「アンタ、"鉄塚クロウ"だな…」 黒渦岩次郎の声に深呼吸の後、片膝をつき蹲っていた白髪の青年が眉間に皺を寄せたまま視線を返す 「ウワサには聞いてたぜ、デジモンとテメェの拳で真っ向から殴り合うイカれたオトコが最近いるってよ。…一度戦ってみてぇと思ってたトコロだ」 「…あー、そいつぁ光栄だぜ。だが今は」 ───が、予想に対して何やら歯切れ悪く…よく見れば何やら疲弊した様子で口を開いたクロウに黒渦が眉を顰めたその時 「鉄塚さん見ぃーつけたぁーーーっ!」 「ウワァーッもう来たのかよ!」 バキィーン!黒渦の背後に立っていた木の幹が突如真横にへし折られ、その剣呑なエントリーに不相応な"かしましい女児"の笑い声。名指しされた彼はすかさず逃げに転じ、あっけに取られた黒渦を置いてスタコラと駆け出す 「ンなァ…ッ!って待ちやがれ鉄塚ァ!?」 「待ってよ鉄塚さーん!バトルしよー!?」 「俺はオンナに手を挙げるシュミはねぇーっ!?」 走る。走る。走る クロウを黒渦が追い、本来ならば敵前逃亡をはかるその背中へ腰抜けと咎めるところだが… さらに背後でだだをこねるように幾重にも叩きつけられる奈仁濡音ノノのハンマーが土煙と通りすがった何かをところ構わず破壊していく これには漢・黒渦すら振り返るのが躊躇われる 「何なんだあのガキはぁ…!」 「へへっ俺のファン…なんて呑気なもんじゃねえんだけどよ、だいたいオメーと同じ理由で付き纏われてらぁ!」 「んだよ…さっさと戦ってやったらいいんじゃねえか」 「『強い男になるための鉄則・その11』女子供には優しくあれ───それ抜きにしても理由はどうあれ殴るなんざもってのほかだろうがっ!」 「だがアイツはそれでもアンタ目当てなワケか……オイ名前は!」 「わたし?ノノ、奈仁濡音ノノ!」 「よっしゃノノ、コイツ捕まえて順番にシバくぞ!」 「げええっマジかよ!?」 爆発。爆発。爆発 さらにけたたましく激しく、増殖した追手は苛烈にクロウを攻め立てる 「もらったーっ!」 「捕まえたーっ!」 「ぎゃーーーっ!」 クロウ、背中にノノが追突し脚を黒渦のタックルで拘束されついにお縄…! 「さぁー鉄塚よォ、もう逃げらんねえぞ根性見せろや…」 「バトルっバトルっ」 「わかった!わかったっつーのあんまくっ付くんじゃねえ恥ずかしいだろうが!あと重えぞリーゼント頭ぁ!」 「───なるほど事情は把握しました」 「なにっ」 「ようこそオールマインドへ(ガサガサ)」 「うわエージェントK!」 「お姉さんだれー?」 「何もんだアンタ…」 その時茂みを掻き分け、もみくちゃになる一同の前に現れた隻眼の女性…は頭と両手に木の枝を携えた簡易偽造の装いながらぬるりとした笑みを浮かべる 「そのような要望にこそオールマインド…我々のアリーナがお応えできるかと。どうぞこちらへ、案内しましょう」 「というわけでVRアリーナ、今回の検証は《人とデジモンの共闘》───いえ、正確には"人とデジモンが同じ相手に立ち向かい共に武力を用いて戦闘行為に及ぶケース"でしょうか」 「人が自らデジモンに殴りかかる、バカじゃねえのか…」 ギャラリー席から見下ろすモチモンとエージェントKの目線の先、舞台にて激しく踊り狂うのは3対のテイマーたち。そのいずれもデジモンと共に己が肉体、あるいは武具を用いて人やモンスターなどという隔たりを容易く超えてしのぎを削る 「まったく、どちらが怪物(モンスター)なのかわかりゃしねぇ」 「人間の可能性とは不可解なものですが……だからこそ知る価値がある。そのために彼らに声をかけさせていただきました」 「物好きなヤロウだぜ…」 「オラオラァ!!」 「黒渦お兄ちゃんつよいねー!わたしも…くらえーっ!」 「今回は2人がかりかよっ…つーか黒渦のヤロー何て重ぇ拳しやがるっ」 「フッ…ナメんじゃねーぞ鉄塚。伊達に13の中坊で東京卍死四代目総長やってた訳じゃねーぞ!」 「13…じゅうさん!?オイオイオイぜんぜん中坊がしていいパンチと面構えじゃねーぞこの気迫!」 「手ぇ抜いてっとオダブツだぜ!!」 男の拳骨と少女のハンマー、それらの集中砲火を彼のパートナーが"変身"した盾で一度に食い止め弾き上げるクロウ。さらに追い討つリベリモンへ盾を投擲し───眼前で"ルドモン"へと成り変わり必殺を放つ 「ウォルレーキッ!」 「チィッ……なにっ!」 「オラァー!」 ルドモンの一撃を凌いだ途端、その背後から二段構えに飛び出した人影……リベリモンに突き立てられたクロウのパンチに光が沸き立ち、デジヴァイスに乗せて解き放つ 「デジソウルチャージ!」 