◆ アタシは灰だ。 自分の勝手で燃え落ちて、余燼は直に吹き消えた。 燻る嘆きも残っちゃいない。 そう酔いしれて、最期は人の言葉で動くことにした。 ――炎の中を歩く。 森中、鎮まる気配のないそれを傍目に見ながら、アタシは彷徨っていた。 "――お前……まだあの人間を狙うつもりか" "逆だ。保護しに行くんだよ……アイツの言う通りにな" そうプテロモンには言ったきり別れたものの、さしたるアテはない。 グランクワガーモンには空から探させて、 アタシは地上でこの騒動の中心となった"森の巫女"の足取りを追っていた。 「これじゃあ、来た時とそう変わんねえな」 その身で周囲の熱を感じながら、独り言ちる。 歪んだ望みを抱えた当初とタチは変われど、その子を求める事に変わりはない。 それがこの様じゃ、元から芽はなかったのかもな。 とはいえ、ここに居て暇をする、ということもなかった。 御覧の通り、この森の至る所に火をつけ回る厄介者――そういうアタシも、 どちらかと言えばその範疇だったが――を見つけては、 片っ端からブッ飛ばしていく道中もあれば、 「――待ちな」 そいつらと敵対する、人間とデジモンの一派に出くわすこともあるからだ。 「……アンタか」 アタシが鉢合わせたソイツは、ちょっと忘れられねえ頭をした、学ラン姿の偉丈夫。 その奥にはこれまた学ランを纏った、 岩の巨人とも呼べるデジモンが仏頂面で鎮座していた。 アタシがコイツらと接触したのは、今回が初めてじゃない。 襲撃派として森に乗り込んだアタシは、 一旦その歩みを止めるまでに何人か、デジモンとその力を引き出す人間 ――そういう奴らはテイマーとか言うんだったか、 まだ口をきけた頃のファンビーモンが教えてくれたっけな――とカチ合っている。 "森の巫女"の力が必要だったアタシはそいつらに付き合う事はせず、 目晦ましにもなるこの環境を利用して、戦いもそこそこに撒いてきていた。 ……まあ、アタシらじゃそもそも敵わない奴らもいたけどな。 そういうわけで、ツラ突き合わせたテイマー達にとってのアタシは、微妙な立場にいるわけだ。 「ハンパな真似しやがって……今度は逃がさねえ」 特にこんな、メンツの張り合いで生きてきたような奴にはよく効く挑発だったろうな。 風体ばかりの偏見じゃない。 一端でもその世界に身を置いたからこそ、この男の凄味は肌で感じられる。 「待つのはそっちだ。アンタとコトを構える気はねえ」 「あぁ?」 「むしろ今は……アンタらの味方って事になるかな。考えが変わってね」 「不義理かましたってのか?……だったら尚更、気に食わねェな」 そりゃそうか。 本丸に狙いのある奴が、今度はその内輪に入り込もうだの抜かすんだ。 自分で言うのも何だが、これほど信用ならない裏切り者もいない。 「それならどうすりゃいい」 「……女を殴るシュミはねえ。だが……俺が知ってるやり方は一つだ」 尤も、アタシが薄ぼんやりした頭をシャカリキに働かせたって、結果は変わらねえだろう。 事実として、単身乗り込んできたアタシに吐ける情報はねえ。 強いて言えば、アタシを"ここ"に連れてきたヤツはいるが、 説明に一手間かかるのに違いはない。むしろアタシの方が聞きたいぐらいだ。 そもそもだが、ンな事くっちゃべったところで、 ボンタンのポッケから腕抜いた目の前の男は、その拳を下ろすのか? ゴチャゴチャ頭の中で並べ立てたが、結局相手の流儀に合わせるのが手っ取り早い。 アタシがガンたれたのを合意と取ったか、睨み合いは数秒続いた。 爆発に金属の擦れ合い、弾ける火の不協和音に塗れた森が、この瞬間だけは静けさを取り戻したように感じられる。 