※「」は日本語、『』はスペイン語という設定。 ※フリオは日本語は学校に入っている間しか勉強してないので聞けるけど話すのはカタコト、エストレヤはドラッグスターの娘として前から習っていたので流暢にしゃべれるという設定。(エストレヤ設定は独自なので作者優先で) デジモンイモゲンチャー第○話 「守れる力を!エンシェントトロイアモン」 雲一つない青空。雨を操るトラロックモンだが晴れの日も好きなようで、今日もフワフワと舞っている。 『まだその姿なの?』 トラロックモンのパートナー、エストレヤが話しかけた先には、白い木製の人形のような姿をしたアルボルモンが膝を抱えて座っていた。 『エストレヤお嬢様、こんにちは』 アルボルモンはほんの少し顔を上げて答える。 『私はお嬢様じゃないって言ったでしょ、フリオ』 エストレヤはため息をついた。 つい最近まで、フリオはバケモノであった。 何の因果かメキシコのスラム街からデジタルワールドに迷い出て "木のビーストスピリット"を手にしたことで、ペタルドラモンになっていたのだった。 その暴走する食欲に振り回されてデジタルワールドをさまよい歩き、 出会うデジモンを食べて、食べて、食べ尽くした結果、小山のような大きさにまでなってしまっていた。 それがエストレヤや他の子どもたちとデジモンの力で戻ることができたのだった。 そして戻って以来、ずっとアルボルモンの姿でここに座っている。 『でも、ドラッグスターの娘さんで……』 『私はエストレヤ、パパは関係ない』 静かに首を振るエストレヤ。 『それよりほら、チミチャンガ食べる?』 エストレヤが右手に持ったチミチャンガを向けるが、フリオは断った。 『僕はもう何も食べたくないんです、この身体はお腹が空きませんし』 『そのために渡したつもりはないのに。じゃあもう行こ』 歩きながらチミチャンガを自分で食べるエストレヤ。 その後ろをアルボルモンと踊るトラロックモンがついて行く。 父、ドラッグスターの死の真相。 最近は気を入れていなかったが、それがエストレヤがデジタルワールドに来た最初の目的だった。 そのためにデジタル暗黒街エリアにまた行くというエストレヤに、心配だからついて行くとフリオが申し出たのだった。 『トラロックモンは強いから大丈夫なのに』 エストレヤがそういうとトラロックモンがエストレヤの周囲を舞いながら回る。 実際、トラロックモンはペタルドラモンだった自分を抑え込んでくれた。 けど、大恩あるドラッグスターの子どもを、危ない場所に行かせるのは心配だ。 そういうフリオに対して、エストレヤはため息をついて言う。 『だいたい、パパがそんなイイヒトじゃないって知ってるでしょ』 ドラッグスター。 メキシコの貧困地帯に生まれ、富豪となり子どものための学校や、大人が働くための工場を作っていた人。 その資金源がこの、デジタルワールドでの薬物の生成であることはもう知っている。 路上で暮らしていたのだ。 薬物漬けになり、時折奇声を上げる道端に座り込む人間なんて見慣れている。 自分と同じか、より小さい子どもがそうしているところもだ。 そもそも、マフィアのボスであることは学校にいた頃から知ってはいた。 悪い人、なのだ。同時に間違いなく恩人でもある。 少なくとも自分のような、デジモンたちから奪うだけしかしていない者よりマシだ、と心中で自嘲したとき、前方からガサガサと大きな音がした。 「ダレデスカ!」 フリオが日本語で大きな声を上げると 「わわ、待って待って、この子は悪い子じゃないよ!」 ティラノモンX抗体と、自分と同じくらいの年齢の、日本人と思われる少年が姿を現した。 「へえ、お父さんのために。大変だね」 出会った少年、梅揃アラシがチミチャンガを食べながら言う。 「ここは危ないから、早めに抜けた方がいいわ」 「うん、そうする。