デジタルワールド、某所。 森の中から突き出るその巨大な建物は、リアルワールドで言うメキシコ・テオティワカンの太陽のピラミッドによく似ていた。 しかしあちこちに見える明かり取りの窓が、それが単なる祭壇や王墓などではなく、何者かが中で活動している建造物であることを示していた。 「見えましたよ蔵之助君。あれが『スプレッドシートの大図書館』です。」 「あれが……」 岸橋メグルと名張蔵之助はその巨大で段々な四角錐を見上げた。 「セラエノと呼ばれる場所があるというのでまさかと思いましたが、これを見つけた時は本当に胸が踊りました。」メグルはその時のことを懐かしそうに話す。 入口に近づくと、カウンターに成長期ぐらいに見えるデジモンがいた。 人型をしているが身長は人間の子どもぐらいで、頭はヘルメット状になっている。 その顔面はウインドシールドのようなディスプレイになっていて、表情が映し出されている。 おそらくはモニタモンの系列だろうか。 中に入って見回すと、何体もの同じデジモンが動き回っている。 ……いや、よく見ると頭の横の付属物がそれぞれ微妙に異なっている。 「スプシモン、と言うそうです。」メグルが説明する。 「デジタルワールドに関するあらゆるデータや情報、そしてリアルワールドに関するデータや情報も収集・分類して蓄積しているのです。」 「リアルワールドの……!?一体どうやって?」蔵之助はメグルの説明に驚愕し訊き返す。 「詳しくはわかりませんが、この子たちがモニタモンと同系統のデジモンであるのなら……」 そこでメグルはタブレットから立体映像を投影する。 「リアルワールドのあちこちに潜んでいて、情報を同期してるのかもしれません。」 「なるほど、有り得る話ですね。」メグルの説明に蔵之助が同意した。 「ただ……時々私達が知っているのとは異なる情報が見受けられます。」 「……?それは集める情報が不正確とか、改鼠や捏造をしているということですか?」 蔵之助の言葉にメグルは首を横に振った。 「同一の事象に複数の異なる情報が存在し、それぞれに個別の分類タグが付帯されてます。その分類タグを解読したところ……」 「ところ?」語るのを躊躇うようなメグルを促すように蔵之助が言う。 「……どうやらこれは平行世界の事象を観測しているという可能性が出てきました。」 立体映像に複数の画像が浮かび上がる。まるで別人のように見えるが、それに付帯するタグは全てその人物が『源浩一郎』であると表示していた。 「これは……浩一郎さん、なのか?しかしこれは……」 見覚えがあるのは幼少期の姿を含む数枚で、他は記憶にない。 それどころか人間であるのかすら怪しいようなものまである。 「このスプシモンたちは、どうやってかはまだわかりませんが、リアルワールドを含む並行世界を同時に観測し、そのデータや情報をここに集積しています。」 それが本当ならここはまさにセラエノ図書館そのものじゃないか、と蔵之助は思った。 立体映像が変化する。今度は様々な戦闘の記録映像のようだ。 「ここにあるデータが無ければ、私達が佐賀消失事変を解決することも、今日のように『橋』を掛けてここにくることも出来ませんでした。」 淡々と語るメグルと、未だ顔から驚きの表情が消えない蔵之助。 「……今、政府内部でここにリアルワールドへと繋がる拠点を作る計画があります。」 メグルが切り出した。 「デジタルワールドに迷い込んだ人々を救出・送還し、またリアルワールドへとデジモンを受け入れるための準備拠点です。」 蔵之助もその話は知っていた。デジタル文化振興室の『橋』の開発が進んだことで現実味を増した計画。 しかし、あくまで専守防衛を目的とする自衛隊とC別には、それに対応する動きは今のところ皆無である。 「ここのデータは大きな力になります。同時に多くの勢力から狙われるでしょう。」 当然の話である。デジタルワールド・リアルワールドのみならず並行世界の情報まで手に入る。 悪い奴らなら何をしてでも手に入れようとするだろう。 「蔵之助君、君の今の所属は自衛隊でしたよね?」 子供の頃にデジタルワールドで一時同行し、リアルワールドでも一時期交流していたメグルは、蔵之助の正体や目的を知っている数少ない人物である。 「自衛隊の戦力で、ここを守ってもらえないでしょうか?」 「……海外派兵扱いになるので僕一人の力じゃ無理です。上層部や政治家の先生方にも動いてもらわないと。」 デジタルワールドのある場所に連れていきますとメグルから連絡があった時点で薄々予感はしていた。 「そもそも地形的にDレンジャーだけでは守りきれない。近くに大きな湖もあるし建物は空から丸見えだから、ドードーやレッドの協力も不可欠です。」 デジタルワールドのある場所に連れていきますとメグルから連絡があった時点で薄々予感はしていた。 「そもそも地形的にDレンジャーだけでは守りきれない。近くに大きな湖もあるし、建物は空から丸見えだから、ドードーやレッドの協力も不可欠です。」 蔵之助は航空自衛隊と海上自衛隊のデジモン部門の名前を出した。 「……お願いします、助ちゃん。」 もはや布団の中の妻以外に呼ぶことない名で呼ばれ、深々とお辞儀をされると、蔵之助に断る術はなかった。 「……わかりました。他ならぬメグルさんの頼みです。なんとかしてみます。」 ため息を付きながら頭をかく蔵之助。 「さて、もう少しで今回の『橋が落ちる』時間です。戻りましょう。」 現時点での『橋』は恒久的に維持できるものではなく時間制限がある。 「またデジタルワールドに置き去りになったら、今度こそケイコさんに絶縁されてしまいます。」 「……お互い、大人になっちゃいましたね。」 少し寂しそうに蔵之助が微笑む。 いつもの貼り付けたテクスチャのような微笑みではなく、内側から滲んできたような微笑みで。 「帰りましょう、私達の我が家へ。」 メグルもまた蔵之助に笑いかけた。