男が連れたデジモンは、最初に現れた場所から動こうとしない。 あくまでタイマンって訳か。まあ、そこは心配してなかったが。 絶えず空気をヒリつかせ、閾値がピークに達したアタシ達は、ついに―― ――振り返って、背後から襲い掛かったデジモン共に拳を叩き込んだ。 斥候とでも言うべきか、吹き飛んだ小型のソイツらを契機に、俄かに周囲の気配が殺気立つ。 気づけばアタシらは、とっくに狂暴なデジモン達に囲まれていた。 大中小、レベルもサイズもバラバラなコイツらは、 よく見ればこの森だけでなく、その周縁部に生息しているような奴らも混じっている。 「またテメエらか……しつけぇな」 そう毒づいたアタシも、意図せず背中合わせになった男も恐らく、 この森では幾度となく手を焼かされている連中に違いなかった。 アタシ含め、碌でもねえ目的で森を焼くテイマーやデジモン達が悪なら、コイツらは混沌だ。 相手も目標もなく、酷え時には同属同士ですらイキリ立って暴れやがる。 「……なぁ大将、ここは一時休戦といこうや」 「……背中には気ィつけな」 憎まれ口に目を細めて、アタシ達は一斉に駆け出した。 我先にと飛び込んで、拳、膝、頭。 時には相手同士のドタマもカチ合わせて、それぞれ進撃していく。 ふと視線を男の方に向ければ、あの岩石巨人もやおらに動き始めていた。 その学ランは何者の攻撃も通さず、サイズに見合った剛腕で群れを薙ぎ払っていく。 並の究極体は凌駕するであろうデジモンの参戦で、相手方の包囲はあっという間に突き崩されていった。 大物の暴れっぷりに目を奪われていると、こちらの方にも敵からの火球が飛ぶ。 アタシはデジソウルの籠った拳でそれを迎撃し、 爆ぜた火の粉は三方に飛び散り、草木に点火された。 瞬間。 上空より急降下した黒い影が、その風圧で周囲に群がるデジモンごと火をかき消す。 <ギィィィィィイ……> 怒りとも、単なる本能ともつかない唸り声を影の主であるグランクワガーモンが上げた。 相棒が何考えてんのかわかんねえのも、いつものことだな。 心中で苦笑いを浮かべ、アタシはデジヴァイスの端子部に手を翳す。 「決めるか」 グランクワガーモン自慢の大顎が、デジソウルの模した光によって更に大型化する。 突進したグランクワガーモンは眼前にいた敵性デジモンの一塊を挟み込み、 更に加速して、他のデジモンも巻き込んでいった。 男とその相方によって既にだいぶ数を減らしていたデジモンの群れも、 周辺をぐるりと一回りしたグランクワガーモンに全て絡め取られていく。 「頼むぜ」 アタシは横合いから獲物を攫われ、僅かながらも呆気に取られた男にトドメを促した。 「チッ……バンチョーゴーレモン!」 反感を表に出しつつ、男もアタシの意図を察してそれに応じる。 男が見上げた先では、方向転換して垂直に飛び上がったグランクワガーモンが、 その大顎に蓄えたデジモン団子を上空に放り投げていた。 <オオオォォォ……> そこを目がけ、男の指示を受けた巨人――バンチョーゴーレモン――が回転を始め、 予め掴んでいたデジモンの一体を、与えた遠心力のまま投げ入れる。 <天波返シィーーーッ!!> 驚異的な加速を乗せて射出された一球は見事に団子の中心部を撃ち抜き、 花火の如く敵性デジモンの群れを飛び散らせた。 「流石だな、大将」 始終を見届けた後、アタシは焼け爛れた手を振って、こちらに歩いてきた男を迎える。 「しゃらくせェ……テメエらがノせたんだろうが」 「そう言うなよ。アタシなりにスジは通したつもりだぜ」 「……そうかよ」 男の訝る視線は相変わらずだったが、先ほどまでの敵意は感じられなかった。 半信半疑ってところか。 まあ、さっきのヤツらにゃ敵も味方もねえからな。 