愛媛が落ちるなど言う言葉を聞いて失笑を浮かべない人間がいるのであれば見てみたいな、と浩一郎は思った。  その報を聞いたのは夜も深くなってきた頃に知り合いのテイマーから連絡が来た。あまりデジタルワールドの表舞台に立たなくはなったがそれでもデジモンをパートナーにしていれば多少なりとも伝手ができる。そんなテイマーの1人が血相を変えて鬼電をかけてきたとき丁度ウイスキーを片手にチーズを食べる直前だったからやや声に苛立ちを込めて応答すれば今異変が起きているという。しかもそれはリアルワールドにも影響を与える様な大きなものともなれば少しばかり冷静さを取り戻す。詳しく聞いた後に後悔したのは初めてだった、愛媛が落下してきている。数秒考えてから正気を失ったがそれが事実ということを伝えられる。正確には愛媛の形をした巨大な隕石らしい、それを現在どれだけの単位かはわからないが大量のテイマーたちが迎撃に当たっているようだった。 「はぁ……クンビラモン」 「なんだ、浩一郎も出るのか」 「面倒だけど……まだ人生を楽しむつもりだからね」 「これだけいれば浩一郎がいなくても問題ないと思うけどな」 「まぁそう思うよ、居なくたって愛媛は砕ける……この言い方だと愛媛県が砕けるみたいだなぁ」 「なら愛媛の形をした隕石?」 「うーん……言いにくいねぇ……」 「ま、なんだっていいんだけどな」 「違いない、でもま……やることはやるだけさ」 「久しぶりだなぁ世界が滅びるかもしれないところに出張るなんて」 「そうだね、あれだ、もう20年近く前だ」 「そんなに経ったのか、付き合いも長くなったな」 「本当に……もうチューモンだった姿も最近見てないね」 「退化する必要もないからな」 「まあね、なによりチューモンのときよりこっちの方がやりやすい」  その言葉にうなずいた、普段浩一郎は探偵をしている、世界とデジタルワールドが分かたれていることを悪用したデジタル探偵、見つけもの率100%、電子機器に潜り放題の現代においてはかなり凶悪な探偵だ、世間に被害を与えればしょっ引かれるかもしれないがその最低限のラインを見極めて行っているからギリギリお咎めなしで済んでいる。もしもそこを踏み越えてしまえば政府組織の暗部にでも組み込まれてしまうかもしれない、そんなのはお断りだった。浩一郎自身は一線を引いているがデジモンとの関係を持っているということから複数組織から勧誘が来ている、それはかつての相棒が所属している警視庁電脳犯罪捜査課なる組織だったり、さらに暗部のBVなる組織だったり、文科省デジタル文化振興室などの正規的政府組織もあれば、FE及びオノゴロ市なりオアシス団なる謎の組織など各方面から声がかかる、自分が人気者になった錯覚をする。実際は自分と言うよりはクンビラモンの力を見ているのが正確かもしれないがどちらにせよ浩一郎はそのどれにも所属する気はない、自由気儘などと言う一部から見れば無責任極まりないような生き方を愛している、酒とつまみ、少しばかりいい女がいれば浩一郎はいいと思っている、余計な責任は好きになれない、究極的な言葉を使えば自己中と言える。  そんな自己中だからこそ自分が楽しめなくなる今の状況を忌避している、死ねば何も楽しめなくなる。 「まったく、貧乏暇なしだなクンビラモン」 「?この前あまり表に出せない依頼を片付けて大金をたんまり」 「おーっと、単なる言葉の綾さクンビラモン」 「そうか、人間は難しいな浩一郎」  そうだ、難しい、多種多様な人間が意志を渦巻き何かをなそうとしている、1人1人は大したことがなくともそれが複数集まれば巨大なエネルギーとなる。 「今回もそう言う事なのかな」  浩一郎は1人小さくつぶやいた、かつての冒険でもそうだった、何かしらの意志が複数集まってできた巨大な石の塊が悪意を象って襲ってきた。それに近い何かを感じた。きっと今回それを打ち砕くのはまたそれに相対する意志なのかもしれない。 「さて、若い子達の道を拓くのはおじさんの役目だね」 「28はまだ若いというぞ」 「10代からしたらおじさんさ、覚えがあるよ、初めての冒険は9歳、20って言うだけでおじさんに見えた、きっと今の俺を見たらそう思われるよ」 「人間って言うのは大変だな」 「大変だよ、うん」」  それじゃと言って浩一郎が立ち上がる。薄い寝間着から普段からのグレーのスーツに着替えた、ハットを取って頭に被せる、机の上に置いていたデジヴァイスicを取りポケットにしまう。 