※太線(━━━━━━━━━)は語り手の変わる場面転換、細線(─────────)は語り手の変わらない場面転換を表しています。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 硬化した腕に剣が弾かれた反動で、ミネルヴァモンは武器を取り落とした。 「クソッ…こいつ固くなってる…?」 「ッシャァァ!!もう私にはその程度の刃は通ラない!」 その隙を狙い、アルケニモンは彼女の体を貫こうと脚の一本を振り下ろす。 「危ない!シャッコウモン、デジクロス!」 司の持つレプリクロスローダーの上部に描かれたVのシンボルが輝く。 三体のシャッコウモンはデジクロスし、聖なる盾『イージス』を形成した。 ギリギリでミネルヴァモンを護った盾は、その威力に耐えきれなかったのかクロスオープンしてしまった。 「嘘だろ…前はこれで余裕だったのに…」 「ツカサ!このままじゃやられる!早く超進化を!!」 司は躊躇していた。確かにこのままでは勝ち筋は見えない。だが、彼は超進化している時の彼女からどこか薄気味悪さのようなものも感じていた。 超進化することは彼女にもよくないのではないか。そんな考えが彼の脳裏をよぎった。 しかし、戦いの最中に考えこむのは明確な隙となる。アルケニモンはその隙を見逃すほど甘くはなかった。彼女が操るコドクグモンが彼の元に差し向けられ、息の根を止めんと襲いかかる。 「ん?うわッ⁉︎」 司はすんでのところで襲撃に気づいたものの、彼の着ていた学生服の袖は齧り取られてしまった。 「安くねえんだぞこれ!」 再び飛びかかってくるコドクグモンを蹴り飛ばしながら彼は叫ぶ。もう迷っていてはいられない。クロスローダーを持つ彼の右手に、光の輪が現れる。 「ミネルヴァモン!超進化!」 彼がそう叫びながら右腕を振り上げると光の輪は幾重にも増え、ミネルヴァモンへと向かっていく。 「はああぁぁぁぁぁ!!!」 彼女の持つ大剣─────オリンピアは伸長し、さらに大きく。 彼女が身に纏う金色の装備は白く、鋭く、シャープなものへと変化する。 「超進化!!メルヴァモン!!!」 体は相変わらず小さなままだが、装備はさらに強化された姿─────メルヴァモンアーリーモードへと進化した彼女は、オリンピア改にすこし振り回されながらも、アルケニモンへと向かっていく。 「クレイジーゴーラウンドDX!」 風すらも巻き起こす高速の回転斬り。かつて司とともに初めてアルケニモンと戦った際には一撃でそれを切り裂いたこの技をも、今のアルケニモンは耐え、噛みつきで応戦までしていた。 「シャッコウモン!サポートを!」 「「「アラミタマー!」」」 斬撃を防がれ、まるでコマのように弾き飛ばされるメルヴァモン。彼女が与えた僅かな傷に、司の指示を受けた三体の熱線が集中する。 「イ”ヤァァ''ァァァ!!!熱イ!あツい!!」 赤熱した傷口に、再びメルヴァモンの回転斬りが食い込む。 彼女は食い込んだ剣を振り上げ、アルケニモンの体を両断した。 「ああアぁあ婀”あ”阿”ぁ”ぁ”亞”……」 ノイズが強く混じった断末魔を上げ、アルケニモンは赤黒いデータの飛沫となり、霧散した。 ───────── 「はぁ……はぁ…」 オリンピア改を地面に突き立て、片膝をつくメルヴァモン。 司もそれを見ながら地面に座り込んでいた。 「今度も…なんとかなったか…」 アルケニモンが襲撃してくるのはこれで4回目。その度にアルケニモンは強くなっていた。今日のように押されることも増え、状況はお世辞にもいいとは言えなかった。 「イグニー────あっ……大丈夫だったか、司?」 司は無意識にクロスローダーを操作し、超進化を解除していた。 ミネルヴァモンは超進化に伴う幻覚から解放され、少し残念そうな顔をしながら、パートナーの無事を確認した。 「左の袖を持ってかれた…どうすっかなこれ…」 「もう着なくてもいいんじゃないか?服はどこかでアタシが調達してくるよ」 二人がそんな話をしていると、シャッコウモンたちも話しかけてくる。 「ツカササン、ミネルヴァモンサン、ダイジョウブデスカ?」 