【亜空「」アナザーストーリー】  ※ワルプルギス撃破後に誰も見つけられなかった亜空「」を、ユニオン側が追跡するif怪文書です。ただし、主要人物は令とひなのだけ なお、作中では亜空「」を怪文書用の名前である"あめ"と表記する ////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////// ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ ≪某日某所にて密談≫ ――なるほど、膨大な魔力の『城主』本人は「再現」*[TIPS_1]の対象にできなくとも、その魔力を感知した魔法少女のソウルジェムに対してならば可能であると。 ――わたくしの作ったプログラムでその反応からノイズを取り除けば、『城主』本人の魔力パターンを抽出できるはずだよ。 ――理屈は分かりました。ですが、古来より触らぬカミに祟りなしとも言います。   今の『城主』に敵意を感じ取れない*[TIPS_2]以上、得体の知れない力を下手に刺激する方が危険ではないでしょうか。 ――ぷっー、シワシワのお婆さんみたいなこと言っちゃうんだ。それは原因と結果が逆で、怖くて逃げちゃうから得体が知れないままなんだよ。 ――灯花、余計な煽りはしない。常盤ななか、君達が協力を躊躇うのは、なし崩し的にユニオンのしがらみに組み込まれるのを避けたいからだね。 ――ええ、私が最優先するものは身内の安全と平穏ですので。 ――だったら、あくまで僕たちの間だけの一時的で私的な取引ということでどうだい? -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 南凪自由学園高等部の化学室に酢酸に似た薬品臭が微かに漂っている。 グラウンドに面した窓際にはドライハンガーが置かれていて、洗浄を終えたフラスコやビーカーが下向きに掛けられていた。 これらの機材を片付けたのは、制服の上に白衣を羽織る低身長の少女である。都ひなの、高校三年生の化学部部長だ。 彼女は魔法少女歴5年の大ベテランでもあり、神浜マギアユニオン*[TIPS_3]で中央地区の代表を担っている。 「お邪魔しまーす」 部室のドアが開かれ、長身の少女から大人びて飄々とした声が響く。 彼女は観鳥令、中等部三年生の新聞部部長であり、校内新聞『観鳥報』の制作者だ。ひなのの後輩魔法少女でもあり、同じくユニオンに所属している。 ひなのは片手を上げて挨拶する。 「おう、令か。片付けが丁度終わったところだぞ。衣美里達もここに来ることはないはずだ」 「こういうマンツーマンでの相談は久しぶりだね*[TIPS_3]」 「困った時はいつだって頼ってよいんだぞ」 「いやあ、ひなのさんの時間は限りある資源だから、独占禁止法に配慮しなきゃと思ってね~」 実際、ひなのはユニオンの調整役の他に、子供向けの実験ショーから後輩の相談までこなす多忙ぶりである。 令は面倒見の良い先輩にジャスミン茶のペットボトルを差し出した。 「これは報酬の前払い、その後に高めのスイーツを奢るよ」 「そのお茶だけで十分だ。後輩の相談所は無償なのに、先輩が対価を受け取る訳にもいかんだろ」 「まあまあ、そう固いこと言わずに。これは口止め料でもあるから受け取ってくれた方が気が楽なんだよね~」 「おい、いきなり雲行きが怪しいんだが……まさかマギウスのような悪巧みじゃないだろうな」 ひなのはかつて白羽根だった後輩に釘を刺す。彼女には魔法少女救済のためなら犠牲者が出ても仕方ないと割り切った前科があるからだ。 目の前の後輩はブラック無糖のボトルキャップ開けながら答える。 「別に犯罪じゃないから安心していいよ。ひなのさんに何かやらせるつもりもないし」 「まあ、ノーと言って裏で動かれる方が面倒か。期待通りに買収されてやる」 ひなのは背もたれのない椅子に腰かけてテーブルに肘をついた。 「サンキュー。スイーツは2000円前後なら何でもオーケー。