デジモンイモゲンチャー 文科省デジタル文化振興室の人達 佐賀消失編 最終話 Great Grand Overture デジタルワールドに取り残された佐賀県民の郷土愛を最大限に増幅し、 それによって惹起された「佐賀自身」の生存本能で、 データ化した佐賀をリアルワールドへと突破させる「佐賀県〜俺たちのSAGA〜」作戦に必要なものは3つ。 一つは今やこのデジタル佐賀の象徴となった男、『佐賀の男』が音頭を取る全県一斉ライブと、その会場。 二つ目はライブによって生まれた郷土愛エネルギーを増幅するための大規模データセンター。 最後に必要なのは、デジタルワールドと自分たちのリアルワールドを繋ぐ、リアルワールド側からの手立て。 そのどれに対しても、デジモンイレイザーからの大規模な妨害が予想されている。 佐賀県佐賀市栄町5-9を中心として外部データを取り込み続けたデータ拠点の前に、一人の男と巨大なデジモンがいた。 男の名前は岸橋メグル。佐賀県に起こった事態を解析し、「佐賀県〜俺たちのSAGA〜」作戦を立案したその当人である。 「良いのかい? メグル、アンタ結局の所は戦いたくないんだろ」 「大丈夫です。大丈夫だと、思います。大丈夫に、します」 「ガチガチじゃないか」 呆れた様子でため息をついたのはノバスモン。 デジタルワールドと化した佐賀、つまりデジタル佐賀で新しく生まれたデジモンであり、 大型バスの下半身とタンクモンのような攻撃的な上半身を持つ完全体のデジモンだ。 デジタル佐賀で出会い、メグルと絆を紡いだ、彼の新しいパートナーである。 「覚悟をいくら決めたところで、怖いものは怖いんですね。情けないですが、逃げたいくらいですよ」 「ハッ! 命がけで人助けをしてきた『魔法じゃないもの』使いサマにしちゃ、なかなか面白い弱音じゃないか」 「……自分で決めたことに、自分の命で責任を持てる範囲だったら、それは別にいいんですよ」 旅路の中で傷付いた、今ではリアルワールドから持ってきた唯一の品となったタブレットを見つめ、メグルは自分の心と向き合うように言葉を紡ぐ。 「でも、今回は、私とみんなで決めたことに、私とみんなで責任を持つ。それが怖いんです」 「今まで紡いできた糸のもう片端を、繋がらないかもしれない場所に投げる。それが、恐ろしいんです」 「失敗すれば、ここで暮らす誰かの声が、もうどこにも届かなくなる。それがたまらなく心をすくませるんです」 「……アンタはバカみたいにお人好しのくせに群れないからね。難儀なこった」 「そうですね…… 私はとんでもない大馬鹿だ。今だって、私一人の命であの人達の行動を止められるなら、それが最善だとどこかで思っている」 「それで?」 今更怖じ気づいたのか、と挑発するようにノバスモンはメグルに先を促す。 「はい。でも、止めるために立ち塞がる。それが私、いや。“私達”の選択です」 「ま、そういうこと。じゃあさっさと乗りな。そろそろ始まるよ」 『佐賀の男』による、佐賀県全土で一斉に行われる一世一代のライブ。 その始まりを、彼らは静かに待つ。 リアルタイムで転送される各ライブ会場の盛り上がり、それを変換した郷土愛エネルギーが徐々に、しかし途切れること無くデータセンターへ流れ始める。 時を同じくして、データセンターの周囲に多数のデジモンが現れた。 デジモンイレイザーの手先のハイコマンドラモン軍団だ。 「郷土愛エネルギーの伝送開始から3分……! 想定通りですが流石に探知と対応が早い……!」 「いいから行くよ! セメント弾は!?」 「装填済みです! どうぞ!」 「おっしゃあ! 『パーティクラッカー』!!」 左肩、右肩、頭部の砲塔から一斉に轟音を響かせて、ノバスモンの必殺技である『パーティクラッカー』が炸裂する。 