「───ティアルドモン!!」 進化したティアルドモンが着地と共に加速。獣の如き目にも止まらぬ速さで黒渦とスナリザモンの背後から氷魔法を解き放ち2人を拘束する 「冷てぇッ!」 「ワー動けない!?」 「へっ戦闘不能だぜ黒渦。あとはノノたちを…」 「どっかーーーん!!」 「ぐえー!?」「ク、クロウーー!?」 「あとはアナタねティアルドモン。いっくよーリベリモン!」 「ま…まかせた……ぜ(ガクリ)」「ハッハ、詰めが甘ぇな鉄塚ぁ!」 「うおおお負けられねぇー!」 「…人がデジモンを引き立て、人がデジモンより前に躍り出て、人がデジモンを武器に変え携え戦う」 「ケッ、どいつもこいつも脳みそまで筋肉でできてやがる…付き合ってらんねえぜ」 「ですが、意中の範囲外からテイマーという存在の概念に囚われず襲いくる第二の矛…それを可能にするフィジカル、メンタル…それがここまで戦術の幅を広げるとは」 ───イレギュラー。その言葉が彼女らの脳を掠める 「…興味深い」 「いただきまーすっ」 「さすがに"ぶいあーる"とはいえぶっ通しで50戦は腹が減るな」 「アリーナに売店があって助かったぜ。おっこのパン美味えな」 買い込んだ山盛りの惣菜パンらをテーブルに広げて昼食。デジタルワールド由来の食材こそ使われているがクロウや黒渦のような学生諸君には慣れ親しんだ味わいのパンに舌鼓を打ちながら、テイマーとデジモンたちは互いに拳を交えた感想と世間話が入り混じる VRの最中とはいえほとんど実践と謙遜ない戦闘体験の中で互いの実力を確かに認め合った各々はすっかり肩の力が抜けた様子で健闘を讃える 「あそこで黒渦のパンチがクリーンヒットした時はVRじゃなきゃ俺ノビてダメだったな」 「オマエこそデジソウルを纏わせたパンチ…理屈はわかんねぇがマジでデジモンをこうも簡単にぶっとばせるもんなのか…すげぇな」 「みんなすっごく強くて久しぶりにすっごくたのしいー!でも素手でハンマーを飛ばされちゃった時はびっくりしたなぁ」 「デジモン殴り飛ばすのとどっちが大変だ?」 「つかノノのハンマー真っ向から殴るのマジで怖えからもう勘弁してくれリアルでやったら腕が幾つあっても足らねえよ」 「まぁオレも武器相手に真正面からやり合うとのは避けるだろうな。ただならねぇ嬢ちゃんだと思ってたがこっちも大概超人めいてやがるぜ…世界は広いな」 「お前たちも強かったな…スナリザモンお前はどれを食う?」 「これ!」 「リベリモンこれもうまいぞ」 「貰おう」 黒渦のスナリザモンにはリベリモンが包装を開けてパンを渡し、ルドモンとシェアしたパンを頬張る。そうしているうちに山積みの惣菜パンはあっという間に姿を消し 「むっ…」「おぉ…?」 最後の焼きそばパンの手前、オトコ2人の掌が立ち止まり火花が散る。テーブルを立ち静かに睨み上げた双方が拳を引き絞り… 「───ポン!ポン!ポン!ポン!」 瞬く間の三度の"あいこ"の後、黒渦がしたり顔で全身で勝ちを誇り、クロウが悔しげに唸る 「フン…!悪いが育ち盛りなんでな」 「くぅー、チクショー…」 最後のやきそばパンを豪快に掴み上げ大口でかぶり付かんとした黒渦……不意にやんわり刺さる視線 「……」 「……確かにオマエも育ち盛りか、半分食え」 「ありがとーっ!」 彼女の屈託のない笑みが眩しく、ぶっきらぼうに皿に半分こした焼きそばパンをノノの前に差し出して残りを齧り付いた するとノノもまたその焼きそばパンを少しちぎり右前のクロウに差し出したのだ 「はい、鉄塚さんもどーぞ!」 「オオッいいのか?サンキューなノノ……ん、どうしたそんな嬉しそうな顔してよ」 足をパタパタ遊びながら、戦いの最中で見せていたギラついた笑みとは別の無邪気な微笑みでクロウと黒渦たちを交互に眺めてノノは頷く 「ごはんってみんなで食べると美味しいんだね」 「「…そうかもな」」 彼女の意見に男たちも顔を見合わせて、やや気恥ずかしそうに頷くのだった 「「「ご馳走様でした」」」 「じゃあ続きやろーよっ」 「フッ、オレとスナリザモンは構わねえぜ」 「おーし、やってやろうぜルドモン!」 「オレたちで全戦全勝だぜ!」 「あぁん?できるもんならやってみな」 「おぉん?歳上の威厳ってヤツをとくと見せてやろうじゃあねえか」 「ノノ、ああいうのを大人気無いと言う。覚えておけ」 「ふーん。でもそのほうがたのしよねっ!」 「へっ、おっかねえ嬢ちゃんだぜ」