それ以上は差額をよろしく」 「思ったより高額だな。その価格帯はすぐにメニューが思いつかん。後回しで良いか」 「いつでも構わないよ~。んじゃ、まずは"あめ"さん*[TIP_5]の写真を送るね」 令は缶を机に置いてから先輩の隣に座り、スマホを手際よく操作する。 「おっ、あいつの話題か。やっと見つかったんだな」 「ずっと自宅に帰ってないようだったし、どうなるかと思ったよ」 いろは達がマギウス裁判*[TIP_6]で神浜の魔法少女の意見を募った際、何名か消息の掴めない者がいた。 それはワルプルギスの夜や黒羽根暴走のせいかもしれず、令は罪滅ぼしも兼ねて捜索を行っていた。 そして、最後まで消息不明だったのが亡者騎士こと"あめ"なのだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ ≪某日、とある見滝原の公園にて≫ ――というわけで、本当に昼のまどかは素晴らしかったわ。 ――朝のまどかはイマイチだったのか? ――言葉のあやよ、今までのまどかが劣ってる訳じゃないの。 ――ふぅん……あっ、車がおいしそうなのを売ってる。ほむらも食べよう。 ――たいやき屋のキッチンカーかしら、ループしていた日には見かけなかったわね……あっ、ちょっとひとりで駆け出さない。 ――これください。 ――オムライスたい焼きね、おかず系も扱ってるのね……えっ、私は注文は別に。 ――ほむらは食べないの? ――分かったわ、クリームシチューたい焼きを1つ……まどかならこれを買いそうだし。 ――見て、たいやきにごはんが入ってておもしろい。 ――この子は前までは一緒に食べるって発想さえなかったわよね。 ――なんか言った? ――いえ、それより、口の周りにケチャップがついてるわ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 「……よし、届いたかな。『今日のネコ日記』*[TIPS_7]用の写真に「たまたま」写っていただけなんで、そこまで大きくないから注意してね」 「おう、承知した……ん、送る画像を間違ってないか?」 そこに写るのは夕暮れの公園、左下の低木に鎮座するマロ眉な白猫がフォーカスされていた。 他には犬の散歩をする老夫婦がいたり、キッチンカーに数人の客が並んでいるくらいだ。 「ほら、キッチンカーに小走りしてる小柄な女性がいるでしょ。ライトブルーの服の」 「ああ、印象は違うが言われてみれば"あめ"なのか。小奇麗になってて分からなかったぞ」 ひなのは手帳に挟んだ神浜失踪リストの写真を見て確認する。 写真の中の"あめ"は量販店で売ってそうなシアーカーディガンとワイドパンツの装いをしていた。しかも、髪には普段の寝癖はなく、人並に整えられていた。 過去に見かけた私服は何年も前のお下がりや在庫処分セールの売れ残りのようであり、古びてくすんでいた。 「すぐに分からないのも無理ないけどね。観鳥さんも家で編集中にやっと気付いたし」 「そうなると直接顔を合わせていないのか。写真はどこで撮ったんだ」 「見滝原の大きめな公園だよ。報道写真展の帰りにふとユニークな猫を見かけてパシャリとね」 「てっきり、神浜市内にいると思い込んでいた。科学者たるもの先入観は敵だな」 アリナの結界のない神浜市外であれば、キュゥべえがすぐに接触するはずだからだ。 「実は見滝原へ行く前に目撃証言*[TIPS_8]があって、ある程度の目途は付けていたからねー」 「つまり、"あめ"は黒羽根の暴走で神浜に見切りをつけて、誰かの縁で市外に引っ越したか……」 ひなのはお茶で喉を潤しながら情報を整理する。その仮説なら衣服がランクアップしたのも納得がいく。問題はそんな篤志家に全く見当がつかないことである。 「そこは目下調査中だよ。今判明してるのは、"あめ"さんがワルプルギスの夜を倒した『城主』ってくらいだね」 「ブホッ、いや待て待ても、『城主』ってアタシの聞き違いか」 ひなのは不意打ちの真実に横殴りされ、お茶を吹き出してしまった。 