3月中旬の東京・豊洲、デジタル庁デジモン対応特別室総合庁舎。 午前中は弱い雨が残っていたが昼を過ぎて暖かい日差しが差していた。 総合庁舎の1階、特別児童養護施設『ユーカリのいえ』の大広間。 「おーい、レッパモン、ディアトリモン、帰るぞー。」 警視庁電脳犯罪捜査課の色井恋夜が声を掛けた。 「んっ、あれ?幸奈ちゃん?もうそろそろ帰る時間じゃない?」 続いて入ってきたデジ対所属の詩虎ヨリオが大広間にいる女子高生らしき人物に気づいた。 「あっごめんなさーい。この子たちと話し込んじゃっててー。」 この施設に預けられている子供とデジモン達に囲まれていた、幸奈と呼ばれた少女が立ち上がる。 「誰?ボランティアの子?」恋夜が詩虎に訊く。 「聞いて驚くなよ……あの巌城先生のお孫さんだ。」 「……えっマジで!?」おそらく巌城先生が誰か思い出すのに時間が掛かったのだろう。 タイムラグがあったが反応はそれ以上だった。 「あのゴツい爺さんの遺伝子があんなかわいい子に…?」 「ビックリしますよねー!俺だって最初は信じられなかったですよ!」 後ろからやって来た陸上自衛隊Dレンジャー所属の春原大吾が同調する。 「あれー?警察の人ー?自衛隊とデジ対とおそろいで何してたんですー?」 妙におっとりした喋り方のちょっと浮世離れした感があるな、と色井は思った。が、直後に思い出す。 確か彼女も選ばれし子供達の一人だ。 「4月から開校する都デジの警備計画の打ち合わせですよ。」詩虎が説明する。 「いざ何かあった時に警察で真っ先に現着突入するのは恋夜だしうちはベルゼブモンが前衛だし自衛隊は基本大吾と髭切さんだし。」 「そーそー!俺達が学校の警備のカナメ!なんですから!」春原の言葉はどうにも軽い。 都立デジモン学園はデジモンと人がともに学ぶ学校として来月の開校が迫っている。 その警備体制の確立は急務であった。 「会議は終わったのか?では我々も新橋に戻るぞディアトリモン」 「えー、俺もうちょっとお話してたいんだけどなー?お菓子おいしいし。」 「駄目だ、遊びに来たのではない。」色井のパートナーコンビがそんな風にしていると、 「待て。もうすぐ雨が降るようだ。」ガードロモンの髭切三尉が天気予報アプリを立体映像で映し出した。 雨雲レーダーには青から紫、黄色から赤へと急速に色を変える帯が横浜周辺を通過している様子が伺えた。 「あっそういやウチにとうとう公用車が来たんですよ!」唐突に詩虎が手を挙げた。 「まだ試作品なんですけど、結構人数乗れるからソレで新橋まで送りますよ!」 総合庁舎から豊洲駅までは多少歩く。 「あっじゃあ幸奈ちゃんも送ってもらえば?」乗っかるように春原が言う。 「銀座で乗り換えだとちょっと面倒じゃない?ついでだから乗せてってもらいなよ!」 「えっ……でも……」しばし逡巡していた幸奈だったが、意を決したようだ。 「それじゃあ、お願いします。」 しかしその声にのほほんとした先程までの雰囲気が消えていることに色井は気付いた。 大広間と同じ1階にある車庫に行くと話し声が聞こえてきた。 「これはまだ動力と防御のシステムだけ組み込んだ段階だ。デジモン救急システムは来週にも出来上がるから……んげっ!!」話していた内の一人、名張が今までに聞いたことのないような声を上げる。 「どうしたクラノスケ……ああなんだ、お前らか。」その話し相手、詩虎のパートナーであるベルゼブモンが入ってきた一団に気づく。 「や……やぁ、幸奈チャン、そういえば今日はボランティアの日だったネ?これから帰るところカイ?」 まるでどこぞのインプモンのような妙なイントネーションで喋る名張。 「……名張さん?なんか様子がおかしくないです?」色井が問いかけると、 「まぁその……幸奈ちゃんがいると、見られてるような気がして……巌城先生に。」 