど諦めの影なんて微塵も無い意地っぱりの漆黒の脚だった。 それは、ぷにぷにしてるけど勝ちを獲る為の技術と粘り強さを惜しまない不撓不屈の脚だった。 それは――――僕や同期たち数多の目を灼き尽くしてやまない超光速の脚だった。 競技に生きるウマ娘はごく稀に、『誰かに背中を押される感覚』がレース中にするという。それはウマ娘が背負う数多のものに起因するとか何とか……らしい。 でも僕の同期は背中を押すとかそんなお行儀のいい事をする奴らじゃない、人の背中を容赦なく蹴り飛ばしてくるような奴らだから。 ポッケ。カフェ。ダンツ。そしてタキオン。 どいつもこいつも性格バラバラだけど、思ってるより繊細で、ロマンチストで、泥臭くて。 そして【勝ちたい】【走りたい】【叫びたい】これらウマ娘の本能と衝動に忠実な奴らなんだ。 ……だからこそ、僕はこの思いを、こいつらを愛した。 脚四本分の力を込めて、今前に出た右脚を踏み締めて蹴り出す。 「っああ!!負けるかあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」 呼吸が苦しい、酸素が回り切らなくて視界の右側が赤く染まってくる。心音が危険を示すアラートみたいに煩い。開いた口の端からは泡が漏れてる。 残ったスタミナも瞬時に燃やし尽くして、それでもなお足りない分は根性で補って。 タキオンを模倣して真似してずっも磨きあげたフォームも維持してられなくて、ピッチもガタガタ手もブレブレの、まるでジュニアのホープフルの時期くらいの僕に戻ってるようなお粗末なのになっちゃって。 それでも無我夢中で全速力であと数十mの僅かな距離を、ただ"ありったけ"をこめて走った。 「僕が!!!!僕たちが!!!!!最強なんだあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」 『マリエンバードが先頭!スラマニが迫る!迫るがマリエいやモクテルブリューが差し返した!?差し返してそのままゴール!!!モクテルブリュー1着でゴール板を通過!!!!!!!!!半バ身差の意地の差し返し劇です!!!!!!!!!』 そういえば、あの残光の幻影は背中を蹴られたタイミングでとっくに消えてたなってのに気づいたのは、ゴール板を超えてフラフラで即ターフに突っ伏しながら、展開に追いつかない実況をぼんやり聞いてる時になってからだった。 「ahー……担架はいいから、僕じゃなくてカフェを乗せてやって……カフェがゴールしたら……」 ゴール後にターフに倒れ込んで動かない僕を心配してやってきたスタッフさんにフランス語でお願いをしておく。 スタッフさんが僕から離れた後、僕に近づいてきた鹿毛のウマ娘がいた。マリエンバードだ。 「あー負けちゃったぁ、最後差した時は勝ったと思ったんだけどなぁおめでと」 にっこりと微笑んでいるけれど目元は泣き腫らしたばかりといった感じで赤い。けどそこには触れないのが競技ウマ娘のレース後のマナーだ。 「そっちこそ、あの脱出劇は凄かったし並ばれた時は負けるかと思ったよ」 「えへへありがと。ねぇブリュー、貴方の強さの秘訣、強さの源って、なぁに?」 「同期。あとチムメン」 僕自身でも驚くほどに即答した。 「そっかー……いいないいな、日本ってもしかしてそんな熱いレースとウマ娘が沢山存在するのかな? あたしこの凱旋門賞でトゥインクルシリーズ引退予定で、ドリームトロフィーもいくつかの国から打診きてるんだけど迷ってて リガントーナさんも日本に移籍したっていうし……うん決めた、あたしもドリームトロフィーから日本に行こっと!」 「えっ!?そんな簡単に決めちゃっていいの!?初対面の僕の言葉で!?」 「いいのいいの!……さ!長々話しちゃってごめんね!もう立てる?