「あっはは、いいリアクションだねえ。写真家冥利に尽きるよ」 令は声を弾ませながら、ポケットティッシュを差し出した。 ひなのはあの光景を今でもはっきり思い出せる。その時、彼女はベテラン魔法少女として神浜防衛*[TIPS_9]の指揮をとっていた。 ワルプルギスの夜からエコーの掛かった高笑い。空一面の分厚い黒雲は豪雨を降らせ、暴風は立て看板を、焼かれた街路樹を、建物だったものを中空で弄ぶ。 無数の使い魔は町中に散らばってパレード行進を続け、魔法少女たちの体力を削り取っていく。 だから、余力がある内に使い魔を無視して本体を叩くべきか悩んでいた。 その時、唐突に、遥か頭上で凄まじい閃光と轟音が炸裂した。ひなのは慌てて天を仰ぐと、あの巨大な歯車の魔女は黒煙に包まれていた。 続けて第二波、第三波。上澄み魔法少女のマギアに匹敵するであろう爆炎が降下中の使い魔たちを吹き飛ばす。 彼女はこれをミサイルの様な武器によるものと推測した。ただ、虚空から放たれるゼロ秒着弾であり、攻撃の主がどこにいるのか掴めない。 そうではあっても、予期せぬ心強い援軍に周囲から喝采が起こる。 だが、この熾烈な爆撃の中でも、魔女はさしてダメージを受けた様子もなく、我が物顔で薄暗い空で優雅に踊り狂っていた。 ひなのは伝説の魔女の頑強さを過小評価してたと悟る。もしも、自分達だけで戦っていたら倒せていたか怪しくなってきた。 傍にいたななかがこのチャンスを生かして遠距離マギアで援護攻撃すべきだと提案してきた。 ただ、ターゲットの高度がありすぎるので、ここから移動する必要があるだろう。 その時、空は夜明けのように光り輝く。そして、ソウルジェムを震わせる強大な力の奔流。触れたこともないノイズがあって魔力パターンは読み取れない*[TIPS_10]。 その直後、天から巨大な光の柱が剣のように振り下ろされ、ワルプルギスの夜を切り裂いた。 突然の勝利に頭の整理が追いつかない。後輩の衣美里に急かされて、指さす方角に視線を向ける。 その先には白銀の輝きを放つ中世ヨーロッパ風の城がそびえたっていた。それは城塞に囲まれた城下町まであるようだった。 ひなのには現実にねじ込まれた幻想がくそったれの現実を上書きしたように感じられた。 この超自然的な光景はすぐさま陽炎のように掻き消えた。魔女が倒された影響で雨風は止み、雲の隙間から柔らかい太陽の光が降り注ぐ。こうして神浜は救われた。 神浜の魔法少女はかの救世主を、例の城になぞらえて『城主』と呼ぶようになった。 ある者はお礼を言いたくて、ある者は単なる好奇心で、ある者は力を求めて『城主』を探し求めた。 中にはオマージュした漫画を描く者や陰謀論めいた怪文書を投下する者、果ては関連グッズを制作する商魂たくましい者もいた。 だが、この熱狂にもかかわらず、誰も規格外の英雄を見つけられなかった。それは戦場に居合わせなかったリベンジで取材していた令も例外ではない。 やがて、ユニオンはマギウスの翼の残党やプロミストブラッドとの戦闘に追われるようになり、彼女の捜索どころでなくなってしまった。 「確かにアイツは一騎当千のベテランだ。あの閃光も普段の攻撃に似てなくもない。  だけどな、あれはペットボトルロケットと液体燃料ロケット以上の火力差があるぞ」 ひなのはテーブルの飛沫を拭き取りながらツッコミを入れる。 あの時点で例の斬撃を凌駕するのはエンブリオイブの自爆エネルギーくらいだったろう。その場合、自動浄化システムは崩壊し、神浜市全域が跡形もなく吹き飛ぶ羽目になるが。 「事実は小説より奇なりってね。里見さんの解析であめ"さんの魔力パターンって結果が出たんだ*[TIPS_11]」 「ガチでか。あの建物の中に何十人もの魔法少女が潜んでいて、合体魔法*[TIPS_12]で倒したと言われた方が納得できるんだが」 そんな大人数が一斉に神浜に向かったら、既にキュゥべえに捕捉されているにしてもだ。 