「アタシたちは大丈夫。オマエらも大丈夫そうだな。さっきは助かったよ!」 彼らはアルケニモンが根城にしていた街の住人の中でも、レベルの高かったもの達だ。街の住人は司達がアルケニモンを倒してから、礼として彼らの家の工面や生活の手助けをしてくれている。 シャッコウモンのように戦闘の手助けをしようとする者も、少数ながら存在するのだった。 ━━━━━━━━━ 「ツカサ!服を手に入れてきたぞ!」 戦いの次の日、ミネルヴァモンの声で俺は目を覚ました。 いつの間にか寝てしまっていたらしい。この村に来るまでは基本的に野宿だったせいか、ベッドがあれば多少寝にくい服装だったとしてもすぐに眠れるようになってしまっていた。 ましてや戦いの後だ。俺も彼女もだいぶ疲れていたはず。こうなってしまうのもある意味当然だろう。 というか、ミネルヴァモンはいつの間に起きたのだろう? 「だいぶ寝ちゃったみたいだな…」 リアルワールドにいた頃、俺は勉強に追われ睡眠時間を削りに削っていた。しかし、こちらの世界に来てからはぐっすりと眠ることができるようになっていた。 明らかに体の調子が良くなっている事も、それと無関係ではないのだろう。 「なあ!どうだ、この服?」 「………カップ…印?」 彼女がウキウキとした様子で見せてきた服には、「カップ印」というロゴが印刷されていた。確か砂糖のロゴだったか…とにかく、カッコいいとか、可愛いとか、そういう一般的な感想は言いずらいデザインだった。 「他のは…ないのか?」 「そうだなぁ…これはどうだ?」 次に彼女が見せてきたシャツには、座り込む猫の柄が描かれていた。 悪くないんじゃないか?そう思ったが、その猫の下にはやたらと達筆な筆文字で、[美丈夫]と書かれている。 「うーーん………そっちの方がいいかな…」 まあ…さっきのよりはマシか。筆文字に一抹の不安を抱えながらも、それを受け取り着替えてみる。サイズは悪くない。破れた学ランを着続けるよりはマシだろう。 ただ、自分の世界から持ち込んだ服を手放す事に、名残惜しいという感情も少し持っていた。 「この服、どこから持ってきたんだ?」 「ここの近くには人間が来る服のデータが流れ着くところがあるって教えてもらったんだ。そこからアタシが良さそうなのを持ってきた!気に入っただろ!」 このなんとも言えないシャツは彼女の趣味だったらしい。ただ、彼女の屈託のない笑顔には、どうも文句を言えない。 「今度は俺もついていくよ…」 そう言っておくのが、一番無難だろう。 「そうだ、あとこれもな。」 「おっサンキュ。」 彼女が投げ渡してきたのはジーンズと下着が何枚ずつか。よかった。こっちの趣味は普通らしい。 そうだ、彼女に話したいことがあったんだった。 ━━━━━━━━━ 「なあミネルヴァモン、アルケニモンのことなんだけど…」 私の選んだ服を受け取ると、彼がそう切り出してきた。 「な…なんだツカサ?今度こそアイツはアタシが倒しただろ?」 アルケニモン。その名前を聞くと、今でも鮮明にあの時の光景が脳裏に過ぎる。 「前の時も、そのまた前もそうだった。アイツはいくら倒してもまた襲ってくる。」 赤く爛々と光り、焦点の定まらない目。 「それに倒すたびに強くなってる」 色を失い、まるで朽ち果てたかのような白さをした髪。 「今回だって危なかった」 醜く肥大化した腕には、胸を貫かれた弟が力なくぶら下がっていた。 「次こそはヤバいかもしれない」 弟と笑い合っていたあの声で、あの子の事を好きだと言いながら赤らめていたあの顔で、アルケニモンは彼の体を喰らった。 「ミネルヴァモン聴いてる?」 「あっ!…ごめんツカサ…聴いてなかった」 ラクネがどうしてああなったのかはわからない。けど、この事をツカサに知られてはいけない。この真実は私だけが背負っていればいいんだ。 「はぁ…とにかく、アルケニモンの事をもっと知らなきゃいけない。本当はもっと何か知ってるんじゃないのか?アイツは明らかに君を狙ってる。」 「前にも話しただろ?アタシは前に一回アイツと戦っただけ。それ以上のことは何も知らないって!」 嘘をついた。 