『デジモンイモゲンチャー"side-KURO" 』 第1話 《瓦落多の地に立つ》 目覚めた其処は見渡す限りの鉄のガラクタ 転がり仰いだ、嫌に澄んだ青空の色はかつて見た景色とそっくりで 「あ…」 だがもう、あの日己の手を引き迎えた温かな笑みを二度と見ることは叶わないのだ 「───ちっくしょおおおおおーーーー!!!」 『まかせたぞ。鉄塚少年』 恩師の頼みに、最後に手を引き逃さんとした幼き命すら煤に塗れた掌から零れ落ちて…無力で空っぽな己の拳を何度も叩きつけて泣いた その日…鉄塚クロウは全てを失った 生まれ育った故郷を、自らを導いてくれた恩師を"赤い絶望が焼き払った" クロウは、恩師を見送り逃げるしかなかった。逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて……気がついた時、何処かも知れないガラクタの海でただ独り生き残った ……自分だけがおめおめと生き残ったというのか 「…誰か、誰かいねえのか。生きてたら返事してくれ……誰でもいい!誰か、返事をしてくれよ!!」 かすかな希望に縋るよう、見渡す限りのゴミ山に投げつけた声は……小さなこだまだけを残して去っていった 「……ッ」 カラン 「おいオマエ、人間だな!オレたちの縄張りで何してやがる…」 「あぁ?……って、何だテメェ…!?」 孤独に消沈しまるで気配を読み取れなかったクロウは、不意に敵意をはらんだ声を投げつけられ振り返り……途端にどっと冷や汗が出てひっくり返った 目に飛び込んできたのは……人語を喋る異形のモンスター 「で、でっけぇ鉄饅頭だァー!?」 「誰がテツマンジュウだテメー!オレの名は《カッキンモン》……オマエか、最近オレたちの縄張りを荒らしてるヤツは!」 「縄張りだぁ?ココが何処かすら知らねえんだよこっちは……口の利き方がなってねぇ饅頭だな」 「また饅頭言ったなトゲトゲ頭ー!くらえっ…《カンカン》ッ!!」 クロウが目の前の出来事に正気を疑い怯む暇もなく、カッキンモンがケンカ早く身体を跳ね頭部の盾を突き出す 「オラーッ!」 「ぐえーーー!?」 …が、ケンカで鍛え抜いたカンがクロウの身体を反応させて、盾に覆われぬ無防備な柔肌を躊躇なく蹴り上げたことでカッキンモンが吹き飛び瓦礫に突っ込んで目を回す 「あっっぶねぇ…何しやがるテメーっ!」 「こ、この人間つええ…」 「「「おいキサマー!おれたちの弟分に何しやがる!」」」 「ッ!仲間がいんのか…」 クロウとカッキンモンの間に割って入るように小柄な影が数体転がり現れる 「ゴロモン!」 「ツノモン!」 「プチメラモン!」 それぞれが律儀に名乗り上げ、カッキンモンを庇いながらクロウを睨みつける いずれも人語を話す……が、やはりその小柄な風態はいずれも人間からはかけ離れたものばかり 「マジかよ、モンスターだらけとかやっぱココ地獄かぁ……!?」 「うん?"デジタルワールド"に"デジモン"がいるのは普通のことだろう…って、キサマぁもしかしてニンゲンだな!?」 「ねぇねぇアニキ、オイラニンゲンはじめてみたよ」 「でっかいねぇ…」 「バカっビビってるんじゃないおまえら、カッキンモンを守るんだっ!」 「デジタルワールド…デジモン?」 ゴロモンたちの会話の端々に現れた聞きなれない単語を独りごちる。それを鵜呑みにするならば…ここはクロウの故郷でもなければ、天国でも地獄でもない 目の前のモンスター───デジモンが住むデジタルワールドという異世界、という事になる だがそんな荒唐無稽な話をサクッと飲み込めるほどクロウは頭が良くないし、何よりそんな与太話に本来なら付き合ってやれぬほどにクロウの精神はボロボロだった 「…なぁ、教えてくれねぇか」 「えっ?」 「俺は…生きてんのか?それとも死んでんのか?」 「えっ…」 「俺は、俺はどうすりゃいいかわかんねぇ…どうすりゃ……ちくしょう…ちくしょう」 「だいじょう…ぶ?」 「みんな死んじまった、全部燃えちまった…俺だけ、俺だけなんでこんなトコにいんだ…!」 崩れるように座り込み、額のバンダナをぐいと下げて蹲るクロウの姿にゴロモンたちも唯ならぬ悲しみを感じ取る 「……さっきはゴメン。いきなり殴りかかって」 「……気にすんな。俺も蹴っちまったからな」 ゴロモンたちの住処となっている鉄のガラクタで組まれた洞穴に招かれたクロウはしばらくしてからカッキンモンの言葉に口を開き、そして自らを受け入れてくれたゴロモンたちに自分の身に起こった知りうる限りを話した 「故郷が…怪物に燃やされた……」 その"赤い絶望"を聞かされた彼らは息を呑み震え上がっていた 「俺の恩師───《秋月さん》は、街に取り残された人たちを助けるために、炎に…あの怪物のところにたった1人でいっちまった。