純粋な破壊力としても完全体の必殺技の中で上位を誇るが、 メグルが開発したアプリによって弾頭を切り替えることができるようになり、その対応力はもはや完全体の技の域を超えている。 開幕の一手として使用したセメント弾はその名の通りセメント質の物体を着弾地点にまき散らし、 周辺の機動目標を無力化することに特化した弾頭だ。 「このままセメント弾をメインに!」 「おうさ! 対応(デコード)されたら!?」 「その時はまた対応(リザイン)します!」 「根気比べってこと……だね!!」 急制動をかけてハイコマンドラモン軍団の銃撃を躱しながら、すかさず撃ってきた方面へセメント弾を砲撃する。 これが彼らの選んだ戦闘。 徹底的に、完膚なきまでに相手の行動を封殺する。 「メグル! いつもの障害物は!」 「郷土愛エネルギーで帯域は目一杯です!」 「クソっ……! ろくな遮蔽もなしかい!」 今まで何度となく使用してきた障害物生成アプリ『緊急避難』は生成後に短時間で消失し、都度アセットのダウンロードが必要になる。 しかし、今は郷土愛エネルギーの伝送にワールド全体の帯域容量を限界まで使用しているため、アプリを使えない。 そうしている間にもハイコマンドラモンたちの銃弾がノバスモンの装甲を削ってゆく。 「ルートを指示します!」 「任せた!」 彼らの長い防衛戦は、まだ始まったばかりだ。 「しかし……! ここに来て数だけで押してくるとは……ね! っ! 3時側! デコードされたよ!」 防衛戦が始まって既に数時間。奇跡的に、彼らだけで未だに全方位から押し寄せる大群を押し留めている。 ビルからビルの陰へ、被弾を最小限に抑えながら戦っては来ているが、ノバスモンの体はどこもかしこも銃弾でえぐれ始めている。 「セメントの次弾はまだです! 大駒は……! ライブ会場……! 凍結弾を装填! 次はスモークチャフです!」 デコード対策に都度特殊弾薬に細かい調整を加えて再署名。 レーダーと地形情報から最適なルートを算出。 データセンター内でエネルギーの増幅を行うスタッフとの情報伝達。 ライブから送られてくる郷土愛エネルギーの伝送率チェックと全体の戦況確認。 岸橋メグルは自分にあたう限り全ての能力を駆使してこの状況をかろうじて膠着状態にとどめている。 「メグル。増幅率は」 「……現時点で伝送率は89.3%。増幅率は78.2%。まだです」 事前のブリーフィングで伝えられた作戦成功に必要な数字は伝送率が80%、増幅率が95%。 ライブ会場からの伝送率は良好。おそらく、各地での戦いはこちらが勝利したのだろう。 だが、増幅率。 明らかにまだ足りていない。 「このままだと、こっちはどの程度持つの」 「…………今のままなら、30分以内」 「……あるのね。切り札が」 「今朝実装が終わったばかりです。危険です」 「いいからよこしな」 「危険です」 「よこしな」 「不具合があったら最悪貴女自身が消えてしまいます!」 「よこせっ!!」 ノバスモンの怒声が戦場をむなしく響き、銃声の中に消えていった。 「メグル。アタイはまだ、アンタに守られなきゃいけないぐらい弱いかい」 「ノバスモン……」 戸惑いのあるメグルの声に、今度こそノバスモンは本当の怒りを覚える。 「弱いだろ!! アンタ達が必死になって立てた完璧な作戦の!! 詰めの一つで!!」 「ただ数で押されてへたばってる女が!! 強いわけないだろ!!」 「アンタが負ってる責任に!!」 「命一つくらい賭けさせろって言ってんだよ!!!」 涙混じりの声。銃弾の雨。 岸橋メグルは今、生まれて初めて他者の命を直接自分の手に預かることを誓った。 「概要としては描き変えアプリの応用です」 「……」 「これはテクスチャではなく、対象自身の性質や因子を描き変え、強制的に進化を起こします」 「……分かった」 「鍵となるのは、対象自身が持つ『強さへのイメージ』です」 「ああ」 「デジモン自身が持つイメージに方向性を委ねることで、暴走の危険性を可能な限り抑えています」 「アタイは何をすれば良い?」 