……君は食べないの?」 「ワタシハ、モウタベマセン」 「でも、君デジモンに見えるけど人間なんでしょ?ちゃんと食べた方がいいよ」 アラシに話しかけられたフリオは、片言の日本語で言う。 この身体は食べなくても大丈夫なこと。自分はデジモンをたくさん食べたこと。だからもう、食べないこと。 「僕も似たようなこと思ってたなあ。でも、アラシが言ってくれたんだ」 ティラノモンX抗体がフリオに話しかける。 自分も他のデジモンを食べて生きることに悩み、死んでしまおうかと思っていたが アラシに命というのはみんな他者を食べて生き、死んだら他者に利用されて続いていくのだから生きようと勇気づけられた、そうしてアラシと生きているのだと。 「ティラノモンにそうやって言われるのは恥ずかしいなあ。でも、君も美味しいものは美味しいってたべちゃえば良いんだよ」 アラシとティラノモンの言葉。 フリオはそれを先進国の子どもの、生きること、食べることに心配がない子どもの考えだと切り捨てようとする気持ちとともに、受け入れたいという気持ちがわき上がってくるのを感じた。 きっとそれはアラシの言葉が優しさからの言葉だとわかるからなのだろう。 思えばエストレヤと一緒に自分を救ってくれた人たちもそうだったと、フリオは思い出す。 縁もゆかりもない自分を助けるのに手伝い、その後も恩に着せることなく去っていった彼らの姿を。 その優しさ、これがドラッグスターの言っていた「選ばれし子どもたちってのは先進国に生まれた連中」ということなのだろうか。 彼らのようになれれば、ドラッグスターは喜んでくれるだろうか。 否定も肯定も今は答えられないとフリオは思った。 「アリガトウ、ゴザイマス」 出てきた言葉はそれだけだった。 「じゃあまたね!チミチャンガありがとー!」 デジタル暗黒街エリアの外れの荒野でアラシとティラノモンが手を振る。 二人に手を振り返すエストレヤとアルボルモン、別れの舞を披露するトラロックモン。 その姿が見えなくなり、またデジタル暗黒街エリアに入り込んですぐ。黒服の男たちが二人と一体を取り囲む。 一人フードを被っていて見えないが、その顔から全員がメキシコの人間だとすぐにわかる。おそらくマフィアだ。 『ようやく会えましたよエストレヤお嬢様。こんなところで遊んでいる暇なんてないんです。私たちと一緒にボスの夢を果たしましょう』 リーダーと思われる男が手を差し出すが、エストレヤはにらみつけるだけだ。 『……私はマフィアになんて、ならない』 『そういうわけにはいきませんや、やはり旗頭がいないとダメなんですよ。 あれほどの勢力を誇ったマフィアが今は散り散り、酷い連中になると先進国のバカ女とキャンパー気取りだ。これじゃまた先進国の連中の良い養分だ』 『ボスの娘さえいれば、俺達がボスの正統な後継者だ。マフィアもひとまとめにできるし、また新しい工場も学校も建てることができる。ここでドラッグを作っていればね』 『言ったはず。私はもう、マフィアには関わらない』 おびえるように一歩距離を取るエストレヤ。トラロックモンがその前に出る。 『ふん、厄介なちびだ。だがマフィア舐めてもらっちゃ困る!先生出番ですぜ!』 「やっとアチキの出番ってワケね!」 フードを投げる男、そこにいたのはメタルエテモンだった。またマフィアの後ろからはトゲモンやトータモンたちが現れる。 「あんたに恨みはないけれどぶっつぶしてあげるわ」 メタルエテモンはマイクを握りしめる。 「アチキは長年の修行の末にエテモンからメタルエテモンへと進化した…」 「けれどその結果、アチキはラブ・セレナーデが歌えなくなってしまっていたのよ!自分の音楽を失ったアチキは悲しみにうちひしがれていた…」 オーバーなリアクションでうつむくメタルエテモン。その背後ではいつの間にか、トータモンたちが隊列に並び始めている。 