「俺がアルケニモンに襲われた時の君はどう考えても普通の怒り方じゃなかった。本当にそれだけか?」 「ツカサが襲われたら怒るのは当然だろ?」 私は嘘つきだ。私は彼を弟と重ねている。だからあの時は我を忘れて怒り狂った。でもこのことがバレれば、きっとツカサは私の事を受け入れてくれないだろう。 この好意がマトモな感情じゃないことなんて私にだってわかってる。それでも私は彼を離したくない。嘘をついてでも。 「アルケニモンが言ってた報いってのも気になる。君は何をしたんだ?」 「だから何度も言った通りだよ!アタシが嘘つくわけないだろ!!」 「っ────すまない…疑って悪かった。でも、アルケニモンのことで思い出したことがあったらなんでも言ってくれ。俺だってアイツを倒したいんだ。」 「アタシこそごめん…ちょっと頭冷やしてくる。」 私は嘘つきなのに。ツカサに謝らせてしまった。私はイグニートモンを守れなかった。イグニートモンは私の手の届かないところへ行ってしまった。 ツカサが私のことを嫌いになったら、彼まで私の元からいなくなってしまうかもしれない。それだけは嫌だ。彼のことは絶対に離さない。何をしてでも。 ━━━━━━━━━ 頭を冷やすと言って、ミネルヴァモンは部屋を出ていった。 「怒らせちゃったかな…」 ベッドに横たわって、さっきの自分の言葉を思い返す。 彼女を疑うなんてよくなかった…いくら焦っていたとは言え、まずいことをした。俺がミネルヴァモンを信用できなかったらアイツに勝てるはずがない。 そう反省しながら手慰みにクロスローダーをいじる。 まだこれにどれぐらいの機能があるのか把握できていない。格納、デジクロス、超進化。アイツを倒すために必要な機能がまだ眠っているのかもしれない。 マップ、これは普通に便利そうだ。周囲の地形を把握しておけば役に立つことも多いだろう。 MP3プレイヤー…?今時こんな機能あっても使い所ないな… ぐるぐるとダイヤルを回しながら、機能を見ていく。 デジタルゲート生成。この機能があることは少し前から知っていたが、使うことができない。「Required data is missing. Unable to execute the function.」と表示されるあたり、 ゲートを開くためのデータさえあれば俺は帰ることができるはずなのだが… そう思いながら見ていくと、ある機能が目に止まった。 この機能なら…もしかすると…アイツを… ━━━━━━━━━ 村の近くの森の中。ドクグモンやコドクグモンが集まっている一帯があった。そこに赤黒い粒子が集まっている。 粒子はそのうちの何体かを巻き込み卵のような形をとったかと思うと、一瞬普通の人間のような形となってから全身が変容し、アルケニモンとなった。 「覚えた…!オボエタ…!今度こそ…ミネルヴァモンヲ!」 アルケニモンはそう叫ぶと、周囲のドクグモン達を取り込み始めた。 彼女はさらに、自らの糸を体に纏い始めた。防御をさらに固めようとしているのだろうか。いずれにせよ、それが次の戦いのさらなる激化を意味していることは、間違いなかった。 ━━━━━━━━━ 「イグ…ニ……ツカサ………んんぅ…ん…?」 翌朝─────司に抱きつきながら眠るミネルヴァモン。彼女はデジモン達の悲鳴と建物の崩れる音で目を覚ました。 「まずい…!起きろ!ツ〜カ〜サ〜!!!」 「ん…ミネルヴァモン…?勘弁してくれ…もう出ないから…」 「何言ってんだよ!アイツが来たんだ!」 「マジかよ…!?早く行かないと!」 ミネルヴァモンに叩かれ、寝ぼけ眼だった男も血相を変えて飛び起きる。 外では、前回の襲撃時よりも幾分か巨大となったアルケニモンが暴れていた。 それが纏った糸はまるでドレスのようになっており、淑やかな妃のようであった。最も、彼女が暴れていなければ、の話ではあるが。 振り下ろされた脚の一つが壁を貫き、その中からは悲鳴が聞こえる。 「こんな早く襲ってくるなんて…」 アルケニモンは二人がいるのを見つけ、手に掴んだ何かを投げつける。 「うがあっ…」 飛んできた何かをミネルヴァモンが盾で防ぐと、その何かはうめき声をあげた。 