「テメエ、何のつもりで寝返りやがった」 「え?」 思わず、素で聞き返してしまった。 「……二度は言わねェ」 シャバい事も言えんじゃねぇか。 捻くれてそう返そうと思ったが、やめた。 改まってそんな事を聞くからには、この男にも事情ってもんがある。 それが何か分からなくとも、アタシはそいつに応えることにした。 隠すほどのモンでもないからな。 「……ダチさ」 「テメェで頼まれてもない事買って出て……今度はダチから頼まれた。そんだけだ」 ひたすらに、アタシが救えないだけ。 赦された気になりたかったのか。何をも犠牲にしてでも得たいものだったのか。 ちょっと前までは大嫌いだったモンに、何を拘ってんだかな。 今となっちゃそれすらも分からない。分かりたくもない。 唯一、アタシが本心からアイツの為に動けていたわけじゃないって事だけは、少し前に分からされた。 だから、空っぽでいい。何も考えたくない。 「"弱い犬ほど鎖が好き"ってな。アタシもご多聞に漏れず……」 「……繋がれてなきゃ、やりたい事もわかんねぇ」 アタシは灰だ。 自分の勝手で燃え落ちて、余燼は直に吹き消えた。 燻る嘆きも残っちゃいない。 「……テメエ――」 ――空が光る。 何か言いかけて振り返った男と、 アタシがそれを認めた頃には、何本もの光芒が上空から降り注いできていた。 <ギ……ィッ> その内の数本が、グランクワガーモンを弾き飛ばす。 光の雨は手当たり次第に草木を灼き、直撃することはなくとも、 融解した地表がアタシ達の逃げ場を狭めていた。 究極体すら退ける威力だ。生身で受ければ当然、無事では済まない。 身動きも取れないまま、アタシはテメェ目がけた閃光を認識した気がした。 光が目に刺さる。動きが、音が、ひどく緩慢に感じられる。 走馬灯ってやつか? ……まあ、何ともハンパな幕切れになっちまったけど。 何も残らねぇ終わりだって、悪くはないよな。 「嶺文――」 帰ってきた音が、耳を劈く。 雨も止み、そこに立っていたのは、学ランを赤熱化させたバンチョーゴーレモンだった。 その影に覆われ、アタシと男が向かい合う。 「……アンタ、何で」 「話の途中だったんでな」 困惑するアタシをよそに、男は何でもない事のように言い放った。 「……甘ったれんのはテメエの勝手だが、ヨソに押しつけんじゃねえ」 「落とし前はテメエでつけな」 それが出来なきゃ、殴る価値もねえ。 そう言い残して、男は学ランを翻した。 バンチョーゴーレモンもそれに倣い、アタシに背を向けた先では、 木々の上から顔を出した、巨大植物の化け物のような、三つ首デジモンが獲物を見定めている。 取り残されたアタシは、ただ俯いて立ち尽くしていた。 情けねぇ話だ。 アタシは、誰かに幕を引いてもらいたかったのか。 ダチ見殺しにして、手を引いてもらって、今度は介錯。 何もかも他人任せにして、背負いこむ事すら忘れちまった。 疼いた右拳を、もう一方の手で胸元に引き寄せる。 護られて、ホッとした。 しがみつきてえ火種が、抜け殻の片隅にも残ってやがったんだ。 これじゃあ、灰とは言えねえな。 面を上げたアタシの傍に、グランクワガーモンが飛来する。 ……そうだな、お前も置いて行っちまうところだった。 「待ちな」 風を切って、アタシは相棒と共に男の横に居並ぶ。 男はこちらを向いたが、何も咎めはしなかった。 「蓮撫濾中学一年、霞澤璃子。……アンタは?」 「……"東京卍死"四代目総長、黒渦岩次郎」 野良犬上等。 こっからは、アタシがやりてえからアイツとの約束を果たす。 ダチの分まで生き抜くために。 ここで出会った、でっけぇ背中に追いつくために。 ◆