「来年度のデジ対移転が正式に決定した。」 デジ対の朝礼。宇佐美室長代理は一同の前で発表した。 「保護児童のリハビリ施設を含む総合庁舎だ。すこし交通の便は悪くなるが……」 見回すと全員が嬉しそうな顔をしている。特に嬉しそうなのは酒多だ。 「今よりも広くなる。ついでに公用車も配備される。しかもデジ対仕様の特別車が開発される。」 その発言には大きな驚きの声が上がった。 「それに先駆けて対象のデジモンには運転免許を取ってもらうことになった。」その言葉で場は一瞬で静まり返った。 「うん……」詩虎、 「てん……」ベルゼブモン、 「めん……」芦原、 「きょ?」ドウモンが唖然とする。 「がんばれよお前らー。オレは対象外だけどな。」 宇佐美の肩の上でテリアモンが呑気に言い放った。 「で、でも俺今までベヒーモス運転してても何も言われなかったぜ?」 ベルゼブモンがそう言うと、 「ああ、あれは書類上はデジモンの扱いになっててリアルワールドでいう馬と同じ扱いになってるんですよ。」 酒多が説明した。 「うま……ってことは?」 「軽車両、つまり自転車と同じ扱いだな。」 「自転車!?俺様のベヒーモスが、チャリンコ扱い……」 警察出身の芦原の説明になにかショックを受けたのか、ベルゼブモンは肩を落とした。 「お前は妙に嬉しそうだなドウモン?」 一方のドウモンはなぜかウキウキした様子だ。 「だって芦原私は車の運転ができるようになりたかったのですからね。この前蔵之助がご家族を連れてきたじゃないですか。あの時に蔵之助の奥さんが言っていたのですよ『後部座席で子どもたちが助手席で旦那様が眠っている車を運転する夕暮れ時は素敵なものよ。』って。私もたびたび街中でそのような光景を見かけていましたがよもやそのような素敵空間だったとは!ああ芦原私も早くあなたと子供たちを乗せてドライブがしたいです!」 「わかったからそう早口でまくしたてるな。あといろいろな意味で気が早い!」 「言っておくが遊びじゃないんだぞ。」宇佐美が口を挟む。 「厳城さんとか親デジ派議員の先生方がご尽力されてようやく実現したんだ。」 「えっあのなんか怖そうな爺さんが?」詩虎がそう言うと、 「詩虎お前なあ……仮にも国会議員だぞ?」芦原が苦言を呈する。 「でもお孫さんは全然似てないですね?すごく可愛かったですよ?」 「似てない、ねえ……まあ見た目はそうだな。」 免許を持ってる二人は無関係だと思ってるのか呑気な会話をしている。 「ベルゼブモンとドウモンが教習所に通ってる間の仕事のカバーはパートナーの仕事だぞ。」 宇佐美の肩からぴょんと空中一回転してデスクの上にたつテリアモンが言った。 やっぱり面倒なことになるんだ、と芦原は口には出さなかった。 数日後、二子玉川、多摩川沿いの自動車教習所。 官公庁に勤めるデジモンのうち車を運転できる体格の者が集められていた。 施設を当面の間公費で借り切って運転免許を短期間で取ってもらう計画である。 「……結構知らない奴がいるな?」ベルゼブモンの予想よりも多い人数のデジモンが集まっていた。 「……あっベルゼブモン久しぶり!やっぱアンタたちも来てたんだな!」 嬉しそうに手を振ってくるグリズモンと一緒にいる人間の女性を見て、 「……誰ですか?」ドウモンは名前を呼ばれたベルゼブモンに尋ねたが、 「いや、俺も知らねぇ……」返ってきたのは困惑の言葉だった。 「あっそっかこの姿じゃ分かんねえか。オイラだよ源乃のパートナーのベアモン!」 「あっお前警視庁のカリスモンか!いつもはベアモンだから分かんなかったぞ!」 電脳犯罪捜査課のスナイパー・二尾橋源乃のパートナーデジモンは普段はベアモンだが戦闘時はカリスモンになる。 グリズモンの姿になるのは珍しい。 ということは連れの女性は……と考えを巡らせたドウモンは気付いた。 「ということはあなたはアルケニモン?」 「御名答、さすがねドウモン。」こちらは同じ電脳捜査課の筧のパートナー、アルケニモンだ。 アルケニモンとマミーモンには元から人間に擬態する能力があるとは聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。 