◆ 「――決闘だ!それしかない!」 デジタルワールドのとある一地方。 そのまたとある街のレストランで、空上嶺文は声高に叫ぶ……のも店に迷惑なので、 そこそこの声量で宣言した。 「……はぁ」 ため息とも生返事ともつかない調子で、好物のフィッシュフライを摘まんでいたプテロモンが応える。 彼の突拍子もない妄言は今に始まったことではない。 深い仲でもなかろうが、毎日のように付き合わされていれば当然の反応であった。 「呆れてんだろうが、今回ばかりは本気だぜ」 「ならまともに返してやる。正気か?」 「当然。こんなこと抱え込んでた方がまともじゃいられないね」 鼻白んだままのプテロモンをよそに、嶺文はだってさ、と続ける。 「いい加減参ってんだよ、あのお方には……」 神妙な表情から一転、げんなりした面持ちの彼の気を揉ませているのは、 自身と時を同じくしてデジタルワールドに転移してきた嘗ての級友の存在であった。 霞澤璃子。 異境の地で再会した彼女はその外見の変化に留まらず、 一方的な敵意を嶺文に浴びせ続けている。 「……そうは言うが、そこまでして正すほどのものなのか?」 本気かコイツ。 今度は嶺文が抗議の視線を送るが、プテロモンは意に介さない。 「オレから見れば、それほど険悪な関係でもないと思うがな」 事実、霞澤璃子とは暴走デジモン阻止という目的を同じくしており、 幾度か鉢合わせても威嚇されることはあれど、嶺文達を直接妨害してくるような頑迷さまでは彼女も持ち合わせていない。 それどころか、筋道立てて説明すればこちらの要求にも納得してくれるし、なし崩し的に共闘した前例すらある。 要するに、付き合い方を考えなければならない程の問題人物ではない、というのがプテロモンの見解だった。 しかし、そんな同行者の指摘にも嶺文はため息をつく。 「プテちゃんさぁ……ちょくちょく人の心が分かってない時あるよな」 「デジモンだからな」 さらに言えば、個人間の問題に否応なく巻き込まれている立場であることも考慮してほしい。 そこまで伝えたかったが、 プテロモンにもそれを発せば会話が拗れてしまう機微を解する心があった。 「そりゃ悪くはないけど、良くもないんだよ――」 対する嶺文の心情としては、結局根本の原因が不透明なことに違和感を覚えていた。 一概に悪いとも言えない関係が構築されているからこそ、 身に覚えのない理由で嫌われている現状には不可思議な気分にさせられる。 加えて、彼にとっては曲がりなりにも親交のあった人物だ。 その内面も見た目と同じく変わり果てていれば、却って気も楽だっただろうか。 「――いっその事よ……『このカラアゲ野郎!ぶっ殺してやる!!』ぐらいの勢いだったら、」 「『何だとカタクリコ女!!』ってなモンなんだが……何かな……何かなぁ〜!!」 「わかったよ、わかったから抑えろ」 周囲の視線を気にかけ、プテロモンが場を忘れ始めた嶺文を宥める。 「で……決闘だったか?……普通に聞けばよくないか?」 「……それが出来たらこんな話してねえよ。勢いってのも、こういう時は馬鹿に出来ないと思うぜ」 確かにここまで関係が長引いてる以上、改まって問うてもはぐらかされる可能性はあるか。 ……それにしたって発想が飛躍してないか?とプテロモンは逡巡する。 嶺文の攻勢はなおも続いた。 「それによ、ここが重要なんだが……ああいう不良は、こういうノリに弱い!」 「そ、そうなのか?」 「そうなの!!絶対にそう!!オレを信じろ!!じゃあプラン立ち上げな。まずオレが考えたのは――」 ――不意に、椅子を伝って嶺文の身体が揺れた。 意図せぬ背後からの衝撃に思わず振り返るも、誰の姿も認められない。 だが一瞬、視界の端に掠めたものを頼りに視線を下げると、震源はそこにいた。 見たまま、ほぼ全体を残す卵の殻から爬虫類の足が突き出た奇抜なフォルム。 