「ルカモン!?大丈夫か?」 防いだものの正体に気づき、彼女は驚愕し声をかける。 彼女はルカモン。村の近くを流れる川に住むデジモンだ。 「ごめん…足止めしようと思ったんだけど…」 どうやらアルケニモンを足止めしようとし、逆鱗に触れたようだ。 「ツカサ」 「わかってる。ルカモン、こっちで休んどけ」 ルカモンの体が光になり、クロスローダーに吸い込まれる。 二人は改めてアルケニモンを見据える。 「今度こそ確実に決着をつけるよ!ツカサ!」 「わかってる。最初から本気でいこう!」 掲げられたクロスローダーが輝き、それに呼応してミネルヴァモンの装備が白く輝く。 「メルヴァァァァァ…!」 メルヴァモンアーリーモードを目にしたアルケニモンは鳴き声と叫び声の中間のような声を上げ、彼女に向かっていく。 アルケニモンの通り道にある物は薙ぎ倒され、村のデジモン達も自らの身を守るのに手一杯だった。 「はぁぁぁっ!!!」 メルヴァモンは跳躍し、上空から思い切りアルケニモンに斬り掛かった。 「何っ⁉︎──────」 しかし過去に幾度もオリンピアに斬られ、学んだアルケニモンには、すでにただ斬りつけるだけでは傷を与えられなくなっていた。 纏った糸は剣を弾き、その反動でメルヴァモンは姿勢を崩した。その隙にアルケニモンは糸を彼女目掛けて撃ち出す。 「うわぁああぁっっっ!!─────うぐぅぅっっ……痛っ………」 体を糸に絡め取られ、瓦礫へと突っ込む。そのダメージにより彼女の超進化は解けてしまった。 さらに糸は瓦礫にも張り付き、彼女の動きを封じる。 アルケニモンは彼女に狙いを澄ませたまま、その口を開いた。 喰われる。ミネルヴァモンはそう予感したが、それは違っていた。アルケニモンの口からは燃え盛る炎が噴き出てきたのだ。 「危ないミネルヴァモン!デジクロス!頼んだシャッコウモン!」 間一髪のところで司が作ったイージスにより直撃は避けられたが、彼女が動けないという現状に変わりはなかった。 「俺が行くしかないか…!」 司はミネルヴァモンが囚われている瓦礫に走った。 「来るなツカサ!!」 彼女の静止も聞かずに彼は炎に突っ込んだ。 「熱っっつ!!──────大丈夫かメルヴァモン!」 「ツカサ…火傷してるじゃないか!」 「そんなのどうだっていい!」 彼はミネルヴァモンが落としたオリンピアを拾い上げ、糸を切り裂いた。 「ただ守られてるわけにはいかない。俺も一緒に戦う!俺はミネルヴァモンのパートナーだから!」 そう言いながら手を差し伸べる司。その手を取るミネルヴァモンの手は震え、目にはなぜか恐怖の色が浮かんでいた。 ───────── 「とりあえずここを離れて体勢を立て直そう!掴まっててくれよ!」 司はミネルヴァモンを背負うと、イージスを構え、なぜか炎へと向かっていった。 「ツカサ…そっちは…!」 「大丈夫だ、俺を信じてくれっ…!」 男はそのままアルケニモンの股下をくぐり抜け、ついでにそこを斬り付けた。 「ぎゃゥうぅ……!ニンゲンの方までぇぇ…!!」 幸運にも股下までは糸が張り巡らされておらず、他の部分よりはダメージが通りやすかったようだ。すぐさま脚を使い貫こうとするアルケニモンだったが、そこに邪魔が入る。 「ヘ〜イアルケニモ〜ン!こっちだぜェ〜!」 ディスクを飛ばしながら煽るのはガワッパモン。彼もまたこの村の住人だ。 「助かった!」 「危なかったじゃねえか。オレが来なけりゃお前ら丸コゲだぜ?」 ガワッパモンは二人が先程までいた瓦礫を指差す。炎はあたり一帯に広がっていたが、そこだけがなぜか激しく燃えていた。 「糸が燃えてるのか…?なら…ガワッパモン!ルカモン!デジクロス!」 2体のデジモンは鏡の力を持つ盾、イロニーの盾へと姿を変えた。 「ツカサ…何をする気なんだ?」 「あの糸は燃えやすいっぽい。だからアイツの炎をこれで跳ね返して火ダルマにしてやるんだよ。」 そう言いながら男は盾をミネルヴァモンに差し出した。 「………わかった。気をつけてね、ツカサ。」 ミネルヴァモンは彼が何をしようとしているのか察した。