「皆様お集まりですね、お久しぶりです。」もう一体近づいてきたのはレナモンだ。 「おぅなんだ、あんたも来てたのか、そういやあんたもバイク乗ってたよな。確かタイマにングッ!」 瞬時にレナモンの右手がベルゼブモンの口に伸びた。 「何か?」やっぱあんたあの女のパートナーだな!そう思ったが口を塞がれベルゼブモンは言えなかった。 『お集まりの皆さん、お待たせしました。』放送設備から女声のアナウンスが聞こえた。 最初のオリエンテーリングが始まろうとしていた。 「はいそこ右確認してー。で左ー。」ドウモンは学科・実技共に順調に進んでいた。 だが時折助手席の教官が自分の旨を見ているのが気になる。 「右確認、左確認よし。」一般人の視線が自分の胸に行くことにはもう慣れている。 しかしいつまで立っても芦原が自分の胸に靡かないことが思い出されてしまうのだ。 (ああこうしている間にも芦原は私の分の仕事まで押し付けられているのでしょうねああ早く帰って芦原に私の胸を押し付けたいそしてあわよくば) 「はい前方不注意。」 「!!」急ブレーキ、減点1。 「はいそこ……いや君上手いねえ」レナモンも順調に進めていた。 実はHENGEプラグインでパートナーに化けて車を運転していたので経験はあった。 が、無免許運転なのでそれは決して口外しないよう厳命されていた。 「いえ、恐縮です。」 「君……やってたでしょ?」 「…………いいえ。」 「ふぅん……そう言い切るならまあそうかね。」教官はそれ以上追求するのをやめて教習に戻った。 (まああそこまで表情変えずに言い切られたら追求できないな……)教官はそう思ったのだが、 (危ないところでした……私は主殿からいつも考えが顔に出てると言われてるから……) レナモンのほうは心のなかではかなりの冷や汗をかいていた。 教習7日目で順調なものは仮免許試験、8日目からは路上教習となる。 しかしグリズモンは少し難航しているようだ。 北海道ではベアモン姿にチャイルドシートと高下駄を組み合わせて私有地や山林でピックアップを運転していた。 しかしここではそれが出来ず体格の違い故に多少感覚ずれているようだ。 だが全体としては公的機関に所属してリアルワールドの社会の中で働くデジモンたち、総じて優秀であり大きな落伍者を出さないまま教習は進んでいった。 11日目、応急救護教習。 「デジモンの応急救護ってどうやるんだ……?」 そう疑問に思うベルゼブモンだったが、普通に人間を救助する用の応急救護の内容だった。 「そりゃまあ一緒に乗るのはだいたいパートナーの人間ですものねえ。」アルケニモンが呟く。 人工呼吸の講習もあった。 (これは人形これは人形別に倫太郎さんを裏切る訳じゃないでもこれが倫太郎さんだったらキスいやこれはキスじゃないただの人工呼吸ああでも瀕死の倫太郎さんに私の息吹を吹き込むのもそれはそれで) 「ドウモンさーん、早くしてくださーい。」 教官のツッコミで正気に戻った。 そして14日目、AT免許卒業検定。その日受験したデジモンは全員合格。 翌日の同教習場での特別学科試験試験にも合格。 晴れて運転免許授与となった。 大半のデジモンはAT限定を選択したがMT免許を選択したベルゼブモン・グリズモン・レナモンは更に教習課程が2日多く翌16日目に卒業検定。 17日目に運転免許授与となった。 そして翌日 「早く帰ってきてベルゼぶもーん!」 デジ対オフィスに詩虎の嘆きが書類の束にこだまする。 すでにドウモンは戻ってきて芦原とともにデジ対の任務に就いている。 18日目。 「またしばらくお願いします。一緒に頑張りましょう。」 「おう、よろしくな。」レナモンとベルゼブモンが挨拶を交わす。 大型二輪(MT)免許教習が今日から始まった。 参加しているデジモンの人数はさすがに少ない。 彼らはさらにここから教習と試験で合わせて15日を費やす。 しかし大型二輪(含むベヒーモス)に乗る彼らに免許はどうしても必要なのだ。 詩虎の受難は当分続く。