妙に視線を彷徨わせながら名張が答えた。どうやらなにかトラウマが刺激されるらしい。 「ああなんだ、新橋まで送ってほしいのか?お安い御用だぜ!」 いつの間にか経緯を説明したのか、レッパモンとディアトリモンに向かってベルゼブモンが親指を立てていた。 あいつらのああいうソツのなさには昔からよく助けられてたなと色井は少し懐かしくなった。 その公用車は白いワンボックスタイプで、どこからどう見ても◯イエースだった。ご丁寧に屋根の上には脚立まで載っている。 「あれは脚立じゃないよ。デジモンのリアライズを検知するためのアンテナマストさ。」 色井がしげしげと見上げていたせいか、名張の説明が入った。 「一般人を刺激しないように極力どこにでもある作業用のハ◯エースっぽく仕立てたんだ。」 まるでこれがハイ◯ースではないかのように名張は言う。 「どっからどう見てもハイエ◯スじゃねえかよ。」ベルゼブモンが歯に衣着せぬ物言いをする。 「これでも馬力換算で540あるモンスターなんだよ?」口をとがらせる名張。 男性陣とベルゼブモンがえっそんなに!?という表情で一斉に公用車を見て、車の事がよくわからない幸奈と他のデジモンはその様子を見てきょとんとしていた。 運転席には半年前に運転免許を取得したベルゼブモン、助手席には詩虎が座った。 二列目には色井レッパモンディアトリモンの警察トリオが、最後部の座席には幸奈と彼女のパートナーであるベタモンが就く。 車が走り出して程なく大粒の雨が鉄板とガラスを叩く音が聞こえてきた。もう寒冷前線が到着しているようだ。 美術館と豊洲市場に挟まれた交差点あたりから流れが悪くなってきた。なかなかに右折できない。 「……幸奈ちゃん。」色井が後ろに話しかける。「何か話したいことがあるんじゃないのかい?」 「……!」幸奈のベタモンを抱く腕の力が少しだけ強くなる。 「わかっちゃい……ますか?」 「あんな急に態度が変わったらね?詩虎さんも春原さんも面識があるから、俺が原因かなって。」 運転席の主が軽く口笛を吹く。 「昔の俺を知ってる……って訳でもないよね?俺の方に君と戦った覚えはないし、時期も合わないし。だったら、今の俺の仕事が関係してるのかなって?」 車はようやく交差点を右折する。晴海大橋に向かって加速していく。 「……あの、私、今のボランティアのおしごと、おじいちゃんにお願いして、ようやく許してもらって。」 幸奈がゆっくりと口を開く。 「……でも本当は私、みんなのために戦って守るお仕事がしたくて。だけどおじいちゃん、そんなのは絶対ダメだって言って。」 「だろうね……。」横目で見ると、俯く幸奈とそれを見上げるベタモンがいた。 「色井さんって、警察の中でも暴れてるデジモンと戦うのがお仕事なんですよね?周りの人は反対とかされなかったんですか?」 幸奈の発言に最前列の空気が凍ったのが感じられたが、それを気にしている場合ではない。 「……そっか、知らないか。」呟きながら両腕のデジヴァイスに目を落とす。片方は自分ので、もう片方は―― 「……色井、さん?」 「あー、俺さぁ、家族いないんだよ。兄弟は死んじゃって、両親も離婚して。」 「……っ!ご、ごめんなさい、私……」 「いいって、気にしないで。それに今はコイツらが家族みたいなもんだし。」 言ってパートナー2体に腕を伸ばす色井。 無理矢理笑顔を作ってるのがバレやしないかという不安で腕に力がこもる。 「って言うかさ、俺って戦うぐらいしか能がなくってさ。そんな俺でも戦う以外にできることがあるって気づかせてくれた人がいてさ。」 こらえろ、涙を見せるな、俺はもう大人なんだぞ、そう自分に言い聞かせながら色井は続ける。 「だからさ、俺からしたらボランティアで身寄りのない子供やデジモンを助けてあげられる幸奈ちゃんのほうがすごいって思うよ。」 