本当は司を守りたい、司に戦って欲しくないと思いながらも、今の自分がアルケニモンを倒すために取れる術はそれしかないことを、彼女は理解していた。 ───────── 「お〜い!アルケニモン!」 注意を引くため、ミネルヴァモンが大声を上げる。アルケニモンは当然、声をした方へ向いた。 「これでも喰らいな!」 彼女は家の残骸を投げつけたが、アルケニモンの腕に防がれ、かすり傷にもならなかった。アルケニモンは即座に反撃しようと拳を飛ばすが、ミネルヴァモンは跳躍してそれを翻した。 「シャッコウモン!いつものやつ頼む!」 「「「リョウカイ!」」」 赤い光線がアルケニモンに向かって放たれる。やはり有効打にはならないらしく、アルケニモンはそれを意にも介さず、彼らを一掃すべく炎を吐く構えを取る。 「来た…!」 ミネルヴァモンは盾を構え、アルケニモンの前に立ちはだかる。 「ジェネラスミラー!!!」 「ギャああァアァぁ!!!!!!燃えルうぅぅ!!!!」 盾は計画通り炎を跳ね返し、アルケニモンの体は炎に包まれた。 悶え苦しむアルケニモンは地面に倒れ伏した。 それを見て、オリンピアを持った司は瓦礫の上からアルケニモンに飛び掛かる。 「ここだぁぁぁ!!!!」 男はアルケニモンの腹に大剣を突き刺す。 「はあぁぁぁぁぁ!!!!!」 さらにその剣目掛け、ミネルヴァモンが落下の勢いを載せた強烈な飛び蹴りを放ち、剣はさらに深々と突き刺さった。 「あぁぁ唉あ”あ”あ痾”ぁ”あ”妸”あ”鵶”!!!!!!」 アルケニモンはまたもノイズ混じりの断末魔をあげ、データの粒子となって消えようとしていた。 「今だ!捕まえてやる!」 「ツカサ!何を──────」 司がクロスローダーを振るうと、半分粒子化したアルケニモンを紫の光の輪が縛る。 「頼む…!」 紫の輪は、粒子とともにクロスローダーに吸い込まれた。 クロスローダー内で粒子は再構成され、アルケニモンの姿が表示される。 「捕まえられた…のか?」 「何をしたんだツカサ!」 「クロスローダーにデジモンを捕まえる機能があったんだ。こうやって閉じ込めておけばもう襲ってこれないだろ?」 彼はクロスローダーの画面をミネルヴァモンに見せながら説明する。 「そう…か………ん?何か出てるぞツカサ」 彼女にそう言われ司が画面を確認すると、そこには「Required data has been verified. Releasing the digital gate generation function.」との表示があった。 「これ…まさか…」 彼はクロスローダーを正面に構え、「ゲートオープン!」と叫んだ。 すると空間にはいくつものノイズが走り、四角いヒビ割れのようなものが現れる。 その光景は、ミネルヴァモンにとって見慣れていたものだった。自分たちに手を振りながら楽音が帰っていったゲートと開き方も見た目も完全に同じ。 彼女は自分の鼓動が早くなるのを感じた。 「これで…帰れるのか…?」 「まって!!!!」 手を伸ばしゲートに触れようとしていた司の耳に、ミネルヴァモンの叫びが突き刺さった。 ━━━━━━━━━ 「まって!!!!」 ミネルヴァモンの声が聞こえたかと思うと、俺の体は地面に倒れていた。 彼女が俺に覆い被さっていることからすると、俺は飛びかかられたみたいだ。 「いたた…何すんだよミネルヴァモン!」 「行かないでくれ…」 そう言った彼女の声は震えていた。泣いているのか?まさかそんな。顔は見えないが、きっと違うだろう。 「お願いだ…帰らないでくれ…」 「俺がずっと帰ろうとしてたのは知ってるだろ?離してくれ」 彼女は俺を掴んで離そうとしない。 「アタシは…アタシはもう…あなたのことを離したくない…」 顔を上げた彼女の目は涙で濡れていたが、それ以上に不気味に赤く爛々と輝いていた。 「アタシにできることなら…なんでもする…だから……だから私のものでいてくれ…!」 「ミネルヴァモン何言って…」 彼女は立ち上がり、武器を構えた。 「どうしても離れたいなら…アタシのことを殺してみろ。」 振り下ろされた剣は、俺の足を掠めていた。 「立ちなよ。それとも一生アタシのものでいてくれるのか?」 