「でもいいの。アチキ、新しい音楽を見つけた!!時代はメタル!トータモン、スタート!」 トータモンたちが一斉に足踏みしながら鳴き始める。 足踏みによる地響きと金属的な鳴き声が合わさり酷い不協和音が場を埋め尽くす。 トータモンたちの中心で歌い始めるメタルエテモン。トータモンの音にも負けない歌声の大きさだ。 「トラロックモン!?」 エストレヤの前に立ち舞の準備をしていたトラロックモンが耳を押させてふらふらとしている。 舞により雨や雷を操る力を持つトラロックモンだが、このようなリズムも滅茶苦茶な騒音の中ではとても踊ることができない。 「踊ることもできなきゃてめえなんてただの石ころなんだよ!」 マフィアのリーダーががなり立てる。 その声は聞こえていなかったが、エストレヤもフリオもトラロックモンがまともに戦えない状況なのは理解した。 (この場で戦えるのは僕しかいない!) フリオが必殺技「マシンガン・ダンス」で騒音をまき散らすトータモンたちをまず倒そうとするが、メタルエテモンがそれを止める。 「あんたみたいなでくの坊の攻撃、アチキのクロンデジゾイドの身体の前では無力よ!」 メタルエテモンのキックで反対に吹っ飛ばされるアルボルモン。 このままではマフィアたちに連れていかれる。 アルボルモンがふらふらと立ち上がる。 ドラッグスターは一方では自分のようなメキシコの貧しい人たちを救い、もう一方ではドラッグを作り人々を苦しめていた。 ティラノモンはデジモンを食べ、そして最後には自分もだれかの養分になるつもりだ。 それに比べ、自分はこのこのデジタルワールドで奪うことしかしていない。 何かをすれば自分の所業が許されるとは思わない。けど、少なくとも今の自分よりはマシなはずだ。 それに何より、自分を助けてくれたエストレヤを自分も助けたいのだ。 ドラッグスターが自分を助けてくれたように。 僕がドラッグスターの分も守る!そうフリオが願ったとき、ディースキャナーが光を放つ。 その光にはアルボルモンの力だけではなくペタルドラモンの力も感じたが、もうフリオはその力におびえてはいなかった。 光が身体を包み、フリオはアルボルモンから巨大な木馬型のデジモン、エンシェントトロイアモンに進化していた。 体中のギミックからロープやツルを自在に伸ばし、マフィアやトゲモン、トータモンを縛り付け、そしてエストレヤとトラロックモンを守るように取り巻く。 「アチキのリサイタルの邪魔をするんじゃないわよ!」 『サプライズキャノン!』 向かってくるメタルエテモンに対して口と胸部の砲から砲弾を放つエンシェントトロイアモン。 『嘘よ、この身体なのに〜!?』 まともに直撃を受けたメタルエテモンが吹き飛ぶ。そして追いかけるように投げ飛ばされていくマフィアたち。 胸からの砲撃で仲間を守るエンシェントトロイアモン。 その姿は、ドラッグスターたちを守るリボルモンの姿とそっくりだった。 『ではエストレヤお嬢様、ここで。何かあったらきっと読んでください、必ず、必ず力になりますので!』 フリオは人間の姿に戻っていた。 自分に何ができるかはわからない。 ただこのデジタルワールドを旅して、まずはデジタルワールドできることを見つけたい。 そして最後には、ドラッグスターより遠回りでも、故郷の、飢えに支配される人が少なくなるようなことをしたいと考えていた。 『だからお嬢様じゃないって』 『そういえば、前に言ってたチミチャンガをくれませんか』 ずっと食べていなかったので、とフリオは笑う。 その姿に目を丸くするエストレヤ。 『嫌よ。もう最後の一個だもの。けど』 『次会うときお嬢様って言わなかったらあげるかもね』 そう言ってエストレヤはトラロックモンと踊るように駆けていった。 フリオはその後ろ姿をずっと見送っていた。