「……ただ、信じてください。貴女自身が持つ『強さの形』を」 伝え終わり、ノバスモンから降りようとするメグルに彼女は声を掛ける。 「見ての通り、そこかしこから撃たれてるんだけど」 「大丈夫です。めっちゃ伏せます。それに、どういう姿になるか分からない以上、ここにはいられません」 頼りがいがあるのかないのか分からない言葉に、ノバスモンは笑みを浮かべる。 「……ハッ! 調子が戻ってきたじゃないか。メグル! 頼んだよ!」 「はい! 合図から3カウントでアプリを起動します! 自分を信じてください! ノバスモン!」 ドアから飛び降り、銃弾から身を隠す瓦礫の隅にうずくまったメグルから過たず合図が送られる。 3 2 1 「頼みますよ。『DIGIPITCH v0.8.0』、貴方の出番です」 岸橋メグルの震える指が、アイコンをタップした。 ノバスモンの体を青い光が覆い隠す。 プロセスの第一段階、自身を作り替え、新しく組み直す工程が始まった。 ノバスモンであった体に周囲から大量のデータが取り込まれ、アプリが導いてその性質を再構築する。 彼女の意識が思い描くもの、それは強い『音』だった。 ノバスモンとして生きてきて、強く、速く走ることに捧げてきた時間。 岸橋メグルと共に旅をして、どこまでも、どこまでも進み続けた旅路。 彼女の心を真に動かしたもの。 メグルはあまり聞かないと言った、あの攻撃的で、刺激的で、低く響く速い『音』。 メグルが好きだと言った、全てを支配するような、低く響く強い『音』。 時間が止まるほどに麗しい、あの『音』。 ノバスモンという殻を破り、彼女は生まれる。 「ノバスモン! 調律進化ァァァーーーッ!!!!」 プロセスの第二段階、自己の再定義。 再構築された体に意味を与え、ワールドに固定する。 彼女の意識が急速に目覚め、世界に自分自身を刻み込む。 「バスドラモン!!!」 浮遊するティンパニを従え、バスドラムと一体化した体を持つ竜型の新たなデジモン。 両手と尾にはマレットを持ち、足はキックペダルで構成されている。 力強い、しかし優しい姿だった。 「これは……!?」 「上手くいったよ! メグル! 流石はアンタの魔法だ!」 「ですから、これは魔法じゃないと……!」 「なんだっていいさ! アタイはバスドラモン! アンタのパートナーだ!」 「さて、と……」 絶え間なく浴びせられる銃弾をティンパニが防御する中、新しく生まれた究極体が敵を睥睨する。 「ここから先へは雨粒一つ通さない。『No.556(b)』!!」 バスドラモンが背中のドラムを尻尾のマレットで打ち鳴らすと、虚空から車両型のデータ塊が生み出される。 みるみるうちにデータ塊は無数に積み重なり、データセンターを守る防壁となった。 「もちろん帯域への影響は一切なし! さぁ! どんどん行くよ! 乗りなメグル!」 「……どこにですか?」 巨大な竜の体には、当然のことながらかつてのような乗車スペースなどない。 「……いいだろどこだって! じゃあ頭だよ! ア・タ・マ! ほらさっさとしな!」 地面の高さまで下げられた頭に生えた、ハンドルを模したようなリング状の角に岸橋メグルは気付く。 「そうですね…… バスドラモン! 周囲に防壁を!」 「もちろんさ!」 竜は空を駆け、車両の雨を降らす。 ハイコマンドラモンたちの攻撃は防壁に阻まれ、もはやこの戦況を覆す手はなかった。 それでもなお、竜は追撃の手を緩めない。 「To Coda! メグル! アタイの真の力を見な!」 「現状で既にすさまじいのですが」 「いいから! 『BASS STOP!』!!」 