それは、いつかのどこかの夜で。 「久しぶり、でいいのかな?」 「うん、まどかちゃんとほむらちゃん…だけど中身が違うんだっけ」 向かって右に座る鹿目まどかに、環いろははそう答えながら椅子を引き腰掛ける。 その存在を感じていることはあったけれど、それでも久しぶりに感じるのは、それだけ浄化システムを巡り始まったあの日々が激動だったからだろう。 「ええ。とは言え、どう捉えるかはあなた次第よ。それで、あなたと会うのは初めてよね瀬奈みこと」 「………………そうだね」 左に座っていた暁美ほむらは、そう言って僅かに微笑んでみせる。眼鏡をかけ三つ編みにまとめた髪からは大人しそうに見えるが、中身は悪魔を自称しているものが入っている。 それに頷き返したのは、正面に座る瀬奈みこと。神浜で起きた大きな騒動、その黒幕。元鏡の魔女。 「……」 「……」 そんな良くも悪くも大きな存在である彼女ら4人が集まり始まるのは、そう大それたことではない。 「…えっと」 「ハァ……とりあえず何か飲みましょう。紅茶でいいかしら」 ただの女子会である。 元敵同士、始まりこそ張りつめていた空気も数分が経過すれば緩やかなものになっていた。 「?まどかちゃんどうしたの?口元がゆるゆるになってるけど…」 みことが持たされていたという菓子を摘まみながらいろはがそう尋ねれば、まどかは笑みを隠しきれない様子で答える。 「あ、ごめんね。私たち4人がこうしてお話できるなんて思ってなかったから、嬉しくてつい」 「…そうね。まどかとあなたの間ならともかく。私や瀬奈みこととの繋がりは、本来ならばあり得ないものだったでしょうね」 まどかのそんな反応に、ほむらも同意するように頷いた。 以前に交流のあったいろはとまどかですら、その後さらに繋がりを持てたかと問われればそれは難しかった。 いろはは自動浄化システム、マギアレコードと深く繋がり、魂を削ったことで一時的に世界から消失していた。それだけでも十分すぎるが、まどかそしてほむらはそれより更に奥へと踏み込んでいる。 二人は単一のレコード内でのみのいろはと異なり、複数のレコードの観測・干渉が可能なほどに遠くに在る。 縁のあったいろはとまどかがその有様なのだから、縁のないほむらは尚のことである。 「うん…もし同じことを「」さん抜きでやれって言われたら……正直に言っちゃうとちょっと難しいってなるかな」 「そもそもあの時、あんな風にまとまって私vs環さんたちって形になっただけでも相当だからね」 いろはの零した弱音にみことが軽く皮肉っぽく返す。無論冗談でありいろはもそれをきちんと感じ取っている。みことからすれば半分は本音だが。 「たしかにそうかもだけど……珍しいね、いろはちゃんが…あっいや悪いってわけじゃないんだけどね!むしろいいことなんだけど」 「ここに居るのはあなたの率いた集団ではない側だもの、ここには旗振りの責はないわ」 「えっと…?」 眼鏡の縁に指をやるほむらにいろはが首を傾げると、代わりみことが口を開く。 「うーん……環さんが普段とは違うタイプの気楽さを感じられてるんじゃないかってことなんじゃない?」 「そっか………そうなのかな?」 みことの言葉に、いろはは少し考えるようなそぶりを見せてから小さく頷いた。 ここにいる夫々──特にいろはとみことの間で、互いに思うところや確執がないかと問われれば嘘になるだろう。それでも今この時は4人とも肩の荷を下ろし肩肘張らずにいられるのは確かだった。 「そう、それでやちよさんがやることになったんだけど、すごいプロって感じで」 「そんな愉快なのもいたのね」 「みんなが極楽行きかけた時はホント焦ったよぉ~」 「あの人はどうしてたのかな、なんか無理やり起きてそうだけど」 30分も経過すると気分が高揚し口調は砕け始めてくる。 有り体に言えば、テンションがアガっていく。 「そういえばまどかちゃんってなんで「」さんにしたの?」 「え?」 「それは私も気になるかなぁ。あなたがあの人を選らんだから私は今ここにいるっぽいし」 「……まあ予想はつくけれど私も一応聞いておきましょうか、まどか?」 いろはがふと思い出したかのようにまどかにそう尋ねれば、みこととほむらも同調する。 「えー……うーん」 彼女は少しだけ困ったような顔を見せる。 もごもごと口を動かしてから、まどかは言いづらそうに答えた。 「えっと……実はあんまり理由らしい理由はないというか……しいてあげるなら、勘?」 「勘?」 「お兄さんだからじゃなくて?」 「それもあるけど、うーん……」 身を乗り出したまま首をかしげるいろはとみことにまどかは言葉を詰まらせる。向かいに座るほむらだけはでしょうねとでも言いたげな顔で椅子に座り直している。 「こう……なんて言ったらいいのかな、『この人に頼んだらきっとなんとかしてくれる』みたいな感じでピンときたんだよね」 「「あー……」」 まどかの答えにいろはとみことが納得したような声を上げる。 言われてみればそれは確かにしっくり来る理由だった。 そして、その勘は正しく機能していた。 レコードに負担を殆どかけずにワルプルギスの夜は消し飛ばされ、被害や死傷者の数はゼロにならずとも抑えられ、ついには鏡の魔女からみことを救いあげた。 「」は求められた役割を想定以上に果たし、機能した。 「なんでだろうね。「」は因果はたしかにあったけど、キュウべえが見える素質なんて持ってなかったし」 「体格だって良くない、というか恵まれてはいないわよね。いえ、ある意味恵まれているのかしら?」 「灯花ちゃんやねむちゃんみたいに何か突出して凄いのがあるってわけでもなかったよね」 まどか、ほむら、いろはが口々に言う。本人がいるところでは流石に口にできない。たとえ「」なら気にしないと分かっていても。 事実、「」には才能と呼べるものはない。因果量はそれなりだが魔法少女の素質、即ちインキュベーターが認識可能になる芽もなかった。本来ならば魔法側に関わることなくその一生を終えることのできたはずの、ただの少し不幸な一般人である。 「────でも、私は」 故に誤評をしている者はいない。 「私は、命懸けで飛び込んできてくれたあの時から、あの背中を頼りないって思ったことは一度もないよ」 だが、みことのその言葉を否定する者もまたいなかった。 ほむらが、いろはが、まどかがそれぞれに強く頷く。 「でもたしかに不思議。なんでなんだろうね?」 「うーん、他人の事でも自分の事みたいに必死で人に対して全力だから?」 「うじうじしたりしないし、悩みながらでも足は止めてないからかしら?」 「押したり引いたりの距離間がちょうどいいからかも」 「たしかに話してて落ち着くというか安心感みたいなのはあるかなぁ」 「………………母性?」 「それはたぶん包容力って言うのよまどか」 話は盛り上がる。彼女たちはあれやこれやと話のタネを挙げていく。 その中にはひと眠りすれば何を話したかおぼろげになってしまうようなことも多くある。 それでも、それでいいのだろう。 これはただの女子会なのだから。楽しくお喋りしてお茶を飲んでお菓子を摘まんで。それでいいのだ。 そうして夜は更けていく。