「なんか龍脈にある膨大なエネルギー*[TIPS_13]を利用したらしいよ」 「龍脈か……風水のアレだよな。地熱エネルギーとはまた別なのか」 「星の生命エネルギーみたいなもんで魔力の一種だってさ」 「アイツがそんな力を扱えるって話は……いや、そう言い切れるほど知っちゃいないな」 拭き取ったティッシュを捨て終えたひなのは、考え込みながら座り直す。 「折角なんで関連資料を送信するよ。観鳥さんにはさっぱりだったけど、超高校級のリケジョなら理解できるんじゃない」 「それは助かる、ありがたく貰っていくぞ。ついでに聞きたいんだが、灯花もねむも『城主』探しに消極的じゃなかったか」 元マギウスの天才児2人は、神浜を救ったのは平凡な少女による願いの結果の可能性も高く、卓越した英雄を求めないように警告していた。 本人は独り歩きする虚像と熱狂を前に名乗るに名乗れず、かえって発見を遅らせている可能性があると。 ただし、実際の『城主』にそのような情緒があるのかは怪しいのだが。 すると、令は皮相めいた表情を浮かべて、 「はは、あのふたりがそんな殊勝な理由で探究を止めると思うかい。裏では協力者を集って調査してたのさ」 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ ≪ねむノート≫ ◇月▽日 キュゥべえはワルプルギスの夜よりも強い魔法少女も、願いであれの撃破を願った魔法少女もいないと答えている。 ただ、後者の問題は願いに大規模な認識操作を伴ったか、未来からの願いが過去に干渉していたなら解決する。 たとえ因果不足でも僕達のように願いを分担すれば補えるはずだ。 ◇月▼日 僕達は『城主』がひとりで龍脈のエネルギーを使ってワルプルギスの夜を倒したことを突き止めた。 使用した龍脈は回復に時間がかかるようだが、他にも有力な霊地は幾つか存在している。 この力は概念的な要素を含んでおり、灯花は自分には上手く扱えないことを悔しがっていた。 だが、彼女はその程度で諦めたりはしない。障害を克服して実用化した暁には、自動浄化システムの拡大に貢献するだろう。 〇月◆日 八雲みたまから秘密裡に情報提供があった。妹のみかげが「神浜を守りたい」という願いで契約していたらしい*[TIPS_14]。 ただ、その願いの性質上、みかげは『城主』の正体ではなく、因果を誘導して『城主』を呼び寄せたと考える方が適切だろう。 〇月☆日 一連の調査により、『城主』の正体は"あめ"の可能性が高くなった。 今の彼女は気まぐれで大破壊をもたらすダモクレスの剣だ。特に魔女化した場合は最悪の事態が起こりかねない。 できれば、"あめ"をユニオンの管理下に置いておきたい。 〇月△日 "あめ"の功績が皆に知れ渡った時、彼女が得るのはシンデレラのガラスの靴かそれとも人魚姫の激痛の足か。 ひとつ言えるのは、沼の底に沈んだままならば、どちらが幸せなのか比較さえできないことだろう。 〇月□日 今の神浜情勢では"あめ"を保護するだけでなく、活用する必要も出てきた。 それは確実に物議をかもす手法であり、お姉さんには悪いがまだ秘密にしておく。 彼女のように理想の善を心から信じられる者だけが、それに少しでも近い場所にたどり着けるのだから。 けれど、僕たちはより大きな善よりもより小さな悪を選ぼう。 〇月◆日 魔法少女か経験次第で新たな魔法を会得することはある。だが、"あめ"の固有魔法は亜空間生成であり、『城主』の龍脈操作を派生できるとは思えない。 あの力をどのように会得したのか。協力者はいなかったのか。彼女を詳しく調べる必要がありそうだ。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- その捜索活動の過程で令にも白羽の矢が立ったのだ。 彼女の固有魔法は確実撮影、シャッターチャンスを逃さないこと。それは特ダネを偶然にもしくは体が勝手に動いてカメラで撮影する能力だ。 