「待て!この世界にホラーを誘き寄せているのは貴様だな!」 デジタルワールドの一角。高層ビルが立ち並ぶエリアの狭間でバイオホーリーエンジェモンは黒いコートを着た男、カイに追いかけられていた。 「なんの話だ!私には君の言っていることが何一つ理解できない!」 空を飛び逃げるデジモンを、カイは難なく壁を蹴り上がり追い詰めていく。 「ワーガルルモン!やれ!」 男のその一声により、建物の上からバイオホーリーエンジェモンに襲いかかるワーガルルモン。それと同時に男は剣を抜き、翼を斬った。 「ぐああぁぁぁ!!!」 コントロールを失い、地面に落ちるバイオホーリーエンジェモン。カイは墜落したデジモンに剣を向ける。 「貴様はなんなんだ?デジモンとやらの様に見えるが…人間の匂いがする。ワーガルルモン、こいつはなんて奴だ?」 「僕はみたことないけど…多分ホーリーエンジェモンだと思う。こんな角とか…黒い羽根はしてないはずだけど…」 ワーガルルモンは自信なさげに答える。 「如何にも…私は純粋なホーリーエンジェモンではないんだ…君達の疑問はおそらくこうすれば解ける…」 そう言うとそのデジモンは強い光を発し、少女の姿となった。 「こう言うこと…」 「あー…さっぱりわからないのって僕だけ?」 ワーガルルモンが困った顔でカイを見る。 「俺もわからん。」 カイも困った様な険しい顔をしていた。 「私、デジモンなの。」 少女は二人の察しの悪さにイラついた様子で、服の袖を捲って見せる。 彼女の腕は醜く爛れ、腐っているようだった。 「こうなっちゃって、私は一回死にかけたの。パパが勝手に私とホーリーエンジェモンをくっつけたから、今はこうやって生きてるけど…いつ死ぬかわかんない。変な怪物に襲われるしあなた達には追いかけられるしホント最悪。……もしかして何か知ってる?」 説明を聞き、カイは合点が行ったと言う様な顔をした。 「お前、ホラーの…怪物の血を浴びたな?だから体が腐ってる。ホラーに食われていてもおかしくないが…よく今まで生き延びたな。」 「ホーリーエンジェモンが…私を守ってくれてたの…これ、治せないの?知ってるなら治せるでしょ!?」 少女は縋り付く様に、カイの元へふらふらと歩いてくる。 「無理だ。俺の力じゃお前を治してやれない。」 男はあっさりと言い捨てた。 「カイ…流石に可哀想だよ…」 声も出せずに崩れ落ちる少女を見て、ワーガルルモンがそう漏らした。 「いいかワーガルルモン」 男は鋭い目つきでデジモンを見つめ、続ける。 「血を浴びた人間はホラーにとってご馳走だ。だからそいつを狙って奴らがどんどんやってくる…彼女を介錯してやるのも守りし者の使命だ。覚悟を決めろ…!」 「………わかった。」 カイの言葉に、ワーガルルモンは覚悟を決めた。 それを聞いた少女は狼狽していた。 「嘘でしょ?!ホーリーエンジェモンが私に命をくれたのに!私死にたくない!!ハイパーバイオ・エボリューション!!!」 ほとんど絶叫に近い掛け声と共に、少女は再びデジモンとなった。 「いくぞ、ワーガルルモン。」 カイは頭上に剣を掲げた。 「うん。ワーガルルモン…進化!」 その掛け声と同時に剣は円を描き、光が差し込む。 すると、光と共に鋼色の鎧がカイの全身を包み込んだ。 同時に、ワーガルルモンの体もソウルデジゾイドの装甲に包まれる。 「クーレスガルルモン!」 狼を模した鎧を纏う騎士となった二人は、剣を強く握り、バイオホーリーエンジェモンを見据えた。 「さっさと決めよう!カイ!」 「言われなくても!!」 カイの鎧の背からワイヤーが射出される。それは再び空を飛ぼうとするバイオホーリーエンジェモンを拘束した。 「私は死ぬわけにはいかないのだ!エクスキャリバー!!」 拘束から逃れようと振るわれる剣は、翼を広げられる程度にはワイヤーを切断した。 そのまま飛び立とうとするが、騎士たちがそれを許すはずはなかった。 「うおぉぉぉ!!!!墜ちろぉっっ!!!」 クーレスガルルモンが身体を回転させながら斬りかかり、カイのいる方へとバイオホーリーエンジェモンを跳ね飛ばす。 その瞬間、カイは剣を構えて地面から飛び上がり、両断せんと剣を振るう。 クーレスガルルモンもワイヤーを使い、バイオホーリーエンジェモンに向け急接近し、カイとすれ違う様に剣を振るった。 「そん…な……」 二つの斬撃を受けたバイオホーリーエンジェモンは再び地に墜ちる。 勝負がついた瞬間であった。 二人は鎧を脱ぎ、墜落地点へ駆け寄る。 そこにいるのは、無傷の先ほどの少女、そして深く傷を負ったホーリーエンジェモンだった。 「分離…したのか…?」 カイが驚きの声を漏らす。 「ホーリーエンジェモン!そんな…消えないで!!」 「カオル…私は…君を助けられたか…?」 「十分だよ…!パパのせいで私を生き延びさせるために使われて…!ごめんなさい…ごめんなさい…」 「……お父上を嫌わないであげてくれ…君に身体を捧げるのも…私が望んだことだから…」 少女の叫びに、ホーリーエンジェモンは答える。 「そんな…待って!私を置いていかないでよ!」 「君は…私がいなくても…だい」 そこまで言いかけ、ホーリーエンジェモンは霧散した。 「どういうことだろう…カイ」 「わからない…それに…血の匂いがもうしない」 目の前の現実に当惑する二人。 カイは少女に駆け寄り、身体を確認する。 「治っている…いや、まるで最初から腐っていなかったの様な…」 (まさか全部引き受けたのか?) 