俺は秋月さんから託された子供の手を引いて……逃げるしかできなかった」 だが……街を抜けるための橋を目前にした時炎が大地を射割り、そこでクロウの視界は暗転した そして気がついた時には……握っていた小さな掌は其処には無く 「……そうだったんだな」 「オマエらはずっとココにいんのか?」 「ああ、といってもカッキンモンは新入りの弟分だがな」 どうやらクロウと同じく、カッキンモンもまたこの鉄のガラクタの山にデジタマとなって埋まっていたところをゴロモンらが見つけ保護したらしい。なので記憶が全く無く、行くあてもなくここにいる それからしばらく弟分でありながらその気質ゆえに兄貴分たるゴロモンらを守るために率先してこの住処の警護を買って出ていた、ということだ 「ケンカっ早くておれたちを守りたがるもんだから頼もしいんだか見てて危なっかしいんだか」 「でもゴロモン兄貴よりずっと勇敢でかっこいいよー」 「コラっ思ってても言っちゃダメー!」 「おまえらっ怒るぞー!」 「「ごめんなさーい」」 「まったく…」 「…お前はえらいなカッキンモン」 「おう。なんてったってヒーローになるからなオレは!」 「ヒーロー?」 「おう!何かわかんないけど、それだけは覚えてるんだ…誰かと約束したんだって」 「そうかぁ……俺は約束守れなかった。少しくれえケンカが強いだけで、何もできなかった大バカヤローだ」 重い沈黙が流れ、ツノモンが口を開く 「あっお腹空かないか?オイラなんか食べ物もってくるよ、ニンゲンの口に合うかわかんないけど」 「えっ、いや別に…」 「まってろよー」 急足で住処を出ていくツノモンを引き止めようとするが、ゴロモンが目線でそれを制す 「腹が減ると余計にかなしいぞニンゲン」 「…クロウ、鉄塚クロウだ」 「クロウ、しばらくここにいていいぞ。少なくともお前を責める奴なんて誰もいやしない……おれたちも"仲間を亡くして"ここにいるんだ」 「え…」 「だから少しは気持ちがわかる。それでもひとりぼっちじゃどうにもならない事はたくさんある、だから支え合って生きてる。…兄貴分としてデジモンだろうとニンゲンだろうと辛いやつがいるなら、支えてやるべきなんだとお前に会って思ったよ」 「ゴロモン…すまねぇ」 「たまには兄貴分としての威厳を見せないとな!いい事言っただろ?」 「「かっこいいー!」」 「ハハハ…」 そこでようやくクロウの緊張が抜けて小さな笑みが溢れた。それに安堵したのかゴロモンがつぶらな瞳を伏せて頷く 「う、うわあああああっ!!」 「「「「!?」」」」 「ツ、ツノモンー!」 「助けて…兄貴!」 「オオ?こんなトコにいたのか…ここいらでデケェ顔してるヤツがいると聞いたが、なんだよ幼年期デジモンじゃねーか笑わせるぜ」 ツノモンを蹴りあげて不気味に笑う鬼……オーガモンが現れた 「きっとアイツだ。おれたちの縄張りを荒らしてたのは…けど、成熟期…うそだろ!?」 「はやく逃げなきゃ…!」 「フッ、ビビりやがって。んじゃ今日からココはオレの縄張りだ…文句あんならかかってこいよチビども!」 鬼。絵本の中にいたようなあの鬼だ 目の前に立ちはだかる本物の怪物…その気迫に、今までのどのケンカよりもクロウの血の気が引き、息が詰まる 命の危機を全身が叫んでいる 「あれも同じデジモン…なのか?」 「おれたちより"進化"したデジモンだ。…ダメだおれたちじゃ勝てない」 「マジかよ…」 「ヒイイ…」 ───だがその時、1人のデジモンが怒りをあらわにする 「よくも…よくもツノモンを!」 傷ついた仲間のために、カッキンモンはただ1人オーガモンへと飛び出す 「待てカッキンモン!」 「みんなに手を出すなァ!」 「邪魔だ!」 「ぐああっ!」 「カッキンモン!」 ゴロモンらの呼びかけにぐったりとしたまま動かないカッキンモン。地力が違いすぎる。 眼前に影が伸び 「次はてめえらかザコども…うろちょろするんじゃねえぞ」 「やめろーー!」 グワリ。皆を庇うように前に出たゴロモンへ腕を振り上げ吐き捨て 「綺麗に潰せねえからな」 鬼が笑う その姿が、クロウの記憶の影を呼び起こし…逆鱗に触れた 「───オイ」 「あ゛ぁ?」 「次は俺が相手んなってやる、鬼野郎」 「…ッハハ、テメェニンゲンだなぁ?そんなヤワな力でデジモンに敵うつもりかよ!」 「知るか、ボケェ…!」 「く、クロウやめろ…!」 ミシミシと全身の筋肉が軋む。交差して受け止めた腕に激痛を運んでくる。