地上に降り立ったバスドラモンが足のキックペダルを打ち振るい、ビーターが地面を打ち据える。 世界が止まるような低い衝撃音が辺りに鳴り響くと、全ての銃声が止んだ。 「……まさか、今の一撃で全員、倒したのですか?」 「何も壊しちゃいないよ。ただ、止めただけさ」 空間ごと衝撃を与え、時間ごと相手を止める必殺にして非殺の技。 それがバスドラモンの真の力だった。 静寂が支配する戦場に、やがて遠くからライブの歌声と歓声が届く。 「佐賀県〜俺たちのSAGA〜」作戦の成否を決めるのは、 この時点を以て残るは郷土愛エネルギーの増幅と佐賀の目覚め、そしてリアルワールドからのアプローチ、最終段階に入った。 「増幅率の伸びが想定をかなり下回っていますね…… やはり、半導体施設群にするべきでしたか……」 周囲のデータを取り込んで大規模データセンター化したとは言え、あくまでベースとなっているのは1社の開発拠点。 郷土愛エネルギーの増幅率は未だ90%を下回っていた。 「だけど、流石にあっちだったらこの程度の攻勢じゃ済まなかっただろうね」 「……そういうことです。ただ、デジモンイレイザーの次の手が、まだ」 当然あるだろう、デジモンイレイザーからの次なる妨害。 それがいつになるか分からない以上、全ての段階は可能な限り迅速に行わなければならない。 しかし、ボトルネックはそれでも存在する。 「現状は安定しています。ですが、警戒は、続けるほかありません。ノバ……バスドラモン、レーダー上は見えませんが、他に反応は?」 「ないよ」 「ありがとうございます。……向こうも手詰まり、でしょうか」 状況の分析を続けるメグルの端末に、通知が届く。 「こんなときに…… 情報撹乱……? いや、そんな手を打ってる段階じゃない。これは…… っ!?」 「どうしたメグル!」 通知欄に表示された名前は「芦江ケイコ」、岸橋メグルの所属する文科省デジタル文化振興室の室長にして、メグルのいとこでもある彼女の名前だ。 「リアルワールドからです! 通信を開きますので周囲の警戒を!」 「分かった!」 岸橋メグルは不可解なタイミングでの通信に警戒しながら、通知から映像通信アプリを起動した。 「私です。ケイコさん?」 「繋がった!? メグルくん!」 映像通信アプリが映す、背の低い童顔の女性。紛れもない。芦江ケイコそのものだ。 岸橋メグルと佐賀県の消失からろくに休めていないのだろう、その姿には深い疲れが見て取れる。 「はい。私です。そちらはリアルワールドからですか?」 「うわあなんか凄い落ち着いてる!?」 「落ち着いちゃいません。リアルワールドからですか?」 「……! こちらは、リアルワールドとそちらの間に“造った”空間にいます」 「“造った”……? そうか! 例の『パナマ運河』ですね……!」 「わたしは『デジタルワールド入りこみアプリ』が良いって言ったんだけど、取置君が『橋』で話を進めちゃって、じゃない。そちらの状況は!?」 変調可能な空間を生成し、リアルワールドとデジタルワールドの架け橋とする『水の階段仮説』、それを利用した特殊空間生成アプリ。 岸橋メグルの知っている段階では検証中だった理論だ。 芦江ケイコの言によると、同じく文科省デジタル文化振興室のPGである取置サンワがアプリとして開発したのだろう。 予定では佐賀県の時空突破がギリギリの臨界点に達してようやく可能になる向こうとの通信。 だが、これならば。 「こちらは、今から佐賀県をリアルワールドに復帰させるところです」 「は!?」 「詳細は後日レポートにするので省きます。当初の予定とは異なりますが、そちらの空間を経由してリアルワールドへ」 「……分かった。こっちも当初の予定とは変わるけど、それで問題ない」 「助かります。では、こちらは行動に移ります」 「待って!」 通信を終えようとするメグルを、芦江ケイコは引き留める。 