加えて、彼女は先天的に珍しい光景に居合わせる体質*[TIPS_15]も持っている。 これを固有魔法と組み合わせて千載一遇の相手を撮影するわけだ。 ついでに令が『城主』と無関係に"あめ"を探していた事実は、計画の隠蔽に都合よかった。 無論、彼女が海外に高飛びでもされるどうにもならないが、幸運にも先の写真を収穫することができた。 ひなのは真相を聞いて半ば感心、半ば呆れて息を吐く。 「またアイツらは裏でこそこそ動いてたのか、らしいっちゃらしいな」 「敵を欺くにはまず味方からって言うでしょ。情報が他の勢力に漏れたら大変だからさ、特にネオマギウスにはね」 旧体制トップの時雨やはぐむは、自分たちの頑張りを認めてもらいたくて、マギウスの残した魔法少女至上主義を拠り所にしているに過ぎなかった。 だが、現リーダーのひめなは具体的に魔法少女優位の社会を作ろうと動いている。 そのためのヘッドハンティングに余念がなく、『城主』もターゲットと考えて間違いない。 「確かに、魔法少女至上主義と神浜の救世主の組み合わせは危険な化学反応を起こしそうだが……せめて、いろは達には伝えた方が良いんじゃないか」 「そこは事情が複雑でね。協力者の中にはユニオンと無関係な調査だけと条件を出している人もいるんだよ」 「ユニオン外の優秀な魔法少女と言うと……いや、詮索するのはやめておく」 「悪いね。"あめ"さんと接触できたら、他のみんなにも伝える予定はあるからさ」 令は心底残念そうな表情をする。彼女にとって今回のネタをすぐに公開しないのはストレスであり、だからこそ、目の前の先輩に吐き出したいのかもしれない。 「……よし、資料送ったよー。ちょっとマイナーなファイル形式だけど大丈夫かな。拡張子とか理解できる?」 「アタシはそこまでデジタル音痴じゃないぞ。ネットで論文を読む時に悪戦苦闘済みだから大丈夫だ、たぶん」 「そりゃよかった。ただ、先にこっちを読んで貰えるかな」 令は鞄からスライドクリップで束ねられたA4用紙を取り出した。 「わざわざ印刷してくれたのか……なになに、"あめ"のパーソナルデータか。随分と気合が入っているじゃないか」 「取材していく内に興味深いことが分かってきてね。これはまさに神浜の闇だよ」 多くの新人の魔法少女は"あめ"の存在自体を知らないか、強いが愚かな傭兵としか認識していない。 ひなののようなベテランや事情通ならば、亡者騎士の呂布ムーブの数々や精神の年齢の低さを理解しているだろう。 だが、東部の大人達に聞き取りしていくと、彼女たちの知らない過去が明らかになった。 彼女は年齢1桁の頃から孤児であり、ホームレスだった。なぜか行政からも放置され、ごみ拾いで食い繋いでいた。魔法少女になるまで生きていたのが不思議なくらいだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ ≪ネオマギウス旧体制のひとコマ≫ ――はぐむん、やっぱり『城主』を見つけて、リーダーになってもらうしかない。ネットでも呼びかけて捜索範囲を広げよう。 ――でも、時雨ちゃん。『城主』さんはマギウスがワルプルギスの夜を呼んだことを怒ってるかもしれないよ。 ――そのことはぼく達は知らなかったから……って言っても向こうは納得してくれない。土下座すればよいのかな。 ――許してもらえても、情けないって呆れられちゃうかも。 ――もしも、許してもらえなかったら、ぼくの魔法ですぐに分かるから。その時は全力で逃げるよ……逃げられるかな? ――うーん、分からない。でも、せっかく、みんなが魔法少女至上主義を信じて付いてきてくれたんだよね。ここは踏ん張るよ。 ――はぐむん、ありがとう。あの人が仲間になれば乱暴な魔法少女にやられないし、灯花さまやねむさまからも知恵を貸してもらえるよ。   ……もう、乱暴な魔法少女に痛い目に遭うのは嫌だ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ ひなのは資料を読み終えた時、無意識に眉間にしわを寄せていた。 