「さて、お手伝いだ」  誰もいない玄関んで少しばかり笑みを浮かべて見せる。 〇  小高い丘を陣取る、空を見た、確かに隕石が見える。巨大でそして振って来ればその質量で世界が粉々になってしまうように思える。 「はぁ~~……良くもまぁこんな隕石を落とせるもんだねぇ」 「デジモンの力は無限大だ」 「そうだねぇ、世界を壊せるデジモン多すぎだよ」 「その一組だもんな」 「ああ……俺たちもそうだね」  溜息をしてから空を見る、流星に輝きが見える。その輝きは物理的なものであり光学的なものであり、そうでないようでもあり、おそらくはテイマーとデジモンたちが迎撃に向かっているのだとわかる。 「あの中に加わらなくていいのか、すみれもいるかもしれないぞ」 「なんでそこですみちゃんの名前出すかなぁ」 「お前は本当に回りくどいな」 「知ってるさ」 「お前がいいならそれでいいけどな……さて、そろそろ始めるか?」 「ああ、そうしよう」 「だがいけるのか?究極体なんてここ最近なってないぞ」 「ま、手ならあるさ……じゃんっ」  浩一郎がわざとらしい声を共にアンプルを取り出す。 「それは……オーバーロード!」 「大正解!瞬間的なブーストだけどコレで何とかなるでしょ」 「どこで手に入れたんだ…」 「オノゴロで仲良くなったテイマーから普通に売ってもらった、100万だったかな」 「けっこうするじゃないか」 「そう言うもんだしね」  手の中でいじくる。オーバーロードはデジタルワールド由来の薬品だ、希少成分で構成されていて使うと短時間ながら進化を促進する代物、しかしそれが外にならないかと言えばそんなことはない、人間であれデジモンであれその使用には肉体への負担を覚悟しなければならない。嘔吐感、めまい、発熱、風邪に近い症状、それに合わせて麻薬的な感覚も感じると説明を受けた。モノ自体は古くから知っていたが実際に手に入れたのは初めてだ。それを使うことも、普通ならばリスクから手を出すものではない、しかしこの状況でそうは言っていられない。  アンプルを弄るのをやめ特殊なケースにはめ込む、収納箱と注射器がセットになった形状をしている。後は自分に針を突き刺せばそれで事足りる。躊躇なく首に押し付け、打ち込んだ。 「っ……」  鈍い痛みと共に薬液が注入される感覚、ワクチン注射のときに感じるあの違和感、肉体内部に外部から異物が侵入してくる。 「っ……はぁはぁ……キクねぇ」  荒い息を吐いて落ち着く、シナプスが活性化、アドレナリンが一気に噴出している、闘争本能を急激に引き出してくる感覚は精神をミキサーでかき回されてるようにも思えた。 「ヤバいね、鍛錬足りないおじさんにはチときついか」 「二日酔いとどっちがマシだ?」 「二日酔い」 「相当酷いな」 「ああ、だから……さっさとケリを付けよう」  ポケットからデジヴァイスicを取り出す。 「さて……誰もいないから世界が刮目してくれよ……!」  右手に光が灯る。 「デジソウル……チャージっっ……オーバァドライブっ!!!」  その光をデジヴァイスicに押し込むように端子に押し付ける。光が収束し、そして放たれる、光がクンビラモンに纏わりついていく。  呼応するようにクンビラモンが叫ぶ。 「クンビラモンッ!!進化ァァァァアア!!!」  テクスチャがはがれフレームがあらわになりコアを中心にさらなる変革が起きる、鈴とネズミを合わせたような小さな体躯が一気に大きさを増し、人型を取る。鎧をまとった武者のような姿。その肩には小さなネズミが乗っている。 「タクトウモンっっっ!!!」  浩一郎は背が高い187程度ある、しかしタクトウモンはさらに倍にしたような大きさをしていた。 「久しぶりだね、その姿も」 「この姿になるなどない方がいい」 「違いない」  タクトウモンと軽口をたたき合う、データによれば本来はもっと堅苦しい性格だというがパートナーからの力を使い進化しているのかどこかその語り口は柔らかだ。 「さて、それじゃ仕事の時間だぜ……タクトウモン!」 「任せてもらおう」  そう言い剣を振り上げる。剣が光る。巨大なエネルギーの奔流が渦巻いた、ギリギリまで溜めて、それを放つ。 「天っ……星っ……斬ッ!!!」  光刃が飛ぶ。すべてを薙ぎ払う巨大な一撃は並の存在だったらひとたまりもなかった、しかし相手はそもそも人ではない、デジモンでもない、巨大な質量を持った隕石。 「ちっ……流石に手ごわいか」  タクトウモンが少しばかりの苛立ちを舌打ちと共に吐き捨てる。