「そういう……ものなんですか?」 今世紀に入ってタワーマンションの林と化した月島に車は入っていく。 雨の勢いはまだ弱まらない。 「おう、そういうもんだぜ。」 「そうだな、恋夜みたいに体張ってくれる奴がいるから俺達デジ対も仕事ができるんだ。」 運転席と助手席から声が上がった。 「ま、どっちかっつーと俺達も体張る側なんだけどな!」七大魔王の声はやけに陽気ぶっている。 「そうさ、だからさ。」二人の援護に感謝しつつ、色井は前を向いたままで言う。 後ろを向いて、もし目尻に涙が浮かんでいたら恥ずかしいから。 「幸奈ちゃんが大人になって、それでもまだ戦って守る側になりたいって言うなら、その時は俺……俺達が、手伝うよ。」 「おいおい、俺達を勝手に巻き込むなよレンヤ。」 「そうだぞ恋夜、あの巌城先生の相手するの俺は嫌だぞ?」 デジ対の二人組が交互に混ぜっ返す。 「ちょっとー!私のおじいちゃんなんですけどー!ひどいよー!」 笑いながらむくれる幸奈に、釣られて他の面々も笑い出す。 「しっかし雨ひどいな―。そろそろ止んでもいい頃なんだが。」ベルゼブモンが愚痴ると、 「……3月はライオンのようにやって来て、羊のように去っていく、か。」詩虎が呟いた。 「なんだそりゃあ?」 「イギリスの諺だよ。3月の天気の様子を言い表した……そう言えばこの辺りだったな。」 説明を中断して詩虎は窓の外を見る。 「この辺って……ああ、あのマンガか。月島が舞台だったなそういや。」 ベルゼブモンの反応から、その諺をタイトルに持つ将棋漫画のことを言ってるのだと色井は気付いた。 確かレッパモンやディアトリモンと一緒に公休日の暇つぶしに漫画喫茶へ行った時に読んだ記憶がある。 そう言えばあれは、家族を失った少年が、再び新しく家族を得る物語だったか。 「まあもう通り過ぎるんだけどな。」詩虎がそう言うと、車は勝鬨橋に差し掛かっていた。 「日が差してきたな……ようやくか。」ワイパーを止めるベルゼブモン。 勝鬨橋の二つのアーチが西日に染まっていた。 「あっ!虹!虹ですよ!」幸奈の声にベルゼブモン以外の全員が彼女の指す右側を見た。 アーチの間の跳ね橋部分、遮る物のない車窓から、隅田川と高層建築の合間に虹が見え隠れしていた。 降る時も急だが止む時も急な雨が過ぎると、急に冷え込んできた。 新橋駅の銀座口で一緒に車を降りた幸奈とベタモンはそのまま銀座線の方に歩いていった。 色井たちは駅を抜けて日比谷口側に出る。 SL広場は雨が止んだのを見計らって出てきた通行人たちで賑わっていた。 「……寒いな。」独りごちる色井。 だけどきっと、春はもうすぐそこまで来ている。 後日、色井が聞いた話によると、その日のすぐ後に公用車が盗まれたそうだ。 急に冷えてきたからとコンビニに立ち寄って何か温かいものを買おうとして、その隙に通りがかった不埒者が乗って行ってしまったという話だった。 取り押さえるまでに何台ものパトカーが壊されたらしい。 そのカーチェイスの記録から、機動力と防御力は申し分ないことが証明された……が、これが原因で公用車は明確にデジ対の車であることがわかるように仕様変更が決まった。 これについて当人たちに話を聞いてみたところ、『いやー、ハイエー◯って本当にハイエースされるんだなあ、って……』とベルゼブモンがコメントするにとどまった。 うっかりスイッチオンの状態かつドア半開きで路上に停めていた二人はかなり厳重な処分が下ったようで、あまり思い出したくないようだった。 オマケ デジ対公用車試作車から制式採用車への主な変更点 1.色を白から銀にしてデジ対のロゴを入れる 2.ベース車体をレジアスエースから救急車用ハイエースに変更 3.緊急車両の赤色灯を追加 4.アンテナマストを脚立型からタープ型に変更 5.生体識別機能を追加して登録者以外は運転不可能に