「あいつの半生を甘く見ていた。正直、匙を投げていたが、もう少し手を差し伸べるべきだった」 「言い訳に聞こえるかもしれないけど、あの頃に知っていたところで居場所を作るのは難しかったと思うよ」 この問題は一個人の手に負える領域ではない。事実、七海やちよは祖母の存命中に、彼女をみかづき荘で保護することに失敗している。 また、マギウスの翼でさえ、亡者騎士を引き入れても割に合わないと判断したのだ。 だからと言って、魔法少女を知らない大人達では"あめ"とのトラブルは避けられまい。 それに加えて、昔は東西紛争で立場の弱い中央は搾取の対象になっていたのだ。 そのような状況で、ひなのが本腰を入れて亜空「」を助ける余裕などあるはずなかった。 「ああ、そうかもな。過ぎたことは今後の教訓にすることしかできん。せめて討伐の返礼くらいはできるといいが」 「それは用意してるよ。里見メディカルグループの力を借りるのさ」 令はそう言ってボトル缶を指で弾き、軽い金属音を響かせる。 灯花の父はグループのトップであり、娘のために魔法少女の存在を世間に知らせようと、神浜議会に働きかけるほどの人物である。 要するに彼ならば、"あめ"に対して適切な支援が期待できるだろう。 既に彼女の生活はある程度改善されているかもしれない。だが、その衣服の価格帯からして、サポート不要の富豪に養われている訳でもなさそうだ。 ひなのは萌え袖を口元に近づけて頷く。 「そこで里見ときたか。それ自体は良いと思うが、単なる慈善行為じゃないんだろうな」 「まあ、相応のリターンがなきゃ、紛争の真っ最中に人探しはしないかな」 令はそう言って一本の指を上げる。 「まず、"あめ"さんをこちらの監視下に置きたいというのがひとつ。  彼女は強すぎるのに情緒が幼くて、力をどう振るうか予想もつかないし」 だからと言って彼女を大金で雇っても、その価値を理解できずにネオマギウスなどに寝返る可能性がある。だから、生活レベルで囲い込む訳だ。 「確かに、首輪をつけるかは別にして彼女の状況を調べた方が良いか」 会話に割り込むように呼び出し放送が校内に響く。それが自分たちと無関係と確認できた時、令は二本目の指を立てる。 「そして、もうひとつは……ぶっちゃけると戦力目的だよ。ワルプルギスの夜を倒した力なら、一撃で何十人も捻じ伏せられるからね」 「待て、あれは戦略ミサイルみたいなもんだろ。抗争の一線を超えてちゃいないか。それに下手すると無関係な人間まで巻き込むぞ」 ひなのの脳裏に黄金のビームで薙ぎ払われ、無残な死体を晒すプロミストブラッドの魔法少女たちの姿がよぎり、顔をしかめてしまう。 当然、巻き添え被害も起こるだろうし、魔法少女の印象や里見院長の立場も悪くなるだろう。これではネオマギウスに悪用されるのとどちらが過激か分からない。すると、令は足を組み直しながら、 「本当に大量虐殺したいわけじゃないよ。こちらを殺すなら報復するぞって懲罰的抑止が狙いさ。  ひなのさんもプロミストブラッドの横暴には腹に据えかねているでしょ」 「……それは否定しない。特にういを誘拐したのは納得いかん。復讐を超えた理不尽な八つ当たりだ」 「そう、やつらは言葉を使っているけど、暴力の二文字しか理解できないんだ」 令もマギウスの翼が各地から魔女を奪ったことは申し訳なく思っている。 だが、問題はあの連中は暴力と闘争が自己目的化した蛮族であり、普通の方法では停戦できないことだ。 こちらとしても一方的に殺されるつもりはないし、仲間が傷つけられるわけにはいかない。 「あれは昔の神浜の荒廃ぶりを思い出すな*[TIPS_16]。いや、敵は統率が取れている分さらに厄介か」 「だから、絶滅戦争を避けるには圧倒的な力を見せつけるしかないのさ」 彼女の声には熱が籠り、両手は興奮で小刻みに揺れていた。 マギウスの翼にはワルプルギスの夜を呼び寄せた前科がある。敵もこけおどしだと無下にできないはずだと。 