レストランの看板店員、デジタマモンだ。 そこでようやく、嶺文も自分のしでかしたことに気がついた。 窺うように相手のその、目元の殻が空いた部分を覗けば物言わぬ瞳がじいっ、と見つめ返してくる。 ここらが潮時、という事らしい。 ◇ 「――模擬戦だァ?」 デジタルワールドの街外れに広がる、荒涼とした大地。 草花も疎らに残した未開拓地には今、3つの影が伸びていた。 一つは、ある提案に声を上げた霞澤璃子。 一つは、その傍に仕えるファンビーモン。 そして残る一つは、 「へへっ……そうでございますぅ……」 腰を曲げ、揉み手をも作ったリンクモンであった。 『……おい』 『なんだよ、取り込み中だぞ』 その内奥には、"リンクモン"を構成する空上嶺文とプテロモンの人格が共存する、 所謂精神空間とでも呼ぶべきものが広がっていた。 "リンクモン"として表出する人格は切替可能などちらか一つだが、 ここでの会話が基本的に外部へ漏れることはない。 『昨日と随分話が違うようだが?』 『一つ学んだな。こういうのが言葉の綾ってやつだぜ』 精神体であっても知覚できる嶺文のしたり顔に、プテロモンはない頭を抱えたくなった。 昨夜、決闘だと宣った嶺文の計画はこうだ。 まず前提として、霞澤璃子にはデジソウルというアドバンテージが存在する。 それがデジタルワールドへの転移を以て得た技能なのか、元より備わっていた資質なのかは敢えて論じない。 ただ事実として、一般的な小学校高学年〜中学生程度の格闘能力しか持ち合わせがない嶺文にとっては、 あまりに分が悪い相手だ。 最悪弾みで致命傷を負いかねないし、相手もそれをよしとするほど道を外れてはいないだろう。 かといって遠慮をされては、 勢いのまま引き出せる話も引き出せない――というのは単なる嶺文の持論ではあるが――。 そのハンデを埋めるべく登場するのが、嶺文達の特色たるリンクモンである。 リンクモンはスピードこそ類稀なものを有するが、その代償としてか、極端なほど非力だ。 足を止めての殴り合いであれば、成熟期はもとより一部の成長期に押し負ける事すら有り得る。 普段の戦闘ではこれらの扱いに苦慮することも多い嶺文だが、 今回ばかりはその特性に助けられる事となった。 つまるところは、霞澤璃子とリンクモンとのマッチアップである。 リンクモンの脚さえ封じれば璃子を過剰に痛めつけることはないし、 反対に相手の拳を受け過ぎなければ打ち合いにも持ち込めるだろう。 そうした状況下でガードの緩んだ彼女から本音を聞き出し、 ここ一連の不和の真相を知るというのが、嶺文の狙いだった。 そこまでは、プテロモンも事前に聞かされていたのだが。 「――というわけでございましてね、ぜひご協力いただければと……」 この態度はどうした事だろう。 『そもそもこんな事、聞き入れてもらえるかどうかだからな』 ならもう少し自然に媚びろ。 嶺文の言動に付き合うのも疲れ、プテロモンが共有された"リンクモン"の視界に意識を向けると、 その眼前では両腕を組み、眉根を寄せた霞澤璃子が仁王立ちで佇んでいた。 どう見ても好感触ではない。 「……何でもいいけどよぉ」 少し間を置き、ため息交じりに璃子が口を開く。 「アタシに言って聞かせたいんなら、その気色悪い喋り方はやめな」 「う……」 されどその眼光は、鈍ることなくリンクモン――の内奥にいる嶺文――を捉えていた。 『一つ学んだな。……替わるぞ』 気圧された嶺文に代わり、リンクモンの表層意識がプテロモンのものへと移る。 物理的にすら巻き込まれた身なれど、このまま主催に任せていては話が進まないのも明白であった。 「失礼した。質問はオレが聞こう」 曲がった背筋がスラリと伸び、口調も硬くなったリンクモンの様子に、璃子は言われずとも察する。 「ならもう一つだ。アイツが相手じゃいけねぇ理由は?」 