「メグルくん。あなたは…… あなたの順番は?」 何かに付け自分の順番を後回しにする、岸橋メグルの悪癖に付き合いの長い芦江ケイコが気がつかないわけがなかった。 「私は…… この作戦の責任者です。全ての完了を見届けてから」 「いいから。すぐに帰ってきて」 「ですが……」 「すぐに帰ってきなさい」 「私にも責任がですね」 「……いい加減にしなさい! メグルくんいっつもそう!!」 突如として感情を爆発させた彼女に岸橋メグルは困惑する。 「あの、ケイコさん?」 「いっつもいっつもそう!! みんな心配してるんだよ!? うちの布団だってあの時のままで!」 「ちょ、あの、ケイコさん?」 「お姉ちゃん本当に心配したんだよ!? それなのに! 最後でいいなんて言わないで! バカ!!」 「バ…… え、あ、あの、ケイコさ……ケイコお姉ちゃん?」 「すぐに帰ってきて……!」 「アッハイ。可及的速やかに」 「……じゃあ、許す……」 「……はい。すぐに帰ります。ケイコさん。それでは、また」 予想外な一悶着はあったものの、リアルワールドとの繋がりも確保できた今、残るは郷土愛エネルギーで佐賀を目覚めさせることのみとなったのであった。 「……ちょっとおっかないけど良いカミさんじゃないか、メグル」 通信を終えた岸橋メグルにバスドラモンが語りかける。 「いえ、ケイコさんとは結婚しているわけではないのですが」 「あ? じゃあ布団がどうこうってのはなんだい」 「……家は一緒です。その方が効率が良いですし、二人で暮らすことにお互い抵抗がなかったので」 「じゃあ飯は、風呂は、夜はどうだって言うんだい」 「あー…… それは、その…… あ〜……そうか、そうですね…… いや、重ねて大馬鹿者ですね私は…… あ〜……」 デジモンである自分から見てもそうと分かる間柄なのだ。世間的に、いや、芦江ケイコからの考えがどうであったかなど、言うまでも無い。 「アンタどの口で『身辺関係は身軽にしていた』なんて言ってんだい、このボケナス」 「申し開きのほどもありません……」 「とにかく! とっとと始めてさっさと会いに行くんだよ!」 「分かりました…… はあ…… では始めます」 佐賀県の地脈に郷土愛エネルギーを注入する指示をデータセンター側に送る。 今なお鳴り止まぬライブ会場の斉唱に応えるように、佐賀の地面が脈打つ。 歌声が、響く。 佐賀を愛する全ての心を、佐賀に生まれた全ての人とデジモンを愛するように。 佐賀が佐賀として生きる喜びを、自ら讃えるように。 「浮上が始まりました! バスドラモン、導けますか? あっちです!」 郷土愛エネルギーによって生命力をほぼ最大限に増した佐賀県が、出口を求めて浮上を始める。 岸橋メグルが指し示す先には、先ほどの通信でワールドに生じた裂け目が既に見えている。 「マーチングバンドの要領だね! 任せな!」 バスドラモンが先導し、背中のバスドラムを力強く響かせる。 一打ちごとに佐賀から響く歌も力強さを増し、一打ちごとに佐賀のスピードが増す。 そして、裂け目と接触した佐賀県の突破が始まった。 その時である。 デジモンイレイザーの最後の一手が行われたのは。 「お前か……」 今までメグル達の前に姿を現すことのなかったデジモンイレイザー。 その姿形は、想像に反して少女の姿をしていた。 「お前が…… 全てのためのハッピーエンドを、プロキシマモンへの道を、最後まで邪魔するのか……!」 バスドラモンと岸橋メグルの目の前に、いつの間にか現れた少女、その名は。 「結愛さん……!? どうしてここ…… まさかあなたが!?」 デジタル佐賀のとある町で岸橋メグルと共に小さな人助けを行った、安里結愛であった。 「全てを壊して、全てを作り直して、全てを終わらせる…… そのために必要だったのに」 「どうしてです結愛さん! 