ひなのはレポートをテーブルに置き、お茶で水分補給する。 「ミリタリは専門外だから、抑止効果に関しちゃなんとも言えん。  ただ、リーダーの対話路線と対立しているな。下手するといろはの停戦交渉を時間稼ぎとみなして、侵攻の口実にするかもしれんぞ」 神浜には令達の他にも『城主』を探している魔法少女は何人かいる。 プロミストブラッドはその動きを警戒しつつも、暴力で妨害まではしていない。 だが、元マギウスによる本格的な捜索となれば話は変わるだろう。 「そこは細心の注意を払うつもりだよ。でも、ハッキリ言うと環さんの理想こそ絵空事だからね。あいつらを交渉の席に着かせるのだって厳しいんじゃない」 「辛らつだな。まあ、実現のハードルは相当高いだろうな」 「だから、観鳥さん達が保険を用意しないとね」 令は口角を上げて邪悪に微笑んで見せる。ひなのは長い戦いは人の心を摩耗させることを知っていた。 ならば、切り札は余裕のある内に準備した方が、追い詰められてから慌てて探すよりはマシかもしれない。 「令が本気なのは分かった……だが、そのせいで自分を追い詰めてないか」 「……どうしてそう思った?」 「言っちゃ悪いが、"あめ"にはフェアな交渉するだけの判断力がない。そういう社会的弱者は利用するよりも、戦いから遠ざける方が令らしい」 令が現実主義だが無節操ではなく、当事者の自由意志を重んじる。そのため、白羽根時代に保澄雫の足抜けを手助けした*[TIPS_17]。 すると、令はふっと疲れたような表情を見せて、 「流石はひなのさん……そうなんだよね。抑止力は使わないから抑止力と言っても、最終的には剣を振り下ろす決断が必要になるんだよ」 「振り下ろしても敵が止まらなかった場合は、あまり想像したくないな……」 「だから、"あめ"さんの無知に付け込んで血の責任を背負わせるのと同じなんだよね」 仮に彼女に後見人がいて代理で承諾したとしても、死の感触を味わうのは本人だ。 「そこまで分かっていながら雇うというなら、最悪を避ける努力はしないと…っておい」 大人びた少女は鈍い光沢のある机に突っ伏せた。腰にまで届くサイドテールは乱雑に垂れ下がる。 「令、大丈夫か」 ひなのは慌ててグリーフシードを差し出す。 「大丈夫、浄化するほどじゃないから。でも、あらためて口にしたら、思いのほか精神ダメージが大きかった」 令はうつ伏せのまま、指輪をソウルジェムに変化させて見せる。濁りは軽微ですぐに止まってしまう程度の浸食だ。それでもひなのは穢れを吸い上げる。 「ドッペルの心配はなくても、ジェムは澄んでいた方が楽になるだろ」 「どうも、手間を掛けさせて悪いね」 「そんなに辛いなら依頼を降りてもよいんじゃないか」 「それは考えてないよ。挑戦しない方が後悔するし、プランB*[TIPS_18]はもっと死者が出るリスクが高いから」 令は絞り出すように、そして強い調子で言いきった。 白羽根時代の報道は専ら広報活動であり、それ以上の探りは危険に巻き込まれない範囲の取材しか行わなかった。 だが、そのせいで大本営発表になってしまい、羽根達から判断材料を奪ってしまった。 だから、彼女は今度こそは仲間を救うための取材をしたいと思っていた。たとえ、自分ひとりが傷ついてもだ。 ひなのはため息をついた後、 「令は一度腹を括ると、ちょっとやちょっとじゃ考えを変えないよな」 「正論よりも現実ってだけで、状況が変われば柔軟に対応するつもりだけどね。  ただ、今の観鳥さんの悩みはそういう損得勘定じゃなくて、フォトグラファーとしての矜持なのさ」 彼女は顎を腕の上に乗せた後、片手でジェムを持ち上げてシャッターを切るような動作をした。 「清濁呑み込んで真実を暴くってやつか」 「そう、下世話なネタは良くないと思いつつ、記事が注目されるのを喜んでいる最低な観鳥さんがいる。  それでもカメラを手放さないのは、その過程で弱者を救うチャンスがあると信じているから」 「アタシは令ほど神浜の笑顔を望んでいる人間はいないと思っているぞ」 人生の9の負債をままならないと諦めても、せめて残りの1は清算して見せるのが令のポリシーだ。 