璃子が視線を向け、リンクモンも追従した先でファンビーモンがどうも、と会釈した。 「見たいのはキミ自身の力だ」 「……今はどうにかなっているが、近い内に暴走デジモンとの戦いは激化する、とオレは見ている」 「せいぜい、相手をしているのも成熟期までだからな。黒幕の影響が強まれば、手勢も力を増していくだろう」 「その時、パートナーがキミを守り切れる確証はない……オレの場合、その気がなくてもイチレンタクショウだがな」 自分の胸に親指を指し、リンクモンは肩を竦めてみせる。 そんなことは、と逸ったファンビーモンに制止をかけ、璃子が場を繋いだ。 「だからアタシを鍛えてやろうってか?テメエらにメリットがねえだろうが」 「そうでもないさ。キミ達に手を組む気がなくても、オレ達の方から頭を下げる事はあるかもしれないからな」 「……ハッ、情けねぇの」 事も無げに言い放ったリンクモンを前に、璃子もまた頬を僅かに緩ませる。 「わかったよ。呑んでやる」 「お嬢……」 「悪いなファンビーモン、疑うのもバカバカしくなっちまった」 『おぉ……通った』 『ほらな。普通に話せばいいんだよ』 『……簡単に言ってくれんねぇ』 プテロモンの手際にない舌を巻きつつも、裏腹に嶺文の緊張は高まってきていた。 どうにか相手を場に引きずり出すことには成功したが、それは過程でしかない。 むしろここからが、彼の希望的観測で詰まった未知の本番なのだ。 「――やるからにはテメエが出るんだろうな、カラアゲ」 「お、おうよ……期待にゃ応える男だぜ、オレは」 ――改めた説明も終え、嶺文の意識に切り替わったリンクモンと、霞澤璃子が向かい合う。 戦意と緊張を交わらせる二人の間には、ファンビーモンの進化した姿であるスティングモンが直立していた。 貰いっ放しは性に合わない、という璃子の提案で進化したスティングモンはデジソウルの消費だけでなく、 この模擬戦の審判役を任されている。 「……それでは、合意と見てよろしいですね」 スティングモンの最終確認に両者も頷き、彼の右腕が天に掲げられた。 「……始めっ!」 「よっしゃ来――」 ――開戦の合図が下された一瞬。 リンクモンの煽りを聞き入れるよりも早く、璃子の拳が振り抜かれる。 「ぐえッ!」 吹っ飛ばされたリンクモンは着地先の地面に弾かれ、もんどり打ってうつ伏せに倒れ込んだ。 「……立てっかよ、カラアゲ野郎」 言いながら、璃子は拳の感触を確かめる。 流石アーマー体だけあって、硬さはそれなりだ。 無防備かつ、踏ん張りも利いていない胴体に打ち込んで距離は出たが、効き目自体は薄いだろう。 「な、何てことないね……」 起き上がりながら、リンクモンは内心狼狽していた。 今何が起こった? いや吹っ飛ばされたには違いないが、躊躇がなさすぎないか? 腹部にじわりと残る痛みで、どこを殴られたかすらも周回遅れで認識する。 受け過ぎなければ……と考えてはいたが、早期に目的を果たした方がいいのかもしれない。 嶺文とプテロモンの意見は合致した。 「そうか……だったら、思いっきりやんなきゃなぁ……!」 打ちっぱなしの姿勢からゆらりと立ち上がり、 不敵な笑みを湛えた璃子の拳に、真っ赤な炎と見紛うばかりのデジソウルが立ち昇る。 早期に済ませた方がいい。 確信したリンクモンは、猛然と迫ってきた彼女の殴打を辛うじて読み切り、一発、二発と捌いていく。 だが受け流された勢いのまま、璃子から放たれた回し蹴りがリンクモンの膝裏を捉えた。 「うぉ……っ」 重心を崩され、リンクモンの立てた膝にすかさず璃子が飛び乗る。 次いで跳躍した彼女は終着点、リンクモンの顎裏に膝蹴りを着弾させた。 屈んだ身体を反らされ、立っていられなくなったリンクモンは尻餅をつく形で、地面に腰を下ろす。 「ってぇ……!何か格闘技でもやっていらっしゃる……?」 「んなもんねぇよ、我流だっ!」 