勝者は歓声に応えるべきだよ!」 マリエンバードに肩を貸されて立ち上がり、ウィナーズサークルの方へ送り出される。 大地ごと僕の身体を歓声が揺らす。日の光を浴びて煌めく紙吹雪、観客達の顔、あと観客席の一角で号泣してるトレじいとチムメンとリガントーナさんが視えた。 少し後ろでは、頬を濡らしたカフェが担架の上で微笑んで拍手してくれてる。 「うおおおーーー!!!あああーーー!!!!うおおおおおお!!!!」 何もかもが嬉しくて誇らしくて、色んな感情が渦巻いてこれをどう言語化してようとしても出来なくなって、僕はもうひたすらに叫んだ。 「証明したぞ…僕が!!!!僕たちの世代こそ!!!!史上最強だああああ!!!!!!!」 ただ、ようやく言語化できたこの言葉が、僕があの時一番強く強く感じていたものだったのは間違いない、かな。 ~~~~~ 「すっげ…なんだあの最後の伸び…」 日本にて、大画面のTVに大写しになっているブリューの顔を、ぽかんと見つめているウマ娘がいる。ジャングルポケットだ。 その横にはアグネスタキオンがいる。 「いやぁとんでも無い事をしてくれたねぇブリューくんは!まさか世界に向かって私たちの世代の強さの証明を叫ぶとはねぇ…… ウマ娘が走る時に背負いしもの!そしてその因果関係ならびにそれにより発揮される大いなる領域!大いなる力!その可能性の先を!向こう側私の代わりに見たというんだねぇ! …………………………。 私の……代わりに……? ああああああああああぁぁぁぁあああああああああああッ!!!!!」 最初は妙に饒舌にペラペラと喋り倒していたタキオンだったが、突然、タキオンのらしくない咆哮が、空気を揺らした。 「くそ、くそ、くそくそくそ……私はどうしてこんな所にいる!!どうしてあの場所に立っていないんだ!!!! 誰が世代最強だって!?誰がブリューに勝ち越してるのか誰も知らないのかい!?……私じゃないか!!!! 君が一瞬見た世界は、蹴られた背中は、私のものだ! 世代最強の座は渡さない!!!渡したく無い!!!! いや本当は!!去年のジャパンカップの時にはとっくに気づいていたはずなのに!!!!!なんで私は未だに脚を動かしてないんだろうねぇ!!!!!!!!!」 慟哭とも言えるタキオンの叫びを、珍しくポッケはただ黙って聞いていた。 タキオンの息が落ち着くのを待って、ポッケがある紙束を差し出す。 「ん」 「なんだいポッケくん……これは……」 「アオハル杯のチーム参加の申請書と説明書。ダンツは先約があったから無理だったけどカフェは出国前に記入済みだ。 チーム名は現時点で全然いいのが決まんなかったから、お前がいい案出してくれたらそれで行くつもりだ」 「いやいや何を急に言ってるんだいポッケくゥん、私は入るともなんとも」 「現時点でブリューのいるチームが決勝戦進出決定してるぜ」 「!!」 タキオンの耳がぴくりと反応する。 「オレは多分有馬でブリューと戦う。オマエは流石に今から有馬はきちーけどアオハル杯のスケジュールなら間に合うだろ あとはオマエ次第だタキオン、先行くぜ……」 そう言い残してポッケは書類を両手持ちしているタキオンを背に去って行った。 タキオンはポッケがいなくなってしばらく後、乱雑に物の突っ込まれた白衣のポケットを漁り出てきたボールペンを握り締め、 自身の名とチーム名の所に【新時代の扉】と走り書きをした後「待ってくれ!」と叫んで彼女の後を追った。 おわり おまけのサポカデッキ ブリュレスタミナSSR:余裕綽々 ブランジェスピードSSR:弧線のプロフェッサーと追い込みと先行のコツと汎用コーナー系 タキオンスピードSSR:アンストッパブル カフェ賢さSSR:尻尾上がり ポッケスピSSR:ありったけ ダンツ賢さSR:イナズマステップ