だから、彼女は本当に救いたいもののためには潔癖さを求めない。 「でも、これまで"あめ"さんを厄介者として見捨ててきたのに、利用価値が生まれたら、手のひらを返して擦り寄っているのが辛い」 「感情が決意に追い付いていない訳か」 「きっと、"あめ"さんを撮っても欺瞞に満ちた写真にしかならないだろうね」 沈んだ声を漏らし、また顔を伏せる。他人には毒食わば皿までに見えても、良心を守るための自分ルールは馬鹿にならない。 ひなのはしばし思索にふける。写真家でもない自分にできるアドバイスには限界があるだろう。そこで己の体験を語ることにした。 「令、前にアタシが前にドッペル結界に呑み込まれたのは話したよな」 「……確か、背伸び薬の実験に失敗した後に引き込まれたんだっけ」 「そうだ。そこでのドッペルとの論戦はアタシの原点についてだった。あれは他人が口出ししてどうなるものでもなかったな」 ひなのの幼い頃、キッズ向け科学教室で「セクシーで足の長い白衣のお姉さん」の華麗な実験を見て憧れ、将来の夢とした。 だが、現実の自分は今もチビのままで、実験でしょっちゅう失敗をする。 ドッペルは落ち込んでいた彼女を結界に引き込み、昔のように傍若無人に生きるために主導権をよこせと迫ってきた。 「つまり、人は自分自身と向き合う時はひとりで頑張るしかないって言いたいのかい」 「そうかもしれんが、それだけじゃない。令はアタシを強い人間だと言うが、そんなものは状況次第だ。  あの時の弱り切ってたアタシだけじゃ、言い負けていただろうな」 後輩は黙して次の言葉を待っている。どんな顔をしているかは分からない。 「それでも帰ってこれたのは、衣美里の必死の呼びかけを聞いたからだ。  ……別に友の期待に応えろとか、悩みより仲間を優先しろとか言ってるわけじゃないぞ。  誰かが自分の事を思っていてくれるのが心強かったんだ」 だから、今も幸せだと誇った上で、いつか絶対安全な背伸び薬を作って見せると豪語した。すると、ドッペルは満足して闇へと消え去った。 語り終えた後に後輩の反応を待つ。令はその程度で逆境を払いのけられるなら十分強い人間だ、と反論するかもしれない。 だが、この後輩は意見が噛み合わない時でも、自分なりの結論を導き出せることも分かっていた。 「そっか……」 令はそう呟いた後に沈黙した。だから、ひなのはこれ以上は語らず、しばらく後輩の傍にいることにした。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ ≪某日、令からの写真を受け取って、ななかとかこ≫ ――なので、これ以上の進展には『再現』魔法を使うしかありません。ただ、例の公園は夜も人の往来が活発なようですね。 ――それじゃあ、どうしましょうか。夜中にこっそり家を抜け出すには見滝原はちょっと遠いですよね。 ――いっそ、お泊り会を口実にするのも良いかもしれませんね。 ――ふぇっ、ふたりきりでですか! 他の皆も呼びませんか? ――本当は巻き込みたくなかったのですが、背に腹は代えられませんね。美雨さんに事情を話して力を借りましょう。 ――あれっ、あきらさんは呼ばないんですか。 ――美雨さんを呼ぶのであれば『事実の偽装』を利用できますから、外泊の必要もなくなりますので。  もちろん、魔法を使わずに公園の人払いをしても良いのですが、確実性は段違いです。 ――あっ、そうか、そうですよね。わざわざ泊まるのは時間の無駄ですよね。 ――近い内にみんなで別荘でも行きましょうか。ただ、今回あきらさんを引き込めない理由はちゃんと存在しますよ。   どうやら、彼女の従兄のあおいさんが"あめ"さんの調査をしているようなのです*[TIPS_19]。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 後編へ続く