顎を擦りながら立て直すリンクモンに、再度璃子が襲い掛かかる。 そこから先は、リンクモンの防戦一方だった。 ひたすら攻め立てる璃子に対し、リンクモンは時に躱し、時には受けながら、体力を削っていく。 しかしながら、リンクモンも徐々に動体視力を慣らしていき、隙を見つけては攻めに転じていた。 「――そういえばさ、何でそうなったわけ?」 「あァ!?」 「いやその頭とか……ぐっ……喋り方とか!」 「ンなこと!どうでもいい、だろうが!」 「ひっ――」 ただし、口を使っての反撃である。 嶺文にとっても不思議なもので、素面では言い出せないようなことがつらつらと、口を突いて出てきていた。 そもそも最初に向かい合った時から、彼は璃子に手を上げる事を諦めている。 一撃与えたところで彼女にとっては大した傷にならない、と頭では分かっていても、 どうしてもその気にはなれなかった。 彼と肉体を共にするプテロモンもそれを察してはいたが、敢えて咎める事はしていない。 「――昔、よく喋ったよなぁ」 「何が!」 「面白かった図書館の本とか、あの授業ダルかったとか……そういうの!」 「だから!?」 「アレ鬱陶しかったかなぁ!?……おっ……自分でも言うのも何だけど、距離感、ミスってたかも、だし!」 「今だよ!鬱陶しいのはァ!!」 璃子の拳が空を切る。 時間の経過とともに、彼女の内心にも焦りが生じてきていた。 体力の問題だけではなく、目の前の男が平常心を掻き乱してくるからだ。 それも極めて不器用な、こちらに寄り添ってくるようなやり口で。 ……裏切ったのは、テメエのくせに。 「さっきから何なんだテメエは……!やる気あんのか!!」 足を止め、痺れを切らした璃子が吼える。 それを受けたリンクモン……嶺文もまた、切らした息を整えた。 「十分あるさ。……昔の友達に会う事なんざ、滅多にないからな」 「……友達だと……?」 璃子の拳が戦慄く。 それが蟠りの解けた感涙ではなく、比類のない怒気を孕んだものであることはリンクモンにも理解できた。 「それじゃあテメエ……何であの時来なかった!?」 「あ、あの時?」 「忘れたとは言わせねぇぞ!テメエが引っ越すっつうから、アタシは最後の登校日の後……手紙を出したんだ!!」 ……最後の登校日? 言われて、嶺文は当時の風景を思い返す。 確かに転校を控えた最後の登校日、霞澤さんは学校に来なかった。 体調不良だったのか、他に止むにやまれぬ事情があったのか、とにかく寂しい思いをしたことは覚えている。 放課後に遊ぶばかりで連絡先も知らず、彼女の家に行った事もなかった為、それきり別れたままだったはずだ。 「……別れる前に挨拶したくて送ったのに……テメエは約束した場所に来なかった!!」 ……それが、手紙ね。 当時はほぼ唯一仲の良かった霞澤さんの事だ、"その家"にいたオレがすっぽかすなんてことが有り得るのか? となると、答えは一つだ。 「一日中待っても来なくて……アタシは……!!」 「待った」 静かな、しかし芯の通った声が璃子の語り口を遮る。 俯きがちになっていた顔を璃子が振り上げれば、そこにはアーマー進化を解除した嶺文が立っていた。 「えーっとな……怒らないで聞いて欲しいんだけど、うん……」 ……凄く言いにくい。 声を震わせ、貌も歪ませた璃子の姿を見ていられず、思わず制止をかけたものの、 嶺文は答えを言いあぐねていた。 どんな真相であれ、この行き違いが彼女を傷つけていたことは見れば分かる。 語ったところで、振り上げた拳を下ろしてくれるかは分からない。 ただ、それでも語らねばならない事も彼は理解していた。 ならば首の骨も折られる覚悟でいこうと、嶺文は意を決して言葉を繋ぐ。 「その手紙、こっちに届いてないと思う……いや、届いてない」 「……へ?」 今の姿に似つかわしくない、気の抜けた声が璃子から上がった。 