浩一郎がそれを見て、少し悩んでから、収納ケースからもう1つオーバーロードのアンプルを取り出した。 「タクトウモン、ラースモード行くぞ」 「正気!?」 「まともな理性してるよ、酒は飲んでないからね」 「死ぬかもしれんぞ!」 「死なないさ……!」  そう言ってアンプルを再度首筋に打ち込んだ。 「幸せになってほしい人の……幸せな姿をまだ見てないのさ!」  脳裏に浮かんだのは1人の女性、正義感が強く、少し抜けていた、かつての戦いを駆け抜けた、そんな相手。そんな人が住む世界を救うのだから自分が犠牲になるなんて毛頭思ってもいない。 「さぁ、行くぞタクトウモン!漢の見せ時だ!」 「介抱には期待するな……タクトウモンっ……モードチェンジっ!!」  再度込められたデジソウル、それは2度目の変質をタクトウモンにもたらした、薄い青と金にに縁どられた武人の肩に巨大な甲が、足にも巨大な鎧がつく、血のように赤い鎧、足の鎧はどこか髑髏を思わせる。そして日輪とそれに伴う炎、剣が変わる、ネズミと合わさりそれは三叉槍へと姿を変貌させた。 「タクトウモン……ラァァァアアスモォォオドッ!!」  本来は抑え込んでいる闘争心を具現化させ身に纏った形態、タクトウモンラースモードが降り立った。 「さぁて……こっからが楽しいぞ……アドリブだ、行こうぜ……」 「ああ……ロートル扱いはまだ嫌だからな……さぁ、天地万物森羅万象一切合切ねじ伏せる……!急々如律令 皆悉許呂志保呂保志天伎(我が意速やかにかなえられたし、総てを殺し滅ぼせ) 阿梨那梨莵那梨阿那籚那履拘那履 莎賀(天地万物一切の神よ 成就あれ!)」  その言葉と共に光が回る、宝塔だったユニットが展開し陣を引き結界を作る、それと同時砲門が形成される、最初に打ち出した光刃以上の出力を持つ力だ、最初小さく音を鳴らしていた、それはすぐに大きくなる、轟音が上がる、耳をつんざく轟音と共にあふれ出る光の力、それが収束し1つの力を作り出し、あふれるグラスに無理に水を詰め込むように溜めていく。 「タクトウモン……!行けるか……!」 「無論っ……!」  浩一郎の言葉にタクトウモンが答えた。 「吹き飛ばす……!毘沙門っっっ!!!八極殲陣っっっっ!!討てぇぇぇぇぇ!!」  引き金が引かれる、巨大な光が線を描いて宙に飛ぶ。それは極光の流星、あらゆるものを亡ぼす裁きの一撃。破砕音は空からだというのに解きそうだ、宇宙に空気はない、音もない、その上でなお。 「はぁ……はぁ……あぁ……クッソ……おじさんが頑張りすぎるとこうなっちゃうわけだ……」 「何……久しぶりに力を振るえて楽しかったぞ浩一郎」 「そりゃよかった……悪いけど……もう無理……久しぶりに……成長期まで戻るぞ、タクトウモン」 「あの姿も久しぶりだな……周りは見よう、眠れ浩一郎」 「ああ……後は頼んだ」  いい、倒れる、タクトウモンが寸でのところで受け止めた、もう自ら立ち上がる力はなかった。 〇  目を覚ませば夜だった。 「っ……あったま……いてぇ」 「ん?おお、起きたか!」 「おう……はは……チューモンとかナツいね」 「だろ?俺っちも結構新鮮だぜ!……であった頃を思い出す」 「くくっ……泣き虫だったなあの頃は」 「そうか?すぐに泣かなくなったと思うぞ」 「はは……そうだったかな……で、生きてるってことは愛媛は砕けた?」 「おう、みーんな頑張って砕いてるの見たよ」 「そうか……その一助になれてよかったよ」 「な、あっちの方でお疲れ様会やってるぞ、俺っちたちも行こうぜ?」 「は?」 「バーベキューだってよ!あ、シンシアが怒る方の」 「ああグリルか……はぁ、元気だね」 「そうか?丸一日寝てただけだぞ浩一郎が」 「はぁ!?」 「何度か起こしたけど起きなかった」  はぁ、と浩一郎は呻いた、年は取りたくないな、と帽子を深くかぶる。 「それでどうだよ、行かない?すみれもいるぞ?」 「ん……そっか」  そう言いながら浩一郎は立ち上がった、スーツについていた土を払う。 「いや……いいよ、帰ろう」 「……そっか」 「飲みかけたウィスキーもあるしね」 「そっか、ウィスキーなら仕方ないな」  チューモンも笑いながら同意する。  浩一郎が力のない足取りで立ち上がり、ゆっくりと離れていく、一度だけ振り向いた。 「……ま、たまにはこう言うのも悪くなかったから後は皆頑張んなよ……特にすみちゃん」  1人の女性の顔を思い浮かべ、すぐにかぶりを振った、そして、また現実に戻っていく。