彼女の装備にヒビが走る。 金色の部分が剥がれ落ち、黒色へと変化してゆく。 「おい…どうしたんだよミネルヴァモン!」 俺の叫びにも反応せず、彼女は大剣を振るった。咄嗟に身を守ろうと腕を出す。 左腕が熱い。いや、痛い。血が流れ出していくのを感じる。 「─────────っっっっ!!!!!」 声にならない叫び声をあげているのが自分である事に、すぐには気づけなかった。 「ごめんね…ツカサ…手当てしてあげるから…」 虚ろな笑みを浮かべながら、ミネルヴァモンがさらに俺に近づいてくる。 「ナニヲシテイルンデスカミネルヴァモンサン!!」 この騒ぎを聞きつけたのか、シャッコウモンがこちらへと駆け寄ってきた。 「うるさい!!!!!」 彼女の叫びと共に、赤黒い波動が彼女から発せられる。 その波動を喰らったシャッコウモンはわずかに痙攣した後、動かなくなった。 「何を…したんだ?」 彼女は答えない。 「ねえ…なんで逃げるんだ…?どうしてアタシから離れようとするんだ…?」 まだゲートは開いたままだ。このまま後退りながら入れれば…! 「ツカサ!!!!!!」 再びミネルヴァモンから波動が発せられる。 それによって、クロスローダーが弾き飛ばされてしまった。 「しまった…!」 俺の手からクロスローダーが離れるのと同時に、ゲートの周囲に走っていたノイズは急激に不安定さを増し、終いには消えてしまった。もう逃げ道はない。 クロスローダーを取りに行けば彼女に何をされるかわからない。この状況で俺はどうすれば良い…? そんな時、俺は彼女の背後で光を反射している物に気付いた。これしかない。俺は立ち上がり、彼女に向かって走る。 「ツカサ!」 手を広げる彼女を突き飛ばし、その背後にあるイロニーの盾に向かった。 「痛いじゃないかツカサ…だめだろ?お姉ちゃんにこんなことしちゃ!」 武器を振るう彼女を鏡に映しながら叫ぶ。 「ジェネラスミラー!」 彼女の剣を弾いたのは、鏡から現れたもう一振りの剣だった。 俺は鏡からそれを引き抜き、構えた。 「ミネルヴァモン。俺は帰りたい。だから…だから俺は、君を倒す。」 覚悟はとっくに決まっていた。ためらっていられない状況にはこっちで何度も直面してきた。もう、やるしかない。 「どうして…どうしてどうしてどうして!どうしてアタシの元からいなくなるんだ!」 彼女の一撃を幅広の刀身で受け止める。 「向こうには家族だって友達だっている!やらなきゃいけないことだってたくさんあった!」 受け止めた剣を押し返しながら、こちらも切り上げを放とうとしたが、飛び退きで避けられてしまった。左手にうまく力が入らない…片手で扱うにはこの剣は重すぎる。 「それは本当にやらなきゃダメ…?ツカサが苦しんでまで!?」 「俺は苦しんでなんかない!!」 何とか重さをうまく利用し切り掛かったが、彼女に軌道を逸らされ、剣は兜に当たった。兜の羽飾りは根本から切断され、撃ち落とされた鳥のように地に墜ちていった。 しかし、その程度で彼女が止まるはずもなかった。 「嘘!ツカサはこっちにきた時に苦しんでた!アタシにはわかる!」 「うぐぅっっ!!」 さっきミネルヴァモンがやったように、俺も刀身を上手く使ってなんとか攻撃を逸らした。それでも、その衝撃は体を軋ませる。 彼女が言ったこと…確かに、こっちにきた時の俺は健康とは言い難かった。こっちで暮らすうちに調子が良くなっていたのも事実。向こうにいた頃の生活に嫌気がさしていたのも事実。 じゃあ帰らなくても良いんじゃないか? こっちで彼女と暮らせば…………… 「ね?アタシと一緒にいよ?」 俺の揺らぎを察したのか、彼女が懇願するように語る。 ダメだ。俺を心配している人だっているはず。 それに向こうじゃなきゃできないこともある。 俺はわがままだ。どちらかを選ぶことなんてできない。 そうだ。離れずに帰る方法があるじゃないか。 「俺は…俺はお前と一緒に居たい!でも自分の世界にも帰りたい!だから…一緒に来てくれ!」 彼女の動きが止まった。今度は俺が彼女の元へと近づく番だ。 指先が彼女の頬に触れると、電流の走るような感覚を覚えた。 