『鉄塚少年。"人魚"を見たことはあるかっ』 『…はぁっ!?』 『実はな、本官の"初恋の人"なんだ。……人魚!』 「…そんなことあったなーそういや」 波止場に胡坐をかき釣り糸を垂らしていたクロウの脳裏に過った在りし日の記憶 秋月光太郎―――鉄塚クロウの恩師たる警官がいた。彼はクロウがデジタルワールドに来る前に亡くなっている その敵討ちを成し心の憑き物が落ちたからだろうか、ここ最近は恩師との思い出をスムーズに思い出せるようになった …心痛まないことがないと言えばウソだが 「こんなところで何してるのかな鉄塚さん」 ふいに背後から声がした。驚き振り返ると木陰から小さく手を振る女の子 「何って…晩飯の魚釣りだが」 「へぇ、そういうのって鉄塚さんと真逆の趣味だと思ってた」 「ああー…否定しづれぇ。でも秋月さんとよく行ってたぜ海釣り。落ち着くしなぁ……案外好きなんだこういうの」 ―――ここちゃんとした海なのかわかんねえけど。と付け足し再び竿に意識を戻す。相変わらず反応はない 魚澄真菜はいつも通りのすまし顔のままで後ろ手を組んだままゆっくりと前に出る 「さっき呟いてたそんなこと、ってどんなこと?」 「あっ聞いてたのか?」 「うん」 「……昔、秋月さんが初恋の事を教えてくれてよ。海で溺れたときに助けてくれた人魚だったって言うんだよ。長い髪にめちゃくちゃ早い泳ぎで」 「人魚」 「ああ。俺も聞いたときは変な作り話だと思ってたんだが…いたんだよ人魚」 「えっ本当?」 「後日お礼に行ったんだ秋月さん。スーツでビシっとキメてさ…そしたらその人魚の正体がさ」 「……」 「―――近所の漁港で働く"御年89歳の海女さん"が頭に昆布引っ掛けたまま慌てて助けに来てくれたのを見間違えたんだと」 「…かわいそ」 「いや笑ってんじゃねえか」 「ごめん…ふふ」 そっぽを向いて口を手で隠す真菜 そういえば旅を続ける中で二人きりでじっくり世間話をしたのは初めてかもしれないとふと思い、珍しさにクロウが改めて問う 「真菜は散歩か?」 「森で助けていただいたお礼を言いに来たところ」 「お礼」 「そ」 「別に気にすんなって全員無事だったし。こういうのはいっつもやってることだろー」 「すごいキックだったじゃん。明良兄さんもびっくりして褒めてたよ」 「そりゃありがてえ」 「……ところで明良兄さんに言ってたゾッコンの相手って誰?」 「ギャアアアアびっくりした海に落ちるとこだったぞ!?」 森での戦いの中意気投合した兄の蜂矢明良との会話でクロウが言ってワードであるゾッコン それを突っついた途端あまりに見え透いた動揺。ズッコケた勢いで海面スレスレ岩肌に掴まるクロウへ真菜がゆっくりとしゃがみ手を差し出した 「そんなにひっくり返るほど?はいお手手どーぞ」 「おおサンキュー…よいしょ。えーとだなアレはなんつーか半分見栄っつーか…」 引っ張り上げた後、座り込み目線をはぐらかすクロウと距離をそのままに隣に膝を抱えて居座り質問を続ける 「もしかして司ちゃん?」 「あー確かに大事だ。大事だけどよ……今のとこ保護者としてっつーか」 「ふーん。じゃあ年が近い女の子で気になる子とか…初恋、とかいないんだ?」 「………ヘェアッ!?」 見事な二度見だ。想像通りのリアクションで面白いと内心真菜が笑う 「せっかくだし鉄塚さんのも聞かせてよ」 「そ、そうだな……は…は、颯乃は正直最初見たときすげえ美人だと思った。今はもうすっかり一緒に戦った戦友!ってカンジだが…」 「颯乃ちゃんかー。他には?」 以外ともさもありなんとも取れる声色で納得する彼女はさらにアンサーを求める 「他ァ!?んー…アシフトイモンズは正直全員粒ぞろいだろうが…ああコレマジで本人たちに言うなよハズいんだからな!」 「はいはい続きどーぞ」 聞くだけ聞いてリアクションは相変わらずそっけないというか、大人な反応 その割に次々と根掘り葉掘り尋ねてくるため彼女の波のように押しては引くテンションに会話の主導権をクロウは完全に握られていた だがそろそろネタ切れである 「ええ…他かぁ」 「もうない?」 「……そんなモテるように見えるかぁ?」 苦い顔を隠さず己を指さすクロウ それにYESともNOとも返さず付け加える 「じゃあゾッコンと言わず身近な人のことでもいいよ」 「そーだなァ。竜馬は無口だが頼りになるしアイツの本音がようやく聞けてよかったぜ今回は。三下は一言多いのがたまにムカつくが俺よりずっと頭の回転早えし信頼してるぜ」 「へぇー」 そこで思い出したように掌をポンと叩きクロウが頷く 「そういやお前の兄ちゃんもカッコよかったな。バースト使えるヤツと肩並べて戦ったの初めてだったし、また会って話してみてえなー」 「ふーん……」 「な、なんだよ。さっきからすげー恥ずかしいんだがまだ言わせる気かぁ?」 「明良兄さんにだけそういうの言って、『私』には一言もないんだー?」 抱いた膝で口元を隠しながら、いたずらっぽく真菜がゆったりした口調で詰め寄る 「はっ―――ハァア!?いやちょっと待てソレ面と向かって褒めろってか!?」 「うん」 「マジか」 「言わないとお礼言わずにさっき聞いたこと良子ちゃんたちに言っちゃおうかな」 「オイ!だーっ、ええとだな…」 「……」 「……」 「……かっ」 「か?」 「……かわいいんじゃあ、ねえかな」 「ふふ、よくできました。それあげるね」 さんざん聞き倒した末に語彙の尽きたクロウから絞り出された率直な感想 そこでようやく満足げに数秒瞳を伏せた後、ポンポンとお尻の砂をはたき立ち去る真菜の足元に落ちていた小さな包みをつまみ上げ、クロウが目の色を変える 「それ?…うおおおおチョコ!チョコなんて初めてもらったぞォオオオ!?」 「義理に泣くなんて大げさじゃん。そんなに?」 先ほどよりすこしだけすまし顔を崩し、困り眉をつくってみせる彼女にクロウが土下座する 「一度ももらったこと無えんだよこういうの…ありがてえ…ありがてえ」 「よかったじゃん。じゃあお夕飯楽しみにしてるクロウさん」 「おう任せとけでっけえの釣ってみせらぁ!……ん!?今何…あっもう居ねえ!」 顔を上げたときそこにもう真菜の姿はなかった 「……はー、なんだったんだ急に(ズドドドド)……ん?なんだこの音―――ぎゃあああアレ真菜のシードラモンじゃねえか!?」 「貴様ァーー真菜に何をしていたァー!」 「こっちくんな怖えよー!ぎゃああああ!?」 「…司ちゃんは護ってもらう時、ずっとああいうの見てたのかなぁ」 「ちょっとだけ見直しちゃったな」