……その"痛み"がクロウの意思を目の前の現実に引き戻す 「痛え……」 ───だが、秋月さんが立ち向かった恐怖や痛みに比べればこんなもの大した事ねえハズだ だからこそ……『許せない』。そんなものを彼に、自分に、関係のない無差別な人たちに押し付けたあの赤い絶望が。あの怪物が 「しゃらくせぇ…!」 ならばとオーガモンがもう片腕に持て余していた棍棒を大きく引き絞り、眼下の人間へと打ち下ろす 「だったらニンゲン、テメェから…死にやがれー!!」 「死……」 ───秋月さん…俺は、アンタの仇が討ちたい 「死ィ…!」 ───だが今は……コイツらを護れるだけの、ちっぽけな気合いを俺にくれ! 「死んで………たまるかァァァァァアーーーッ!!!」 「グワァァァァー!?」 その瞬間クロウが吠え、棍を掻い潜りオーガモンの顔面へと薄汚れた拳を渾身の力で叩きつけた バチリ 爆ぜる。意識の奥から熱が破裂する 人の一撃に訳も分からずオーガモンの巨体がふわりと浮き倒れ込む最中、クロウは己の拳に沸き立つ『淡い紫の光』を見た 「兄貴!あれ、もしかして」 「ああ…聞いたことがある、"伝説のケンカ番長"と同じ光───"デジソウル"だ!?」 カチャン 視界の端に何かが飛び込んできた "それ"はちょうど向こうに倒れるカッキンモンの側に転がり───投げつけられた方角、崖の上にボロ切れを纏う"人影"……自分以外の人間がいるのだ 「人っ…!?」 『それをつかえ』 指差し告げられた気がした 本能が予感に反応する 疑問を振り払い考えるまでもなくクロウの身体が動く。そしてデジソウルを蓄えた拳を……駆け出した先の《デジヴァイス》へと、 「何とか、なりやがれえぇーッ!!」 叩きつけた ───カッキンモン進化 「───《ルドモン》!!」 「な…カッキンモンの姿が変わった!?」 「兄貴カッキンモンが進化したよ!」 「おお、デジソウルとデジヴァイス…人間とデジモンの力が合わさるとこうなるのか!」 「すげえーよカッキンモン、じゃなかった…ルドモン!」 ルドモン。そう名乗る漆黒の鎧纏うデジモンがクロウの目の前に立ち上がる。その足下、殴りつけたデジヴァイスの姿がいつの間にか"違うものに変わっていた"───《デジヴァイスiC》と呼ばれるものと彼はまだ知らない 「デジソウル、デジヴァイス…何だかよくわかんねえが」 それを握りしめて、クロウもまたルドモンの隣に立ち上がった 「みんなを庇ってくれてありがとな」 「おう、死ぬほど痛ぇが…おかげで目ェ覚めたぜ」 「ぐっ…ナメやがってええ!!」 「ヤツの突撃にタイミング合わせろ!」 「おう!」 ルドモンが前に出て身構える。鬼の突進と共に棍棒がその漆黒の双盾を激しく叩き… 「なっ…オレの棍棒が!?」 成長期デジモンの武器がバラバラと骨のカケラと散り目を剥く鬼へ、クロウの合図にルドモンが盾を引き絞った 「…歯ァ食いしばれ!」 「───《ウォルレーキ》ッッ!!」 ルドモンの必殺技 鬼が踏み込んだ相対速度を乗せた顔面へ痛烈な強打。己の全体重を跳ね返され、歯を折りツノを砕かれ腰を抜かし絶叫するオーガモンに2人が迫る 「二度とオレたちの縄張りに手出しするな」 「さもねぇと…」 拳を鳴らしクロウが吐き捨てる 「ココでテメェを徹底的にツブす。…いいか」 「ヒィッ!?は…ハッ…ハイイイイ!!」 「世話んなったな。旅に使えそうなガラクタの山で見っけたもん少し貰ってくぜ。あとお前が拾ってきてくれたコレ…うめえ!サンキューなツノモン」 「えへへっ」 「本当にもう行くんだな」 「…俺にこのデジヴァイスってヤツを投げて寄越した人間がいる、ソイツに追いついて話を聞かなきゃならねえ」 「……」 「……。クロウ、ルドモンを連れてってくれ」 「えっ!?で、でもゴロモン」 「お前たちがオーガモンを蹴散らしたからおれたちはもう大丈夫だ。それよりも…おまえもホントは無くした記憶を探したいんじゃないのか」 ゴロモンの言葉を否定できずルドモンは推し黙る 「そういうわけだクロウ。きっとお前がルドモンに出会ったのは運命なんだよ…だから、おれたちの弟分をよろしくたのむ」 ゴロモン、ツノモン、少し遅れてプチメラモンが頭を下げる 「……帰りたくなったらいつでも言えよルドモン、お前には帰る場所があるみてぇだ」 「なっ…!」 「だからそれまで手ェ貸せ。俺は」 これは宣戦布告だ 全てを奪った"怪物"への復讐の旅が…始まる 「アイツをブン殴る」 ルドモンがデジタマにもどりデジタルワールドに流れ着く→ブリウエルドラモンの攻撃で落ちた狭間を意識不明で彷徨っていたクロウはルドモンより後にデジタルワールドに流れ着き目覚めた