ミネルヴァモンの記憶が、苦しみが、直接流れ込んでくる。そうか…君は…だから… 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!”!”!”!”!”」 もはや叫びなのかもわからない声と共に、俺は彼女に突き飛ばされた。 身体中に握りつぶされるような痛みが走り、左腕の感覚はもうない。 「ミネ…ルヴァ…モン…!」 地面に這いつくばりながら彼女の方を見た。彼女は膝から崩れ落ち、シャッコウモンを行動不能にしたあの波動を放ち続けている。 その波動から伝わってくるのは、今の彼女の苦しみだ。 苦しんであの姿になり、あの姿でいるから苦しんでいる。 「どうにか…助け…ないと…!」 這いずって何とか彼女に近づこうとするが、体が動かない。 動け!動け!!!ミネルヴァモンを助けるのは俺にしかできない! 「うおぉぉぁぁぁ!!!!!」 彼女に伸ばした右腕に、金色に光り輝く輪が現れた。 進化の光?クロスローダーはまだ吹き飛ばされたままのはず。 そうか…これは俺自身が持つ進化の光。 光はどんどん強くなり、俺のを包み込んだ。その光の力か、身体の痛みが引いてゆく。この力なら…! 「ミネルヴァモン!!!!!!」 波動を発し続ける彼女の元へと駆け寄る。 「もう一人で苦しまなくて良い!」 ミネルヴァモンの瞳は虚で、俺の姿など目にも入っていないだろう。 俺は再び彼女の頬に触れた。手には燃えるような苦しみを感じる。 「俺がいる…!だから正気に戻ってくれ…ミネルヴァモン。」 彼女の小さな体を抱きしめた。すると、触れている全身に苦しみが伝わってくる。 進化の光…彼女を助けてくれ…! ━━━━━━━━━ ミネルヴァモンの全身から放たれていた波動が収まった。 漆黒に染まった防具はほどけるように消え、一糸纏わぬ姿となる。 身長が伸び、体型は全身に丸みを帯び、ふくよかに。 大剣にはジグザグに交差した蛇の模様が浮かびあがる。 「──────ツカサ?」 彼女は自分にツカサが抱きついていることに驚き、声をかけた。 「……ミネルヴァモン!?」 一方、司はそれとは別のことで驚いていた。自分よりもかなり小さかったはずの彼女が、いつの間にか自分を見下ろすほどになっていたからだ。 進化の光はさらに彼女へと集中し、一点の曇りもない純白の防具になり、 左腕に装備されていた盾は蛇へと形を変えた。 「私…何を…ツカサ…腕が!」 半分状況を理解できていない彼女は、男の左腕の切り傷を見て、自分が何をしていたのかを全て思い出した。 「良いんだ…俺こそ君の苦しみを知──────くすぐったいって!」 彼女の左腕の蛇、メデュリアが彼の傷をチロチロと舐め始めた。 「お…おい!勝手に動くな!アタシのいうこと聞けって!」 「あはははっ──────舐めるのやめてくれよ!」 司は笑いながら彼女の方へと向き直ると、真剣な顔で言う。 「…君が元に戻ってよかった。」 「……ツカサのおかげでアタシは本当に進化できた。アタシは本当のメルヴァモンになれた…ありがとう。」 ━━━━━━━━━ 翌日。俺は左腕の傷に包帯を巻いていた。 「多分跡残りそうだな…」 正直、中学生の頃を思い出して気恥ずかしい気持ちもある。 「すまないツカサ…」 俺の隣で、上から傷を覗き込んでいるのはメルヴァモン。 急に俺よりも身長が高くなったせいで、正直落ち着かない。 「そのことはもう良いって言ったろ?」 彼女の兜にある飾りは左側だけ極端に短くなっている。暴走している時の彼女と戦った時、俺は左の羽飾りを切り落とした。 それの名残だろう…それでおあいこ。そういうことにしている。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 新規キャラデータ アルケニモン:絡新婦(ジョロウ)モード 自らが産んだドクグモン達を再吸収することにより身体を強化したアルケニモンが、防御性を高めるため自らに糸を纏わせた形態。 まるでドレスかのような装いで一見淑やかに見えるが、凶暴性は以前よりも増している。