「多分、手紙を出してくれた頃にはもう引っ越し終わってて……オレの親、結構ズボラでさ」 「やる事やったからって、郵便に転居届出してなくて……」 「オレも今更届くものなんてないだろって、そこは申し訳ないんだけど……とにかく、そういう事なんだ」 「う、ウソ――」 「嘘じゃない。ただ……オレのせいなのは確かだ。本当にごめん」 頭を下げた嶺文の姿に、璃子は無意識に彼への感情を反芻していた。 アタシが嫌っていたものは何だったんだ? 放っておかれて、友達から嘘をつかれて。 嫌おうとしていたのは? 嫌われようとしていたのは? 「じゃ、じゃあ――」 ……違う。 もっと遡った、大切なきっかけ。 「――アタシのこと、嫌いになったんじゃないのか……?」 「……え?」 予想だにしなかった反応に、今度は嶺文が呆けた声を出す。 背後にいたプテロモンが小突いたことで、その硬直も数瞬で済んだ。 「……ぇあ、当たり前だろ?今だって好きだよ、その……友達としてね?」 しどろもどろに返答した上、気恥ずかしさから目を逸らしていた嶺文が、視線を戻す。 そこに映ったのは、頬に涙を伝わせた、紛れもない璃子の素顔だった。 「っ……!」 全身の力が抜けたように膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った彼女は身を震わせる。 怒りか、哀しみか、喜びか。 感情の奔流に身を核を浚われた璃子は、その場に蹲ってしまった。 対する嶺文は異様な光景に身を強張らせるばかりだったが、先ほどよりも強い力でプテロモンに小突かれる。 「えっオレ!?いやオレか……あの、マジでごめんなさい――」 「失礼」 そこに割って入るは、先ほどまで事態を静観していたスティングモンだった。 すすり泣く璃子を両腕で包み、そのまま抱え上げて、嶺文達へ視線を向ける。 「申し訳ございませんが、本日はここまでとさせて頂きます」 「……それと、この麗しき雫にミネフミ様を責める意図はございません」 「手前勝手な代弁ではありますが、それだけ御理解頂けたらと……では」 言うだけ言って、スティングモンは飛び去って行った。 置いてかれた一組は今度こそ両者揃って、呆然とその軌跡を眺める。 「……なぁプテロモン」 「……なんだ」 「今日はごめんな、色々と」 「……晩メシ奢れよ」 ◇ 「――今まですまなかった!この通りだ!」 「面目次第もございません」 後日。 落ち着いた璃子に呼び出された嶺文とプテロモンは、開口一番に一人と一体の謝罪を受けていた。 「いや、いいって……オレが悪いのは事実なんだし」 「けどよ、こっちだって散々冷たくしちまったし……」 言葉通りの感想しか浮かばなかった嶺文だが、ばつの悪そうな顔でなお食い下がる璃子を見て、 先日のスティングモンの言葉も誤りではなかった事を実感する。 それはそれで何の為の涙だったか、若干気になるところではあったが。 「それなら、オレ達の旅に協力してもらう……という形で手を打たないか?」 横合いから、プテロモンが助け船を出す。 「そりゃ、構わねえけど……そんなんでいいのか?」 「正直、真っ向勝負じゃそっちの方がよっぽど強いからな。助かるよ」 「んー……分かった、任せてくれ!……な、ファンビーモン」 「私はお嬢の行くところならどこまでも」 目元を少し腫らしながらも屈託なく応える璃子の様子は、先日までの彼女と随分印象を違えていた。 これが、本来の霞澤璃子ということなのだろう。 「それじゃ、迷惑かけちまったけど……えっと」 「いつも通りでいいって。今更遠慮するような仲じゃないだろ?」 「……そうだな!よろしく頼むぜ、カラアゲ」 「あぁ、そっちのいつもね……まあ、いいか――」 空上嶺文は、変化とその適応を嫌う。 ことデジタルワールドにおいて、それらは土台、避け得ぬものではあったが。 初めて、悪くないと思えた気がした。 ◆