男の脳裏に一つの考えが浮かぶ。 一方、少女は気力を使い果たしてしまったのか、泣くこともなく呆然としたままへたり込んでいた。 「あ…あのさ」 とても見ていられないといった様子で、ワーガルルモンが話しかける。 「デジモンって死なないんだ。消えてもデジタマとして転生できる。だからその…えっと…」 「また…会えるの?」 「うん…いつか、きっと。」 「でも…私は一人じゃ何もできない…ホーリーエンジェモンがいないと…」 「あいつが言っていただろう。お前は一人でもやっていけると。」 カイが勇気付けるような口調で会話に加わる。 「血の匂いがしないとは言え、またホラーに襲われないとも限らない。再会まで俺たちが守ってやる。名前は?」 「………カオル。」 男は手を差し伸べる。 少女は────カオルはその手を戸惑いながら掴んだ。 「よしっ。行くか、カオル、ワーガルルモン」 カオルの旅が、今始まった。 ─────────おまけ1:バイオホーリーエンジェモン詳細版とカオルのsettei───────── バイオホーリーエンジェモン 血のドルチェとなってしまい、生きながらに身体が腐るカオルを救うため、そのパートナーであったホーリーエンジェモンが自ら身体を提供し、バイオデジモンとなった姿。 変身している際は人格がデジモン側のものになっている様な振る舞いをするが、バイオデジモンであるが故にすでにホーリーエンジェモンの意思はなく、カオルが二重人格の様になっているだけである。 カオルと分離された一瞬のみ、本来のホーリーエンジェモンの意思が戻っていた。 ・口元の肌が土気色になっている。 ・背中に試験管の様な物が刺さっている。 この二つの変化はバイオデジモン化によるものだが、 ・右側の羽3枚が黒く染まっている。 ・頭部から黒い角が生えている。 この二つはホラーの血の影響によるもの。 腐食の進行を抑えることには成功しているものの、ホラーの血の影響により通常の個体より明らかに弱体化しており、ヘブンズゲートも使用不可。 神月 カオル ホーリーエンジェモンと融合しバイオデジモンとなっていた少女。中学2年生。 父親がデジモン関連の研究をしており、ホーリーエンジェモンとは幼い頃から付き合いがあった。あまり人付き合いが得意ではなく、ホーリーエンジェモンに依存気味になっていた。 自分のことを気にしてくれない父親への不満から陰我を持ってしまい、素体ホラーに憑依されそうになるが、ホーリーエンジェモンにより助けられる。 しかし、その際ホラーの血を浴びてしまい「血のドルチェ」になってしまう。 そのため、その後も何度かホラーに襲われていたが、ホーリーエンジェモンに守られていたため、捕食されることはなかった。 しかし、二ヶ月が経過したことで体が腐り始め、苦しむことになる。 ホーリーエンジェモンは彼女を助けるため父親と協力。バイオデジモンとなった。 バイオデジモン化の負荷と、ホーリーエンジェモンの意思がすでにないことを知らされたショックにより、二重人格の様になってしまった。 バイオデジモンになってもホラーの血の匂いは消えず、ホラー、そして父親から逃げる形でデジタルワールドに入り込んでいたが、結果的にそれがデジタルワールドにホラーを呼び込む結果となってしまった。 カイに対しては、ホーリーエンジェモンを殺したという恨みと、ホーリーエンジェモンのように自分のことを守ってくれているという安心感、そしてわずかな恋慕の織り混ざった複雑な感情を抱くことになる。 バイオデジモン用のデジヴァイスを所持しているが、分離の過程で破損している。 ─────────おまけ2:カイ達のsettei───────── 流紋 カイ 黒い鞘の剣を持つ青年。自らを守りし者と名乗る。 身体能力が異常なほどに高く、完全体のデジモンと斬り合い完封できる。 ホラーという謎の存在が急激にデジタルワールドに集まっていることから、それを追いやってきたらしい。 デジタルワールドのことについては詳しくないため、ワーガルルモンに聞くことも多々ある。 面倒見が良く、ワーガルルモンを返り討ちにした後、彼のもっと強くなりたいという望みを聞き、共に行動することにしたようだ。 剣で円陣を描き狼を模した様な金属色の鎧を召喚、装着する力を持つ。 鎧を99.9秒以上装着していると暴走してしまうらしい。 鎧の目の色は、ワーガルルモンと同じく橙色。 ワーガルルモン(灰) 灰色の毛並みをしたワーガルルモン。通常の個体と違い、灰色のコートの様な服を身につけている。 まだ若く進化したばかりであり、力試しとばかりにデジタルワールドにやってきたカイに勝負を挑むも返り討ちにされた。現在はカイに使役されている。カイと共に戦うことで鍛錬を積み、さらに強くなろうとしているようだ。 クーレスガルルモン(ハガネ) カイが鎧を装着するのに共鳴し、ワーガルルモンが装甲を纏って進化した姿。 意図したものではなく、初めて進化した際は二人とも困惑した。 カイと同様の金属色の装甲を纏っており、背部にはアンカーが搭載されている。 ソウルデジゾイドという謎の物質で装甲が構成されており、ホラー、デジモン双方に対して有効。 クーレスガルルモン自身がまだ未熟であり剣技に長けていないため、目立った必殺技はないが、この姿である間は一撃一撃の威力が非常に高くなるため、この姿に進化すること自体が必殺技と言える。