何故あなたがこんなことを!」 敵。 対応。 判断の一瞬の隙を突かれ、バスドラモンの頭にいた岸橋メグルが連れ去られる。 幼い少女のものとは思えない力で、片手で首をわしづかみにされ、彼方へと飛んで行く。 「メグルさん…… 誰かを助けることは、誰かを助けないこと、でしょ。だから、みんなを助けるなら、全部、全部助けちゃいけなかったんだよ」 「何を馬鹿なことを……!」 「佐賀のデータを全て吸収してプロキシマモンを生み出す道は、もう途絶えちゃった」 「ならこんなことにはもう何も……!」 「大丈夫。大丈夫だよ。うん、ガンマモンも、そう。また、何度でも、うん。ハッピーエンドじゃないと、ダメだから」 完全に常軌を逸した様子の安里結愛に気圧されかかるが、岸橋メグルは力を振り絞り、声を挙げる。 「何度だってって言えるなら! 何度だって助ければ良いじゃないですか! 諦めて全てを破壊するならそれは……!」 岸橋メグルの首を締める手に一層の力が入る。 「もういい…… メグルさんは、わたしとそっくりだけど…… ちがう。だから……」 「お前はここで消えろ!!!! 岸橋メグル!!!!!」 すさまじい力で岸橋メグルを虚空に放り投げると、安里結愛、あるいはデジモンイレイザーもまた虚空へ消えた。 「佐賀消失事件」として知られる事件の解決は、一般的には『佐賀の男』による現代の英雄譚として知られている。 一度地上から消えた佐賀県が、『佐賀の男』の歌によって再び蘇った。そういう物語だ。 しかし、真の英雄はその時佐賀にいた誰もがであると、彼らは知っている。 リアルワールドへの突破の際に次元間の圧力差で消え去ると思われていた佐賀県への影響は、 間に柔軟な空間を挟んだ結果かなりの部分がそのまま残ってしまった。 デジタルとリアルの融和する新都市、佐賀県。 そこは今、世界で有数のデジモン研究拠点が軒を連ねている。 デジモンイレイザーのその後の足跡は杳として知れていない。 デジ対以下関係各所が血眼で情報を洗っているが、とかく神出鬼没であり、また確実な情報にも乏しい。 彼女はまた、ハッピーエンドの作り方を考えているのだろう。 デジタル文化振興室のオフィスに続く並木道を、二人と1体のデジモンが歩く。 真ん中にいるのは背の高い男だ。幸せそうな微笑みを浮かべている。 隣で歩くのは、ともすれば小学生に見間違えそうな背の低い女性。歩幅を合わせて歩く男性に、愛情の籠もった視線を向けている。 その向かい側のデジモンは、今ここに居る奇跡をかみしめるように、二人に連れ添っている。 「ギリギリで間に合って本当に良かったよ。な! メグル!」 「そのせいで力を使い切らせてしまったのは申し訳ありませんが、本当にありがとうございます。ミニバスモン」 「そんなのどうでもいいって! あそこでお別れかと思ったけど、こっちに来られたんならもう何だって言うことなしさ!」 「そうそう。向こうで沢山メグルくんがお世話になった子にちゃんと会えたんだから、お姉ちゃんからも言うことはありません!」 「それならまあ…… いいんでしょうね。私のやりたかったことは…… できたんでしょう。多分」 「ま、いいでしょそれで。メグルくんが向こうに行ってた間に溜まった書類、いっぱいあるんだから、頑張ってよね〜」 「調査レポートも出さなきゃいけないですし、大変ですねぇ……」 「メグルくん出なきゃいけない会議もいっぱいだよ〜」 「逃げたい……」 「ダメです。逃がしません」 「ですよね……」 「もう、ずっと放しません」 「ケイコさん……」 「やれやれ、家で済ましときなよそういうのは。二人の家でさ」 「ミニバスモン……」 「あなたも、うちの子だよ。ミニバスモン」 「……へいへい。分かってるよ」 彼らの長い歌は、まだ始まったばかりだ。 (つづかない)