「悩める少年よ…わたしの声が聞こえますか…?」 ぱちぱちと焚火の音が響く夜の森。 そう言って現れたわたし、安里結愛を見る彼の眼は、控えめにいって不審者を見るものだった。 おかしいなぁ。淡世くんに聞いた話だと、今リアルワールドの若い子供にはこういうのが流行りだって言ってたのに…キャラ付け間違えた? 「えぇ…普通にあやしすぎない…?」 「あやしくない!あやしくないから!」 「まったく、バカなユメだなぁ」 作戦失敗。ここで黒白くんに本当に敵対されたら元も子もないので必死に否定するわたし。 …ガンマモンだってさっきは面白そうだからこのキャラでいこうって言った!言ったのに!相変わらずひどいよぉ。 「えっと、とりあえず自己紹介しよっか?俺は映塚黒白。君は?」 そんな涙目のわたしを憐れんでか、それともこの幼い子供の姿が功を奏したのか、結局は黒白くんのほうから声をかけてきてくれた。け、計画通り…そうだよね?ガンマモン? 「ユメって呼んでください。えーっと何て言うか悩める人たちの話を聞く存在です」 「普通に宗教勧誘っぽいけどデジタルワールドだしそういう存在もいるかな…?」 「そうですそうです。映塚さんのお悩み、聞かせて下さい」 すっと背筋を正して、尋ねる。すったもんだあったけど最初の目的はこれである。 黒白くん。彼が抱えているであろう悩みを少しでも解きほぐしてあげたくって、わたしはここに来たのだ。 そう、名付けてそのまま『黒白くんお悩み相談大作戦』! 「悩み…悩みか。うーん…」 暫しの静寂があって、ぱちりとまた焚火がはじける音がした。 思わずごくりとつばを飲み込んで、続く彼の言葉を待つ。 例えどんなに重い悩みが来ても、こうしてわたしに話すことで少しでも彼の心が軽くなってくれるなら… 「そうだ。なんで…ここ(デジタルワールド)で会う子供も大人も闇の深いやつが多いの…?」 「そうだよねぇ!そんな人たち多すぎるよねぇ!」 身を乗り出して心の底から全力で同意したわたし。その頭からは黒白くん個人のお悩みを聞き出すことは既にイレイスされていたのだった。 「どうして皆幸せになれないのかなぁ」 「それでも俺が見つけてしまった人には手を伸ばせる範囲は手を伸ばしたい、とは思うけどねぇ」 それから暫く、わたしと黒白くんとは闇の深い大人と子供の話で大盛り上がり。 親子兄弟関係をこじらせた人 取返しのつかない物を失った人 過去の傷で人間やあるいはデジモンを憎んでいる人 トラウマで恋愛観がめちゃくちゃになった人 みんな、幸せにならなくちゃいけないのに、幸せになれなかった人たち。 わたしが…幸せに、してあげなくちゃいけない人たち。 そんなこんなで夜は更けていって…ふと気が付けば、もう既に焚火の炎は消えていた。 「あ、もうこんな時間か。そろそろ見張り交代の時間だからさ」 「えっ、ごめんね結局お悩みちゃんと聞けなくって!」 はっと、黒白くんの言葉でやっとこさ本来の目的を思い出す。 …影から見ている妹ちゃんはもうしょうがないとしても、他に仲間がいるとしたらあんまり沢山の人に姿を見られるのはよろしくない。 なにより黒白くんにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。 つまり、わたしの『黒白くんお悩み相談大作戦』は見事大失敗に終わったのだった。 「まったくユメはダメダメなんだからさぁ」 「うう…」 「クロシロー、女の子を泣かせちゃダメだぞ」 「ええ…俺のせいかなぁこれ…」 ソーラーモン違うよ。どう見てもわたしの自業自得だよぉ…。 ガンマモンも気づいていたなら途中で軌道修正してくれればよかったのに!これも計画通り?絶対違うよね? …とにかく、駄目だとわかったらしょうがない。 そうと決まればもうわたしにここにいる理由はなかった。撤収撤収! 「ごめんなさい!それじゃ次の機会に」 「ああ、そうだちょっといいかな?」 「はい?」 帰ろうとしたら、黒白くんのほうから呼び止められた。 なんだろうと降り返る。見上げて見た彼の顔はさっきまでの穏やかなものとは少し違っていて、なんというか…怒ってる? 「今度は君の話を聞かせてくれない?いや、イヤなら良いんだけどね?」 口調は今まで通り、穏やかで相手に合わせてくれる黒白くんらしいもの。だけど、そこには何か有無を言わさない迫力のようなものをそこに感じて…わたしは。 「え?えーっと…考えておきます!」 わたしはそう言って、情けなく逃げ出したのだった。 