喰らったデジモンのデータから炎を吐く力を手に入れており、さらに厄介な敵となった。 糸は可燃性が高く、拘束した相手に炎を吐き掛け消し炭にすることが可能。 ※詰まるところイメージは妃蜘蛛です サイズは大体5~6mぐらい?足の部分が2mぐらいの高さがあれば多分股下を通り抜けられるはず シャッコウモン達、ガワッパモン、ルカモン 司達が現在暮らしている村に住む住人達。アルケニモンを倒した礼として二人に協力しており、デジクロスでそれぞれイージスとイロニーの盾となる。 ※武器デジクロスは玩具版クロスローダーを参考としています ミネルヴァモン:ディスペアモード ミネルヴァモンは元々、過去に関係する精神ストレスにより、弟のことを司に投影し依存していたが、それに加えレプリローダーによる超進化の多用、 過去の戦いで体に残留したアルケニモンの毒などが原因となり、データの不安定化が進行。司が現実世界に帰る手段を手にしてしまった事が致命的なダメージとなり暗黒進化した。 金色の装備類は黒く染まり、右目は光を失い、左目は赤く爛々と輝いている。 武器のオリンピアはオリンピアAへと変化しており、模様が消え失せている。斬れ味は低下したが、苦しみのデータによって傷口を治癒しにくくする効果を持つようになった。 必殺技は、自らの苦しみのデータをオーラとして放つ「ネガーアゴニー」 これを喰らったデジモンは激しい苦しみに行動不能となるが、同等の苦しみをミネルヴァモン自身も再び味わうことになる。体がデータで構成されていないデジモン以外のものには効果が薄い。 「ネガーアゴニーゼロ」は触れている相手に直接苦しみのデータを流し込む技。この技を喰らったデジモンは即座に消滅してしまうことすらありうる。 さらにデジモン以外にも通用するようになり、鮮明に自分の抱えた苦しみを相手に体験させることができる。 しかし、ネガーアゴニー以上に反動は大きいため、発動した場合自身もかなり大きなダメージを負うだろう。 これらの技はミネルヴァモン本人にも制御できておらず、最悪の場合、自分を構成しているデータ全てを苦しみのデータへと変換、放出してしまい消滅することすら考えられる。 これは「ネガーエンド」と呼ばれ、周囲のデータは汚染し、デジモンでは近づくことすらできなくなるという。 片角のメルヴァモン 司の持つ進化の光によってミネルヴァモン:ディスペアモードが進化した姿。 今まで超進化していたメルヴァモン:アーリーモードと違い、身体も大人のものへと成長している。 ミネルヴァモン:ディスペアモードが兜左側の羽飾りを切り落とされた影響で、メルヴァモンの兜飾りも左側のみ極端に短くなっている。このことから、片角のメルヴァモンと呼ばれている。 また、進化する前に「ネガーエンド」を発動しかけていた影響で一部のデータに破損が生じており、通常のメルヴァモンに存在する腰の赤い布やタイツなどが消失せているため、露出度が高い。 ミネルヴァモンの頃の身長は150cmほどだったが(メルヴァモンアーリーモードも同様)、メルヴァモンは195cmほどあり、司との身長差が逆転した。 キャラ追加データ 吉村司 男性 高2 身長175.5cm 体重80kg 短髪で髪型はツンツンした感じであることが多い。髪は黒い。 強面であることからあまり子供には好かれない。 受験生であることもあり、睡眠不足による目の充血やクマが見られていたが、デジタルワールドに来た事により回復した。 肩幅が広く上半身には比較的筋肉が多いが、最近運動不足なため、少し体重が増えている。 デジタルワールドに来た時の服装は学生服であり、そのまま戦闘を数多く経験していたため、ボロボロになっていた。学ランの前は閉めない派。 ミネルヴァモン:ディスペアモードとの戦闘で左腕に傷を受け、現在は包帯を巻いている。 ※完全体デジモンと戦って勝ったり究極体デジモンと戦って食いさがったりやたら強い描写を盛りまくってますが、 両者共に武器は究極体のもので、前者のトドメはミネルヴァモンに譲っており、後者についてはミネルヴァモンの精神がボロカスにデバフ状態だったからなので、本人の強さはそこまででもないです。