固く閉ざされた扉の向こうから怒号と悲鳴、時折銃声と爆音が響いてくる。 シスタモンノワールは、手足に嵌められた対デジモン用の鎖を撫でながらその扉を見つめていた。 (何だろう……?) ノワールは以前、リアルワールドに来て早々、とあるマフィアに捉えられてしまった。 初めてのリアルワールドで勝手がわからず、とあるマフィアが根城にしている危険な場所に偶然入り込んでしまった結果、マフィアが率いていたデジモンに敗北。以後、『商品』として幽閉されてしまっていた。 扉からガチャっと音が聞こえ、男が入ってくる。 暗い室内から急に飛び込んできた光にノワールは目を細めた。 入ってきたのはノワールを捕えたマフィアの構成員の一人だった。 「クソ、何なんだよあいつは!カシラがちゃんと金払ってればよぉ!」 ずかずかと部屋に入ってきた男は苛立ちをぶつけるようにノワールの頬を平手打ちすると、腰の鍵束に手を取った。 「てめえデジモンなんだろ!あの男を何とかしろ!」 突然の頬の痛みに視界が滲んだ。 あの男、と言われてもノワールには何のことかわからなかった。 倒れこんだノワールを強引に引き起こし、手枷を外そうと鍵を鍵穴に差し込もうとするが、恐怖で震えた手ではなかなか上手くいかない。 かろうじて差し込んだ鍵は無常にも回らず、他の鍵を試す。 「くそッ、クソッ、クソッ!!なんで外れねえんだ!?」 男は泣きそうな顔で違う鍵を差し込む。 開け放たれた扉から廊下の様子が見て取れた。 銃弾が左右から飛び交い、一方のみから悲鳴と人が倒れる音が聞こえてくる。 硝煙と死臭の臭いが近づいてくるのをノワールは感じた。 「外れろ外れろ外れろ外れろ……」 男が願望のように呟き続ける。 20本以上は束ねてある鍵束は、なかなかノワールの枷を外すものにたどり着かない。 やがて廊下の銃声が止むと、1人の男が静かに部屋に入ってきた。 コートを羽織った銀髪の男の手には、先ほどまでマフィアたちを葬ってきた銃が握られている。 「ひいぃぃぃ!!来るn……」 反撃しようと腰の銃に手を伸ばした構成員の行動は、一発の銃声と脳天に空いた穴に遮られた。 だらりと力なくした死体がノワールの横に倒れこむ。 鍵束がノワールの足元に落ち、手を伸ばせば届きそうだ。 (だれ……?) 銀髪の男の顔はサングラスに覆われ窺い知ることができない。 男は油断なく一度銃口をノワールに向けるが、嵌められた枷からマフィアに捉えられていることを判断すると、銃を下して踵を返す。 「……あの、わたしも連れて行って!」 思わぬ言葉がノワールの口をついて出た。 ノワール自身もこの言葉に驚く。 捕えていたマフィアがこうして死屍累々となっている以上、目の前の鍵を使って枷を外し、勝手に逃げおおせればいいだけの話だ。 自分を捕えたデジモンもおそらくここにはいない。もしくは既にこの男にやられている。でなければわざわざ自分を解放しに来ないだろう。 人間にデジモンを倒せるかはノワールにはわからないが、目の前の男にはなぜかそれができると感じさせた。 突然向けられた提案に男が振り返る。 「……それは依頼か?」 男はサングラスを外す。初めて顔が見えた。 血のように赤く、銃声のように鋭い瞳がノワールを見つめる。 「依頼?っていうのはよくわからないけど、たぶんそう」 「そうか。報酬は?」 報酬。 ノワールは自分が持っているものを思い返すが、身ひとつでリアルワールドに来た彼女が持つものなど一つしかなかった。 「わたしのバイタルブレスをあげる。今は取られちゃって手元にないけど……わたしの大切なものなの。本当はパートナーになってくれる人にあげるつもりだったけど、あなたにあげる」 ふむ。と男は一瞬逡巡する。 「それは俺をそのパートナーとやらにしたいと?」 「えっと、たぶんそうなっちゃいます……」 再び男の逡巡。 3秒の後、男はしゃがみこむと足元の鍵束を拾った。 「お前、名前は?」 「シスタモン。ノワールって呼んで」 そうか。と男が応え、鍵束から鍵を選ぶと、ノワールを縛り付けた枷の鍵穴に入れる。 「名無鬼と呼ばれている。好きに呼べ」 ガチャリ、とノワールの運命が開く音がした。