「全く、情けないな~ユメ」 「だってぇ~」 月下に照らされた蒼い大地。すごすごと逃げてきたわたしは、先ほどの森からそう離れたところではない草原をガンマモンと歩く。 「そもそもわたし、特に話すような悩みないし~?」 「嘘つけ、最後ビビってたくせに」 「うぐぅ」 ガンマモンの追撃にぐうの音も出ないわたし。 …でも話せる悩みがないというのは本当だった。 だって、『貯めに貯めこんでいた佐賀のデータを全て奪い返されて計画が白紙になりましたどうすればいいですか』なんて言われても黒白くんはきっと困る。 いや絶対困る何言ってるんだこいつとなるに違いないだろう。 その時に感情的になってメグルくんを投げ飛ばしてしまった後悔だって同じだ。本当に助かってよかったメグルくん…閑話休題。 改めて、黒白くんとのやり取りを思い返す。そこでわたしが感じたこと、それは… 「でも、やっぱり不公平だと思うよ」 「不公平?」 「そう、不公平」 自分の中で確かめるように反復する。そう、わたしはあの時不公平だと思ったのだ。 「何が不公平なんだ?」 「それは…わたしは、黒白くんの本当の悩み、ちゃんと聞けてなかったから。わたしだけ話すのは、不公平だもん」 「…それって、いつもユメがやってることだろー?」 「確かに!」 ガンマモンの言葉にまたもやぐうの音も出ないわたし。たらりと頬を伝う汗から夜の風が熱を奪っていく。 ごめん黒白くん。不公平だなんてわたしは口が裂けても言えなかったよ。 「…そもそも、あの黒白って子があれ以外の悩みを持っているとは限らないだろー?」 「ううん。絶対持ってるよ」 呆れ顔で言ってくるガンマモンに、断言して返す。 このことに関しては、わたしの中で確信があったのだ。 「なんでわかるんだ?」 「それは…」 「それは、昔の彼と今の彼があまりに違うから」 数百年前。わたしは黒白くんがこのデジタルワールドに来ていたことを覚えている。記憶の中の黒白くんは、もっと… 「…前はもっと明るくて、溌剌とした子だったんだ。今は、暗いとは言わないけど…影があるような感じだったと思わない?」 「…ああ、そうだな」 「きっと…現実(リアル)に帰った後で何かあったんだ。今のわたし達じゃ、手が届かないところで」 今でこそ現実に少しずつ干渉できるようにはなっているけど、目的を考えれば出来ることはあまりにも少ない。 夜空に手を伸ばし、こぶしを握る。月をつかむはずだった手のひらは、空しく空を切った。 「…でも、よく覚えていたなーユメ。流石のオレも気づかなかったぞ」 「ふふんっわたし、記憶力には自信があるからね!」 黒白っていう名前が珍しかったのもあるけど、と続けようとして…わたしは言葉に詰まった。歩みを止め、振り返る。 ガンマモンの様子が、おかしい。 「…ガンマモン?」 「ん?……ああ、なんだ?」 「え、いや、何でもないなら、いいんだけど…」 何事もなかったかのようにふるまうガンマモンにわたしもそれ以上の追及はやめた。 「…あ、そ、そういえば妹ちゃん、有無ちゃんだっけ?あの子は前は来ていなかったねー」 「…ああ、今日こそこそ見てたガキだろー?なんだかちょっとやな感じだったぞ?」 「やな感じって…」 ぎくしゃくした空気を換えるため、ちょっと話題を変えてみる。結果、なんだか矛先を逸らしたようになっちゃって…ごめんね有無ちゃん。 「でも確かに、聞いたことあるかも。人のことを良く観察して、その人が最も気にしていることを的確に見抜いて、言葉でえぐるのが好きなんだって」 「趣味悪いなー」 「わたし達が言えたことじゃないけどね!」 「ユメだけだろ?」 「ひどいっ!」 何やらご立腹なガンマモン。あれ?なんだか有無ちゃんと相性悪い? まぁ実際、客観的に見てもいい趣味とは言えないとは思う。ただ… 「ただ…それでも、『そうなった』きっかけは、きっとあるんじゃないかとわたしは思うわけです」 「だから…一度、お話してみたいな」 知りたい。今の彼女の原点を。そこに傷や、痛みがあるのなら。無くしてあげたい。 「泣かされるかもしれないぞ~?」 「その時はその時!それに…知っているほうが、きっともっと幸せにしてあげられるでしょ?有無ちゃんも、黒白くんも」 だってそれが、わたし達の夢なのだから。 「…そうだな」 遥か地平線から、ゆっくりと、でも確かにまばゆい光があふれだす。 「さあ、それじゃあ今日も頑張ろうね!ガンマモン!」 「…ああ」 世界が夢から覚め、また朝が来る。